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第二章 蹉跌の涙と君の体温
第5話 息をすることさえ億劫で
しおりを挟む「…っ……ぅ………ぁ……だ、……く、そ……」
「テオ!! 行くなよ、行かないでくれ!」
「……そ、こに、……だ……れか……ぃる……か……」
「いるよ、テオ! ここにいるから! おい、テオ!! なんで………!! なんでだよ……!!」
「………ぉ……ナナ、セ………ごめ……、な……」
「おい……!! テオ……何がごめんだよ……!! 謝ることなんて、なにも……!!」
「………な、……見え、な、………、きこえ、………よ……」
「行かないでくれ……頼むから………テオ………っ!!!」
彼に手を伸ばすように俺は飛び起きた。右手は空虚にも、虚空を握り締めていた。
頭を起こして、周りを見渡す。
瓦礫、そして何かの残骸。それのみが風景を為して俺の視界を象っている。
起きたら全て夢だったら、なんて思わずにいられない。この光景は目に毒だ。本当にぞっとしない。
「あっ、ナナセ」
「……うっす」
後ろからした声に振り向き、彼女の顔を見る。
彼女はアイナ。ツーサイドアップの髪が特徴的な少女だ。その隣にいる寡黙な少女はヴェッタ。愛称はヴェティ。彼女が喋ってるところは一度や二度くらいしか見たことがない。
アイナはすたすたと歩いて俺の隣に座った。
「……俺、もしかして結構寝てた感じ?」
「寝てたって言うか、倒れたってカンジ? ずっとフェイ探しててその途中でバタって倒れちゃったんだもん、ナナセ」
ヴェティがアイナの隣に座った。ヴェティの目は常に虚ろだ。まるで見えない何かを探しているような瞳をしている。
「………結局、見つかんなかったね、フェイ」
「……な」
あいつは昨日の大災害が起きてから姿を消してしまった。あいつを見たってやつはいないし、勿論、死体を見たやつもいない。
「この〈エムブレム〉の形も……やっぱり、そういう事なの、かな」
アイナが呟く。
俺達、勇者全員がその左手の甲に淡く光り輝く紋章を持っている。
五芒星とそれを囲む二つの同心円。それが〈エムブレム〉だ。
しかし、今の俺らのそれは今までと様相が変わっていた。五芒星の角二つが暗く沈んでいる。歪な形となった〈エムブレム〉が俺らにあるひとつの可能性を示唆していた。
その可能性は既に事実となって俺らの心を蝕んでいく。
テオとフェイは死んでしまったのだ。
俺らのパーティは俺とアイナ、それにヴェティだけ。
何がなんだか分からないうちにそれは訪れて、気がついたら心の痛みだけが残っていた。
なんなんだよ、これは。
おかしいだろ。
目覚めてまだ五日と経っていない。仲間がこんなにも早く居なくなってしまうなんて。
心が、軋む音がする。
早くここから逃げ出したい。
俺は。俺だけは知っていたんだ。こうなる事実を。この結末を。この大災害が起きてしまうことを。
俺なら………止められたのかもしれない。
「……テオとフェイ、まだ居なくなったって信じられないや」
アイナが呟く。
「二人とも、何考えてんのかわかんない奴だったけど、死ぬと……悲しいもんだね……」
彼女の目の下は赤みがかっており、それが今まで泣きじゃくっていたことを語っていた。
昨日の夜更け、須臾の間に巻き起こった大災害。
俺はその時、寝付けなくて宿のテラスで本を読んでいた。勇者の歴史についての伝記だ。俺は記憶が失くなる前、本を全く読まない人間だったのだろう。目が滑りまくって全然内容が入ってこなかった。
突然、地鳴りと共に大きな揺れが起きた。
そこから先はあまり覚えていない。
俺は咄嗟に《永劫》を使って降ってくる瓦礫を防いで、なんとか今生きのびているが、室内でぐっすり眠っていたテオは瓦礫で潰されていて────
「……ダーシュのとことか他のパーティみんなだいぶ前に先行っちゃったけど、どうする?」
「…………どうする……って言ったって」
俺はこの大災害の犯人を知っている。否、知っていた。ただの夢だと思っていた。ふざけた俺の夢だと。しかし、実際に起こってしまった。
俺が夢のことをきちんと皆に話していたら────
違う。それは単なる結果論だ。起きてしまったことはもう戻らない。時が戻るなんてことは有り得ないんだ。
「……アイナはどうしたい?」
「私は…………」
彼女は膝に顔を埋めて、小声で呟いた。
