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第二章 蹉跌の涙と君の体温
第11話 繋がっているからこそ、すれ違って
しおりを挟む「……ごめん完全に迷った」
地図を片手にしたアイナが放心気味に呟く。
「ちょっ……! マジで言ってんのかよそれー!」
ナナセが情けない声を出してアイナの持つ地図をひったくる。地図を見ても自分の居場所までは分からない。だからここがどこかも分からない。
完全に不覚だった。瞬間移動能力を持ったアイナがいればすぐにロークラントには辿り着けると思っていたのに。まさか彼女、方向音痴だったなんて。
「しょ、しょうがないでしょー! 私だって初めてこんな長い飛距離飛んだんだからぁ!」
アイナは半べそをかきながら文句を言うナナセに詰め寄る。シャルロットが肩をすくめてどこか達観したように話した。
「使ってる感覚はアイナにしか分からないからなんも文句は言えないわね……」
「いやいやいやいや。だってアイナの《瞬空》って『視界に入ってる場所に瞬間移動できる能力』なんだよな!? だったら迷いようがなくない!? とにかく西に向かって飛べばいずれつけるんだからな!?」
ナナセは納得が出来ないと言った具合にアイナに捲し立てる。
「だからごめんって言ってるじゃん、しつこいなぁ! そもそも方位磁針を忘れたナナセが悪いんだから!」
「真っ直ぐ瞬間移動するだけだからそんなの必要ないと思ってたたんだよごめんね!」
「まぁまぁ二人ともケンカしてる場合じゃないですよ」
フウカが二人の間に入って宥める。
「落ち着いていられるか! 言っとくけどこのロスはかなり大きいからな! 今頃ノウトがダーシュ達に追いつかれてたらどうするんだよ!」
「もうこうなったらしょうがないでしょ。それに何もしてないナナセには言われたくないからっ」
「うぐッ……!」
アイナの一言がナナセの心の奥深くに突き刺さる。痛恨の一撃だったようだ。
そうさ、俺は何もしてない。強いて言えば命令してただけ。俺は自分の〈神技〉に自信が全くない。なんだよ、『触れたものの時を止める能力』って。弱すぎんだよ。
「アイナの〈神技〉が視界に頼るだけあって夜に行動するのはあまり得策ではなかったかもしれないわね」
シャルロットの言い分には首を縦に振るしかなかった。
「大丈夫ですよ、ナナセ。ノウトがそう簡単に倒されるわけないですって」
「なんで俺の方が心配されてんだよお……」
項垂れるナナセの肩にフウカがぽんと手を置いた。もう片方の肩にも手が置かれる。
「どんまい」
見ると、ヴェティがナナセをそのつぶらな瞳で見ていた。
「ありがとう、ヴェティ……」
ナナセはよく意味を汲み取らずに適当に感謝の意を示した。会話になっているのかは分からない。
彼女らなりに落ち着かせようとしているのは分かる。だが、この状況でおちおち足踏みもしていられない。ただでさえ出遅れているのに。早く。早く先へ行かなくては行けないのに。
「まぁ、焦っても仕方ありませんよ。今夜はここで休みましょう。明るくならないと、アイナの〈神技〉は真価を発揮しないみたいですし」
「さんせー」
アイナが能天気に手を上げた。少しいらっとしないこともなかったが、
「……それも、そうだな」
ここで急くのも何か違う気がして、ナナセはなんとか胸をなで下ろした。
「ゴメン。ちょっと頭冷やしてくるわ。みんな休んでて」
ナナセは腰を上げて、森の奥の方へと歩いていった。
ここがどこか、検討もつかない。アイナに一人任せて何回も瞬間移動した結果、森の中に着いた。途中で方位感覚が無くなって、めちゃくちゃに移動した結果、この森に着いた。
この暗い中ノウトに追いつこうと、無理やり進ませた自分にも非はある。それは分かってはいるけど、どうしても朝まで待ってノウトを追うのは嫌だった。はっきりとは言えないが、何か嫌な予感がしてならないのだ。これはただの勘だ。しかし、自分の勘があてにならないわけではないことがフェイの行為によって証明された。
今日眠れば、一周前の記憶がまた甦る。
記憶が蘇ることでいい方向に転がることを願うしかない。
がさっ。
突如、右方向に見える低木の葉が揺れた。ナナセはびくっ、と身体を跳ねさせる。
な、なんだ。
動物……とか? 人、じゃないよな……?
