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第三章 恢復の旅路
第17話 夜空と痛み
しおりを挟む「……はぁ~~」ラウラが大きなため息を吐いた。「ロス、アンタに迎えを任せたのが大きな間違いだったよ」
「元から急ぐ必要もねーし別にいいじゃねぇかァ。ン~~?」
「そういう問題じゃないでしょこの戦闘狂が~~。……もうっ。ノウト、怪我してない?」ラウラがノウトの頬に触れた。
「いや、別にしてないけど」そしてノウトは顔色を伺うようにラウラに目を向けた。「……なんか、ラウラ優しくない?」
「バカ。仲間なんだから当たり前でしょ」
ラウラはノウトの手を取って、ぺたぺたと診る。
「見たところ特に大怪我とかはしてないみたいだけど。この擦り傷とかはロストガン、アンタ?」
「半々くらいじゃねぇ?」
「はんはん……って、どういうこと?」
ラウラが首を傾げた。
ノウトがロストガンと目を合わした。ロストガンは下手クソな口笛を吹いている。……完全に人をおちょくっているだろ、この人。
──この場は正直に言った方が吉、か。
「その、……気絶したオズワルドが俺を襲ってきたんだ」
「えっ」
ラウラはそこで寝ているオズワルドを見やった。そして、はっ、と何かに気づいた様に息を吐いた。
「分かった。ロス、アンタでしょ。オズを驚かして気絶させたんじゃない?」
「ン~~」ロストガンは目を逸らして楽しそうな笑顔をした。いちいちムカつく男だ。
「アンタねぇ……」
ラウラは血管を破裂させるが如く顔を怒りに染めた。「ここが宿屋じゃなかったら、今頃アンタをぐちゃぐちゃにしてるところだったけど」
そして、振り上げそうになった拳を下げた。
「ま、疲れるだけだし、勘弁しといてあげる」
「ハハァ」ロストガンは椅子にふんぞり返って机に足を乗っけた。
ノウト達は今、ソマリスという小さな町に身を置いていた。もちろん、アイナを休ませる為だ。アイナは今、別室で眠っている。
ラウラ曰く、体調には特に問題はない、らしい。
アイナの神技の代償があって、それが『使えばその分の睡眠を必要とする』というものなのかもしれない。あくまで推測だけど。
「アイナが起きるのが早いか、あたしかロスのどっちかがノウトを連れてくのが早いか。二択だよね」
ラウラがふいに口を開いた。
「俺は──」
ノウトはラウラとロストガン顔をそれぞれ見渡した。
「……俺は、アイナにもう無理をして欲しくない」
「あたしも、同じ気持ち」
ラウラがそっと微笑んだ。
「あたしはアイナとオズワルドを見てなきゃいけないから」
ラウラはロストガンを見やった。
「ロス。ノウトを連れて帝都までお願い」
「イヤだ」
ロストガンはぷいっと顔を背けた。
「はぁっ!? アンタこの緊急事態に何言ってんの!? バカなの!?」
ラウラの尻尾がピンと立つ。
「オレだってタダ働きはしたくねーしなー」
ロストガンは下卑た顔でラウラを見た。
「はー、せめてラウラが語尾に『にゃん』を付けて頼んでくれねーとなァ」
「……アンタ、マジで殺されたいの?」
ラウラがぷるぷると震えた拳を振り上げた。
「無理。ラウラが『にゃん』つけて頼んでくれねーと連れて行かねー」
「…どうやら……肉塊にされたいみたいだね」
ラウラが立ち上がり、鬼の形相でロストガンの方へ歩み寄った。
「ほらァ、ノウトもやってくれにゃいと行かないってよー」
ロストガンがにやにやと邪悪な笑顔を浮かべて言った。その笑顔があまりにも恐怖的だったので、ノウトは頷くほかなかった。
「え、えぇ……」ラウラはノウトを見て困った顔をした。ノウトの反応を伺っているようだ。「……ほんとに?」
ラウラが上目遣いで、そして子猫のような眼でノウトを見る。
ノウトはロストガンの顔をちらりと見た。狂気の顔だった。ここで頷かなかったらバトルスタートの予感がする。ロストガンと戦闘するくらいなら、とノウトは首を縦に振った。
「………ま、まぁ、ノウトがそう言うなら……」
いや、……えぇ……。やるのかよ……。頷いただけで何も言ってないけど……。
ラウラは振り上げた手を下げて、頬を朱に染めた。
