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第一章 勇者殺しの勇者
第39話 不殺の殺人鬼と有色透明人間
しおりを挟むドアノブを回し、扉を開ける。
扉の向こう側、ほの暗い廊下に立っていたのはマシロだった。
風呂に入ったあとだったのか身体から少しだけ湯気が立っており、髪や肌が艶めいていた。そして仄かに柑橘系の香りがした。なんだかそれがいい香り過ぎて軽くくらっとする。
「こんばんは」
「マシロなにしてんの?」
「私のこと見える?」
「あ、ああ。見えるけど」
「よかった」
マシロは控えめに笑った。色々と唐突過ぎるな、この子。
「あれ、カンナとかミカエルたちと一緒じゃないのか?」
「それが今誰にも私の事見えてなくって。で、あなたがまだ宿にいるって聞いたたからお風呂入ってから来たの」
「なるほどね。もしかしてリアたちとも一緒にいたとか?」
「そう」
「やっぱり」
どうやら街の散策にリアやシャルロット達と共にミカエル達のパーティも同行しているようだ。
「それでどうして俺のとこに?」
「あなた一人じゃ寂しいと思って」
「随分優しいな」
「ってのは半分嘘であなたは私のことがよく見えるから」
確かに周りの人はマシロが見えていないのにノウトには見える、といった状況が多いといえば多い。
それがどうしてなのかは全く分からないし、予想もつかないけど。誰に話しかけても反応が返ってこないなんて想像もつかない。
「まぁ無視され続けるなんて嫌だしな。俺でいいなら話し相手になるけど」
「ありがとう。あなたも優しいね」
ノウトはそれに対して微笑んでみせる。でもその笑みは何処と無くぎこちない表情になってしまった。
それが自分でも分かってしまう程だ。あっ、今ちゃんと笑えてなかったな、みたいな。
どうしてちゃんと笑えなかったのか自分自身よく分からなかった。ただ分かろうとしなかっただけなのかもしれない。
「………」
マシロはもじもじして軽く俯いている。
何か自分から持ち掛けることがあって来た訳じゃなくて本当に俺に会いに来たのか? 話し相手になる、と言ってみたもののどうするべきかはあまり思い付かなかった。
咄嗟に思いついたことをそのまま口に出す。リア達と食事を取る予定だったけどあっちはあっちで食べているだろう。
「そう言えば……俺まだ晩飯食ってないんだけど、マシロは食べた?」
「い、いやまだ」
「じゃあ、飯食いに行くか」
「うん」
ノウトは扉を後ろ手で閉めてから鍵を掛け、二人で歩き出した。
特に盗まれて困るものもないし、鍵すらかける必要なんて無いと思うが一応掛けておく。リア達が戻ってくるのは一、二時間後なのでまだまだ余裕はある。先にリア達が帰ってくることはないだろう。
宿から出て店を探しに歩く。
すっかり夜の帳が落ちて街灯と家々から漏れる灯で道は照らされていた。
空に見える星は宗主国アトルで見た時よりいっそう綺麗に見えた。
マシロはノウトに目を合わせながら、
「よかった。この身体だと何か食べるのも大変で」
と、冗談めかしく笑う。
「いやそれ笑い事じゃないだろ。今までどうしてたんだ?」
「エヴァとかカンナ達と会う前はほんと大変だったの。どんなにお店の人に呼び掛けても反応なくて困ってどうしようかと」
「それは、ほんとに大変だったな……」
「うん。でも1回だけ奇跡的に露店の人に話しかけられてさ。その時焼き鳥食べたんだよね。あれは美味しかったなぁ」
「声かけられて貰えて良かったな。焼き鳥か~。そう言えば俺も食べたな確か」
「ほんと?」
「ああ。でもリアと俺の分で焼き鳥二つ貰った時にリアもアイスクリームを俺の分まで貰ってきてさ。あの時はお腹キツかったなぁ。美味しかったけど」
「そうだったんだ。ふふ」
マシロは静かに、でも確かに笑った。
それが今まで見たことないくらいとても綺麗に見えて、しかしどこか既視感もあって。
