死か降伏かー新選組壬生の狼ー

手塚エマ

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第二章 綾なす姦計

第一話 付け火

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難儀なんぎどしたなぁ、ほんまに」


 と、無残に焼け落ち、重なりあう柱や瓦を佑輔が掻き集め、手押し車に投げていると、見知らぬ新造しんぞから労わりの声をかけられた。

 揚屋から戻った数日後。
 洋学塾の学舎として、堤が借りていた一軒家が、付け火に合って全焼したのだ。
 

「火付けの下手人は見つからはったん?」
「いいえ」
 
 佑輔は、はにかみながら俯いた。


「どうせ、帝の御膝元で洋学を教えるなんて不敵だという、攘夷じょうい浪士の仕業ですから」
 

 後始末を中断した佑輔は、すすと汗で真っ黒になった顔を、肩にかけた手拭で拭く。


「攘夷だの尊王だの、言うてはるけど。うちらには、さっぱりわかりまへんなぁ」

「攘夷派は、欧米諸国との外交を拒否する者の集まりです。今帝の孝明天皇の、異常なまでの異人嫌いが発端です。帝がそう仰せになられるのであれば、帝の御意思を尊重し、国への上陸を阻止するべきだと、尊王攘夷派は唱えます」

「うちらかて御上を敬っておりまっせ。それはその……。尊王何とかに、あたるんどすか?」 

「帝を敬うだけなら、神仏を敬う気持ちと同じです。何の咎めも受けません。ただし、今回の付け火のように、夷てき、つまり帝の意向に逆らって、外国人に組みするやからは不敬だとして、抹殺しようとするのなら、あなたは尊王攘夷派ですねと、言われます」
 
 佑輔は和やかに、そして出来るだけ端的に説明した。

 難しい話を、難しく話すのは簡単だ。

 込み入った話を誰にでも、わかるように説明するには、語彙力ごいりょくこそが、ものを言う。
 語彙力こそが学問のかなめなのだと、師である堤は提唱する。

 佑輔は、師の信念を踏襲とうしゅうする。


「ほなら、洋学塾の先生しはるんのも、命懸けやね」
 
 手拭で頬被りをしている御新造ごしんぞは、重そうに抱えた立派な西瓜すいかを、ぐいと佑輔に押しつけた。

「冷やしといたし。皆で元気、出さはって」 
 
 か細く驚きの声をあげた佑輔が、礼を述べる間も与えずに、気恥ずかしげに走り去る。

 佑輔は、その後ろ姿をあっけにとられて見送ると、手押し車の引き手に座り、キセルをふかす堤に西瓜を差し出した。

「珍しいこともあるものですね」

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