あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

shirose

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序章 きみが灰になったとしても

第15話 剣戟、閃き、殺し合う

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 そこに居たのは、血濡れの姫隊ブラッド・ロンド筆頭の二人だった。ノウトはミェルキアから距離を離され、シャーファに横抱きにされている。

「シャー……ファ……」

 ノウトが掠れた声を絞り出すように言った。

「喋らないで。今治癒するから」

 彼女はノウトをゆっくりと地に下ろして、それからノウトの傷口に手をかざした。

「……ヴォイド・セラ・ドロウ・エリプス・ハンドレッド・ライト・サクラメント」

 シャーファが静かに詠唱する。
 これは〈生〉魔法の上級魔法だ。ある程度の傷ならこれで癒すことが出来る。普通の猫耳族マナフルではここまでの魔法を使えない。彼女の魔力量は魔人のそれに近い。だからこそ、彼女は最戦線で戦えているのだ。

「ありがとう。シャーファ、ルーツァ。助かったよ」

「そういうのはあと。それより──」

 シャーファが目を向ける方向を見ると、そこには耐日服を身に纏った血夜族ヴァンパイアが立っていた。
 
「彼が私たちをここに導いたのよ」

 見ると、耐日服は補修されていて、片腕は完璧に再生していた。〈闇〉の神機から開発された装着型神機闇衣ヤミゴロモはなんと、切り離されても核が壊れていなければ服自体が再生する、そうロストガンが言っていたのを思い出した。
 彼は地に伏せているノウトに近付いて、手を出した。ノウトがその手を掴むとぐいっ、とその手を引っ張って立たせられた。
 闇衣ヤミゴロモに包まれて相も変わらず顔は見えないが、その兜の向こうでは微笑んでいるように思えた。

「君を信じてなかったわけじゃないけどさ。完璧にミェルキアに勝つ為に彼らを呼んだんだ」 

「ああ、おかげで助かった。本当にありがとう」

「生きてて良かったよ。……さて、悠長に話してる場合でもなさそうだ」

 ノウトと黒騎士が視線を戦線に戻す。見ると、ルーツァとミェルキアが互いに鎬を削っていた。
 ルーツァの握る刀は薄く、今にも折れてしまいそうなのに、ルーツァはそれを巧みに操って剣戟を続ける。

「さすがに騎士団長ともなれば一筋縄にもいかないな!」

 ルーツァはミェルキアの大剣を防ぎつつも余裕そうな表情を見せた。

「突然しゃしゃり出て……抜かすな!」

 ミェルキアが大剣の柄を握る手を強めた。まずい、あれは───

「ルーツァ! 魔法付与エンチャントだ!」

 ノウトが叫んだ。ルーツァは身を翻して、ミェルキアの攻撃を避ける。

「あっちちっ! なんだよ、それ! 卑怯だなぁ、おい! モテないぞ!」

「これが我々の戦い方だ、獣臭い劣等種が」

 ミェルキアが炎の刃を振るう。ルーツァはそれを避ける。避けて、避けて。そして、ミェルキアが猛攻を繰り出す隙に、シャーファが槍を突き出した。
 シャーファの放った槍がミェルキアの鎧に当たるが、それをミェルキアは身体を捻るようにしてかわす。
 今度はルーツァの刀がミェルキアの首を切り落とさんと振るわれた。それをミェルキアが大剣でガードし、切り返してルーツァに横薙ぎに斬る。ルーツァは避けるが、ルーツァに振るわれたはずの刃が今度はそのままシャーファに当たりそうになる。シャーファは高く跳んでそれを躱した。

「こっちがお留守だぜ!」

 ルーツァがミェルキアの背後から斬り掛かる。ミェルキアはそれを篭手で守ろうと、左手を差し出す。

「閃けッ!!!」

 ルーツァが叫び、その瞬間、ルーツァの刀が瞬き、ミェルキアの左腕が切り落とされた。鮮血が辺りを赤く染める。

「今だ!!」

 黒騎士が口を開く。ルーツァは咄嗟に刀を構えて、それから横一文字にミェルキアの首を狙った。血夜族ヴァンパイアの彼もまた翼で飛びながら直剣でミェルキアに斬り掛かる。だが──