そこから飛び出してきたのは───
「な、なんだ……」
薄茶色の野兎だった。こちらの姿に気付くと野兎が身体をビクつかせてぴょんと跳ねながら夜の闇へと消えていく。
こんなのでビビるとか、俺がウサギかよ……。
頭を冷やそうと意味もなく歩いていたが自分の弱さに自覚を覚えるだけだったようだ。
みんなのところに戻ろう。そう思い、夜の森の中を歩いていく。
夜になって辺りが暗くなると、あの夜のことを思い出す。
ナナセは《永劫》を使ってなんとかテオを生きながらえさせていた。
《永劫》、それは『触れたものの時を止める能力』だ。
この能力を聞いて、強いと思う人が中にはいるかもしれない。しかしこの能力、時を止められる時間が非常にネックだ。触れたものの種類によって止められる時間が変わる。
人間に対して使えるのは約3秒だ。これは以前、フェイが自分に使って欲しいと言われた時に試した結果分かったことだ。
テオが息絶えようとしていた時、ナナセはこの能力でテオをなんとか死なせまいと努めた。しかし、その努力は水泡に帰してしまう。結局、テオは死んで、ナナセは彼を苦しませているだけだった。
ナナセが出来るのは治療ではない。延命だけだ。
くそ、くそ。こんな力。なんの役にも立たないじゃないか。
目を瞑ると、暗い闇の中で徐々に朽ち果てていくテオが瞼に映る。
だから、夜が怖いんだ。どこから敵が来るのか分からない。いつ仲間が死んでしまうのか分からない。
分からない。分からない。分からない。
分からないことばかりだ。
なんだよ、この世界は。
改めて考えるとおかしいことしかない。なんなんだよ、ほんと。
記憶が、過去が、ない。
記憶が、真っ白だ。
過去が、真っ黒だ。
時々、記憶の断片を思い出したりもする。でもそれはすぐに水泡のように消えていってしまう。
フェイを止められなかった。俺が止められたら、誰も死ななかった。
だめだ。アイナに気にしないでと再三言われたのに。どうしても頭にちらつく。
俺は………誰なんだ。俺は、どこにいるんだ。ここは、どこなんだ。本当の俺は─────
「ナナセ」
自分の名前を呼ぶ声ではっ、と我に返る。
そこに立っていたのはアイナだった。
「大丈夫? あんたぼーっとしてたけど」
「う、うん。大丈夫」
「そ。まぁ、なんかあったら言いなさいよねー」
そう言ってアイナはすたすたと歩いていった。そして、気付いた時にはナナセの口から彼女の名前が発せられていた。
「アイナ」
「ん?」
アイナになんて言葉をかけるか、頭でまとまってもいないのに反射的に声をかけてしまった。
「……悪い、さっきは言い過ぎた」
上手い言葉なんて出てこなかった。アドリブがほんと下手くそだな、俺。ナナセが次の言葉を紡ごうとすると、
「私も、ごめん」
アイナが先に口を開いた。なんで、アイナが謝るんだろう。ナナセはそう思った。
「ナナセも頑張ってるのに、私、見当違いなこと言っちゃって」
「あ、ああ、そのことね。いや本当のことだし、別にいいよ」
「確かにね」
アイナはそう言って笑う。
「っておい」
ナナセもツッコミながら笑った。いつまでもこんな風に笑えたらいいのに。そう思わざるを得なかった。
アイナの後ろを歩いて森の中を歩いていく。
耳を澄まさずともホーゥ、ホーゥと夜鳥の声が聞こえる。空を見上げれば、木々の葉の隙間から二つの月が見える。
ここがどこなのか、という悩みは実際、杞憂ではある。
太陽が登ればアイナの能力もちゃんと使えるようになるはずだし、ここが何処か探すならフウカが空を飛んで近くの街やら村を上から見つければいいだけの話だ。
