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三冊目 眠れない夜のジュークボックス ~不器用な少年を見守る大人たち
……③
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今流れている曲は、サックスがゆったりなめらかなメロディを奏でるボサノヴァ曲だった。「カーニバルの朝」と英語で手書きされたラベルのレコードが、きゅるると回っている。
「これはオリジナルじゃなくて、誰かのカヴァーかしら」
「ですかね。レコードはジュークボックスに予め入っていたので、前の持ち主の物らしいです。この曲はカバーする人が多いから、俺も疎くて」
「そうねー、俺でも生まれた頃にはもう懐メロだったし。――どうせなら、あんたの吹くサックスが久々に聴きたいわ」
WINGSのギタリスト相羽勝行は、元々吹奏楽部でアルトサックスを吹いていた。今でもたまに、フリーのジャズセッションがある時はお呼びがかかることもある。もう腕、なまってますよと言いながら、勝行は笑顔を零した。
「今日はそのつもりなくて何も用意してないんで、またの機会に。……保さんは、今夜は第二木曜恒例、ミッドナイトミュージックのイベントに?」
「そうね、ついでにベッドでの相性がよさそうな男を探そうかなって」
「――は、はあ……」
「なあに赤くなってんの、あんたいつまでたっても俺の夜遊びに慣れないのね」
「いや慣れる気はないです」
「かっちゃんが相手してくれてもいいんだけどなー」
「健全な高校生相手に下世話な相談はおやめください」
大人びたBGMに合わせ、しなを作ってお色気ポーズを見せる上司を軽くあしらうと、勝行も二人の向かいに座り込み、再びギターの弦を弄りだした。
冷たいなあ、と笑いながら愚痴るも、保の態度は柔らかい。
彼が本当に夜間デートの相手を物色しにきたのなら、どうせからかい目的の冗談で、自分はターゲット守備範囲外であることも知っている。たまにこうして一人で遊びに来る彼の姿を見かけるが、談笑しながら仲良く語らっている相手は、だいたいそれなりの歳と経験値を重ねた風体のダンディな男性ばかりだ。
うちのライブハウスは出会い系のゲイバーじゃないんだけどな、と思いつつも、「音楽が好き」というワードだけで集う自由な空間である以上、何も咎めることはできない。
「まあ、仕事で長いことスタジオに缶詰状態だったし、人恋しくなったからちょっと休憩がてら賑やかしいところに来たかったっていうのもあるけどね。光の作るジントニックが飲みたかったんだけどな」
「……お疲れ様です」
WINGS専属プロデューサー・置鮎保の仕事とは、その殆どが自分たちの作り出した音楽を、CDとして売り物にするための色んな雑用だ。ファーストアルバムの企画を打ち出し、春から少しずつ新曲を録り貯めているWINGSは、ここ最近週末はずっと保のスタジオでレコーディングと練習に籠っている。当然、保も終日付き合っているし、平日も休まず雑務や営業に一人奔走してくれているのだ。
「そういえば保さん。たまには家に帰ってますか? いつもスタジオに泊まり込んでいて、あまり帰ってないとスタッフから伺いましたが」
「いやあ、家帰ってもぼっちだし、寝るだけだしね。面倒だから、スタジオの仮眠室でつい過ごしちゃうことが多いわ」
「やっぱり……。無茶はなさらないでくださいね」
「わかってるわよ、だからここに遊びにきたんじゃない」
「はあ……オトモダチ探し、ですか。ていうか保さんって、恋人いらっしゃるんじゃないんですか。その人、保さんが夜遊びしてることを怒らないんです?」
「あー、ヤりたくなった時にアメリカから即帰国してくれるんなら、こんなことはしないわよ。あいつも向こうで誰か抱いてるでしょうし」
「――そ、そんなもん……なんですか……?」
「そ。いいの、もう十年離れてるんだし、そんなに長い間ソロプレイだけで耐えられるわけないじゃない。性欲処理はお互い様ってことで、俺はセフレを作ること隠してない」
あっけらかんとした様子で遠距離恋愛中の恋人との関係を語られるが、その内容は勝行にはなかなか理解しがたいものであった。
「お……俺にはちょっと……レベルが高すぎて理解できないです」
「勝行はドがつく真面目の堅物で融通利かないし、結構独占欲も強そうだから、こんな関係は難しそうね」
「……」
「俺のストレス発散方法ってね、即物的なセックスなの」
「はあ……」
「だから、できないとストレスと過労で死んじゃうわ。真夜中、極上の音楽に浸りながら趣味の合うイケメンと談笑して、一杯呑んで、朝までイチャイチャするのが、俺の休日。リフレッシュタイム」
「――そうでしたね……」
あっさり今後の予定を口にした保は「さ、お子様はそろそろ帰る時間よ」とウインクした。
言われて勝行は腕時計をちらりと見つめた。好きなことをしていると、時間が経つのは本当にあっという間だ。
「そうですね、このギターのチューニングが終わったら、光を連れて帰ります」
「二人ともライブを楽しむのは結構だけど、体調管理をよろしくね」
夏休みには完成したばかりのファーストアルバムを引っ提げてライブツアーに走る回る計画も立てている。そのために最も大事なことは、自分たちのコンディションを最善の状態にしておくことだ。保もきっと、己の体調を鑑みた結果、即物的な方法でのストレス発散をしにきたのだろう。
