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序章 きみが灰になったとしても
第27話 変わらないものなんて
しおりを挟む以前記した通り、魔皇は治めた国に生ける全ての民草の名前やその他情報を記憶している。
魔皇はノウトのかつての仲間である勇者達が殺した民衆らの名前を一字一句、決して間違えることなく言うことが出来る。
だがそれは、単に記憶力がいいという話ではなかった。当たり前だ。人が記憶出来るものにはある種の限界がある。
魔皇には素質として底知れぬ魔力が授けられる。だからこそ、このような神の如き技が使えるのだ。
魔皇には記憶を保持する脳内に魔力で追加に巨大記憶ストレージが生まれている。つまり、魔皇が民衆の情報を魔皇が持つ莫大な、底の知れない魔力が魔皇に究極の記憶力と情報力を与えているのだ。
そんな魔皇がルーツァやシャーファ達がこの世からいなくなったことを知らないわけがない。
「ラウラ……っ」
魔皇がラウラを強く抱き締めた。
「ど、どうしたんですか、魔皇様」
「私がしっかりしていないからだ……っ。またしても、家族を……失ってしまった……」
「えっ……?」
ラウラが魔皇から少し離れた。
「……ノウトから伝えさせるのは酷だったな。すまない。きみもつらいはずなのに。これは私の役目だったな」
「いえ……。責任は、守れなかった俺にあります」
「えっ、……ちょっと、状況が掴めないんですけど……」
「ラウラ、落ち着いて聞いてくれ」
魔皇がラウラの目を見据えた。メフィが目を瞑る。ノウトは顔を伏せた。
「シャーファとルーツァが──…命を落としたんだ」
魔皇のその言葉が永遠のように、ノウトの胸の中に流れ込んだ。まるで、何億年も経ったような刹那の静寂が辺りを襲った。ラウラは今、どんな顔をしているのだろうか。その顔を見るのが怖くて、恐ろしくて。ノウトはメフィと目を合わせた。メフィは小さく頷いた。ノウトを励まそうとしているのだろうか。
「シャー…ファと……ルーツァ……?」
ラウラはよろめいて、倒れそうになった。魔皇がそんなラウラを支えた。
「そんな、……嘘、ですよね? アイツらが死ぬわけが…、……嘘だと言ってください。ねぇ、魔皇様……っ」
「……本当だよ、ラウラ」
口を結ぶ魔皇を横目に、ノウトが口を開いた。その時、ラウラの顔を見てしまった。彼女は今までに見たことのない顔をしていた。泣きそうで、それとは逆に目を見張ってなんとか地を踏み締めようとこらえていた。
「俺が守れなかったんだ。守れたのはチナチナだけだった」
「まさか……フィーユも?」
メフィはフィーユがノウト達に着いて行ったことを知っていたのだろう。だからこそ予測できたのだ。
「……ああ、それに、ミファナも。みんな、みんな、守れなかったんだ」
魔皇は目を瞑っていた。ラウラは定まらない焦点でなんとかノウトを捉えた。
「───なんで…」
ラウラは顔を俯けて、
「なんで、あの子たちが……死ななきゃいけなかったの……?」
そして、自らの髪を掻き乱した。
「連邦王国の刺客があの街に潜んでいたんだ。それに気が付けなかった。凶魔の暴走も、完全に陽動だったんだ。俺たちをあの場に留まらせるための」
ノウトは自らの舌が上手く回らない感覚を覚えた。
「それであんたは、どうしたの?」
「俺が気付いた時には、ルーツァ以外もうみんなやられていた。ルーツァもそいつに倒された。俺は、チナチナしか守れなかったんだ」
「ルーツァとシャーファが殺られた相手をノウトが伸したのか?」
メフィがノウトを見た。ノウトは腰にぶら下げた黒の剣を見やる。鞘に入っていて、漆黒の刀身は隠れている。
