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二冊目 腐女子泣かせのアイドル ~WINGSのライブ潜入レポ
……③
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流れるようなピアノの音に夢中になりながら、今西光は一人で好き勝手に演奏を始めていた。それに気づいた女性客の何人かが、客席最前列の柵から身を乗り出し、
「ヒカルー!」
と叫ぶものの、本人は外野などまるで無視。
名もない即興曲のメロディに酔いしれた顔つきで、指に絡まるモノクロの鍵盤だけをいつまでも見つめている。
まるでピアノに、恋をしているような――。
「光、ライブの時間だよ」
ピアノとのデート中、邪魔をして申し訳ないが――と言わんばかりの苦笑をこぼしながら、勝行が光の肩をぽんと叩いた。
「……ん? あ、ああ」
勝行の声を聴いてすぐに演奏をやめた光は、脱ぎ捨てていた黒ジャケットに袖を通すと、椅子から立ち上がり、伸びをした。
「んんーっ、よっしゃ。今日何やんの?」
「お前の好きな曲でいいよ。ああでも、オジサンたちがついてこれる曲で」
「おいおい、オジサン舐めんなよ高校生。こちとらお前らの曲はどれでも予習済み、オールオッケーなんだよ!」
バックバンドとしていつも一緒にステージに立つドラマーの髭男――久我が、スティックを肩に叩きつけながら二人の間をすり抜けていく。その後ろで「そうだそうだ」と笑いながら、ベースやギターのチューニングを始める男たちも含め、彼らは全員このライブハウスのスタッフであり、WINGSのライブステージでの大事な仲間でもある。
「じゃあ今日はReady Goとyour sideと……」
指折り数えながら自曲のタイトルを連ねた光は、バックバンドのメンバーと肩を寄せ合いながら小声で打ち合わせし、時折屈託のない笑顔をこぼす。
さらりと揺れる金髪に緑メッシュ入りのマッシュ風ツーブロック、シルバーの片耳ピアス。
一見派手なビジュアル系クール男子にしか見えないが、その中身はただの音楽好きな純朴少年だ。それを知っているメンバーたちは、楽しそうに即興セットリストを考える光の柔らかい髪をなでて、内容にOKサインを出す。
「その代わり、勝手な即興新曲作んなよ。さすがに対応外だからな」
「わーってるって。勝行、決まったぞ」
リーダーの勝行に相談結果を告げて、了承をもらえば、本日の即興セットリストは完成する。
その様子があまりに仲良しすぎて、観客席から黄色い声が何度も上がっているのだが、本人たちはまるで気づいていない。
「体調はどう?」
「すっげえ元気、ヨユー」
「無理するなよ、こないだ熱下がったばっかなんだから」
「心配すんなって」
「そう言ってお前すぐ電池切れるから」
拳をコツンと当てながら、互いの目を見つめ合って笑みをこぼす。
「きゃあああああ!」
途端、あっという間に人だかりができた客席から、とりわけ大きな黄色い歓声が響き渡る。何事かと振り返った光は、何人もの客に手を振られ、名前を呼ばれて二度驚いた。ステージ前の柵には続々と女子ファンが詰めかけている。
「ヒカルー! かっこいーい!」
「きゃあああっヒカルーッ」
「カツユキかっこいいー!」
「二人とも仲良しすぎー!」
「今日のライブ待ってたよー!」
わあわあと叫び始める女性ライブ客の中で最前列争いの押し合いが始まったのか、急に一人の女性が柵にせり上がり、ぐらりと倒れ込む。
「あ、あぶないっ」
その様子に気づいた勝行は思わずステージから飛び降りると、落ちてきた女性の身体をかろうじて抱きとめ、人混みから引きずり出した。追いかけるように光もステージを下りてくる。
「大丈夫ですか? 頭は打ってない?」
「す、すみませ……」
「よかった、ご無事で何より」
