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序章 きみが灰になったとしても
第12話 火蓋が斬って穿たれる
しおりを挟むそして、あれから二年の月日が経った。
走って、駆けて、駈け抜けて。
何もかもに全力を注いだこの長い時間でノウトは自らの成長を実感していた。
朝はラウラと訓練をして、昼はシファナ達と仕事をこなし、夜はロストガンと修行する。
そんな日々をノウトは過ごしていた。
いなくなった彼女の分まで生きようと、毎秒を懸命に生きた。
ある日、ノウトはロストガンにこう言われた。
「ノウト。強くなったな、お前」
その顔は狂気に塗れた彼が初めて見せた本物の笑顔だったかもしれない。
ノウトは自分でも、自らが強くなったことを自覚していた。決して、驕りではない。
防衛の剣術をラウラに習い、不殺の戦術をロストガンに習った。
剣術はあの時から見違えるように上達した。
途中から直剣ではなく、短剣をメインに使うようにラウラに言われてからは上達が格段と早くなった。攻撃主体ならリーチは長い方がいいが、身を守るためならばこちらの方がノウトには向いていた。
ロストガンからは神技の使い方と相手を無力化することに特化した『不殺術』を学んだ。
どの種族にはどう動けばいいか、どの攻撃が、有効か。どうすれば無力化出来るか。それを徹底的に叩き込まれた。
ラウラもそうだが、ロストガンはさらに容赦なかった。ノウトは毎日血塗れになりながら帰路に着いた。一度、修行帰りにフィーユと出会ってあまりにノウトの姿が恐ろしかったのか失神されたことがあった。
ノウトはとにかく一生懸命だった。止まることを知らないように学んで、戦って、力を得た。
まだまだ余地はある。いや、余地まみれだ。だけど、戦線で戦える段階までは底上げ出来た。
今なら、救える。
口だけじゃないと証明出来る。
誰かの命を守るために戦える。
そう、心の中で決意を新たにした。
そんな時だった。
「南方から連邦軍が攻めてきているみたいだ。それも寡兵ではない。衆兵だ。本格的に帝都を落としに来てる」
血夜族のメイド長、エスカ・ヴァン=メエルが魔皇の御前でそう宣った。
夜に生きる彼ら血夜族は斥候に長けている。その為、彼女からこうして魔皇に情報が伝わることがほとんどだ。
「あちらの魔大軍の総指揮は誰だ?」
「ワタシが聞いた話だと、かの純白騎士団団長ミェルキア・フォン=ネクエスだそうだ」
「奴が率いてるのか……。少し厄介だな」
魔皇が顎に手を当てた。
「こっちでは軍務卿──ヴィリクローズ伯が動いてくれて、既に血夜族の戦士達は森の中に潜ませてるよ。耐日服を装着した彼の王子も二人待機してる」
「神機装着者がもう持ち場に着いているのか。素晴らしいな。血夜族達は行動が早くていつも助かるよ」
「これくらいしか取り柄がないからね」
エスカが小さく笑う。
そこでバタン、と強く扉が開かれた。
「魔皇様!」
一人の猫耳族が血相を変えて入ってきたのだ。
「ゴブリン、オークの連邦軍が南から此方に向かって来ている模様です! 現在、首都より南にある街、ティアルが襲われており、その数は優に一万はいます!」
「クソ! ヤツら、いくらなんでも早すぎるだろう……! 〈空間〉の神機があちらにあるのがやはり問題だな……」
元老院のテウルという名の魔人が腕を組んで呟いた。
「あんな神機があったらもはや何でもありだ。魔皇様という脅威があるからこそこちらは保っていられるが……」
「このままではモファナがいつ滅んでもおかしくないぞ!」
「早急に軍を向かわせなくては! こちらの魔大軍は未だ帝国にいるのだろう!?」
「しかし、ここから魔人兵を動かせば帝都を守る術がなくなるぞ。いくら魔皇様でも数千の兵士相手を対処可能とはとても言い難い」
魔人の有権者達が声を張り上げる。
「落ち着きましょう、皆さん。焦燥は敗北を生みます」
魔帝国魔術研究所の副所長であるアガレスが宥める。
「先程も言った通り血夜族の皆さんが先に手を打ってくれています。暫くの間は準備に費やすべきでしょう。何よりこちらには〈光〉の神機《星光輝煌《ブレイトニル》》があります。〈空間〉の神機に恐れていては勝てる戦いも勝てませんよ」
「アガレスの言う通りだ」エスカが口を開く。「血夜族の戦士たちが前線を保っている。あとを如何にするかは──」
「俺が行きます」
突然、黒い髪の少年が作戦会議室に現れた。彼は話を息を殺しながら初めから聞いていた。
「お前は……!!」
一人の魔人が声を張り上げる。
「貴様、まだ生きていたのか……!」
「魔人兵の皆さんは帝都を守ってください。そうでないとここに連邦軍が〈空間〉の神機で飛んできたら誰も守れない」
