あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

shirose

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序章 きみが灰になったとしても

第16話 こんな夜に意味があるとするならば

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「純白騎士団討伐とこの戦いの勝利を祝いまして~~~……」

「「「「「「かんぱぁぁいっっ!!」」」」」」

 互いのジョッキがぶつかり合い、歓声が酒場に響く。

 軍の指揮をしていたミェルキア・フォン=ネクエスがたおされたことで争いが沈静化し、相手の兵士たちは後方へ下がるか、捕虜になるかのどちらかを強いられた。
 結果、今回攻めてきた連邦軍は壊滅し、モファナには平和が戻りつつあった。
 帝国からの伝令によると、帝都に相手の軍が届くことはなく、被害はひとつもなかったのだという。これに関しては不幸中の幸いだ。
 その後、ミェルキアの首を取ったルーツァの提案で血濡れの姫隊ブラッド・ロンドのメンバー達とノウトらでモファナの酒場でこうして宴を開くことになったのだ。
 皆に倣い、ノウトがジョッキを呷る。
 入っているのは蜂蜜酒ミールだ。
 甘くて苦くて、ノウトはあまり酒の類が好きではないが、これならなんとか飲める。それに、なんだか蜂蜜酒ミールを飲んでいると懐かしい気持ちになる。

「にしてもさ」

 ラウラがジョッキを片手に口を開いた。

「ほんとにミェルキアを倒すなんてね。ちょっとびっくり」

「なんだよ、信じてなかったのか?」

「ちょっとびっくりって言ったでしょ。九割は信じてたよ」

「って残りの一割はなんだよ」

「ノウトって甘いからさ、しくじる可能性はあるでしょ」

「それは、まぁ否定できないけどさ」

 実際、ノウトがミェルキアに勝てる確率は五割もなかっただろう。

「ま、俺のおかげってことっすかね~~」

 ルーツァがどっから連れてきたのか分からない猫耳族マナフルの女の子に囲まれながらノウトたちの卓上に現れた。

「あなたねぇ。ほとんどノウトと血夜族ヴァンパイアの彼のおかげでしょ」

 シャーファが呆れ返るように言った。

「トドメは俺だっただろ? な?」

「調子乗んな」

「あいてっ」

 ラウラに叩かれたルーツァは卓上から手を下ろした。

「ルーツァ様~、こっちで飲みましょうよ~」カウンターの方から女の子の声が聞こえた。

「いいぜ子猫ちゃん」ルーツァが振り返り、その声に応えた。「それじゃ、姫様。失礼します」

「相変わらずね、アンタ」

 ラウラが澄ました顔で笑う。ノウトはラウラの方を見て、口を開く。

「そういえば、ラウラたちの方は大丈夫だったのか?」

「誰にもの言ってんのよ。まぁ、あたしが来た頃にはほぼ敵軍は全滅してたけどね。血夜族ヴァンパイアの戦士恐るべしって感じ」

「ノワ=ドロワの使役した凶魔ロゴスを倒したのは俺たちですけどね。姫のお手前、さすがでした」

 ダーシュが自分のことのようにラウラを褒める。

「凶魔《ロゴス》がいたのか」

「うん。ここ数年で連邦の凶魔ロゴス使役の技術が格段と上がってるのは確かだよね。メフィでさえも未だ解明できてないんだもん。……っていうか」

