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07 公園
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飛び出したはいいものの、アメリアに行くアテなど無かった。追手である『アイツ』がどこか一箇所に留まっているわけではなく、更には気配がないので追うにも困るという状況。
走れる限りを走り、やがて立ち止まる。その場は、誰もいない公園。アメリアは息を切らして天を仰いだ。
すっかり陽が落ちた、午後八時。気温が下がり、上着が必要だったかもしれないと気を揉む。散らばる星々が澄んでいて、アメリアの目には眩しすぎた。
通信機器の類いはない。文字どおりアメリアの身とアンティーク店で手にしたばかりのサーベルのみが、だだっ広い夜空の下で行き先を探っている。
「とにかく、動けるうちに、進んどこう。朝になる前に、動いとかないと」
息を整えるために敢えて吐き出す言葉たち。
朝陽が昇る頃、アメリアは眠りについてしまう。それは、アヤとの意識交代による眠りだが、アメリアはその真実を知らない。アヤの活動時間内は、アメリア自身は睡眠をとっていると錯覚している。
「アヤのためだ。アヤのために頑張るんだ」
細く呟き、周辺に『人間の』気配がないことを確め、アメリアはサーベルを抜いた。
「お願い、一緒に捜して」
サーベルへそう告げると、アメリアは三秒で息を吸い、三秒で吐き出した。瞼を閉じ、胸の前に抱いたサーベルの切っ先を、天へ向ける。
「──我に彼の者の心臓の在処を辿らせたまへ」
仄かにボウ、と光を宿す、サーベルに付いたペリドット。その輝きを、アメリアは見ることはない。
「彼の者の名は、ケン」
名を挙げると、ペリドットは細く長い一筋の光を、アメリアの後方へ放った。キイイインと甲高い音がサーベルから鳴り出す。たまらずアメリアは目を開けた。
「なっ、啼いて……」
意識集中の切れた状態では、魔術は持続しない。途端にただの物体へ戻るのが定説ではある。
しかし、このサーベルは違った。魔術を途切れさせてしまった状態のアメリアがサーベルを見つめ続けるも、なぜか啼くのを止めないし光の筋を放ち続けている。
そろりそろりと身を反転させ、アメリアは自らが背を向けていた方向を睨み見た。
「あっちに、いるというの?」
深呼吸をひとつすると、ようやくサーベルは啼くのを止めた。鞘に収め、そっと抱えたアメリアは、鞘からでもまっすぐに伸び続けるペリドットの光を辿ることを決めた。
行き先は、海の方向。ゾクゾクとする背筋を忘れられぬまま、アメリアは夜道を再度走り始めた。
▲▼ ▲▼
「アメリア! 久し振りだ、マジでアメリア?」
あの日、あの夕刻。
そう言ってケンは、私を見た途端に表情を緩めていた。
「うん、アメリアだけど」
淡い笑顔と首肯で返すも、貼り付いて取れない躊躇いの感情かなにかが、胸の浅いところがキツキツと軋んでいたのを覚えている。
「その口調、やっぱアメリアだ。はあ、会いたかった……」
「えっ」
ケンは、溶けてしまうような声色で私へ近付いた。ケンのこんな声、聞いたことなんてなかった。驚きのあまり硬直していたら、ケンは私に抱きついてきたわけ。
肩をきつく抱かれ、腰を引き寄せられて。顔はケンの左肩口に埋まって更に驚いた。息をするために鼻先を上向けたら、ケンの形のいい耳が間近にあって、ぎょっとした。
「なんで夜しか会えなくなっちゃったんだよ、お前」
「えと、昼間は眠くなっちゃってて、謎に」
「そっか、そうだった。まぁいいか。今こうして会えたんだしな。本当によかった」
首筋にかけられるケンの吐息。言葉を織り込んだそれは、私の背筋をソワソワとさせた。同時に、胸の浅いところがまたキツキツと軋む。なんだかケンに抱きつかれているの、落ち着かないな。
「け、ケン。苦しいから、ちょっと」
腕で強引にケンの胸元を押しのけて、ケンを引き剥がす。ほうとひと心地ついたみたい。それと同時に冷静になったからか、上半身からケンの匂いがすることに気が付いて、罪悪感が芽を吹いた。
「ま、とりあえずその、ありがと。心配しててくれて」
「んーん。当然だから。仲いいやつが居なくなったら、心配くらいするだろ」
相も変わらず爽やかな笑みのケン。こういうのがいいんだろうか、アヤは。私にはわかんないや。
「まぁ、そうだね。私もアヤが居なくなったら、絶対心配するし」
そんなこと、考えたくもないけれど。
でもきっとそういうことなんだろう。アヤがケンへ想いを寄せるように、私だってアヤへ想いを寄せているんだから。きっとケンが私を心配してくれた感情なんかより、ずっとずっと激しく心配するんだろうことだけはわかるよ。
「で、何かあったワケ? 話でもしたい感じ?」
「あ、うん、まぁ。あのさアメリア」
視線を俯けて、ケンは頬を染める。なんでそんな顔になんのよ? もしかして、誰かと付き合い始めたのかな。
「言っときたいこと、あって」
「言っときたいこと?」
「普段学校で会えなくても、その、いつも知っといててほしいことがあんだよ」
「うん? うん。なに?」
眉を寄せて、ケンを窺う。
どんな女と付き合い出したのよ? それとも、アヤのこと好きになったから、その相談とか?
