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第三章 LOSE-LOSE

第十六話 新選組発動

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 土方は、あまり酒が得意ではない。

 それでも、隊が初めておおやけに功をせいした祝宴だ。
 意気揚々の隊士等の、しゃくを拒み、気概をそぐのは本意ではない。

 ましてや面子めんつを潰されたなどの私怨しえんになっては、士気にも関わる由々しき事態。
 土方は渋い顔をしながらも、隊士の酌は残らず受けた。

 その傍らでは近藤が、両脇に芸妓をはべらせ、次から次へと杯を傾け、一人で悦に入っている。


 一方、近藤を挟んで土方の対極に座る山南は、土方と同列の副長の地位にありながら、ひら隊士達の視界にも、女の視界にも入らないのか、見るからに侘しく手酌で酒を呑んでいる。
 

「山南先生。おひとつ、いかがですか?」
 
 声をかけられ、ふと目を上げると、徳利とっくりを掲げた沖田がふわりと笑んで膝をつく。
 色白で、優しい顔立ちの沖田が奥二重の目尻や頬を、ほんのり紅潮させている。

 まるで生娘のような色香が漂い、ドキリとする。


「先生は、よしてくれよ」
 
 山南は快く酌を受けると、すかさず沖田に返杯した。暑苦しくなり衿を広げ、胡坐をかいて言い返す。


「君の方こそ、その若さでこれから一番隊隊長の重責を担うんだ。大したもんだよ、沖田先生」
「いやだなあ。私は単に使い勝手がいいだけですよ」
 
 この男にしては珍しく、呂律ろれつが怪しくなっている。
 人当たりが良く、美男の沖田に酌をしたがる隊士が大勢いたのだろう。


「ところで、山南さんは短銃を扱ったことは、ありませんか?」
「短銃? ピストールかい?」
「はい。実は、これなんです」

 沖田は膝の上で紫のふくさを左右に開き、銀の銃身をちらりと見せた。


洋銃指南ようじゅうしなんの方々も、短銃となると勝手が違うとおっしゃられて困ってるんです。山南さんは博学でいらっしゃるから、扱いもご存知なんじゃないかと思って」
「とんでもない。私だって実物なんて初めて見たよ」
 
 山南は両手を胸の前で振りながら、大きく体をのけぞらせ、手に取ろうともしなかった。

 ほどなく芸妓をはやしたてる野太い声と、手拍子と、三味しゃみの音色にあわせつつ、酔った隊士が尻からげをしてを踊り出す。


「……そうですか。申し訳ございませんでした。こんな無粋な話をして」
 
 しゅんと肩を落とした沖田は、絹のふくさを折り畳む。
 しかし、口調も動作も緩慢だった沖田がふいに、真顔になる。 

 沖田は人目を避けながら、廊下に出ていく土方の背中を目端で捉えていた。

「失礼、先生。私もちょっとはばかりに」
 
 すっくと沖田は立ち上がり、一礼をして後を追う。

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