あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

shirose

文字の大きさ
65 / 182
第二章 蹉跌の涙と君の体温

第12話 もうちょっと、いい?

しおりを挟む


 目を覚ます。
 草木のそよぐ音、虫の声、静謐な水の音。
 耳をすませば聞こえる幾重にも重なる夜の声に静かに起こされた。良くない夢を見ていたのか、背中を伝う冷や汗が服をべったりと濡らしている。

「…………リア……?」

 彼女はどこだろう。胸の中で眠っていたはずだが、何処にも見えない。
 目を擦り闇に目を凝らすと、湖の方に人影が見えた。身体を起こして人影の方へと歩く。すると、

「……ノウトくん?」

「うわぁっ!! ご、ごめん!!」

 リアが湖に身体を浸からせて、立っていた。
 なぜノウトが驚いたかと言うと、彼女が衣服の類を何も身にまとっていなかったからだ。思いっきり見たわけじゃないからわからないけど、多分何も着ていなかった。
 水浴びしてたのか、くっそ。配慮というか予測というか、寝起きでとにかく頭が回らなかった。
 そうか、彼女は身体中汚れていた。
 目覚めてすぐにでも洗いたかったに違いない。

「一緒に身体洗う? ノウトくんもだいぶ汚れちゃってるよ?」

「恥じらいって言葉知らないのか!?」

 今、ノウトはリアに背を向けているが、一瞬だけ見てしまった彼女の透き通るような真っ白い肌が瞼に焼き付いてしまっている。
 警鐘を鳴らすように心臓がドクドクと鳴り響き、耳の傍にあるのかってくらい五月蝿うるさい。
 確かに、身体についた泥やら血やらを落とさないと明らかに不審だし、ヴェロアと会うのに汚れたままの格好では示しがつかない。
 そして、ノウトには今、一刻の猶予も残されていない。休みを取らないことで倒れたりしたら更に面倒なことになるので休憩は挟むが、なるべく急ぐ必要がある。
 ノウトを敵とみなしている勇者には追いつかれたくない。彼らは今なおノウトを追って駆けているだろう。もしかしたら、すぐそこまで来ている可能性だってある。
 今身体を洗わないと、いつ洗えるか分からない。これっきり機会はないかもしれない。

「…………分かった。俺も洗うよ」

「急がないとだめだしね」

「でも一緒には入らないからな」

 ノウトはズボンと下着を脱いで、布切れみたいになった上着を投げおく。身体を翼で覆い隠し、木でリアの方が見えなくなってる位置に着水する。
 肩まで浸かってから、身体の汚れを要らなくなった布きれで拭う。

「太陽出てるうちに飛んだら凄く目立つと思うから暗いうちに行動したいよね」

 木の向こう側からリアの声がした。
 一緒には入らないと言ったが、もはやこれは一緒に沐浴してるも同然だ。ノウトは平然を装って返事をした。

「ああ、もうすぐにでも行きたいくらいだけど」

 ノウトの身体にへばりついていた血や泥が透き通った水面を汚していく。この血のほとんどがリアとそしてノウトのものだ。
 ノウトもリアも傷付きながら戦い、何とか勝つことが出来た。あれを勝利に入れていいのか些か疑問だが、リアの言う通り、こちら側が死ななかった、それだけで成功と言っても差し支えないだろう。そう自分に強く言い聞かせる。何か正当性を見つけなければやってられない。
 熟考に浸りながら身体の汚れを拭っていると、ふと、ちゃぷちゃぷという音が近付いてくるのが分かった。
 ノウトは咄嗟に身を翻して、遠ざかるようにした。その音の正体が彼女だと分かっていたからだ。

 しかし、それが間違いだった。水の僅かな抵抗と湖底の泥濘ぬかるみによって足を滑らせてしまう。

「う、うおぉっ!?」

 そのまま、ざぶんと湖に倒れ込む───ことは無く、リアに支えられて、ノウトは何とか事なきを得た。

「大丈夫?」

 ………いやいやいやいや。何が事なきを得た、だ。
 完全にやばいことになってるだろ。
 真正面にノウトを支えるようにしてリアが立っている。
 ノウトも倒れないように必然的にリアの腰に手を回して、身体を押し付けあっているみたいな形になっていた。