 ラウラがジョッキをダンッ、と円卓に叩き付けて、ノウトを見た。

「アンタ、まだメフィに会ってないんでしょ?」

「ああ、そういえばまだ会ってないな」

「アンタの小型神機とか作ってんのメフィなんでしょ? なんでまだ会ってないのよ」

 くだんのメフィ氏が造った小型の神機───煙幕玉や閃光弾のこと───はメフィ氏からノウトに直接渡されるわけではなく、シファナ伝いでノウトに渡される。

「えっと、なんというか……俺に顔を見せてくれないんだよな、彼女」

 ノウトから逃げてるんじゃないかってレベルでメフィ氏はノウトに顔を見せたがらない。

「無理やり顔見せに行きなよ。メフィ引きこもりだけど押しには弱いから」

「なんか嫌な言い方だなそれ……」

「まー、とりあえず早くメフィに会ってやりなよ。これ、あたしとの約束」

「お、おう。帝都に帰ったらそうしよっかなぁ……」

 ノウトは遠い目をしながら蜂蜜酒ミールをちびちびと飲んだ。

「どうしたの、有言実行してミェルキアを倒したのに。いやに浮かれない顔してんじゃん」

「……あ~、……ちょっといろいろ考えててな」

 ノウトが歯切れ悪く言うと、ラウラはそんなノウトの顔を覗き込むように顔を近づけた。

「もしかして、あれ? 誰も殺したくないって言ってたのにミェルキア殺しちゃったから悔いてるの?」

 急にラウラが的を射た発言をしたから、ノウトは少しむせてしまった。

「正直言えば、まぁ……そうかな。うん」

 ノウトはラウラに視線を一瞬合わせて、それから目線を外した。

「でも、勝って嬉しくないわけじゃないんだ。ミェルキアを倒さなければもっと多くの人が殺されていた。これでいい、これでいいはずなんだけど……」

 ノウトは卓上を見つめて、そこにジョッキを置いた。

「──ミェルキアが首を落としたあの瞬間が、瞼に焼き付いて離れないんだ」

 ルーツァがミェルキアの首を切り落とし、そして彼はあまつさえその首を持ち上げて勝利を謳った。あの瞬間が、どうにも忘れられない。

「ショックだったってこと?」シャーファがノウトを見る。

「いや、違う」

 ノウトは首を振った。

「あんなに強くて、騎士団の団長を勤めるくらい有能な人間にも家族がいて、彼には彼の人生があってさ。多分……いや、絶対、彼が死んだら悲しむ人は多くいるんだ。……それを殺してしまって、本当に良かったのかなって。今はただそれを思うんだ」

 ノウトは当初、ミェルキアを殺す予定ではなかった。睡眠針で戦闘不能にして、帝都に連れ帰ろうとしていたのだ。

「ルーツァがミェルキアの首を斬っちゃったからね」

「でも、さっきノウトが言った通り、ミェルキアを殺さなくちゃ更に多くの犠牲が出ていたのは事実。私はこれで正解だと思うわ」

「俺もそれは分かってる。だけど──」

「お前はただ、自分の手を汚したくないだけだろ」

 今まで黙っていたダーシュが言葉を挟んだ。

「そうかもしれない」

 意外にもノウトがすぐにそれを肯定したから、ダーシュは一瞬目を開いた。

「俺は殺したくない」

 俺は『彼女』をこの手で殺してしまった。
 消えない炎に包まれた彼女を楽にしてあげようと殺したのだ。
 人を殺せばきっと、あの瞬間を思い出してしまってノウトは気が気でなくなる。また弱いノウトに戻ってしまう。でも、──