「はっ! 貴様一人で何万の兵をどうにか出来ると言うのか?」
「それは俺だけでは成し得ません。ですが、俺なら敵将を討つことは出来ます」
「お前が、あのミェルキアを殺せると言うのか……?」
「はい。俺ならば、止められます」
「……止められる、だと? はっ、貴様がそんなことを言って誰が信じられようか」
「あまりに弱く魔皇に命を乞いた勇者のこやつが何を言っても……なぁ?」
「オクレイ、ムヴィト。今ここでするべきは言い争いじゃない。それに、ノウトの力は本物だ」
魔皇が目を鋭くさせて、そして言った。
「ノウト、それから血濡れの姫隊をティアルに送ろう。帝都は私と、それからメフィ、ユークで守る」
『はっ!』
血濡れの姫隊の主要メンバーのラウラ、ダーシュ、シャーファ、そしてルーツァが息を合わせるように頷いた。
「ノウト、頼んだぞ」
「はい。必ずや天命を全うしてみせます」
ノウトもまた、大きな声で応える。
今、手を差し伸べれば救けられる人達がいる。それならば、ノウトがすることは一つだけ。
「では、アガレス。彼らを頼むぞ」
「承知致しました」
アガレスが頭を下げて、席を立った。そして、作戦会議室から出る。その背を追ってノウト、それにラウラ達もその場をあとにした。
「アガレス、よろしく」
ラウラが背の高いアガレスの顔を見上げながら言った。
「ええ。任されました。連邦軍が〈空間〉の神機を使うならば、こちらも《瞬間転移陣》を使うまでです。着いてきてください」
アガレスに着いて行き、辿り着いたのは暗い部屋だった。いわゆる、ターミナルと呼ばれる場所だった。
「今はメフィス所長は留守ですが、問題はありません」
「おいおい……ほんとに大丈夫なんだろうなぁ」ルーツァが訝しげな目でアガレスを見た。
「私を舐めてもらっては困ります。ささ、こちらの陣の上に立ってくださいませ」
ノウト達は床に描かれた円の上に乗った。
「もう少し円の中心に寄っていただけますか?」
「こ、こう?」
「半身が切り落とされても良いのですか? もう少し寄ってください」
「もう少し……」
「これでいいか?」
「ちょっとノウトどこ触ってんの!」
「いや、これはちがっ」
「おいお前ェ! 姫の体に触れるな殺すぞ!」
「ダーシュ暴れないでください!」
「どけシャーファ! 俺はこいつを殺す!」
「ちょいちょいダーシュくんちょっと落ち着こうかぁ」
「落ち着いてられるかルーツァ! 前からこいつ姫とばかり一緒にいやがって……! この際だ! 今殺してやる!」
「おいおいダーシュ、ラウラはお前だけのものだから安心しろよ」
「いやノウト、それはそれで語弊があるんじゃない……?」
「それじゃあ飛ばしますよ~」
アガレスが言って、ノウト達はさっきまでの騒がしさを忘れたようにひとつに固まった。
《瞬間転移陣》の便利さは言うまでもないが、万が一にも失敗したら命はそれまでだ。
ただ、ここで立ち止まっていては猫耳族の国モファナ、ひいてはこの大陸全土が不死王の手に落ちてしまう。それは駄目だ。なんとしても食い止めないと。
「それでは、行きますよ」
アガレスが言って、ノウトは息を呑んだ。すると、光に身が包まれた。赤や青、緑、様々な色の光に抱かれて、そして、瞬きをすると───
「着いたね」
ラウラが周りを見渡しながら言った。
ここは戦地に一番近い《瞬間転移陣》の転移先だ。《瞬間転移陣》は転移したい場所に予めマーキングしなければ飛んでくることは出来ない。直接戦地に飛ぶことは不可能なのだ。
「ここはモファナの南中継地点ですね」シャーファが槍に手をあてがった。
「早く行こうぜ」ルーツァが乾いた唇を舐めた。
ノウト達が頷いて、その砦の中から出た。
「あれは……」
遠くに硝煙が見える。森の方だ。確かあそこは湿地帯になっていたはず。陽の光に当たることの出来ないあそこでは血夜族の戦士が戦っているんだ。
そして、街だ。街が襲われている。ルーツァとシャーファが有無を言わさず駆けた。
「あたしたちは最前線、タヤ森林の方に行く。アンタはどうする?」
「俺はティアルの方に行くよ」
「アンタならそう言うと思った」
ラウラは一瞬だけ俯いて、そしてノウトの顔を見上げた。
「それじゃ、生きてまた会おう」
「ああ、また」
ノウトが言うと、ラウラが踵を返して風のような速さで森の中へと走って行った。その背中をダーシュが追い掛ける。
ノウトはその背を目に焼き付けて、それから猫耳族達が戦っているであろう街の中へと足を運んだ。
走って、駆けて、駈けて抜けて。
この二年間で培った全てを今ここで発揮しよう。
ノウトの中で決意が煌めいた。
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