もじもじと身体を動かして、そして、ゆっくりと口を開いた。
「………ノ、ノウトを、帝都まで……連れてって……………にゃん………」
言い終わったラウラは耳まで真っ赤だった。めちゃくちゃ小さい声だったけど。
なぜかノウトの心臓もばくばくとうるさかった。ロストガンが耳に手を当ててふざけた顔をした。
「ン~~? 声が小さすぎて聞こえにゃかったなァ~~」
「はぁっ!?」
「ン~?」
「な、なによ!」
「ンンン~~~?」
「アンタ、いい加減に……っ」
「ノウトもはっきり言って欲しいよなァ?」
ロストガンのセリフにノウトはすぐに頷いた。だって、話が進まないと思ったんだ。すまない、ラウラ。本当はラウラに味方したかったんだけど、ほんと、ごめんな。なんて頭の中でぺこぺことノウトが謝っていると、
「はぁ~~っ………」
とラウラが大きくため息を吐いて、踏ん切りがついたのか、ようやく顔を上げた。
「………ノウトを、帝都まで連れてってにゃん」
……なぜかラウラは猫っぽいポーズまで付け足して言い放った。そんなラウラは熱でもあるんじゃないかってくらい赤い。耳まで朱色だ。赤すぎて煙が立ち上ってる幻覚まで見える。
ノウトの顔も熱かった。なんかイケナイものを見てしまったようなそんな感覚に囚われる。
そして、ことの発端であるロストガンはにやにやと声もあげずに笑いながらラウラを見ていた。
「やっぱ殺すっっ……」
ラウラがロストガンの胸ぐらを掴んで彼の身体を宙に浮かした。
「ハッハァ。ほらほらァ、ノウトが感想言いたげにしてるぜぇ」
ロストガンが言うと、ラウラはぱっと手を離した。ロストガンはどさっと床に落ちた。ラウラが黙ってこっちを見ている。ラウラはノウトの感想を待っているようだ。
……仕方ない。
話を進めるには、正直に感想を言うしかないだろう。
「ラウラ、可愛かったぞ」
「……殺す」
「なんで!?」
ラウラは真っ赤になった顔で今度はノウトの胸ぐらを掴んだ。
「跡形もなくなるくらい細切れにしてからミンチにして殺してやる……」
「や、やめろ! さっきのラウラめちゃくちゃ可愛かったから! ほんとに可愛かったから!! ほらな、別になんも問題ないだろ!」
「~~~っっ!!」
───そうしてノウトはラウラに喰らった強烈な頬への痛みを抑えながら、ロストガンに抱えられて空へと飛び立った。
……理不尽だなぁ、と思うほかないノウトだった。
最後までロストガンがギャハハハと笑い転げていたのはここだけの話だ。
◇◇◇
「んっん~~。ようやく見えてきたなァ」
ロストガンが口元を歪ませて言った。
「……帝都、グリムティア」
ノウトが小さく呟いた。
ノウトは一度、帝都に赴いたことがある。こうして瞬間転移を使わずに来たのは初めてだ。長かった。途中こそアイナに助けてもらったけれど、それまでの徒歩の期間が長すぎた。ゴブリンにも、オークにも襲われたし、なんなら不死王にも襲われた。
ノウトの記憶にはいつもリアがいた。
どんな時もリアが一緒にいたんだ。だからだろう。今いないことがひどく違和感がある。でも、ここにリアはいないのに、それでも隣にいるような、そんな気がしてしまう。
今まで頼りすぎていたのだ。
怪我をすればいつでも彼女に頼って。リアが近くにいないだけでノウトの身体は傷だらけだ。まぁ、正直自分の傷なんてどうでもいい。
今もリアは不死王の所にいる。何をされているのか。リアは不死だけど、痛覚はある。ああ、嫌な想像ばかりしてしまう。早く、早く取り戻さなくては。そのために、記憶を戻すんだ。
夜の帝都は、上から見ても微かに明るかった。街灯の明かりだろう。
城も見える。あそこにヴェロアたちがいるんだ。
「ハァ……加速するぜ」
ロストガンが言うと、彼は翼を畳んだ。一気にスピードを増していく。城下町が、城が、眼前に迫っていく。遂には、城の尖塔の上をノウト達は舞っていた。
ロストガンは旋回しながら、ゆっくりと降りていき尖塔の開いている窓の中にノウトを投げ入れた。ノウトは顔面から床へと突撃する。
「うぉっ!?」
「よっと」ロストガンはその後に入ってきた。