『全部正直に伝えた方がいいと思うな、アヤメは』
アヤメが頭の中でそう言った。もとから、そのつもりだったけれどアヤメが言って、踏ん切りがついた。ノウトはあの晩にあったそとを彼女らに全てを伝えた。
エヴァが突然現れたこと。ノウトが〈殺戮〉の神機である剣に触れてアヤメと出会ったこと。ノウトがアヤメの力でエヴァの攻撃を封じたこと。ミカエルとエヴァを連邦の魔導師ノワ=ドロワが連れて行ったこと。
嘘みたいだけど、全部本当の話だ。
「………」
全部を聞いたラウラは泣くでも嘆くでもなく、ただそこに立って俯いていた。そして、ノウト達に背を向けた。
「……少し、考えさせて下さい」
ラウラは魔皇に会釈をしてから、その部屋から去った。そして、やり切れない思いに満たされつつも、ノウトたちはお互いの顔を見合わせた。
◇◇◇
ルーツァとシャーファの訃報はその日のうちに魔皇城にいる者たちを震撼させた。誰もが彼らが死ぬことを予期していなかっただろう。彼らは帝国側の誇るトップの実力を持つ戦士達だった。
ラウラ率いる血濡れの姫隊はその名を知らぬ者がいないと断言出来るほどに強く、揺るがぬ頂点として、大陸ではあまりにも有名だ。その分隊長である彼らを失った血濡れの姫隊の戦力は半減したと言っても過言ではない。
「……すぅ………」
ノウトはため息を吐くでもなく、ただ深呼吸をする。
魔皇城、東尖塔バルコニー。ノウトはそこで星空のもと、二つの月を見上げて物思いに耽っていた。
シファナとミャーナも、彼女たちがいなくなってしまった事実を知ってしまったのだろうか。シファナの姉であるミファナと、彼女たちの大切な友達であったはずのフィーユはもういない。
「合わす顔が、ないなぁ……」
ラウラが会議室から去ったあと、ノウトと魔皇、そしてメフィの三人で今回のことを話し合った。何を悔いても、何も帰ってこない。ならば今すべきことは取り戻すことだ。
〈大地掌握匣〉だけはなんとしても連邦から取り戻さなくてはいけない。今まで帝国が連邦と拮抗していたのはこの〈大地掌握匣〉があったおかげだ。それが連邦の手に渡ったら如何になるかは、言わずとも誰もが分かるだろう。
取り戻すために必要なことはただ一つだけだ。それは、情報を得ること。連邦はミカエルの視界と聴覚を通じてこちらの動向を把握していた。情報力で何手も先を取られていたのだ。
情報なくして〈大地掌握匣〉を取り戻すことは出来ない。
まず、どこに格納されているのか。相手側の配備はどうなっているのか。
またこちらには座標さえ分かればどこにでも瞬間移動出来る〈星瞬転移機〉がないので、〈大地掌握匣〉を奪う際には連邦まで自らの足で向かわなくていけない。帰る時は瞬間転移陣の片割れを持っていき、向こうで発動するだけでいい。連邦が使った手をこちらも使えば帰路に関しては気にする必要はないのだ。
もちろん取り返しに連邦に向かうときは基本、隠密行動だ。ノウトには暗殺がある。隠密行動は得意だ。確固たる自信がある。
だからこそ、ノウトは今回の奪還作戦に加わるつもりだ。その旨を伝えるとメフィはすぐに頷いてくれたが、魔皇はすぐには答えてくれなかった。魔皇はノウトに対して、日に日に過保護になっている気がする。
いや、初めからだ。ノウトが勇者であるにも関わらず、魔皇はそんなノウトを救った。今のノウトがあるのは魔皇のおかげだ。
ノウトとメフィで説得して、ノウトは大地掌握匣奪還作戦の第一メンバーとなった。なるべく少人数で、そして精鋭のメンバーで行きたい。隠密するには人数が少ない方がいいし、帰る際に使用する〈瞬間転移陣〉も人数制限がある。最高でも五人くらいだろう。
