死か降伏かー新選組壬生の狼ー

手塚エマ

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第二章 綾なす姦計

第十四話 それはない

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「花村さん」
 
 翌朝、花村が蔦屋の井戸端で歯を磨いていると、佑輔にか細い声で訊ねられた。

「千尋さんが通う女性って、どんな人なんですか?」
 
 佑輔は井戸の縁に気怠げに腰かける。
 起きぬけなのか、目が赤い。
 手早く口をゆすいだ花村は、濡れた口元に手拭をあてががい、いぶかった。


「千尋さんの……ですか?」

 花村は驚き、目を見張る。
 

「……さぁ。私は存じ上げませんが」
「そんなはずないでしょう!  昨夜ゆうべだって出かけたはずです!」
「昨夜……?」
 
  佑輔がムキになって声を荒げた刹那、やっと合点がいったように、花村が柔和に目尻をゆるめた。


「それはないでしょう、久藤さん」

 花村は朗らかに言い放ち、泣く子をなだめるように説きつける。


「だって、昨日は紋付袴でお出かけになられましたよ。女の所に通うのに、正装してたらおかしいでしょう」
 
 久藤は、昨夜は店には来なかった。
 だが、きっとどこかで千尋に会ったに違いない。

 その際、女の所に通うのだからついてくるなと、追い払われでもしたのだろう。

 佑輔の純朴さが微笑ましくなり、父が子に注ぐ眼差しでもって、花村は佑輔を包み込む。
 当の佑輔といえば、指摘をされて初めて気づいたように絶句する。
 

 しかし、すぐに顔に真っ赤にすると、猛然と身を翻して庭先を去る。
 そうして肩をそびやかせながら千尋を探し、 朝餉あさげの支度に追われる くりやの前を通りかかった時だった。

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