「なんだろ………どうしたいんだろ……もう、わかんないや……」
俺たち三人は一晩で二人の仲間を失った。パーティの五分の二を失ったのだ。
もう、こうなってくると魔皇討伐とやらもどうでも良くなってくる。三人じゃ、無理だ。魔人領に行ったところで直ぐに命を落としてしまうのが関の山。
ヴェティを、アイナを。
俺は死なせたくない。これ以上仲間を失いたくない。傷付けさせたくない。
「ヴェティは……どうしたいの?」
「…………」
彼女は口を固く結んで開かない。その目には生気がない。虚ろな瞳でただ地面を見つめていた。
記憶もなしに目覚めて、魔皇を倒せと言われて、仲間が二人も死んで。
それで落ち込まないわけがない。ヴェティが口を開かないのも頷ける。
「…………俺らは、もうさ。魔皇討伐とか無理だと思うんだ」
俺は重い唇をなんとか動かして話す。
「三人だし、他のパーティには絶対に勝てない。そうなると魔皇討伐に参加するメリットも完全に無くなる」
魔皇討伐は宗主国アトルの国王曰く、早い者勝ちだ。一番早く魔皇を倒したパーティ以外に恩恵は一切ない。
「そう、だね……」
アイナは複雑そうな顔で頷いた。
「………俺らさ、もう逃げない?」
俺は心に潜むざわつきを無視して、俺はその言葉を口に出す。
「……逃げるって、どこに?」
「ほら、人間領は広いだろ? 来た道を戻ってもいいし、なんなら北レーグ大陸に行ってもいい」
「逃げて、生活はどうするの?」
「………」
「私たちは勇者の恩恵で宿代も食費もなしに生活出来てる。服だってそう。魔皇討伐に向かわないで戻ってきた勇者にそんな慈悲あると思う?」
「……じゃあ、働いて稼ごう。ほら、〈神技〉を活かせばなんとか───」
「勇者を雇ってくれるところなんて、……ない」
アイナは俺の目を見て静かに言った。
「私達は魔皇討伐に向かうからこそ今生かされてるんだよ。魔皇を倒しに行かない勇者なんて、勇者じゃない」
彼女の言うことは尤もだ。でも、……だからってどうすりゃいい?
俺は彼女らを傷付けたくない。魔人領に向かえば彼女たちを傷付けることになる。
「……ナナセ、あんたそれ本心じゃないでしょ」
「えっ?」
アイナはその整った顔で俺の顔をみつめた。
「逃げようってやつ。もっと他にしたいことあるんじゃない?」
「そ、そんなこと……。俺は………………」
言わないように。気を遣われないように。
そんな心の城塞が、何かの切っ掛けで崩壊した。
「…………お前らを傷付けたくないんだよ」
心からそれが溢れて───
「もう、誰も失いたくないんだ……………」
気付いた時には全てを口に出していた。
ハッ、と我に返り、自分が何を言ってしまったのかを頭の中で反芻する。やばい、何から何まで言い過ぎた─────
「………私も同じだから」
アイナが口を開き、
「私も、ヴェティと……ナナセを失いたくないから」
消え入るような声音で話す。
「だから」
彼女は視線を地面から俺に移して、
「本心で話して欲しい。思うところがあるんでしょ? 私達でよかったら話して。だってずっとナナセの様子、おかしいもん」
「………俺、そんなに変だった?」
「うん。とゆーか、思い詰めてるカンジ? テオとフェイがいなくなったこと以外にもなんか思い悩んでるって顔してる」
なんでもお見通しかよ。っていうか俺が顔に出やすいタイプなのか? そうに違いない。うわあ恥っず。マジか。
こいつらに失望されたくないと思い、口に出さなかったことがある。大災害が起きてから俺はずっと頭の片隅でこのことについて思い悩んでいた。
アイナとヴェティなら、いいかな。
もう俺らは三人だけのパーティになった。今更隠し事なんて無用だろう。
「…………お前らなら話していっかな……。落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
「う、うん」
「─────この世界は、」
俺はヴェティとアイナの顔をそれぞれ見てから、言葉を紡いだ。
「─────二周目なんだ」
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〈時〉の勇者
名前:ナナセ・トキムネ
年齢:17歳
【〈神技〉一覧】
《永劫》:触れたものの時を止める能力。
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