あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

shirose

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第三章 恢復の旅路

第13話 世界はこんなにも

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「そっち行ったよ!」

「任せろ」

 ノウトの手がオークの槍へと向かった。槍は《殺陣シールド》で止まり、ノウトがそれを弾き飛ばす。オークは慌てた様子で槍を握りしめてノウトに歯向かおうとした。だが、時すでに遅しだ。ノウトは既にオークの腕に触れて《弑逆スレイ》を発動していた。オークは自らが死んだということすら自覚せぬまま、ただ静謐に息絶えた。
 一撃必殺の神技スキル、《弑逆スレイ》もだいぶ使いこなせてきた。
 ノウトの《弑逆スレイ》は相手の肌に触れる必要がある。だから、相手が鎧で身体を覆っていると殺すのが困難になる。
 そういう時は仲間に鎧を壊してもらうか、ノウトの持つ佩刀で破壊する。

「全員無事か!?」

「はい! こちらは問題ないです!」

「家屋に被害が出たくらいか。成果としては上々だな」

 ダーシュが少しだけ肩を上下に揺らして言った。
 村の長らしき狼尾族ヴォルフの老人がノウト達に歩み寄ってきた。

「助かりました……! なんとお礼を申すべきか……」

「いえ、当然のことをしたまでです。─……って台詞は浮つきすぎですね。何はともあれ、無事で良かったです」

「いやはや、オークが攻めてきた時はどうなることかと思いましたが、本当に、ありがとうございました」

「いえいえ。ではまたいつか」

 ノウト達は荷物をまとめてその場を去る。彼らは今、魔帝国へと歩を進めている。
 連邦の首都ファガラントへ向かい、リア達を取り返すことが第一優先の今、やるべき事は決まっている。それは、準備を整えることだ。
 まず、帝都グリムティアで再びメフィに会ってノウトの記憶を取り戻す。そして、魔皇ヴェロアやメフィと共に作戦を立てる。
 闇雲に取り返しに行ったって返り討ちに会うだけだ。ことを運ぶなら慎重に、だ。

「魔導師の方々!!」

 そんな声が聞こえて、後ろを振り返った。そこには一人の少年がいた。魔導師、と称したのは、ノウト達が勇者であることを知らないからであろう。

「どうしたんですか?」カミルが問う。

「おれ、セウェルって言います! 助けてくれてありがとうございました! それで、あの、……」

 狼尾族ヴォルフの少年はもごもごと口を濁したのち、顔を上げて、

「おれの姉ちゃん、クロエって言うんですけど……どこかで見てませんか?」

「そのクロエさん、どうしたの?」ラウラが少年の目線に合わせて腰を低くした。

「それが、三週間くらい前に家を出て行っちゃって、……それでまだ帰ってきてなくて」

 ノウトはラウラ達と目を合わせた。

「分かった。クロエさん、だね。君のお姉ちゃん見つけたら連れてくるから安心して」

 ラウラが少年の肩をぽんと優しく触れた。

「ありがとうございます……!」

 少年は顔を明るくして、手を振って村へと戻って行った。その姿を見てから、ノウト達は歩み始めた。

「攫われた……ってことか?」

「おそらく、そうだと思います」ミャーナが頷いた。「連邦は今、オークを使って領土の拡大に勤しんでますからね~。強奪の限りを尽くしてるんでしょう」

「……許せないですね」カミルが手を強く握った。

「それも視野に入れて今後動かないとだな」ダーシュが言った。

「ダーシュ、人が変わったみたいにまともになったっすね」

「変わるべきだと思ったから変わった。それだけだ」

「ヒュ~~」ラウラが口笛を吹いた。「カッコイイこと言うじゃん」

「さすがダーシュ様だ」リューリがうんうんと頷いた。

「無駄口叩いてないで進むぞ」ダーシュは足を速めた。

 ノウト達は相も変わらず徒歩で移動していた。これが一番目立たないからだ。次に不死王に襲われたらノウト達は絶対に対処出来ない。だから静謐に行動する必要がある。
 アイナの瞬間移動が使えればいいのだが、アイナの〈神技スキル〉には同時に移動出来る人数が決まっている。それに地理に弱いアイナに〈神技スキル〉を使わせたらどこに行ってしまうか分からない。
 これらの理由によってノウト達は、極めて原始的な移動方法で、ある地点まで進んでいた。