ジロジロ見ていたら、ケンはキッと私へ視線を刺した。
「俺、アメリアが──」
しかし。
ケンはそこで言葉を切って、表情をガラリと変えた。
引きつって青褪めた口元、恐怖を映すまなざし。伸びた腕が私を無遠慮に引き倒して、立ち塞がるように大の字に──まるで盾にでもなったかのように前へ出でて。
「ぐあぁッ!」
わからなかった。何が起こったのか。把握できなくて、地面にうずくまったままの私は、ケンの背中をただ見上げていた。
ズシャ、と頽れる、ケンの膝。
地に散らばるわずかな鮮血。
ゆらりと倒れるケンの身体。
「え……」
ドサ、という、鈍く低い音。それは、ケンが地面に転がった音。
「け、ケンっ?!」
手を伸ばそうとしたけれど、身体がガチガチに固まってしまったかのように、いうことをきかない。ただ震えて、腰が抜けて、気が動転して。
なに? なにが起こったの? どうしてケンが、血を散らして倒れたの?
ワナワナと下顎が揺れる。陰った頭上に、ハッと意識がそれを見ろと言ったように思えて顎を上げた。
「ヒッ……」
一瞬で、気味が悪いと思った。
私とケンを見下ろしていたのは、赤黒い塗料を顔面に塗った、道化師の格好をした大男だった。
▲▼ ▲▼
走れる限りを走り、やがて立ち止まる。その場は、誰もいない公園。アメリアは息を切らして天を仰いだ。
すっかり陽が落ちた、午後八時。気温が下がり、上着が必要だったかもしれないと気を揉む。散らばる星々が澄んでいて、アメリアの目には眩しすぎた。
通信機器の類いはない。文字どおりアメリアの身とアンティーク店で手にしたばかりのサーベルのみが、だだっ広い夜空の下で行き先を探っている。
「とにかく、動けるうちに、進んどこう。朝になる前に、動いとかないと」
息を整えるために敢えて吐き出す言葉たち。
朝陽が昇る頃、アメリアは眠りについてしまう。それは、アヤとの意識交代による眠りだが、アメリアはその真実を知らない。アヤの活動時間内は、アメリア自身は睡眠をとっていると錯覚している。
「アヤのためだ。アヤのために頑張るんだ」
細く呟き、周辺に『人間の』気配がないことを確め、アメリアはサーベルを抜いた。
「お願い、一緒に捜して」
サーベルへそう告げると、アメリアは三秒で息を吸い、三秒で吐き出した。瞼を閉じ、胸の前に抱いたサーベルの切っ先を、天へ向ける。
「──我に彼の者の心臓の在処を辿らせたまへ」
仄かにボウ、と光を宿す、サーベルに付いたペリドット。その輝きを、アメリアは見ることはない。
「彼の者の名は、ケン」
名を挙げると、ペリドットは細く長い一筋の光を、アメリアの後方へ放った。キイイインと甲高い音がサーベルから鳴り出す。たまらずアメリアは目を開けた。
「なっ、啼いて……」
意識集中の切れた状態では、魔術は持続しない。途端にただの物体へ戻るのが定説ではある。
しかし、このサーベルは違った。魔術を途切れさせてしまった状態のアメリアがサーベルを見つめ続けるも、なぜか啼くのを止めないし光の筋を放ち続けている。
そろりそろりと身を反転させ、アメリアは自らが背を向けていた方向を睨み見た。
「あっちに、いるというの?」
深呼吸をひとつすると、ようやくサーベルは啼くのを止めた。鞘に収め、そっと抱えたアメリアは、鞘からでもまっすぐに伸び続けるペリドットの光を辿ることを決めた。
行き先は、海の方向。ゾクゾクとする背筋を忘れられぬまま、アメリアは夜道を再度走り始めた。
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「アメリア! 久し振りだ、マジでアメリア?」
あの日、あの夕刻。
そう言ってケンは、私を見た途端に表情を緩めていた。
「うん、アメリアだけど」
