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序章 きみが灰になったとしても
第54話 樹上都市からの降下
しおりを挟む奪われていたアヤメの剣やその他小道具はカミルが回収して運んできてくれた。それから、ノウトは剣を鞘ごと腰に括り付けた。
カミルの案内のもと、薄暗い通路を通って、ノウトたちは外に出た。
薄々気付いてはいたが、ノウトたちのいた牢屋は巨大な樹木をくりぬいて、その内部に作り上げられたものだった。
「これが、ミドラスノヴァの都市か……」
「……すごいねー」
一言で言えば、樹上都市ということになるのだろうか。
幹の直径が十メートル以上は軽くありそうな巨大樹がぽつぽつと生えていて、それらの枝の上に丸太で土台を築き、板を敷きつめて床を張ったり、家やその他建築物などを建てたりしている。比較的大きな建物なんかは幹を柱として利用していたりもするようだ。
巨大樹と巨大樹の間には吊り橋がかけられていて、おそらく行き来できるようになっている。そして、それら吊り橋のほとんどはまっすぐではない。見た目の意匠を重視しての細工なのか、それとも工学的な利点でもあるのか。やたらと美しい曲線を描いている。
建物や吊り橋のところどころには発行するキノコが籠に入った状態で吊るされていて、風に吹かれて揺れていた。そして、その籠には大体鈴が付けられていて、風と共に籠が揺られるとその綺麗な鈴が鳴る。鈴の音が街の中で重なり合い、響き、まるで美しい音色を奏でているかのようだった。
色とりどりの花もそこかしこで飾りつけられていた、かがずともかぐわしい香りが空気中を舞っている。
ところどころにリフトのようなものが設置されていて、あれで地上とこの都市とを行き来するのだろう。
「美しいの一言だな」
「そう言って頂けると、不思議と嬉しいですね」
「これだけでセンドキアを出てきたかいはあったね」
ニコがそう言うと、カミルは小さく笑った。
「こんな状況でなければゆっくりと観光案内としゃれこみたいところでしたが、今はそれどころじゃありませんからね」
カミルは姿勢を低くして、地上を見るように見下ろした。
「まずは、リフトでここから降りないといけません。見てください」
カミルが指をさす方向を見ると、ぽつぽつと光が見えた。凝視すれば、それらがノウトの想像以上にいることに気付いた。
金属質の外装に覆われたそれには見覚えがあった。
「あれは……鉄塊兵……?」
「いえ、あれはこのミドラスノヴァを監視、支配している機械兵です。ゴーレムと違って、中には凶魔ではなく電子回路だけが詰まっています」
「そういうことか……」
だから、あの森人族はニコを見て驚かなかったのか。ミドラスノヴァには至るところに歩く神機のような存在がいる。
「さ、歩きながら話しましょう。もう少しで夜が明けてしまいます」
カミルは徐ろに歩き出して、ノウトたちはその背中を追った。
「今は幸い、一番監視が薄い時間帯なんです。機械兵たちが一番〈雷霆螺旋匣〉に充電をしにいく時間なので」
「カンナ、グラム?」
「ミドラスノヴァの所有する〈雷〉の神機です。あれによってミドラスノヴァは統制と秩序がなされています」
「〈雷〉の神機……って」
ノウトは口許を片手で覆った。
「……そうか、過去に帝国が所持していたのにも関わらず突然行方不明になっていたけど、今はミドラスノヴァにあったんだな」
通りで見つからないわけだ。ミドラスノヴァは他国との接触を一切断っていた。その真意がそこにあったのかもしれない。
「……止まって」
囁くようにカミルがノウトたちを制止させた。見ると、建物の向こう側には森人族の人影があった。早朝にも関わらず起きている殊勝な森人族だ。吊り橋の上を通って、
ノウトたちは建物の影に隠れるように身を縮こませた。
人が通ったのを確認してから、その場を離れる。
見つからないようにいくつかの吊り橋を通って、それからノウトたちはやがてひとけのない一角に到着した。
吊り橋はどこから見ても古びており、渡った先の大樹にはいくつもの亀裂が走っている。床に敷きつめられた板は全体的に傾いていて、あちこち腐り落ちているし、どこを踏んでも大いに軋む。いつ崩壊して崩れてもおかしくない。