「ふん……」

 ミェルキアの左腕がし、大剣を両手で持ち直してから回転するように二人の攻撃を弾いた。

「……チッ。やっぱりこいつ、巷で噂の極級魔人ファグスってやつか」

 ルーツァが言うと、ミェルキアが毅然とした顔で口を開いた。

「愚かな。我は貴様ら劣等種とは違うのだ。不死王の加護を全身に受けた我に勝てるわけがない」

 そう言って、ミェルキアが大剣を握り直す。

極級魔人ファグスは首を切り落とさない限り、延々と再生し続ける。それに、あの身体は再生を繰り返しているから、血夜族ヴァンパイアと同様疲れを知らないんだ。早く終わらせなくてはこちらがジリ貧で負ける」

 闇衣ヤミゴロモの男がはっきりとした声でそう言った。

「いやー厄介だな、マジで。まぁ、やるしかねぇけど」

 ルーツァが一本、刀をシャーファに投げ渡した。シャーファがそれを華麗にキャッチする。ルーツァは佩刀したものを腰から抜いた。シャーファは槍だけでなく刀も得物としているらしい。構えるその姿勢が、かなり様になっていた。
 ルーツァがミェルキアに肉薄し、前斬りを繰り出す。ミェルキアは大剣を滑らせるように振って、ルーツァの刀から身を守る。
 今度はシャーファが距離を詰めてミェルキアに刀身を走らせた。ミェルキアが姿勢を低くして、大剣の鍔でそれを弾いた。
 ミェルキアが炎を纏わせた剣でシャーファを斬り掛からんとする。シャーファは避けようとするが、炎がその身体を微かに炙って避けるのが遅れてしまう。

「つっ……!?」

 シャーファの腕、その柔肌に傷が生まれる。

「一旦下がれ、シャーファ!」ルーツァが叫ぶ。

「そういう……っ、訳にも……!」

交代スイッチだ!」

 黒騎士が直剣を片手に、飛ぶように斬り掛かった。シャーファはそれを見計らって、後方にステップする。
 黒騎士は空を舞いながら独特な剣術でミェルキアに剣を舞わせる。ミェルキアはそれを大剣で切り返す。その隙にルーツァが刀を閃かせて、一文字に斬る。それによってミェルキアの肩が両断されるが、瞬きする間に再生して、傷が塞がっている。

「くそ!」

 ルーツァが吐き捨てるように言った。

「劣等種が! 身の程を弁えろ!」

 刹那、ミェルキアの大剣がルーツァの身体にめり込んだ。

「がっ……!?」

 ルーツァは物のように吹き飛ばされる。
 ミェルキアの剣の動きが全く見えなかった。なんだ、今のは。落ち着け。駆けろ。駆けろ。

「また貴様か」

 ミェルキアの大剣がノウトを叩き潰す勢いで振るわれる。来る。来るぞ。ノウトはそれを殺陣シールドを使い片手で止めて、弾く。

「つッ……!」

 熱い。エンチャントされた武器の放つ熱気がノウトの肌を焼いていく。
 黒騎士が着地して、低い位置から剣を振り上げる。ミェルキアはそれを手のひらで受け止めた。
 当然、振り上げられた剣は肉を裂いていき、肘辺りで剣の勢い止まった。ミェルキアが黒騎士の剣を奪い、ぴたりと二つに切れた腕をくっつけて再生させる。ミェルキアが大剣を振りかぶり、黒騎士はそれをもろに喰らう。

「くっ……!?」

 その瞬間、暗殺ソロリサイドを使ってミェルキアの足元に屈むように忍び込み、そして睡眠針を刺そうとするが──

「何度やっても無駄だ」

「うぐっ……!?」

 ミェルキアがノウトを蹴り飛ばした。痛い。なんだよ、これ。暗殺ソロリサイドが効かない。どうしてだ。おかしい。こんなはずじゃ。
 ノウトが息を整えている間に、治癒されたルーツァとシャーファが既に斬り掛かっていた。何度奴を斬っても、傷を付けても全て無駄だ。相手は再生するし、絶対に疲労しない。どんなに戦っても、全ては徒労に帰す。
 ノウトはごくりと息を呑んだ。