 ノウト達はすでに狼尾族ヴォルフの国、カザオルの国境を越えていた。道中、オークに襲われる村々を救い出しながらここまで辿り着けた。
 救えない命もあった。リアがいれば助けられたのにと後悔することもあった。だが、ここにリアはいない。後悔しても、何も帰ってこない。

「見えてきた」ラウラが呟く。

「いやぁ、やっと着きましたねぇ」ミャーナが小躍りした。

「首都タバサタ、か」ノウトが手庇をつくった。

「前途多難だったですけど、なんとか辿り着けましたね~」

「俺が一番に着いてやるっす!」スクードがいきなり駆け出した。

「ちょっ、あたしが先行きたいです!」ミャーナもそれに着いて走っていった。

 ノウトは歩きながら、ラウラと目を合わせて、そして控えめに笑った。旅をしてる、そんな気持ちが、どこか胸を暖かくした。


        ◇◇◇


 狼尾族ヴォルフの国カザオルの首都、タバサタ。
 木造の家がそこかしこに建ち並び、どこかで焼かれているのであろうパンの香ばしい匂いが爽やかな風と共に運ばれてくる。街道が木々を開けるように通っており、自然と人々が共存したような街と言えるだろう。

「いい街ね」ジルが周りを眺めながら言った。

「同感です」カミルが頷く。「今までにないタイプの街ですね」

「さて」

 ラウラが両手を自らの腰に当てた。

「まずはオズとモニムと合流しないと」

「この時間だったら宿にいるはずですよ」

「そうだね。とりあえず行ってみよう」

 ノウト達はラウラに着いていき、件の宿屋まで同行した。オズワルドとモニム。以前からラウラ達の口から聞いてはいたが、当然のごとくどのような人物か全く分からない。ラウラの配下であるという情報しか知らないのだ。オズワルドとモニムという人物もノウトのことを知っているのだろうか。
 そんなことを考えつつも、いつの間にか宿屋まで辿り着いていた。ラウラが宿屋の扉を開けて中へと入っていく。棺桶を持っているカミルは少し窮屈そうだ。

「あっ、ラウラ様ぁ!」

 突然、女の子の声が聞こえた。視線を下ろすと、宿屋のロビーに小さな女の子がいた。肩まで落ちた栗色の髪。ノウトの腰あたりくらいしか身長がない。丁度メフィと同じくらいの背丈だ。