表現し難いほどの不思議な感覚に陥って軽くぼーっとするがすぐに我に返る。
「どうしたの?」
マシロが小首を傾げる。
「いや、なんでもないよ」
「そう」
彼女は俯いて少し考えてから、
「あの、私行きたいお店があって」
「おお、じゃあそこ行こうか。どこにあるか分かる?」
「えっと、そこの角を曲がったところにあると思うんだけど」
マシロの言う通りに歩いていく。路行く人々はまばらで昼見た時よりはその数が少なくなっていた。
横を通る人は総じてこちらを見てくる。
夜だと左手甲で朧げに光る〈エムブレム〉が余計目立つのだ。
初めはその視線が気になってはいたが流石に慣れてしまった。いや、でも完全に慣れた訳では無いかな。特に気にしなくなった程度で、そんなじろじろ見るなよ、と思う節は確かにある。
今、道行く人はマシロのことが見えているのだろうか。その視線から察することは難しいが恐らく見えていないのだろう。
マシロと話す時、横を通る人は少し目を見開いて、ぎょっとする。それが自分が勇者だからなのか、マシロが見えていないでノウトが独り言を言ってるように見えたのか、もしくはそのどちらか。そのどれかは分からないが、まぁどうでもいいことだ。何も、気にしなくていい。
「ここだよ」
マシロが目の前にある店を指差す。
この街の中では比較的こじんまりとした印象を受ける。
道を歩いているだけではこの店が料理店なのかも分からないかもしれない。
看板には『エラスティス』と店名だけが至極簡潔に書かれていた。その単語の意味はよく分からない。
ノウトがその店の扉を開けて中に入る。
内装は泊まっている宿よりも落ち着いた雰囲気で居心地の良い感じがした。
見渡すと奥の方に厨房が見え、他に客が二組ほどいた。その客も店主もこちらを見るなり目を丸くして、こちらを見ていた。
店主らしき人はカウンターからこちらへ歩いて来て「勇者様、お食事でしょうか?」と少し怯えたような表情で言ってきた。その顔がどこか嫌そうな顔にも見えてしまった。
「ええ。えっと、もしかしてダメだったり……?」
「いえいえいえ! とんでもない! わざわざ私の店なんかに足を運んで頂きありがとうございます……! 空いてる席にご自由にどうぞ!」
ノウトは「分かりました」と返事をしてから適当に壁際の二つ椅子のあるテーブルにつく。
視線や物腰から彼等はマシロが見えていないのだろう。
それにしても厄介過ぎるだろ。誰とも意思疎通出来ずに誰にも認識されないなんて自分なら耐えられないかもしれない。いや耐えきれないと断定出来る。
机に置かれた見開きのメニューをお互いで共有して見る。マシロが目を通したのを確認してからパラパラとページを捲る。しかし、どの料理の名前もよく分からない。
ドルマス、ホルタ、ホリアティキ、ナガサキ、ムッサカ、スヴタラキ、ギロピタ、クレフティカetc……と意味の分からない単語の羅列のみでそれがどんな料理か想像も出来ない。呪文かなんかかな。意味が分からな過ぎる。
この世界では口頭でのコミュニケーションで困ったことは特にないが、文字や書かれている言葉には時々意味不明なものがある。
料理名や地名にはそういうものが非常に多い。
「どれにしようかな……」
マシロは真面目な表情でメニューを見ていた。
「どれがどういう料理か分かるのか?」
「いや全然」
「なんだよ」
そんなに悩んでるから理解出来てるのかと。
名前から推測も出来ない料理を注文するのにどんな料理かも分からないから悩む必要も特にはないだろう。意味の分からないものから
適当に一つをチョイスする。『ナガサキ』という料理だ。どこか親しみのある名前だと思った。
「俺決まったけどマシロ決まった?」
「うん。このナガサキってやつ」
「おお。俺と同じだ」
「ほんと? 凄い。奇跡だね」
「な」
「ご注文お決まりでしょうか?」
マシロと二人小さな奇跡を分かち合っていると店主が気を利かせて注文を促してくる。
