あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

shirose

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序章 きみが灰になったとしても

第48話 白いため息、青天井

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 センドキアは周囲を高い壁に覆われた城塞都市だ。
 円を描くように街が成されていて、その中央に王の城がある。
 ノウトとニコは明け方にセンドキア脱出作戦を決行することにした。今は路地裏を歩いている。空気が冷えていて、手先も冷たい。両手を擦り合わせて体温を高める。
 遠くの方から楽器の音色が聴こえる。管楽器だろう。細く、繊細な音だが確かに聴こえる。
 式典とやらが始まったのだ。
 本当にこんな早朝から始まるなんて思いもしなかった。人の気配はまちまちだが、これから更に増えていくのは確実だろう。

「……この様子なら、人通りが多くなる昼間辺りに出てもよかったんじゃないか?」

 ノウトが問いかけるが、ニコは案の定無視だ。まぁ、分かっていた。
 ニコは自分に不都合なのか、ただ面倒くさいだけなのかこうやってノウトの問いに対して大抵は無視を決め込む。だからってずっと黙っているのもそれはそれで嫌だったりするので時折、口を開いてしまう。

「……って、あれ?」

 少し下を向いたり、咳払いしたり、違う方向を見たのは事実だったが、ぼーっとはしていなかったと思う。
 ニコの姿が見えない。
 おかしい。さっきまで背中が見えていたのに。
 軽く走って、あの小さな背中を探す。
 そんなに遠くには行っていないはずだ。少なくとも、この通りの近くにはいると思うけど。どこに行ったんだ。
 人通りがそれなりに増えてきた。それと比例して街の喧騒も大きくなっていく。裏通りの方にニコの背中がちらっと見えた気がした。あくまで気がしただけだが、追いかける価値はある。
 幸いなことに、その背中はニコのものだった。

「ニコ!」

「うるさいなー」

 不快げにそう言いながらも足を止めてくれたのでどうにか追いつくことが出来た。そうしなければまた距離を離されていたかもしれない。

「そんなに早く行かなくても。ニコだって俺がいなきゃ困るだろ?」

「だからやさしくしろって?」

「そこまでは、言わないけど」

 ニコは小さく鼻を鳴らして、歩き出した。
 昨日は一晩、ニコの家でノウトは眠った。ノウトは居間で横になっていたし、寝る場所はもちろん別々だった。
 ニコが何者なのか、ノウトは全く検討がつかない。
 センドキアは別に悪いところではないと思う。徒人族ヒュームは色々な国で勇者と同じ種族であることや『何もない種族』ということで迫害されがちだ。レーグ半島には結界があってその身は守られているけれど、ここには高い城壁しかない。これで完璧に守れているとは一概には言えないだろう。
 鎖国的な政策も、魔人族やその他種族から身を守るための立派なすべだと思う。
 ここから出たら、ニコはどうするのか。それを聞いてもやはり無視されてしまうのだろうか。
 しばらくの間、ノウトは黙ってニコについていくことにした。ニコは華奢で背も低いのに、まるで水面を滑るようにするすると歩いていく。気がつくと遠くの方にいて、常に気を張っていないとすぐに距離を離される。

「ノウト」

 街の中心からだいぶ離れた、しばらく歩いたところでニコがその名前を呼んだ。

「キミ、勇者なんでしょ?」

「ああ。そうだけど」

「なんのスキル使えるの?」

神技スキル……」

 ノウトは目を細めた。どう答えるのが正解かは、瞬時に判断出来なかった。だから正直に答える他、今のノウトに選択肢はなかった。

「俺、神技スキル使えないんだ」

「はぁ?」

 ニコは振り返った。

「キミ、勇者じゃないの?」

「や、勇者だけど。いろいろあってさ。今は神技スキルを行使できない身体になっちゃって」

 それを聞くとニコは眉をひそめて、大きくため息を吐いた。

「使えないなー、キミ」

「……悪い」

 さすがのノウトも少しだけ落ち込んだ。それから少し考えて顔を上げた。

「もしかして、ニコは俺の神技スキルが目的だったり?」

「そうだと言ったら?」

「それはもう、ごめんとしか言いようがない」

 ノウトがそう言うとニコは、ふ、と小さく笑って背中を見せた。

「違うから安心して」

「じゃあ、どうして? 俺がいなくてもニコはセンドキアからは出られるんだろ?」

 ニコはすたすたと歩き出してしまった。スルーを決め込まれた。ノウトの役割は他にあると言うのか。
 ニコの真意がいまいち分からない。分かる必要は果たしてあるのか。なるべくなら分かった方がいいだろうけど、今分かったところで利点になるかどうかと言われたら即答はできない。

「……っと」

 目を離すと、ニコの姿は思ったより先の方にあった。
 行動がノウトのそれよりだいたいワンテンポ早い。合わないのかな、と思ったりもする。少なくとも相性がいい感じはしない。ラウラとだったら軽口を叩きながらも順調に進めるんだけど。

「……ラウラ」

 口に出して、忘れちゃいけないその名前を確認する。

「……レン、ダーシュ、フウカ」

 彼らと最後にあったのも二ヶ月近く前だ。体感で言えばもっと長い間会ってない気がする。とにかく、今は帝都に向かわなくてはいけない。

「しっ」

 ニコがノウトの口に手を触れた。小さくて、柔らかい手だ。少しだけひんやりしている。
 ノウトはニコの視線が向いているその先を見た。表の通りだ。特に異変は見当たらない。結局、十秒弱くらいニコはノウトの口を塞いでいた。