 だめだ。あいつに勝てるビジョンが、見えない。

 ノウトは暗殺ソロリサイドを見破られている。殺陣シールドも炎を纏った剣相手にはほぼ無力だ。
 吹き矢も、撒菱まきびしも、煙幕玉も、閃光弾も。
 会ったこともない天才魔術科学者メフィスに譲り受けた不殺道具の何もかもが効く気がしない。

「君、名前は?」

 突然、黒騎士の血夜族ヴァンパイアがノウトに向かって言った。

「……ノウト。ノウト・キルシュタイン」

「ノウトか。いい名前だ」

「あんたの名は?」

「え?」

 黒騎士は首を傾げた。

「さっき呼んでたじゃないか」

「……は?」

「レンってさ。名前知ってたんじゃないの?」

 そうだ。さっき、ノウトの口から自然に零れた『レン』という名前、本当に合ってたのか。ノウトは知らないはずだ。
 なのに、どうして名前を聞く前にノウトはその名前を口にしたのか。分からない。でも、そんなことどうでもいい。

「ノウト」

 レンがミェルキア達へと視線を向けた。

「君にはミェルキアを倒せる算段があるんじゃないか?」

 ノウトは視線を下ろして、握った対血夜族ヴァンパイア睡眠針を見た。不死にも効く麻酔薬の塗られたこの睡眠針ならば、ミェルキアの動きを封じることも出来るだろう。

「……ああ。これを刺せれば、首を斬らずともあいつを倒せる」

「君に託したよ。俺のことは駒として使ってくれて構わない。血夜族ヴァンパイアだからね。だから、俺たちを上手く使って君がミェルキアを倒すんだ」

 レンはノウトを見た。闇衣ヤミゴロモがあって、顔は見えないけれど、その顔は決意に溢れているのだと、そう確信出来る。
 諦めたら終わりだ。

 ふと、ロストガンに言われたことを思い出し、ふっと不敵に笑う。
 勝てるビジョンが見えない?
 ふざけるな。
 そんなもの見える必要なんてない。
 俺は世界を救う勇者だ。
 全てを救う為にここにいる。

『笑え、ノウト』

 睡眠針を片手にノウトはニッ、と笑った。それから、口を開く。

「──俺らなら勝てる」

「言うじゃないか。それで、どういう作戦だ?」

「レン。お前はあいつの視線をなるべく上へと向けてくれ」

「えーっと、……それだけ?」

「ああ、あとは俺に任せろ。なんたって俺は真の勇者になる男だからな」

 ノウトが言うと、レンは一瞬ぽかんとしてから、

「ぷっ」

 と小さく吹き出した。

「分かった。お前に任すよ。ノウト」

 レンはノウトの肩を叩いて、それから翼をはためかせて空を駆けた。彼は黒い鎧を纏いて、直剣を手にミェルキアへと空から踊りかかる。

「何度やっても無駄だ、下賎なる劣等種が」

「劣等種、劣等種って! あんたそれしか言えないのかよ!」

「なんだと?」

 ノウトに向かって剣が振り下ろされる。ノウトはそれを殺陣シールドで守る。
 その隙にレンが上からミェルキアの首を狙って、前斬りする。しかし、ミェルキアはその気配を感じ取ったのか瞬時に身を翻してそれを片手で受け止めた。
 ミェルキアの炎の剣がレンに向かって放たれる。レンは空に飛んでそれを避けた。ルーツァとシャーファが同時に斬り掛かる。ミェルキアはルーツァを切り伏せて、シャーファを〈焔〉魔法で焼いた。

「あ゛ぁっ……!」

「シャーファ!」ルーツァが叫んだ。

 レンが上からミェルキアに向かって剣を振り下ろす。ミェルキアが振り向くように大剣を大振りした。

 ───ここだ。

 息を殺せ。殺して殺し尽くせ。
 息を殺して、殺して。
 空気に潜り込むように存在を消せ。
 暗殺ソロリサイドを発動して、そして、ノウトが跳ねた。ミェルキアの背後から、彼に抱きつくように組み付いた。
 その瞬間、彼は軽く姿勢を崩した。そうだ。それでいい。