「じゃあ、このナガサキというのを二つ」
「承知致しました。以上で宜しいでしょうか?」
「はい。大丈夫です」
ノウトがそう言うと店主は会釈をしてから厨房に戻っていった。
店内を見渡す。壁を見遣ると小綺麗で趣味の良さそうなアンティークが酒瓶と共に壁に取り付けられた戸棚に並べられている。しばらくするとマシロが頬杖をつきながらこっちを見て、
「アヤ」
と言ったので何のことかと混乱したが以前マシロが自分のことを『アヤ』と呼んでいることを思い出す。
「……もしかして俺のこと?」
「うん」
「いや、なんで……。まぁ別にいいけど」
特にそれを咎める理由もない。呼ばれた時にすぐにそれに反応出来る気はあまりしないけど。
「アヤは、リアさんが魔皇の協力者ってやつ。どう思う?」
「そ、それか」
今の今までそれ関連の話が出てこなかったのでてっきりマシロはどうでもいいのかと思っていたがそうではないようだ。
「どう思うって……。難しい質問だな」
「信じられる?」
「まぁ、信じてはいるけど。でもそれよりも俺はフェイがなんか、気に食わないというか、そっちに意識がいったかな」
「あっ私も、かな」
マシロが少しだけ首を傾けてから頷く。
そこで店主が料理を両手に持ちこちらに運んでくるのが見えた。
店主はノウト達が頼んだ料理を机に並べる。
それがめちゃくちゃいい匂いで一瞬嗅いだだけで腹の奥がぐぅっと唸る。
「こちらナガサキとディオルユ産のスヴタラキ二つずつ、そして主菜のパンですね」
そう言われてもどっちがどっちなのか名前を言われても分からない。っていうかスヴタラキとかって────。
「あのスヴタラキってやつ頼んでないんですけど」
「こちらはサービスとなっております。勇者様がおいでくださったので、当然ですよ」
そう言って店主は微笑む。かっこいいかよ。
「いや、ほんと、ありがとうございます」
「いえいえ。どうぞごゆっくり」
店主はマシロとノウトそれぞれに会釈をする。気前が良すぎる。ただでさえお金を払わないで頂いてるのにこんなことしてもらっていいのか。
「……あれ? 私の事見えてたのかな」
「あっ確かに」
「これも二つずつだし、ね。やった」
「良かったな。じゃあ早速頂こうか」
「うん」
ノウトとマシロはそれぞれ「いただきます」と礼儀良く挨拶をしてからカトラリーを持って食べ始めた。
どっちがナガサキでどっちがスヴタラキなのかは分からないがどちらも本当に美味しそうだ。
片方は塩の匂いのする焼かれた肉が皿に盛り付けられていた。
見た目はとてもシンプルな料理だけど口にすると見た目を超えたその美味しさに驚く。何の肉なんだろう。固めの肉ではあるのだが、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出て、それを味わっているだけで肉は噛みきれている。
塩や香辛料がまぶしてあるので少し辛味があり病みつきになりそうだ。
いくらでも腹に入る気がする。気が付くとその皿はお互い空になっていた。
そしてもうひとつの料理。真四角の、手のひら大のチーズだ。それがこんがり焼けて所々溶け、泡立っている。その上には胡椒がかかっていた。それをパンと共に口に運ぶ。
「美味い……」
思わず口に出す。「ほんとね」とマシロが嬉しそうに食べながら同意する。
美味いチーズってこんな感じなんだってことをしみじみ感じる。これは美味しい。うん。
「街の人がここの料理が美味しいって言ってて。だから来たかったの」
「マシロは、チーズが好きとか?」
「うふふ。まぁそんなとこ」
マシロが本当に幸せそうに笑ったのでこちらも釣られて笑ってしまう。
正直、心に不安の二文字が無いことなんて一切ない。
常に手に汗を握っている。
無理はしなくていい、なんてさ。俺だって出来るだけ無理なんかしたくない。
でもやらなきゃいけない。リアやヴェロアを守る為にも。
人を殺した俺でもまだ、生きててもいいんだよな……?