「あ、ああ、大丈夫大丈夫」

 一瞬で手を離して、少し後ろに飛び退いた。
 目線を逸らして、遠い方を見る。さすがにリアの方を見れるほど肝が据わっていない。

「どこ見てるの?」

「えっ、ああ、………月……、綺麗だなって」

「ふふっ。ほんとだ」

 紺空に浮かぶ二つの月は湖面を照らしていた。

「あっ、わたしなら大丈夫だよ。ちゃんと着てるから」

 ああ、服着ながら身体拭いてたのか。それなら、リアがこんなに恥じらいがないのも納得だ。いや俺の方は裸なわけなんだけど。そこは気にしないでおこう。
 リアの方へと視線を落とす。

「っておい!!」

「ん?」

「服着てないじゃないか!」

「着てるじゃん」

「それを服とは普通言わないから!!」

 リアは下着だけを身につけていた。彼女はにやついた顔でノウトを見る。

「服を着てるとは一言も言ってないからね」

「……くっそ」

 本当に何を考えているのか分からないやつだ。なんなんだ、ほんとに。

「背中、拭いてあげるよ」

「へっ……!? や、えと、大丈夫だけど」

「何が大丈夫なの。その翼あったら背中拭けないでしょ」

「あ、ああ。そ、れは、確かに…………?」

「わたしに任して」

 ノウトが岩に腰掛けて、下着だけを身につけたリアがノウトの背後に回る。

「うわぁ、かなり汚れてるね」

「マジ?」

「うん」

 そう言ってリアは手にした布でノウトの背中を拭き始めた。肩甲骨、翼の付け根あたりだ。くすぐったかったので、変な声が出そうになるも必死にそれを堪えた。
 そして、どうしてだろうか。ノウトの下半身のある部分に血が集中していた。
 違う。違うんだ。いや、誰に弁解してるんだよ。そう、これは生理現象であってリアに変な気持ちを抱いてるわけじゃない。
 今そんな気持ちにかまけている場合じゃないんだ。一刻も早く西へと向かわなければいけない。
 すると、リアがふふっ、と小気味よさそうに笑う。

「よし、綺麗になったよ」

「……ありがとう」

 勝手にやってもらったとはいえ、礼は言わないといけない。
 ノウトは心を落ち着かせて畔の方へと歩いていくと、腕を細い指々に掴まれた。

「ノウトくんの拭いてあげたから、わたしの背中拭いてよ」

「いやそれはさすがにおかしいだろ!!」

 ノウトはついに痺れを切らして、感情を爆発させた。

「俺は男でお前は女だからな! なんかっ……もう、そこんところをよく考えてから発言してくれ!!」

 自分でも何を言ってるのかよく分からないくらい混乱していた。
 リアの顔をちらりと見ると、呆然とした顔で口をぽかーん、と開けていた。

「わたし、よく考えて発言してるけど」

「いやいやいやいや…………。はぁ……、まぁ、……いいか」

 なんかもう気にしてる方が馬鹿らしくなってきた。
 リアには何を言っても無駄だ。
 こいつには常識がない。というか本能に欠如してるものがある。記憶がないノウトが常識を語るのもおかしな話ではあるが、明らかにリアはずれている。それは分かる。

 リアがノウトと交代で岩の上に座る。ノウトは布をゆすいでからリアの方へと視線を向ける。
 無防備に真っ白い背中をこちらへ向けてノウトが背中を拭き始めるのを律儀に待っている。その背中を前に怖気付いたのか、ノウトは布を持ったまま固まってしまった。

「どうしたの?」

「あああぁっ!! こっち向くなよ!!」

 リアの肩を抑えてこちらを向こうとするリアを何とか制止させる。

「分かった。拭くから。拭けばいいんだろ」

 ノウトは半ば自棄糞やけくそにリアの背中を拭き始めた。
 よく見なくても、綺麗な背中をしていることが分かる。これはもう洗う必要とかないのでは、と頭の片隅で考えてしまうがリアに関しては何を考えても無駄だということが改めて分かったのでやめた。