「普通に入るとか出来なかったのかよっ」
「ハッハァ。悪ぃな」ロストガンは楽しそうに笑った。そして、ノウトを見て「さて」と口を開く。
「それで、ノウト。お前はここに何しに来たんだ?」
「俺は、……俺は記憶を取り戻しに来たんだ。だからメフィに会いたい」
「そうか」
ロストガンは目元を下げて眠そうな、または寂しそうな顔をした。
「ボス───魔皇様には会わねーのか?」
以前、会ったからいいだろう、と口にするよりも前に、ロストガンの表情を見て察した。
「ヴェロアに何か……あったのか?」
咄嗟に魔皇ではなく、ヴェロアと言ってしまった。
「……よく気付くやつだな、お前は」
ロストガンはにっと口角を上げた。
「ま、何をするかはお前に任せる。オレはこれでも急ぎの用があるから」ロストガンは窓に足をかけた。「楽しかったぜ。バイ」
そう言って彼は夜の空へと飛び立っていった。
感謝の一言も言わせてくれなかったな、あの人……。とにかく変な人だった。笑顔は怖いし、戦闘狂だし。でも、悪い人じゃないことは分かった。
──よし、魔皇に……ヴェロアに会おう。
ただいまの一言くらい言わないと、だよな。
ノウトは周りを見渡した。客室のようだ。机に、本棚、灯りが着いたままなのに誰も部屋の中にはいない。なんか変だ。なにか、どこか、見覚えがあるような───
ふと、視界の端にそれが見えた。ノウトは歩いて、机の上のそれを見やって、手に取った。
「これは……」
絵……。──いや、絵ではない。
これは、シャシン……。しゃしん。───写真。写真だ。これは、写真。
ヴェロアが真ん中にいて、その左右に何十人と人が並んでいる。見知らぬ人物が大半だった。魔人族、猫耳族や血夜族、小足族、森人族など様々な種族の人々が皆笑顔で、楽しそうに写っている。その中にはメフィ、シファナ、ロストガン、ラウラ、スピネ、など見知った顔もいた。それに──
「これ、ダーシュか……?」
ダーシュと全く同じ顔の男がラウラの隣にむすっとした表情で立っていた。ダーシュが勇者に転生したのは本当だったみたいだ。
そして、レンはこの写真にはいないみたいだ。何か理由があるのだろうか。おそらく、特に深い意味は無いのだろう。
そして──
「これは、……俺か」
メフィとロストガンの間に、自分の顔があった。笑顔でピースをしている。
ラウラもメフィも、ラウラもヴェロアもみんな笑顔だ。自然と、自らの顔が綻んでいるのに気付いた。こんなにも優しく暖かいものに包まれて、過去の俺は生きていたんだと、改めて自分のことが誇らしくなった。
「………ん?」
写真立てを持つ指に違和感を感じて、写真を裏返した。そこには、一枚の紙の切れ端があって、ノウトはそれを自ずと取り外した。
そこには、文字が書いてあった。初めには、こう書かれている。
『まっさらな俺、ノートへ』
「これ……って、もしかして……」
俺が俺に当てた、メッセージ……?
ノウトは小さく深呼吸して、その先を読み続けた。
『適当に』
「……………………は?」
え、………それ、……だけ?
単語というか、文章にすらなってないぞ、これ。それに、どうでもいいけどノウトじゃなくてノートだし。何かの暗号か? それかアナグラム? 透かしたら何か見えるとか? それとも炙ったら何かが浮かび上がってくるとかか? 『適当に』って言葉に何か大事な意味が含まれてる?
「……あー、やめやめ」
考えても仕方がない。前の俺がそれこそかなり『適当』だと言うことが分かっただけだ。
ノウトはもう一度、周りを見渡した。
ここはノウトの部屋だ。多分、だけど。
どれも自分が使っていたもののはずなのに、初めて見るように真新しく感じる。それが、なんだか寂しくて、苦しくて。記憶が失くなる以前のノウトがしてきたこと全ての記憶が消え去ったなんて、そんなの、……惨すぎるだろ。
「………よし」
ヴェロアに会おう。そして、ただいまの一言を言うんだ。
ラウラに喰らった頬への痛みを感じながらも、ノウトはヴェロア探し、もとい魔皇城探索へと乗り出した。
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