だが彼が助けに来るとは思ってもいなかった女性客たちは、黄色い声を上げて気が狂ったかのように飛び回る。助けられた女性も、まさかステージ上にいたお目当ての推しアイドル本人に助けられるとは思っていなかったのか、頬を赤らめて震えていた。
「やだああっ、カッコイイー!」
「カツユキのスパダリっぷり半端ない!」
「いいなあ、私もカツユキに抱っこされたい!」
そんな鳴りやまぬ歓声の元凶をうざそうに睨みつける光は、ガンッと柵の支柱を蹴り飛ばした。
「うっせえ、あぶねえだろうが! もうちょっとで誰かが大怪我するところだったんだぞ。俺らのライブでケガ人出たら困るのはこっちなんだからな、気ぃ付けろ!」
シン……と静まり返る観客の前で、ヒカルは助け出した女性にも苦言を零す。
「あんたもぼけっとしてんじゃねーよ。お前ら、ここに押し合いのケンカしにきたのか? だったら帰れよ。……俺らの音楽、聴きに来たんじゃねえの?」
「光、もうちょっと優しい言い方しないと」
「うっせえ、勝行だって今のはしくじったらケガするだろうが!」
「そうだけど……」
「いいかてめえら、俺はここに音楽やりにきてんだ! 言いたいことがあんなら音で勝負しやがれ!」
光がそう叫んだ途端、どこからともなくうおお! と低音の歓声が巻き起こった。黄色い声の派手な女性ファンに圧倒されがちだが、WINGSにはちゃんと音楽を楽しむために聴きに来た客もいることを、光は絶対に忘れない。
転倒した客が元居た場所に戻れたことを確認した後、勝行はまだ何か言いたげな光を強引にステージに連れ戻し、マイクスタンドの前に立った。穏やかな笑顔を見せてマイクを手に取る。
「すみません、お騒がせしました。当ライブハウスでは無理に押し合ったり、ケンカなど周りの方を巻き込む迷惑行為はご遠慮くださいね。演奏中のモッシュも、危ないと判断されたら途中でライブできなくなるので、ご協力よろしくお願いします。――ってなわけで、俺たちからのファンサービスは、イイ子にしてないともらえないよ?」
まだ何の照明も当たっていないのに、キラキラのエフェクトがかかったかのようなまばゆいウインクをしてみせると、再び黄色い歓声が会場中に響き渡った。
流れるようなピアノの音に夢中になりながら、今西光は一人で好き勝手に演奏を始めていた。それに気づいた女性客の何人かが、客席最前列の柵から身を乗り出し、
「ヒカルー!」
と叫ぶものの、本人は外野などまるで無視。
名もない即興曲のメロディに酔いしれた顔つきで、指に絡まるモノクロの鍵盤だけをいつまでも見つめている。
まるでピアノに、恋をしているような――。
「光、ライブの時間だよ」
ピアノとのデート中、邪魔をして申し訳ないが――と言わんばかりの苦笑をこぼしながら、勝行が光の肩をぽんと叩いた。
「……ん? あ、ああ」
勝行の声を聴いてすぐに演奏をやめた光は、脱ぎ捨てていた黒ジャケットに袖を通すと、椅子から立ち上がり、伸びをした。
「んんーっ、よっしゃ。今日何やんの?」
「お前の好きな曲でいいよ。ああでも、オジサンたちがついてこれる曲で」
「おいおい、オジサン舐めんなよ高校生。こちとらお前らの曲はどれでも予習済み、オールオッケーなんだよ!」
バックバンドとしていつも一緒にステージに立つドラマーの髭男――久我が、スティックを肩に叩きつけながら二人の間をすり抜けていく。その後ろで「そうだそうだ」と笑いながら、ベースやギターのチューニングを始める男たちも含め、彼らは全員このライブハウスのスタッフであり、WINGSのライブステージでの大事な仲間でもある。
「じゃあ今日はReady Goとyour sideと……」
指折り数えながら自曲のタイトルを連ねた光は、バックバンドのメンバーと肩を寄せ合いながら小声で打ち合わせし、時折屈託のない笑顔をこぼす。
さらりと揺れる金髪に緑メッシュ入りのマッシュ風ツーブロック、シルバーの片耳ピアス。
一見派手なビジュアル系クール男子にしか見えないが、その中身はただの音楽好きな純朴少年だ。それを知っているメンバーたちは、楽しそうに即興セットリストを考える光の柔らかい髪をなでて、内容にOKサインを出す。
「その代わり、勝手な即興新曲作んなよ。さすがに対応外だからな」
「わーってるって。勝行、決まったぞ」
リーダーの勝行に相談結果を告げて、了承をもらえば、本日の即興セットリストは完成する。
その様子があまりに仲良しすぎて、観客席から黄色い声が何度も上がっているのだが、本人たちはまるで気づいていない。
「体調はどう?」
「すっげえ元気、ヨユー」
「無理するなよ、こないだ熱下がったばっかなんだから」
「心配すんなって」
「そう言ってお前すぐ電池切れるから」
拳をコツンと当てながら、互いの目を見つめ合って笑みをこぼす。
「きゃあああああ!」
途端、あっという間に人だかりができた客席から、とりわけ大きな黄色い歓声が響き渡る。何事かと振り返った光は、何人もの客に手を振られ、名前を呼ばれて二度驚いた。ステージ前の柵には続々と女子ファンが詰めかけている。
「ヒカルー! かっこいーい!」
「きゃあああっヒカルーッ」
「カツユキかっこいいー!」
「二人とも仲良しすぎー!」
「今日のライブ待ってたよー!」
わあわあと叫び始める女性ライブ客の中で最前列争いの押し合いが始まったのか、急に一人の女性が柵にせり上がり、ぐらりと倒れ込む。
「あ、あぶないっ」
その様子に気づいた勝行は思わずステージから飛び降りると、落ちてきた女性の身体をかろうじて抱きとめ、人混みから引きずり出した。追いかけるように光もステージを下りてくる。
「大丈夫ですか? 頭は打ってない?」
「す、すみませ……」
「よかった、ご無事で何より」
だが彼が助けに来るとは思ってもいなかった女性客たちは、黄色い声を上げて気が狂ったかのように飛び回る。助けられた女性も、まさかステージ上にいたお目当ての推しアイドル本人に助けられるとは思っていなかったのか、頬を赤らめて震えていた。
「やだああっ、カッコイイー!」
「カツユキのスパダリっぷり半端ない!」
「いいなあ、私もカツユキに抱っこされたい!」
そんな鳴りやまぬ歓声の元凶をうざそうに睨みつける光は、ガンッと柵の支柱を蹴り飛ばした。
「うっせえ、あぶねえだろうが! もうちょっとで誰かが大怪我するところだったんだぞ。俺らのライブでケガ人出たら困るのはこっちなんだからな、気ぃ付けろ!」
シン……と静まり返る観客の前で、ヒカルは助け出した女性にも苦言を零す。
「あんたもぼけっとしてんじゃねーよ。お前ら、ここに押し合いのケンカしにきたのか? だったら帰れよ。……俺らの音楽、聴きに来たんじゃねえの?」
「光、もうちょっと優しい言い方しないと」
「うっせえ、勝行だって今のはしくじったらケガするだろうが!」
「そうだけど……」
「いいかてめえら、俺はここに音楽やりにきてんだ! 言いたいことがあんなら音で勝負しやがれ!」
光がそう叫んだ途端、どこからともなくうおお! と低音の歓声が巻き起こった。黄色い声の派手な女性ファンに圧倒されがちだが、WINGSにはちゃんと音楽を楽しむために聴きに来た客もいることを、光は絶対に忘れない。
転倒した客が元居た場所に戻れたことを確認した後、勝行はまだ何か言いたげな光を強引にステージに連れ戻し、マイクスタンドの前に立った。穏やかな笑顔を見せてマイクを手に取る。
「すみません、お騒がせしました。当ライブハウスでは無理に押し合ったり、ケンカなど周りの方を巻き込む迷惑行為はご遠慮くださいね。演奏中のモッシュも、危ないと判断されたら途中でライブできなくなるので、ご協力よろしくお願いします。――ってなわけで、俺たちからのファンサービスは、イイ子にしてないともらえないよ?」
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