1 / 10
バラの花束
1
しおりを挟む
ルーイ連邦の首都・カミニには、星の数ほどの花屋がある。
網目のように張り巡らされた地下鉄、中心地と郊外を結ぶ鉄道、それぞれの各駅に必ずと言っていいほど小さな花屋があり、しかもその多くが深夜まで営業している。
それはつまり、いかにルーイ人が日常的に花を買う国民であるかを示しているわけだが、ではなぜ、かれらは昼夜を問わず花を買うのだろうか?
自宅に飾るため?
一年の半分近くを厳しい冬のなかで過ごすかれらにとって、花が咲き乱れる季節はなにより待ち遠しいものだ。鮮やかな花の色と香りに春を垣間見る、というのは一理あるだろう。
しかし、花が売れる一番の理由はそれではない。
ルーイの女性は強い。家庭でも職場でも男性は彼女たちの尻に敷かれがちだ。家庭における母親の地位は絶対的で、成人しても母親離れできない青年も多くいる。
そうなると、自然、男性は女性の機嫌を損ねないように気を遣う。もしも、たった1ヶ月でも恋人や妻へのプレゼントを怠ったらどんな目に遭うか、ルーイの男たちはよく知っている。
では、プレゼントとしてもっとも喜ばれ、間違いがないものはなにか?
それが花なのだ。
駅前や大規模な商業施設といった待ち合わせによく使われる場所では、必ずといっていいほど、花束を手に恋人を待つ男性の姿を見つけられる。これもルーイの日常的な光景だ。
約束の30分も1時間も前から、そわそわと恋人の訪れを待つ男たち。
そんなかれらを見かけるたび、軽蔑の眼差しを向ける男がいた。
アルマーズ・リースチヤ———名門マラザフスカヤ学園の理事長兼学長だ。
自宅マンションを出て最寄りのチハ駅から地下鉄に乗って20分。マラザフスカヤ学園を囲む森の入口にあるプリオゼラ駅で降りるのが、学長アルマーズの通勤ルートだった。
プリオゼラ駅は森のなかにあるオゼラ湖の最寄駅でもある。水面に白樺の木々が映り込む美しい湖畔はデートスポットとして知られているから、休日になると恋人たちが大勢やってくる。
アルマーズは休日出勤のたび、駅前で花束を手に点々と佇んでいる男たちを目にした。
健気なかれらは、遅刻しても余裕綽々の彼女に文句ひとつ言わず、満面の笑みで迎える。互いにひしと抱き合い、口づけを交わすと、私有地である学園側の入口とは別の開けた遊歩道から森へと姿を消すのだ。
暇な連中め。遊んでいる時間があったら本の一冊でも読んだらどうだ。
こうやって心のなかで悪態をつきつつ、羨ましいと思う本音に蓋をして、アルマーズは幼少時から現在に至るまで、ひたすら勉学に励み、働いてきた。
16歳の若さで国立カミニ大学に進学したかれは、小学生の頃の淡い初恋以来、色恋沙汰とは無縁だった。澄ました(アルマーズにはそう見えた)都会の女性たちにトキメキすら感じなかった。
それが35年のかれの人生。これまでの、人生だ。
網目のように張り巡らされた地下鉄、中心地と郊外を結ぶ鉄道、それぞれの各駅に必ずと言っていいほど小さな花屋があり、しかもその多くが深夜まで営業している。
それはつまり、いかにルーイ人が日常的に花を買う国民であるかを示しているわけだが、ではなぜ、かれらは昼夜を問わず花を買うのだろうか?
自宅に飾るため?
一年の半分近くを厳しい冬のなかで過ごすかれらにとって、花が咲き乱れる季節はなにより待ち遠しいものだ。鮮やかな花の色と香りに春を垣間見る、というのは一理あるだろう。
しかし、花が売れる一番の理由はそれではない。
ルーイの女性は強い。家庭でも職場でも男性は彼女たちの尻に敷かれがちだ。家庭における母親の地位は絶対的で、成人しても母親離れできない青年も多くいる。
そうなると、自然、男性は女性の機嫌を損ねないように気を遣う。もしも、たった1ヶ月でも恋人や妻へのプレゼントを怠ったらどんな目に遭うか、ルーイの男たちはよく知っている。
では、プレゼントとしてもっとも喜ばれ、間違いがないものはなにか?
それが花なのだ。
駅前や大規模な商業施設といった待ち合わせによく使われる場所では、必ずといっていいほど、花束を手に恋人を待つ男性の姿を見つけられる。これもルーイの日常的な光景だ。
約束の30分も1時間も前から、そわそわと恋人の訪れを待つ男たち。
そんなかれらを見かけるたび、軽蔑の眼差しを向ける男がいた。
アルマーズ・リースチヤ———名門マラザフスカヤ学園の理事長兼学長だ。
自宅マンションを出て最寄りのチハ駅から地下鉄に乗って20分。マラザフスカヤ学園を囲む森の入口にあるプリオゼラ駅で降りるのが、学長アルマーズの通勤ルートだった。
プリオゼラ駅は森のなかにあるオゼラ湖の最寄駅でもある。水面に白樺の木々が映り込む美しい湖畔はデートスポットとして知られているから、休日になると恋人たちが大勢やってくる。
アルマーズは休日出勤のたび、駅前で花束を手に点々と佇んでいる男たちを目にした。
健気なかれらは、遅刻しても余裕綽々の彼女に文句ひとつ言わず、満面の笑みで迎える。互いにひしと抱き合い、口づけを交わすと、私有地である学園側の入口とは別の開けた遊歩道から森へと姿を消すのだ。
暇な連中め。遊んでいる時間があったら本の一冊でも読んだらどうだ。
こうやって心のなかで悪態をつきつつ、羨ましいと思う本音に蓋をして、アルマーズは幼少時から現在に至るまで、ひたすら勉学に励み、働いてきた。
16歳の若さで国立カミニ大学に進学したかれは、小学生の頃の淡い初恋以来、色恋沙汰とは無縁だった。澄ました(アルマーズにはそう見えた)都会の女性たちにトキメキすら感じなかった。
それが35年のかれの人生。これまでの、人生だ。
0
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる