魍魎倶楽部

煌矢

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化け猫騒動

7.化け猫騒動

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 数日後の夜、カズサはアキの手を引いてラン家へと続く道を歩いていた。
 道路には揃いの制服を着込み、腰に剣を佩いた人、人、人……。
 今宵は、ラン家で天子を招いての食事会が催されているのだ。当然、彼の家の周りには、警備の兵が配置されている。
 今朝、本を借りたいと入り込んだ父親の書斎で運良く今夜の警備の配置を見つけ、頭にたたき込んできた。幼いころから父との遊びは兵隊ごっこや陣地取りだった。カズサにとって、警備の兵の裏を掻くことなど朝飯前だ。
 あっち、こっちとアキの手を引きながら、あっという間にラン家の裏門まで辿り着く。
 裏門に配備される兵は、友人だ。軍学校では二級上だった。何度も一緒に授業をサボった仲で、今夜のことを話したら当然のように協力してくれた。
 こっそり目配せをして門を開けてもらい、まんまと二人は庭へと忍び込んだ。
 今宵、天子の正妃は欠席していた。体調不良がその理由だ。その正妃様の代理として、天子の生母ではなく何故かマアサが共にラン家へと赴くこととなった。
 普段は辟易する父親の押しの強さが、こんな時ばかりはありがたい。天子の指名もあって、マアサは今までで一番着飾って彼の隣に座っていた。
 ラン家の人々は、天子と共にやってきたのが正妃ではないことを始め訝しんでいた。
 だが、天子が妻の体調不良を伝えると、皆一様に納得顔となり、それ以後は何も言わなかった。文官たちの間でも、エキ大臣の押しの強さは有名なのだろう。
 不意に、庭先で何かがきらりと光った。それが、合図だった。
 マアサは椅子を蹴って立ち上がり、わざとらしい悲鳴をあげて怯えたように天子の衣に取りすがる。

「どうした」

 訝かしむ天子。ラン家の人々も怪訝な顔をしてマアサを見ている。マアサはやり過ぎだろうかと考えながら、片袖で顔を覆い、首を振った。

「外で何かが光ったのです。猫の目のようなものがキラリと」

 その言葉に青ざめたのは、ラン家の人々だった。「だから」だの、「ほら」だの言う声が、ラン家の娘たちの間で囁かれる。
 天子は困った顔をして「落ち着きなさい」とマアサの背を撫でた。
 喰えない男だ。本当はすべて知っている癖に。
 何度も首を横に振り、天子に甘える風を装いながら、マアサは冷たい目で彼を観察する。
 この男なら、確かに国は良くなるかも知れない。天子が魍魎倶楽部を造ったのだって、結局は貴族よりも常民たちの暮らしを知りたいが故なのだ。しかし、いまいち信用しきれないのもまた、確かだった。

「この家では猫を飼っているのだろう。そうでなければ、どこかの家で飼われている猫が迷い込んだに違いない」

 そうだろうと、天子はランに問う。微笑みを浮かべてはいたが、その目は笑っていなかった。

「ええ、ええ、きっとそうですよ。どこかの猫が迷い込んだのでございましょう。飛び込んでくるといけませんからな、窓は閉めておきます」

 ランは視線を泳がせながらも窓に近づき、戸に手を掛ける。それを見計らったかのように、外から何かが飛んできた。
 べちゃり。
 それは、ランの弛んだ頬に張り付き、ゆっくりと滑り落ちて行った。ランの視線が、それを追って下がる。
 床に落ちた血塗れの肉塊を見て、男の顔はさっと青ざめた。ひっ、とご婦人がたが息を呑んだ。
 なぁーと、か細い猫の鳴き声が聞こえた。室内はしんと静まりかえる。

「そう言えば、」

 マアサは視線を伏せたまま口を開いた。

「私、先日おかしな噂を耳にいたしました」



 ランとその息子は、猫殺しの罪で逮捕された。
 元々そんな法があったわけではないが、隣国の噂を聞きつけた文官たちが愛玩動物を殺すことを罪とするかどうかを議論していたところだったのだ。親子は新しく造られた法の、最初の違反者となった。
 アキは、親子が逮捕されたにも関わらず浮かない顔をしていた。理由を尋ねれば、ラン家の妻や娘たち、そして大勢居た使用人たちはどうなるのだろうと憂えているのだと言った。
 自分は間違ったことをしたのだろうかと瞳を潤ませる少年に、掛ける言葉をその場に居た誰もが持ち得なかった。
 結局、答は誰からも得られないままに、アキは新しい家へと引っ越して行った。

「何が正しくて、何が間違っているのか、そんなことが分かるものか」

 不服そうな表情でマアサはそう言ったが、それは自分で考えるしかないのだろうと、カズサは思った。
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