淡い笑顔と首肯で返すも、貼り付いて取れない躊躇いの感情かなにかが、胸の浅いところがキツキツと軋んでいたのを覚えている。
「その口調、やっぱアメリアだ。はあ、会いたかった……」
「えっ」
ケンは、溶けてしまうような声色で私へ近付いた。ケンのこんな声、聞いたことなんてなかった。驚きのあまり硬直していたら、ケンは私に抱きついてきたわけ。
肩をきつく抱かれ、腰を引き寄せられて。顔はケンの左肩口に埋まって更に驚いた。息をするために鼻先を上向けたら、ケンの形のいい耳が間近にあって、ぎょっとした。
「なんで夜しか会えなくなっちゃったんだよ、お前」
「えと、昼間は眠くなっちゃってて、謎に」
「そっか、そうだった。まぁいいか。今こうして会えたんだしな。本当によかった」
首筋にかけられるケンの吐息。言葉を織り込んだそれは、私の背筋をソワソワとさせた。同時に、胸の浅いところがまたキツキツと軋む。なんだかケンに抱きつかれているの、落ち着かないな。
「け、ケン。苦しいから、ちょっと」
腕で強引にケンの胸元を押しのけて、ケンを引き剥がす。ほうとひと心地ついたみたい。それと同時に冷静になったからか、上半身からケンの匂いがすることに気が付いて、罪悪感が芽を吹いた。
「ま、とりあえずその、ありがと。心配しててくれて」
「んーん。当然だから。仲いいやつが居なくなったら、心配くらいするだろ」
相も変わらず爽やかな笑みのケン。こういうのがいいんだろうか、アヤは。私にはわかんないや。
「まぁ、そうだね。私もアヤが居なくなったら、絶対心配するし」
そんなこと、考えたくもないけれど。
でもきっとそういうことなんだろう。アヤがケンへ想いを寄せるように、私だってアヤへ想いを寄せているんだから。きっとケンが私を心配してくれた感情なんかより、ずっとずっと激しく心配するんだろうことだけはわかるよ。
「で、何かあったワケ? 話でもしたい感じ?」
「あ、うん、まぁ。あのさアメリア」
視線を俯けて、ケンは頬を染める。なんでそんな顔になんのよ? もしかして、誰かと付き合い始めたのかな。
「言っときたいこと、あって」
「言っときたいこと?」
「普段学校で会えなくても、その、いつも知っといててほしいことがあんだよ」
「うん? うん。なに?」
眉を寄せて、ケンを窺う。
どんな女と付き合い出したのよ? それとも、アヤのこと好きになったから、その相談とか?
ジロジロ見ていたら、ケンはキッと私へ視線を刺した。
「俺、アメリアが──」
しかし。
ケンはそこで言葉を切って、表情をガラリと変えた。
引きつって青褪めた口元、恐怖を映すまなざし。伸びた腕が私を無遠慮に引き倒して、立ち塞がるように大の字に──まるで盾にでもなったかのように前へ出でて。
「ぐあぁッ!」
わからなかった。何が起こったのか。把握できなくて、地面にうずくまったままの私は、ケンの背中をただ見上げていた。
ズシャ、と頽れる、ケンの膝。
地に散らばるわずかな鮮血。
ゆらりと倒れるケンの身体。
「え……」
ドサ、という、鈍く低い音。それは、ケンが地面に転がった音。
「け、ケンっ?!」
手を伸ばそうとしたけれど、身体がガチガチに固まってしまったかのように、いうことをきかない。ただ震えて、腰が抜けて、気が動転して。
なに? なにが起こったの? どうしてケンが、血を散らして倒れたの?
ワナワナと下顎が揺れる。陰った頭上に、ハッと意識がそれを見ろと言ったように思えて顎を上げた。
「ヒッ……」
一瞬で、気味が悪いと思った。
私とケンを見下ろしていたのは、赤黒い塗料を顔面に塗った、道化師の格好をした大男だった。
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