「ご無事で何よりですー。ミャーナとリューリも、元気そうでなによりやんなぁ」

「お前も相変わらずのようだな」リューリが腕を組んだ。

「モニム、良かった。ここにいたんだね~」

 ミャーナがそう言って、モニムという人物が彼女のことを指しているということが確信できた。

「うん。オズと待ってたんやぁ」モニムはにへらと口角をあげながら言った「それで、後ろの方々は誰ですか、ラウラ様」

「こいつらが勇者だよ」

 ラウラが言うとモニムはぽけーっと口を丸くして、少ししてから、

「この人達が勇者!?」

 とあまりにも大きなリアクションで驚いてみせた。その反応を見たスクードはどこか自慢げだ。

「ってノ、ノノノっ、ノウト様もいるやん!」

 ………やはり、ノウトの存在は知っているようだ。ノウトはこのモニムという少女のことを微塵も知らない訳だが。

「それに、ダーシュ様も!! ってあれ、ダーシュ様って亡くなったんじゃ……」

「モニム、ごめん。のちのち話すから今はスルーの方向で」

「りょ、了解です。ぜんぶ飲み込もうとしたら何年経つか分かりませぬな、こりゃ」

「ラウラサン、こんなちっこい女の子が戦力になるんすか?」

「んあぁ? ちょっときみきみぃ。モニムに向かってちっこい女の子呼ばわりしたらどうなるのか知ってのセリフかい?」

「言ったらどうなるんすか?」

「リューリの作った料理を食ってもらう」

「うわそれだけは勘弁っす」

「おいコラ」リューリがキレ気味に眼光を鋭くした。

「てゆーか、勇者さまがた、小足族フリングをご存知でない感じ?」

「フリング?」

「モニムらみたいに小さくて可愛い種族のことや。ほんとに知らんのけ?」モニムが首を傾げた。

「そう言えば今まで会ってなかったですねぇ」ミャーナが腕を組んで言った。

「もしかしてメフィも、その小足族フリングってやつなのか?」ノウトがラウラにそばだてるように問うと、

「ううん。メフィは魔人族マギナ小足族フリングのハーフなんだよ」

「なるほど。そういうことか」

 メフィは幼いという訳ではなく、そういう種族の血を持っていただけだったのだ。それならばあの口調にも納得出来る。

「モニムはこう見えて凄腕の医者だから。信頼してええよー」

 モニムが胸を張った。それにしても小さい。人間で言うところの六歳とか、七歳とかそういうレベルの容姿だ。

「モニム、オズワルドはどうした」リューリがモニムに目を向けた。

「あっ、そやった」モニムは何か思い出したかのように口を開いた。「オズは自分の部屋やんな。待っててぇ連れてくるから」

 モニムは宿屋の奥へと歩いて行ってしまった。連れてくるらしいからここで待っていて良いのだろう。

「ところで、あのモニムさんの喋り方はなんなんです?」

「あれは小足族フリング特有の方言みたいな感じ」ラウラが簡潔に説明した。「ま、みんなあんな話し方ってわけじゃないけどね。地域によるらしいよ」

「へぇ……」

 素直に感心してしまった。種族ごとに言語が異なっている訳ではないが、こういうところで差が出ているのは少しだけ面白い。

「ひぃぃぃっ!!」

 突然、誰かの悲鳴が上がった。聞き覚えのない声だった。

「モ、モニム!! 知らない人がいるって先に言ってよぉ!!」

「知らんよ、オズ。てかビビりすぎちゃう?」

「め、目、目線!! 多すぎ!! こ、怖っ!!」

 なんだ、あれ……。
 オズワルド、って彼のこと、だよな。
 モニムの後ろに隠れてるけど、モニムは小さいから当然のことながら全く隠れられていない。頭隠してその他隠さずと言ったところだ。
 ノウト達がその様子を見ていると、目にも止まらない速さで飛び出して、今度はリューリの後ろに隠れた。

「………隠れちゃいましたけど」

「チッ」リューリが舌打ちした。「オズてめェ、ラウラ様の顔に泥塗る気か。そんな醜態さらしやがって」

「だ、だ、だって! こんなに人いるの、ひ、久々で!!」

「うるせぇ!」

 リューリがオズワルドに足をかけて床に転がした。そして、ようやく顔を拝むことが出来た。澄んだ青色の髪に透き通るような真っ白な肌。一瞬、魔人かと疑ったが、その頭には角がなかった。その代わりに、彼の背中には真っ黒な羽が生えていた。

「……普通にイケメンっすね」スクードが不満そうに言った。

「そ、そ、そんな目で見ないで下さいよぉ!! ぼ、ぼくが何をしたって言うんですか!?」

「何もしてないよ。安心してくれ」

 しりを着いたオズワルドにノウトが手を差し伸べた。

「………あ、あ、あ、ありがとうございます」

 オズワルドはおずおずとノウトの手を取った。そして、ノウトの顔をゆっくりと見上げて、目を丸くした。

「………ノウト様っ!?」

 オズワルドはぱっ、とノウトの手を離した。そして、自らの手で立ち上がった。

「えっと、……?」

 ノウトが首を傾げると、リューリが口角をあげながら口を開いた。

「ハッ。ノウト様、アンタ、こいつに嫌われてるんですよ」

「違うっ!!」

 いきなりオズワルドが大きな声を出したものだから、その場にいた全員が驚いてしまった。そして、オズワルドが自らの指を絡ませて、口を開いた。

「………違うよ。ぼくはノウト様を尊敬してるんだ。リューリ、ノウト様を貶すなら、ぼくは容赦しない」

 その時のオズワルドはさっきまでビクビクと震えていたオズワルドとは明らかに違っていた。空気が震えて、血が沸き立つような、そんな錯覚にも陥った。
 ラウラが二人の間に入った。

