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バラの花束
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とある日曜日。プリオゼラ駅前。
駅舎と同じく赤煉瓦造りの古びた時計塔の針が午前11時を差した頃。
アルマーズはひとり、駅舎の脇でひっそりと営んでいる花屋の前で立ち尽くしていた。
服装はいつもの高級スーツではなく、普段着だった。淡いブルーのワイシャツの上に麻のジャケット、チノパンを着て、スニーカーを履いている。
6月に入って日中はすっかり暖かくなっていた。
緑は活き活きと生い茂り、そこかしこの公園の原っぱはタンポポの黄色い花で覆われていた。
自宅からプリオゼラ駅までの道のり、アルマーズは終始ハラハラしていた。駅に着いた途端、学園の関係者にばったり出くわしはしないだろうか、と不安だったのだ。休日出勤は珍しくないが、そのときはもちろんスーツ姿なので、私服でプリオゼラ駅まで来るのははじめてだった。
おれとしたことが、服装のことを考えていなかったとはなんと浅はかな……あれ学長、私服でどうしたんですか?と聞かれる状況は想定できたはず。その場しのぎにごまかすのは容易いが、こういうことは小さな綻びから露呈するものだ……。
揺れる車内でぶつぶつ言っているうちに、電車はアルマーズを目的地まであっという間に運んだ。
しかし、いまではそんな心配は些末なこととして、かれの頭のなかからすっかり吹っ飛んでいた。なぜなら、もっと重大な問題が持ち上がったからだ。
『おい、まさか手ぶらでマリオンに会うつもりか?』
プリオゼラ駅に着いたアルマーズが改札を通り抜けたときだった。考え事をしていたかれは背後からいきなり腕を掴まれ、耳元でそう囁かれた。
声の主人はそれ以上はなにも言わずアルマーズのそばを離れ、振り返ったときにはすでに姿はなかった。
人の流れに押されて駅舎を出たアルマーズは、眉間に深々とシワを寄せて唸った。
目の前の広場には、花束を手にした男たちの姿があった。
あの野郎、うまく巻いたと思ったのに……いまのは、プレゼントを用意しろ、ということか?そうか、おれをマリオンから引き離す口実にするつもりだ。プレゼントだ、なにかプレゼントを用意しなくては!
そう焦ったアルマーズが目に留めたのが、花屋だった、というわけだ。
✳︎
「彼女?奥さん?」
花屋の店員がアルマーズに声をかけた。どうやら、険しい表情で立ち尽くしているかれの様子を見かねたらしい。
肉づきのいい中年女性で、長いカーリーヘアを大きな髪留めでひとつにまとめている。可愛らしい花柄のエプロンをつけ、その色鮮やかな模様や店先に並ぶ花にも劣らない笑顔をアルマーズに向けていた。
「彼女でも奥さんでもないが……」
「はじめてのデートってことね。好きな花は?」
「わからん。花が嫌いということはないと思うが」
「こんな素敵な男性からのプレゼントを喜ばない人なんていないわよ。もし文句を言うようだったら、すぐに別れるべきね」
「そんなセールストークはいらん。せっかく贈るんだ、一番喜ぶ花がいいんだが……」
アルマーズは困り顔を駅舎のほうへ向けた。
ひっきりなしに人の出入りがある入口の扉の脇に、小柄な人物が立っていた。
黒のキャップを目深にかぶり、レンガ造りの壁にもたれてタバコをふかしているのは———パパだった。艶々のブロンドヘアはキャップのなかにきっちり収めている。
“パパとその息子たち”を護衛として雇って以来、四六時中、一味のだれかがアルマーズの身辺を張っていた。
アルマーズは、「おれを守れ」と言った手前、かれらを追い払うわけにいかず、執務室の外でマリオンと過ごす機会を作れずにいた。寮暮らしのマリオンの部屋にはもちろん行けない。やっとのことで休日に落ち合う算段を立てて迎えた当日、護衛に現れたのは、よりにもよってパパだった。
極秘扱いだったはずのマリオンとの初デートをどこからか嗅ぎつけ、邪魔しにきたに違いない。
アルマーズは確信した。
いったいどこから情報が漏れたのか突き止めねばならないが、それは後。