ここなら確実に監視の目は届かないだろう。
カミルに倣って、ノウトとニコはリフトの上に乗った。レバーを引くと、リフトはゆっくりと下へ降下していった。
「ニコ、肩貸すよ」
「大丈夫」
差し伸べたノウトの手をニコは払い除けた。
「ボクのことは気にしないで」
ニコはそういうものの、ニコの身体はボロボロだ。
顔の頬にあたる塗装は剥がれてその奥の金属部位が丸見えだし、神機学を少しかじっているノウトから見ても、腕のところは明らかに壊れている。
「……分かった。でも、死ぬなよ。ダメだと思ったら、俺を頼っていいから」
「……りょうかい」
ニコは頷いた。その目はまるで、死に場所を探しているようだった。ここで、何を言ってもニコはノウトを跳ね除けるだろう。何かあったら、絶対にニコを助けなくては。
「カミル、腕のいい技師は知らないか?」
言うと、カミルは眉をひそめた。
「何人か知り合いで神機の技師はいますが」そこまで言って、遠くの方を見るように目を細める。「森人族の僕が言うのも言うのもなんですが、森人族は信頼できませんからね……」
カミルはそこまで言って、顔をしかめた。
「なんたって、あなたたちを無理やり牢獄に閉じ込めるような人ですよ? 信じられると思います?」
「そう言うキミもそれに加担してなかった?」
「あれは、……謝ります。あの時はそうせざるを得なかったんです。あそこで反発してもどうにもならなかった」
「そりゃそうだ。多勢に無勢ってやつだしな」
ノウトはリフトの柱に手を置いた。
「それじゃ、ニコは当分このままか……」
「そう言うノウトにあてはないの?」
言われて、思考する。
例えば帝都に戻ればその手の知り合いは数え切れないほどいる。メフィに言えば確実だろうし、魔皇に相談すれば一番話は早いだろう。
帝都以外で頼れるのは、連邦王国のスクードくらいか。スクードはアヤメの宿る剣をつくりだした凄腕の神機技師だ。彼に見てもらうという手もあるだろう。
「あてはあるけど……。何を頼るにせよ、ここか遠すぎるな。帝都にせよ、何にせよ」
「ノウトがいたらアド様のところに戻るのも、無理だしねー。まぁいいか。動けてはいるし、大丈夫でしょ」
「本当に無理はするなよ」
「ノウトはそればっかりだねー」
「そりゃそうだよ。俺は、ニコを失いたくない」
ノウトがそう言うと、ニコはノウトから目を逸らして黙った。
「あの……」
カミルが口を開いて、こっちを見た。
「おふたりは……そういう関係なんですか?」
「そういう?」
ノウトがオウムのように繰り返すと、カミルはひとつ大きなため息をついた。
「あなた、ぶん殴りますよ?」
「なんで……?」
「もしくはぶっ殺しますよ?」
「いや、えっ、カミル急にどうしたんだ?」
「単刀直入に聞きますけど、あなたはニコさんのこと好きなんですか?」
「え、うん」
「『え、うん』じゃないですよ! これじゃ助け損じゃないですかまったく!」
「いや、俺はカミル、お前のことも好きだよ?」
「気持ち悪っ! 何この人!?」
「ほんとだよ……」
ニコは顔を手で覆って、同じようにため息を吐いた。
「俺は、俺に関わった全員を好きになろうと思って生きてるから」
「あ、そうですか……」
カミルは真顔で頷いた。
「それじゃ、ニコさんとは何もないってことですか?」
「何もないわけじゃないけど──」
「もう、ノウトは少し黙って」
ニコがノウトの胸を押しのけた。
「ノウトとボクは何もないから。というかボク機械だから。あるわけないから。あったら相当気色悪いから」
「そう、なんですね。それは、良かったです」
カミルは苦笑いでニコの凄んだ表情を受け流した。カミルが思ったより面白いやつだと分かったところで、リフトは下までたどり着いた。
「さ、それでは皆さんお静かに頼みますよ」
カミルが口許に人差し指を立ててから、辺りを見回して、見張りが居ないかを確かめた。
「カミル、その冷静そうなキャラ、今見るとちょっと無理あるよ……?」
ニコの心配そうな声が、夜明け前の森の中で透明な鈴のように鳴った。
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