「何があったんだ?」

「ちょうど『門番』が横切った」

 答えてくれないと思っていたから、返答が返ってきたことに少しだけ嬉しみを覚えしまった。

「門番?」

「あそこの巨大な壁、関所を管理してる奴だよ。今日は数十年に一度のチャンスだ。……行くしかない」

 そう言ってニコは駆け足で歩き出した。確かに、目の前に堅牢を表したような壁がそびえ立っている。
 ニコを追っていくと壁に面したところに窪みがあって、そこがニコの言う関所だということが分かった。周囲に人がいないのを確認して、その空間に歩を進めた。
 見るからに厳重に管理されてそうな様相を呈している。歩いていると扉にでくわした。ニコはドアノブではなく鍵穴に手をやった。すると、そこからジュー……、と何かが弾けるような音がした。ニコの手から煙が上がっている。ニコの指が鍵穴に吸い込まれるように入っていく。鍵穴のあったそこはドロドロに溶けている。ニコはドアノブを回して扉を開けた。

「ニコ、キミは───」

 何者なんだ。そう聞こうとした時だった。背後に何者かが立っていることに気がついた。ノウトが振り向くよりも先に、そいつは口を開いた。

「動くな」

 男だ。上背が高く、肩幅も広い。黒く様式的な服を着ている。

「両手を上げろ」

 その手には直剣を構えている。

「貴様ら、何者だ。ここは市民の立ち入っていい場所ではないのは分かってるだろう。幸い、今日はジークヴァルト王子の生誕式だ。今、居住区に戻るのならば見逃してやる」

 ニコとノウトは素直に両手を上げていた。ニコがノウトに小さな声で告げる。

「──倒すよ」

 思わず聞き返そうとしてしまったが、それはさすがにまずい。この状況を打開するならニコに従うべきか。

「やっほやっほー元気してたー?」

 ニコは直剣を構えた兵士らしき男に近づいた。男は一瞬戸惑って、一歩後ろに退いた。

「久しぶりー。うわぁ大きくなったね。今こんな仕事してるの? 立派になったねー」

「ふ、ふざけるな!」

 男は直剣をニコに向けた。

「次妙な行動を取ったら斬り捨てるぞ」

「ちょっとちょっといきなりどうしたのさ。らしくないじゃん。冷静になりなよ」

「……っ!」

 男は剣を構えてニコに踊りかかるように振りかぶった。
 その隙に、ノウトは姿勢を低くして彼に足払いをかけた。男は物理法則に従うままにノウトによって転ばされる。その瞬間、ニコが男の剣を持つ手を思いっきり蹴り飛ばした。

「づぁっ!?」

 男は思わず剣を手放す。次にニコは彼の首もとに片手をやった。その刹那、周囲の気温がぐっと、下がったような気がした。
 ニコの手から白いもやが立ち上っているのがわかる。数秒後、男の身体が動かなくなった。

「……殺したのか?」

「だめ?」

「………」

 ノウトは額に手を当てた。そんなの、だめに決まっている。
 でも、今やらなくては今度はノウトたちがやられていた。今のノウトには神技スキルがない。ニコがいなくては武装した相手に勝てなかったかもしれない。

「……この人と、知り合いだったのか?」

「ぜんぜん」ニコは首を振った。「まったくこれっぽっちも知らない」

 そう言って、何も言わずに歩き出していく。その背を追って、ノウトも歩き出す。しばらく歩くと関所らしき場所を抜けて、森に出た。雪の積もる氷雪の森だ。ノウトが一人で生活していた場所によく似ている。
 ノウトはニコの背中を見て、口を開いた。

「ニコ、キミは何者なんだ。さっきの鍵を壊したのといい、あの人を……殺したのといい。まるで魔法を使っているみたいだった」

「約束その二」

 ニコは振り返らずに声を出す。

「ボクの正体を聞かないこと」

「どうして……っ」

 ノウトは少しだけ声を荒らげてしまった。

「少しは、教えてくれよ、ニコのこと。知らないままじゃ、一緒にはいられない。これじゃあまるで、犯罪に加担してるみたいだ」

「知らなくていい」

 ニコは相変わらずこちらを見ずに言った。

「少なくともボクが自分から言うまでは」

 それから、しばらくは二人とも何も会話をしなかった。ニコのおかげでセンドキアの街からは出ることは出来た。確かに、ニコがいなければあの関所を越えることはできなかっただろう。
 でも、その為に人一人を殺めてしまった。罪のない人を一人。今のノウトには神技スキルもなければ睡眠針や閃光弾等の不殺道具もない。

「そんなに落ち込まないでよ。さっきの人、死んでない。ちょっと寝かしただけだって」

「……本当か?」

「ほんとほんと」

 ニコは肩をすかして歩き続ける。ノウトの足取りは軽いとは言えない。雪の降り積る大地を歩く。歩き続ける。後ろを見る。追っ手はいないようだ。
 幸い、今は雪が降っていないから気苦労する必要はない。ため息を吐きたくなるほど空は青くて、青すぎる。なんて、特に意味のないトートロジーを頭の中で繰り広げながらひたすらに前へと進む。
 どれくらい歩いただろうか。とんでもないものが目に飛び込んできた。白い景色のそのまた向こうに大きな壁が見える。街を囲んでいた壁よりも高い壁が、ずっと向こうに佇むように立っている。

「なん、だ……あれ……」

 思わずノウトが言うと、ニコは四メートル程離れたところで振り返った。

「あれが、センドキアの国境」

 ニコは改めてノウトに背中を向けて『国境』を見た。

「ボクたちをここに閉じ込めてる元凶さ」

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