勝行は上司の気遣いに頷きながら、張り替えたばかりの弦をしなやかに弾いた。
「これはオリジナルじゃなくて、誰かのカヴァーかしら」
「ですかね。レコードはジュークボックスに予め入っていたので、前の持ち主の物らしいです。この曲はカバーする人が多いから、俺も疎くて」
「そうねー、俺でも生まれた頃にはもう懐メロだったし。――どうせなら、あんたの吹くサックスが久々に聴きたいわ」
WINGSのギタリスト相羽勝行は、元々吹奏楽部でアルトサックスを吹いていた。今でもたまに、フリーのジャズセッションがある時はお呼びがかかることもある。もう腕、なまってますよと言いながら、勝行は笑顔を零した。
「今日はそのつもりなくて何も用意してないんで、またの機会に。……保さんは、今夜は第二木曜恒例、ミッドナイトミュージックのイベントに?」
「そうね、ついでにベッドでの相性がよさそうな男を探そうかなって」
「――は、はあ……」
「なあに赤くなってんの、あんたいつまでたっても俺の夜遊びに慣れないのね」
「いや慣れる気はないです」
「かっちゃんが相手してくれてもいいんだけどなー」
「健全な高校生相手に下世話な相談はおやめください」
大人びたBGMに合わせ、しなを作ってお色気ポーズを見せる上司を軽くあしらうと、勝行も二人の向かいに座り込み、再びギターの弦を弄りだした。
冷たいなあ、と笑いながら愚痴るも、保の態度は柔らかい。
彼が本当に夜間デートの相手を物色しにきたのなら、どうせからかい目的の冗談で、自分はターゲット守備範囲外であることも知っている。たまにこうして一人で遊びに来る彼の姿を見かけるが、談笑しながら仲良く語らっている相手は、だいたいそれなりの歳と経験値を重ねた風体のダンディな男性ばかりだ。
うちのライブハウスは出会い系のゲイバーじゃないんだけどな、と思いつつも、「音楽が好き」というワードだけで集う自由な空間である以上、何も咎めることはできない。
「まあ、仕事で長いことスタジオに缶詰状態だったし、人恋しくなったからちょっと休憩がてら賑やかしいところに来たかったっていうのもあるけどね。光の作るジントニックが飲みたかったんだけどな」
「……お疲れ様です」
WINGS専属プロデューサー・置鮎保の仕事とは、その殆どが自分たちの作り出した音楽を、CDとして売り物にするための色んな雑用だ。ファーストアルバムの企画を打ち出し、春から少しずつ新曲を録り貯めているWINGSは、ここ最近週末はずっと保のスタジオでレコーディングと練習に籠っている。当然、保も終日付き合っているし、平日も休まず雑務や営業に一人奔走してくれているのだ。
「そういえば保さん。たまには家に帰ってますか? いつもスタジオに泊まり込んでいて、あまり帰ってないとスタッフから伺いましたが」
「いやあ、家帰ってもぼっちだし、寝るだけだしね。面倒だから、スタジオの仮眠室でつい過ごしちゃうことが多いわ」
「やっぱり……。無茶はなさらないでくださいね」
「わかってるわよ、だからここに遊びにきたんじゃない」
「はあ……オトモダチ探し、ですか。ていうか保さんって、恋人いらっしゃるんじゃないんですか。その人、保さんが夜遊びしてることを怒らないんです?」
「あー、ヤりたくなった時にアメリカから即帰国してくれるんなら、こんなことはしないわよ。あいつも向こうで誰か抱いてるでしょうし」
「――そ、そんなもん……なんですか……?」
「そ。いいの、もう十年離れてるんだし、そんなに長い間ソロプレイだけで耐えられるわけないじゃない。性欲処理はお互い様ってことで、俺はセフレを作ること隠してない」
あっけらかんとした様子で遠距離恋愛中の恋人との関係を語られるが、その内容は勝行にはなかなか理解しがたいものであった。
「お……俺にはちょっと……レベルが高すぎて理解できないです」
「勝行はドがつく真面目の堅物で融通利かないし、結構独占欲も強そうだから、こんな関係は難しそうね」
「……」
「俺のストレス発散方法ってね、即物的なセックスなの」
「はあ……」
「だから、できないとストレスと過労で死んじゃうわ。真夜中、極上の音楽に浸りながら趣味の合うイケメンと談笑して、一杯呑んで、朝までイチャイチャするのが、俺の休日。リフレッシュタイム」
「――そうでしたね……」
あっさり今後の予定を口にした保は「さ、お子様はそろそろ帰る時間よ」とウインクした。
言われて勝行は腕時計をちらりと見つめた。好きなことをしていると、時間が経つのは本当にあっという間だ。
「そうですね、このギターのチューニングが終わったら、光を連れて帰ります」
「二人ともライブを楽しむのは結構だけど、体調管理をよろしくね」
夏休みには完成したばかりのファーストアルバムを引っ提げてライブツアーに走る回る計画も立てている。そのために最も大事なことは、自分たちのコンディションを最善の状態にしておくことだ。保もきっと、己の体調を鑑みた結果、即物的な方法でのストレス発散をしにきたのだろう。
勝行は上司の気遣いに頷きながら、張り替えたばかりの弦をしなやかに弾いた。
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