「ひゃ……」

 ノウトがリアの肩甲骨の間らへんを拭くとリアが変な声を出した。

「変な声出すなよ……」

 ノウトは思わず、心で思ったことを口に出してしまう。

「あはは……。ちょっとくすぐったくて」

 リアはそれに対していつもの口調で返答した。
 彼女は意識することがないのだろうか。
 もしかして性別が存在しないタイプの人だったり……?
 いや、どう見てもリアは女の子だ。
 髪は艶やかだし、肌は綺麗で柔らかいし、それ相応に引っ込んでるところと膨らんでるところがあるし、顔は可愛いし。
 だったらどうして、こんなことが出来るのだろうか。普通、危機感とかそういうのあるのではないだろうか。理解に苦しむ。

「終わったよ」

「ありがと」

 リアが立ち上がり、笑顔でノウトの目を見据える。ノウトはその笑顔に一瞬だけほうけてしまうも、すぐに自我を取り戻した。

「……もう出発しよう。少し時間を喰いすぎた」

「そうだね」

 リアは畔の方へと歩いていった。その背中を追うようにして、ノウトも歩き出す。

 闇が深いうちにロークラントには辿り着きたい。ニールヴルトの南には離島があり、そこを経由して魔人領に行くという道も一瞬だけ考えたが、途中で休むことが出来ないしどこかで落ちてしまったらそこで終わり、ということで自ら却下した。
 堅実にロークラントを通って〈封魔結界〉を越えた方がいい。街での調達はノウトはこの姿なので出来ないが、リアに任すことは出来る。食料や衣服の類は何とかなるだろう。

 ノウトのすぐ隣で服を着始めるリアの行動にはさすがに呆然としてしまったが、かぶりを振って気持ちを落ち着かせる。自分の方がおかしいのか、と錯覚もしてしまうがこればかりはリアの方が普通じゃないはずだ。
 でも、こんな時にこんな気持ちになっている自分にも非があると感じて、ノウトもリアの隣で服を着始めた。
 今はとにかく、ヴェロアのもとへ急がなければ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界で大往生した私、現代日本に帰還して中学生からやり直す。~最強の補助魔法で、冴えないおっさんと最強美女を操って大金持ちになります~

タカノ
ファンタジー
異世界へ転移し、聖女として崇められ、愛する家族に囲まれて88歳で大往生した……はずだった。 目が覚めると、そこは現代日本。 孤児の中学2年生、小金沢ヒナ(14)に戻っていた。 時間は1秒も進んでおらず、待っていたのは明日のご飯にも困る極貧生活。 けれど、ヒナの中身は酸いも甘いも噛み分けたおばあちゃん(88歳)のまま! 「もう一度、あの豊かで安らかな老後(スローライフ)を手に入れてみせる!」 ヒナは決意する。異世界で極めた国宝級の【補助魔法】と【回復魔法】をフル活用して、現代社会で大金を稼ぐことを。 ただし、魔法は自分自身には使えないし、中学生が目立つと色々面倒くさい。 そこでヒナがビジネスパートナー(手駒)に選んだのは―― 公園で絶望していた「リストラされた冴えないおっさん」と、 借金取りに追われる「ワケあり最強美女」!? おっさんを裏から魔法で強化して『カリスマ社長』に仕立て上げ、 美女をフルバフで『人間兵器』に変えてトラブルを物理的に粉砕。 表向きはニコニコ笑う美少女中学生、裏では彼らを操るフィクサー。 「さあ善さん、リオちゃん。稼ぎますよ。すべては私の平穏な老後のために!」 精神年齢おばあちゃんの少女が、金と魔法と年の功で無双する、痛快マネー・コメディ開幕!

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

【読切短編】処刑前夜、地下牢に現れた王女は言った。「お前でなければ駄目なんだ」滅びの未来を覆す、騎士との契約

Lihito
ファンタジー
王国騎士団の副長ヴェルドは、無実の罪で投獄され、明日処刑される運命にあった。 腐敗した国に絶望し、静かに死を待つ夜。 地下牢に現れたのは、実権を持たない「傀儡」と噂されるイゾルデ王女。 彼女はヴェルドに仮死毒を渡し、こう告げた。 「死んで、私の影になれ」 彼女は知っていた。 この国が三年後に滅ぶこと。誰が裏切り者か。 そして——ヴェルドこそが、国を救うための唯一の「切り札」であることを。 これは、滅びの未来を知る孤独な王女と、一度死んで生まれ変わった騎士が、裏から国を救う「共犯」の物語。

処理中です...