「なっ!?」

 ミェルキアがノウトが撒いた撒菱を踏んだのだ。ただこれには普通の、不死に効かない麻酔薬しか塗られていない。
 本命はこっちだ。
 ノウトは組み付いたまま、右手に握られた睡眠針をミェルキアの兜の隙間にぶっ刺した。──そのはずだった。ミェルキアが片腕でノウトの腕を掴んで針が届くその一歩手前で止まらせる。

「させぬ……!」

 ノウトはにっ、と笑った。ミェルキアは唖然とした。こいつは何を考えているのだろうか、そんな表情だ。本当の本命は………

「──こっちだ」

 ノウトが針を掴む手を離した。その手に握られていたのは──

「がぁっ……!?」

 閃光弾だ。
 辺りを強烈な白妙の光が染める。
 ノウトの手に握られた閃光弾が文字通りミェルキアの目の前で発動した。ミェルキアは驚きのあまりノウトの腕を離す。ノウトは組み付いた姿勢のまま、睡眠針を握り直し、ミェルキアの顔面に思いっ切りブッ刺した。今度は本当に刺さった。

 ノウトはようやくミェルキアから離れ、地に足をつけた。
 より頭に近い場所で不死用麻酔針を使えば効能効果がさらに強まる。
 ミェルキアは次第にふらつき、千鳥足になった。そして、前から倒れ───




 シュッッッッッ、と。




 彼の刀が閃いた。ミェルキアの首が地面にぽとりと落ちる。ルーツァがミェルキアの首を落としたのだ。

「やったの……!?」

 シャーファが声を上げる。

「ふぅ………」

 ルーツァが刀をチン、と鞘に仕舞い息をついた。そして、ミェルキアの首を持ち上げた。

「敵将を討ったぞおおおお!!!」

 ルーツァは声高らかにそう告げる。
 辺りで戦っていた純白騎士団の残党がこちらの様子を見ていたのか、彼らは揃って嘆き、膝を着いた。

『うおおおおおぉぉぉォォオオおおっっっ!!!!』

 兵士たちの雄叫びが轟いた。

「ルーツァ様だ!! 彼が純白騎士団団長を討伐したぞ!!」「ミェルキアを殺したんだ!」「見てたか!? あの勇者が殺したようにも見えたぞ!!」「ローレンス様が殺したも同然だ!!」「魔皇様に栄光あれ!!」

 周りで帝国側の勝鬨が上がる。そのあまりに大きな声に身体が震える。

「これで、半分はこちらが勝ったようなものね」

 シャーファが片腕を抑えながら言った。

「おいおーい、もっと嬉しそうにしろよー。あのミェルキアに勝てたんだぜ?」ルーツァが肩を竦めた。

「あなたねえ……」

 シャーファが呆れたように嘆息をつく。
 当初の予定としては殺さずに捕らえるはずだったが、こちらがやられるよりは全然良いだろう。

「………これで、良かったんだよな……」

 ノウトが誰にも聞かれないような小さな声で呟いた。

「ノウト、やるじゃないか」

 レンが走ってきて、ノウトの肩を軽く叩いた。

「まあね」

「なんか、腑に落ちないって顔してるけど」

「いや、そんなことないよ」

「そう?」

 ノウトはそっと微笑んでみせた。

「それじゃ、俺は兄上の所にいくから。またね」

 レンが翼をはためかせて、空の彼方へと去っていく。ノウトもラウラ達と合流しようと最前線の方へ向かったが、そこも同じように掃討されていた。


 ミェルキア・フォン=ネクエスの率いた軍は壊滅し、今回の争いは帝国の勝利となった。
 ノウトが戦闘不能にした敵軍の兵士たちは捕虜として無事保護されて収容されたそうだ。
 ノウトは確かな自分の実力に安堵しつつも、ミェルキアの首が落ちるあの瞬間を忘れられないでいた。
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