どれくらい歩いたのだろう。
恐らく、10分とかそのくらいだろうか。
「……アイナさん?」
ナナセがアイナにおそるおそる声をかけた。
「なに?」
「もしかして……迷ってないすか?」
「ま、迷ってなんか~、ないですけど~」
アイナは歯切れ悪く答えた。あからさますぎる。
「いや嘘つけよ! 絶対ヴェティとかいる場所わかんないだろ!」
「うぐっ……」
アイナが足を止めて振り向いた。
「だ、だって! ナナセが黙って着いてくるからなんか言いだしづらかったんたんだもん!」
「だもん、じゃないんだよなぁ……。ったく〈空間〉を司る勇者様が方向音痴とか聞いて呆れるわ」
「う、うっさいな! 私だって好きで方向音痴じゃないんだから!」
「はいはい。分かってますよ」
「あーっ何その顔! 絶対バカにしてるでしょ!」
「してないっすよ、ほんと」
「ああもう! なんかムカつくんですけどお!」
アイナがそっぽを向いてしまう。
すると、足音が背後から聞こえて、ナナセとアイナは同時に振り返った。
「良かった~。二人とも探したんですよ~」
そこに居たのはフウカだった。
「シャルとヴェティのもとに戻りましょう」
「お、おう」
「フウカありがと~。ナナセが迷子になっててさ~」
「いやアイナな!」
そんな馬鹿みたいなやり取りと笑い声が森の中へと溶けていく。
フウカの後ろを歩いていると、次第に灯りが見えてきた。何故こんな森の中に灯りが……?
その疑問の答えはすぐに解消された。
木造の一軒家がぽつんとそこに建っていたのだ。
「シャルが造ってくれたんです」
「すっげぇな……」
ナナセが思わず感嘆の声を漏らした。
シャルロットは〈創造〉の勇者だという。なんでも、触れたことがあるものならどんなものでも作り出せるのだとか。
テントとか天幕とかでも良かったと思うんだけど、家まるごと作るなんて。
扉を開けて玄関に入ると、
「うおお……」
自分の口からいつの間にか感嘆の声が漏れていた。
一見質素な内装だが、その中で一際目立つ、というか異色なものが部屋の中心に置かれていた。天蓋の付いた大きなベッドだ。余裕で五人くらい寝れる大きさを誇っている。
ベッドの上ではシャルロットが息を立てて眠っていて、その隣でヴェッタが横になって本を読んでいた。
「いや凄いねこれ」
「シャルがアカロウトにいた時にいつの間に触れてきたみたいなんです」
「夢みたいなベッドだぁ……」
そう言ってアイナがヴェッタの隣に寝転ぶ。
「えっと、俺はいずこで寝れば……?」
まさか同じベッドなんてことはないだろう。
「ああ、ナナセは別室ですね。シャルが向こうに部屋を造ったっぽいですよ」
フウカが指さす方を見ると確かに別室へと通じる扉があった。
「な、なるほど」
「あんた今『ああ、一緒に寝れると思ったのになぁくっそお』って思ったでしょ」
「そそそんなわけないだろ!」
図星だった。
「ナナセさいてー」
「否定しただろ俺!」
「顔に書いてあるから」
「だから違うって」
そんなに顔に出やすいのかな、俺。
小さくため息をしてから彼女らの寝室から身を引こうと扉へと手をかける。
「おやすみ、ナナセ」
小さいアイナの声が聞こえた。
「おやすみなさい」
「ナナ、おやすみ」
フウカとヴェッタの声も聞こえる。
それに応えるようにナナセは振り返り、微笑んで言った。
「おやすみ、みんな」
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