目下の問題は、何十種類とある花のなかからどれを選べばいいのか、だ。
駅舎と同じく赤煉瓦造りの古びた時計塔の針が午前11時を差した頃。
アルマーズはひとり、駅舎の脇でひっそりと営んでいる花屋の前で立ち尽くしていた。
服装はいつもの高級スーツではなく、普段着だった。淡いブルーのワイシャツの上に麻のジャケット、チノパンを着て、スニーカーを履いている。
6月に入って日中はすっかり暖かくなっていた。
緑は活き活きと生い茂り、そこかしこの公園の原っぱはタンポポの黄色い花で覆われていた。
自宅からプリオゼラ駅までの道のり、アルマーズは終始ハラハラしていた。駅に着いた途端、学園の関係者にばったり出くわしはしないだろうか、と不安だったのだ。休日出勤は珍しくないが、そのときはもちろんスーツ姿なので、私服でプリオゼラ駅まで来るのははじめてだった。
おれとしたことが、服装のことを考えていなかったとはなんと浅はかな……あれ学長、私服でどうしたんですか?と聞かれる状況は想定できたはず。その場しのぎにごまかすのは容易いが、こういうことは小さな綻びから露呈するものだ……。
揺れる車内でぶつぶつ言っているうちに、電車はアルマーズを目的地まであっという間に運んだ。
しかし、いまではそんな心配は些末なこととして、かれの頭のなかからすっかり吹っ飛んでいた。なぜなら、もっと重大な問題が持ち上がったからだ。
『おい、まさか手ぶらでマリオンに会うつもりか?』
プリオゼラ駅に着いたアルマーズが改札を通り抜けたときだった。考え事をしていたかれは背後からいきなり腕を掴まれ、耳元でそう囁かれた。
声の主人はそれ以上はなにも言わずアルマーズのそばを離れ、振り返ったときにはすでに姿はなかった。
人の流れに押されて駅舎を出たアルマーズは、眉間に深々とシワを寄せて唸った。
目の前の広場には、花束を手にした男たちの姿があった。
あの野郎、うまく巻いたと思ったのに……いまのは、プレゼントを用意しろ、ということか?そうか、おれをマリオンから引き離す口実にするつもりだ。プレゼントだ、なにかプレゼントを用意しなくては!
そう焦ったアルマーズが目に留めたのが、花屋だった、というわけだ。
✳︎
「彼女?奥さん?」
花屋の店員がアルマーズに声をかけた。どうやら、険しい表情で立ち尽くしているかれの様子を見かねたらしい。
肉づきのいい中年女性で、長いカーリーヘアを大きな髪留めでひとつにまとめている。可愛らしい花柄のエプロンをつけ、その色鮮やかな模様や店先に並ぶ花にも劣らない笑顔をアルマーズに向けていた。
「彼女でも奥さんでもないが……」
「はじめてのデートってことね。好きな花は?」
「わからん。花が嫌いということはないと思うが」
「こんな素敵な男性からのプレゼントを喜ばない人なんていないわよ。もし文句を言うようだったら、すぐに別れるべきね」
「そんなセールストークはいらん。せっかく贈るんだ、一番喜ぶ花がいいんだが……」
アルマーズは困り顔を駅舎のほうへ向けた。
ひっきりなしに人の出入りがある入口の扉の脇に、小柄な人物が立っていた。
黒のキャップを目深にかぶり、レンガ造りの壁にもたれてタバコをふかしているのは———パパだった。艶々のブロンドヘアはキャップのなかにきっちり収めている。
“パパとその息子たち”を護衛として雇って以来、四六時中、一味のだれかがアルマーズの身辺を張っていた。
アルマーズは、「おれを守れ」と言った手前、かれらを追い払うわけにいかず、執務室の外でマリオンと過ごす機会を作れずにいた。寮暮らしのマリオンの部屋にはもちろん行けない。やっとのことで休日に落ち合う算段を立てて迎えた当日、護衛に現れたのは、よりにもよってパパだった。
極秘扱いだったはずのマリオンとの初デートをどこからか嗅ぎつけ、邪魔しにきたに違いない。
アルマーズは確信した。
いったいどこから情報が漏れたのか突き止めねばならないが、それは後。
目下の問題は、何十種類とある花のなかからどれを選べばいいのか、だ。
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