食べながらそんなことを考えているとなんだか、鼻の奥がいつかと同じように熱くなって、目頭を抑えた。
「どうしたの? 大丈夫?」
マシロがノウトの顔を覗き込む。
「ああ、大丈夫だよ」
ノウトは目を少し擦ってから、微笑んでみせる。
「そう」
マシロが哀しい目をしたように見えた。
それが憐れみなのか、同情なのか。ノウトにはよく分からなかった。
ノウトは覚悟を決めた。マシロには言うべきだ。真実を語るべきだ。
「マシロ、ごめん。俺、嘘言ってた」
「うそ?」
「ああ。全部、嘘だったんだ」
「ぜ、全部?」
「まず、リアは魔皇の手先なんかじゃない。俺が魔皇の、ヴェロアの仲間なんだ」
「アヤが、そうなの? ……えっと、ごめん、色々わかんない」
「俺も、ごめん。唐突で」
「いや、いいよ。私に言ってくれて、ありがとう」
マシロは少し驚いた様子は見せたが特にこれといって騒ぎ立てはしなかった。
ただ淡々と言葉を紡いでいく。
それがマシロだ。彼女らしいといえば彼女らしい。
「それでお願いがあるんだ」
「うん」
「魔皇を、殺さないで欲しい」
「いいよ」
マシロはしっかりとノウトの目を見てそう言い切った。
「……えっ? そんなあっさり、いいのか?」
「うん。だってアヤは私たちを傷付けるつもりはないんでしょ?」
「ああ。こちらが被害を受けない限りは絶対に危害を加えないよ」
「だよね。それに、魔皇討伐ってやつ、みんなあんまり興味ないんじゃないかな」
「そ、そうなのか?」
「うん。お金積まれたり、記憶が戻るって言われても、人を殺すなんて正気の沙汰じゃないし。フェイって人は別だけど」
「そう、だよな……。確かに」
「だから、ミカとかスクードとかは私達でも暮らせる場所を探してこうやって魔皇さんの方に向かってるふりをしてるんだよね。ふり、というか実際そうではあるんだけど」
「ま、まじか。俺の知らないところで結構みんな、考えてたりするんだな……」
「うん。だから気にしなくて大丈夫だよ。他のパーティは分かんないけど私は特に魔皇さんに危害を加えるつもりはないからさ」
「そうか……。なら、安心したよ」
ノウトはほっと胸を撫で下ろす。
自分だけじゃないんだ。悩んでいるのはみんな同じで、それぞれが悩んで、それぞれ結果を出して前に進もうとしてる。それに自ら歩み寄らなきゃ分からないこともある。
「魔皇さんはアヤの友達?」
「いや、その、ヴェロアと共にいた記憶は無くなってるんだけど彼女の部下だったらしいんだ、俺」
「へぇ~。部下かぁ。なんかそれっぽい」
「それっぽいってなんだよ」
「ふふ。あれ、というか彼女? 魔皇さんって女性なんだ」
「そうなんだよ。丁度マシロと同じくらいの女の子でさ」
ノウトはマシロに今まで人に隠してきたことを全て話した。
リア以外には言っていないことだった。
心に縛りつけたられたものだった。
それを語ることで気持ちが楽になった。
彼の心は、少しだけ宙に浮くように軽くなった。
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