「ノウト」
その声が突然だったのと、その声の主があまりに意外な人物だったので、ノウトは振り向くのが少し遅くなった。
「何たそがれてんの」
「……ラウラ」
そこにはラウラが立っていた。
「…なんで、ここに?」
「あいつらのことを考えてたら、落ち込んでばっかいられないなって」
ラウラがバルコニーの柵に寄りかかった。二人の間に、数秒の静寂が降りた。しばらくして、ノウトの方から口を開いた。
「……俺とラウラが会って間もない時さ」
「うん」
「ラウラがフィーユやミャーナ達に何かあったら、許さないって言ったの……覚えてるか?」
「もちろん」
それは二年前の話だ。目を瞑るとあの時の情景が目に浮かぶ。シファナ、フィーユ、チナチナ、ミャーナたちと共に帝都を回っていた時にラウラたちと出会った。
その時に、ラウラがこう言ったのだ。
『あんたさ、この子らになんかあったら、許さないから』
ノウトはそれに対して『ああ。その時は頼むよ』と返した。
「俺は、フィーユを守れなかったから。だから、ラウラが俺を許す必要は無い」
「あの時は言葉の意味がわかんなかったけど、今は分かる。でもね」
ラウラがノウトと目を合わせる。
「別にあたしはアンタを恨んじゃいないよ」
そして、バルコニーの壁に背を預ける。
「あたしは誰も責めてないから。強いて言うなら負けたあいつらが弱かったってこと」
ラウラは、夜空を見上げて言った。
「血濡れの姫隊は解散しようと思ってる。シャーファとルーツァがいないんじゃ、その麾下にあるやつらもまとめられないし」
「……そっか」
それは、ノウトがとやかく言える問題ではなかった。ラウラが決めたことだ。ノウトが口を出す必要はない。
「なに、アンタ。まさかあたしがまだ落ち込んでると思ってんの」
「いや、だって……」
「あたしはさ。今までたくさんの人を失ってきた。だからってシャーファとルーツァ、それにミファナとフィーユがいなくなったことが悲しくないわけじゃない。でも、」
ラウラが星空を仰いだ。
「今を生きてるあたしがいつまでも落ち込んでたら、楽園にいるあいつらがきっと悲しむ」
その横顔が、なんだか儚く見えてノウトは目を逸らした。
「でしょ?」
「……そうだな」
ノウトは小さく笑ってみせた。すると、ラウラもそれに応えるように笑う。
「あたし、大地掌握匣を取り返しに行きたい」
ラウラが言葉を紡いだ。
「今回の騒動は全部、連邦が大地掌握匣をこっちから奪う作戦だった。そのついでにシャーファ達が殺られたって思うと、あたし死ぬほど悔しくって……」
「ラウラは、いいのか?」
「うん。……あたしがあの日言った言葉覚えてる?」
ラウラがノウトと目を合わせた。
「あたしの正義はみんなの笑顔が守られること。だからさ、大地掌握匣を取り返して、みんなの笑顔を守らないとね」
そう言って、彼女は笑った。
「ラウラは強いな」
「強くなんか、ないよ」
「そんなことない。強いよ。俺なんかよりずっと」
ノウトはバルコニーの柵に背を預けた。
「俺は、守れなかったから。ラウラ、本当にごめん」
「さっき言ったけどアンタを責めるほど、あたしは馬鹿じゃない」
ラウラがノウトを見つめた。
「今回のことで、誰かを責めるのは違うって分かってるから」
「……ラウラは強いな、ほんとに」
「…あっそ」
ラウラはいつかのようにそっけなく返事をして、顔を逸らした。
いつかと同じように見えたけど、ラウラはあの頃から変わった。変わらないものなんて、この世界にはないのかもしれない。
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