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」

「………申し訳ございません、ラウラ様」

「……ご、ごめんなさい」

「それじゃ、オズワルド。改めてみんなに自己紹介して」

 ラウラがオズワルドの背中に触れて促した。すると、オズワルドは小さな、虫の羽音のような声で「分かりました」と頷いて口を開いた。

「ぼくは、オズワルド・ヴァン=ツヴァイアって言います。……えっと、その………あっ、あと、見て分かると思うんですけど……血夜族ヴァンパイア……です」

 オズワルドは俯き気味に名乗った。見てて不安になるくらいのうつむき加減だな……。

「よろしく、オズワルド」

「は、はい」

 差し出したノウトの手を、オズワルドは今度はしっかりと握り返した。

「それで、血夜族ヴァンパイアって言うのは……?」スクードが問う。

血夜族ヴァンパイアは不老不死の種族やんね。そして、背中に羽が生えてるんだよ」

「不老不死……って」

「それって、つまり不死王は……テオは血夜族ヴァンパイアってことっすか?」

「違う。奴は魔人だ。血夜族ヴァンパイアは陽の光に当たれば死ぬからな」リューリが簡潔に答えを述べた。

「日に当たると死ぬ……?」

「それって、やばくないっすか……?」

「ああ。だから血夜族ヴァンパイアの都市は陽の当たらない地下にある」リューリはそう言っては片目をつむった。「まぁ、今は関係ない話だがな」

「それで、この人はリア達を救う戦力になるのかしら」ジルが冷たい目でオズワルドを見た。

「もちろん」ラウラが胸を張る。「オズワルドはこう見えて強いよ。じゃなかったらここに連れて来ない」

「ら、ラウラ様、お誉めに預かり光栄です」

「かしこまりすぎ」

「だ、だって、ラウラ様ってモファナのお姫様でしょ?」

「そういうアンタも……って──姫って呼ばないでって言ってるでしょ」

「ひぃぃっ! 殴らないでください!」

「殴らないよ! オズに暴力を振るったことなんて一回もないでしょ! あたしがいつも殴ってるみたいに言わないで」

「で、でも! ぼ、ぼく知ってますよ! ロストガン様のことをいつもぐちゃぐちゃになるまで殴ってるじゃないですか!」

「あ、あれは! あんなのロスくらいにしかやんないよ!」ラウラは身振り手振りで弁解した。「ってちょっと、勇者たち引いてるじゃん!」

「ぐちゃぐちゃって……」スクードが眉根を下げて一歩後ろに下がった。

「話を戻しましょう、ラウラ様」リューリがオズワルドの前に出た。

「そうだね。うん。じゃあオズワルド、地図出してもらっていい?」

「わ、分かりました」

 オズワルドは背に掛けていた円筒状の鞄から一枚のスクロールを出した。以前、ミャーナ達に聞いた話、この世界における地図は非常に高価だそうだ。本物の、と称したのはそれが神機で造られたものだからである。
 帝国の所有する神機〈大地掌握匣グランアルカ〉により造られる精巧な地図を本物の地図と呼び、人がそれを書き写したものを偽物の地図と呼ぶ。本物の地図の凄いところは週毎に地図が更新されることだ。山々の季節の移ろいや住居が増えたかどうかなど様々なことが見るだけでわかる。
 本物の地図を持っている者はこの世界に指で数えられるほどの者しかいないらしい。
 それを持っているオズワルドは何者なのか、と思わざるを得ない。

「これ、ですね」オズワルドは机の上にスクロールを広げてみせた。



「おぉ~」と誰かが感嘆の声を上げた。
 んんっ、とラウラがわざとらしく咳をした。

「あたしたちがいるのがここ、カザオル。あたしたちはレーグ半島西のせつの森を通って───」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 カミルがラウラの言葉を遮った。

「……レーグ半島って、なんですか?」

「アンタたちの言う人間領のことだけど」

「………いや、……これは、あまりにも───」

「えっ、あれ、なんだこれ」スクードが異変に気が付いたようだ。

「……なるほど」ジルが小さく嘆息を吐いた。

 ノウトは内心、がしていた。どこか違和感があったのだ。メフィと以前会話した時からあったこの違和感の正体がようやく理解出来た。

「ラウラ、これを見てくれ」



 ノウトは封魔結界の向こう側にある《人間領》の地図を広げた。
 その地図には『南レーグ大陸』と誇張するように書かれている。
 だが、本物の地図ではレーグ大陸なんてものは存在しない。レーグ大陸と呼ばれていたものとレーグ半島の形は全く同じだ。そして、レーグ半島は、本当の大陸の十分の一の面積もない。

「やっぱり、そうなのね」ジルが目を細める。

「どういうこと……?」ラウラが顎を手で触った。

「ああ、人間領は大陸なんて呼べるものじゃない。ちっぽけな半島だったんだ」
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