「でも、それ以上に──俺は殺し合いが嫌いなんだ」

 酒場は喧騒を保っているにも関わらず、ノウトの言葉ははっきりと聞こえた。

「殺す方もつらいし、殺される方ももちろんつらい。残される人ももちろん悲しい。こんなにも無益なのに、どうして俺らは争う必要があるんだ」

 その科白せりふがノウトの胸にすっと下りてきた。

「命より、戦争が有益だからだ」

 ダーシュが、判然とした態度で告げる。

「領土、神機、勇者、人民、食糧。それらを手っ取り早く解決出来るのが戦争だ」

「じゃあお前は奪い合うのが正義だって言うのかよ」

「思わない」

 ダーシュは即答した。

「戦争はないに越したことはない。ただ、全人類がお前みたいに生易しいわけじゃない」

「みんなノウトだったら良いのにね」ラウラが腕を組んだ。

「……なんかそれは違いませんか?」シャーファがラウラに言う。

「みんなノウトみたいな考えだったらいいなってこと」

「いや、分かるけどな」

 ノウトが失笑した。

「もう、一応アンタのこと褒めてるんだけどなぁ」ラウラが頬をかく。

「人々には、ひとりひとりそれぞれの正義があって、それがぶつかり合うのが戦争。そこに正しいも悪いもない、ってのは誰かが言ってた言葉なんだけど」

 ノウトが言った。

「俺は、みんなの正義が集まれば世界は蓋然的に世界は平和になると思うんだ」

「じゃあ、みんなの正義を言ってこう。あたしの正義は、そうだな~。人々の笑顔を守ることかな。シャーファは?」

「私は、……一人でも多くの民を守ることですかね」

「ダーシュはどうだ?」

「俺は姫を護れればそれでいい」

「アンタねぇ……。ま、いいけどさ」

 ラウラがかぶりを振った。

「それで、ノウト、アンタは?」

「俺は───」

 ノウトが皆に目をやって、そして口を開いた。

「ただ救うこと、それだけだ」

「ま、ノウトらしいね」

「それで、四人の正義を合わせると?」

「一人でも多くのラウラを救って、笑顔を護る」

「ぷふっ」

 シャーファが吹き出した。

「完璧じゃないか」

 ダーシュが満足気に頷いた。

「いや何もかも間違ってるから! ちょっとシャーファ、何笑ってんの!」

 ラウラが立ち上がって、びしっと指をさした。

「ふふふ……いや、申し訳ございません、ほんとに……ふふっ」

「それに、なんで息するようにボケるんだよノウト!」

「ラウラが笑顔の方がいいって言ったからさ」

「あ、あぁ~~……なるほどね」

 ノウトは適当に返事を返したつもりだったが、ラウラは何故か納得したようだ。
 ノウトはみんなに向き直って、それから口を開いた。

「『殺すこと』が正義のやつなんて、この世界にはほんとはいないはずなんだ。どんな人間も幸せを求めているに決まってる」

 ──それに、

「みんなが幸せになれる道を、みんなが進んで行けば、この世界はきっと平和になると思う」

「そうなると、いいね」

 そう言ってラウラがジョッキをゆっくり呷る。

「……ノウト」

 ダーシュがそのぼさぼさした髪の向こうから目を覗かせるように言った。

「ん?」

「……どうして、お前はそこまでお人好しでいられるんだ?」

 ダーシュが真顔で問う。ノウトはみなの顔を見た。

「決まってるだろ」

 ノウトは間を置かずに頭にあった次の言葉を口にする。

「俺がみんなのことを大好きだからだよ」

 言うと、それぞれがぽかんとして、近くのテーブルに座る猫耳族マナフル達も何故か静まってしまった。そして、誰からともかく───

「ぷっ」

 と吹き出し、

『あはははははっっ!!』

 と笑い声が酒場を更に騒がしくした。
 
「愚問だったみたいだね」

 ラウラが目尻に浮かぶ笑い涙を拭った。

「お前はおかしな奴だな」

 ダーシュが呆れたように言った。

「はははっ! ま、こいつはこういうやつだからな」

 ルーツァがどこからともなく現れて、ノウトの肩に手を置いた。

「もう、勇者なんて関係ないわよね」

 シャーファが小声で言った。

「あ~~、……ごめん、酔ってるみたいだ。普段こんな恥ずいこと言わないんだけど」

「いや、アンタはいつもそんな感じだよ」ラウラが楽しそうに言った。

「なんだよそれ」

 ノウトがははっ、と笑った。

「悪い。俺、このあたりにして寝るよ」

「もういいのかよ~」

 完全に酔い気味のルーツァがノウトの肩を揺する。

「ああ、明日も早いしさ」

「んじゃあしょうがねぇなぁ」

 ルーツァがノウトの肩から手を離す。
 ポケットから通貨を取り出して、円卓の上に置く。

「それじゃまた明日」

「おやすみ、ノウト」「おやすみなさい、ノウト」「また明日な~」

「おう、おやすみ。みんな」

 ノウトが手を振って、酒場から出る。
 夜風が頬を優しく撫でた。
 空に浮かぶ二つの月は相も変わらず綺麗だ。最初は月が二つだなんて、おかしい気がする、なんて思っていたけどそんな思いも既に消えてなくなった。
 後方から聞こえる酒場の喧騒を背に、ノウトは宿への道を辿った。明日、帝都に戻る予定だ。魔皇に今回の報告をして、それにシファナやフィーユ達にも会って、それにメフィにも顔を出さないと。
 想いに更けながら、けして寂しくない夜道を歩いていると、ふと前方から一人の血夜族ヴァンパイアの男が歩いてくるのが分かった。
 歳の印象はノウトと同じくらいだ。はっきりとした青髪で鼻がすっと通っている。非常に端正な顔立ちだ。どこか、ノウトの知り合いの血夜族ヴァンパイアに面影が似ている気がした。

「こんばんは、ノウト」

 話しかけられて、ようやく分かった。

「レン」

 ノウトが彼の名前を呼ぶと、レンはどこか面映ゆそうに頬を緩めた。

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