21 / 106
三冊目 眠れない夜のジュークボックス ~不器用な少年を見守る大人たち
……④
しおりを挟む
**
翌日、もうあの巨大なジュークボックスはライブハウスから姿を消していた。週末恒例のライブイベントが始まる前に、オーナーたち大人組が昼間のうちに持ち主の元へ送りつけたそうだ。
それを聞いた光は、わかりやすくがっくり項垂れた。
「全部聴けなかった……」
「え、お前あの中身全部聴くつもりだったの。子守歌にしてあっさり寝たくせに」
勝行に突っ込まれた光は、憮然としながらぼそっと呟いた。
「知らねー曲ばっかだったけど、たまに聴いたことあるのもあったから、なんか懐かしいなーって思って……気づいたら寝てたんだよ」
「光ってホントになんでも聴くんだな。お前の見た目的にはロックとかヘビメタのイメージがありそうなのに」
思ったことをそのまま口にしたのは、開店準備をしていたライブハウスのスタッフたちだ。
「それ、前誰かにも言われたことあるけど。俺の場合は環境の問題だろ。親父が聴いてた曲と、病院で流れてた曲しか知らねえもん。ヘビメタわかんねえ。けど演歌ならわかる」
「え、演歌って」
「津軽海峡なんとかとか」
言いながら光は目の前のピアノにどかっと座り込み、本当に著名な演歌曲の伴奏をメドレーで弾き始めた。周りにいたスタッフたちも「おい光、何弾いてんだ」と笑いだす始末。だが光の耳はもうそれを受け付けない。
自由に既存の演歌ナンバーを弾きながら、途中でジャズアレンジをぶち込んでみたり、昨夜聴いていたボサノヴァの曲を一通りフレーズで演奏しては楽し気に身体を揺らしていた。
「へえ……さすがに演歌は知らなかったな。光の音楽バリエーションにはこんなのも入ってるんだ」
驚いた顔でその独奏会に聴き入っている勝行の声だけが脳に入り込んできた。
「みんなは演歌やらねえの?」
「いや……まあ、ライブハウスで流れるようなジャンルではないね」
「そっか、どうりで」
しっとり流れる切ない演歌を、ノリやすいテンポに上げて指を弾きながら、光は独り言のように零した。
「昔、ずっと入院ばっかしててさ。つまんねえから病院に置いてあるピアノ弾いて遊んでたら、新聞読んでるじいさんとか、お菓子食ってるばあさんが、喜んで聴いてくれたんだ。だから俺も、じいさんたちがテレビで聴いてる歌を覚えて、こうやって弾いて、遊んでた。そしたら歌ってくれるんだ、みんな」
「病院で?」
「ああ、大合唱!」
タラララッ、と鍵盤の上を走りながら、光の指があちこち楽し気に飛び跳ねていく。
つられて、勝行もふふっと笑みを零した。
「そっか、光のライブ好きって、そんな幼少期の体験から来てるのかな」
「そうかな」
「きっとそうだよ」
身体が弱く、ずっと入院生活だった光は、幼少期にいい思い出なんてないと言って、あまり過去のことを話したことがなかった。息苦しくなる程の辛い経験が沢山あった分、それを思い出さなくていいよう、過去に蓋をして生きてきた彼だが、レトロなジュークボックスから流れる懐かしい音楽に触れて、ふと楽しかった時間を思い出したのであろうか。
そうやって年上や年配の人に可愛がられて育ってきたから、こんなに破天荒でもどこか憎めない、純粋な少年の心を持ったまま大きくなったのだろう。
勝行に光の気持ちは分からない。けれど少なくとも、どんな音楽にも興味を示し、面白おかしくピアノアレンジして心地よいBGMを作り出していくこの天才児を、やたら甘やかして見守っているライブハウスの大人たちの気持ちは、ものすごくよくわかる。
けほこほ、と乾いた咳を零しながらも、光はピアノ演奏の手を止めずに尋ねた。
「なぁ、勝行。今日はライブ、だめか?」
「え? 今日はだめだよ……お前、殆どずっと保健室で寝てただろ」
ここ最近、アルバム制作の仕事が忙しすぎたせいか、光の顔色は正直あまりよくない。テスト前で学校も休めない分、疲れがたまっていると思う。だから今宵はまっすぐ帰宅するつもりだったのだが、ジュークボックスをもう一度聴きたいとせがむ光につられて、ついライブハウスに寄ってしまった。
「今日は遅くなる前に帰る」
優しい中高音、けれどはっきり厳しい口調で、勝行が諭す。
ここにくれば光はわかりやすいぐらいテンションが上がるものの、体調がよくなるわけではない。現に演奏しながらも、時折雑音の激しい厭な喘息咳が耳につく。
勝行の言いたいことはわかっているのか、光も悔し気に胸を抑えつけながら鍵盤を撫でつける。もっとやりたいのに、身体がうまく追いついてくれない。
歯がゆい想いが、鍵盤で上を遊んでいた指の動きを鈍らせていく。
「じゃあ今夜は、光のピアノがジュークボックスの代わりか?」
キッチンでの下ごしらえを済ませたオーナーが、エプロンで手を拭きながら出てきて豪快に笑った。
「自分勝手な曲しか流れないのに?」
「選曲できねえ、ランダム再生タイプだな。ははは、それもいいな。ライブの準備が始まるまで、ここで好きに弾いて遊べばいいさ。はい、1時間分の演奏料金」
そう言うと、オーナーは三百円分の硬貨をことん、とグランドピアノの上に置いた。
「1時間経ったら、ちゃんと帰るんだぞ」
「……ああ! ありがとうオーナー、好きな曲いっぱい聴かせてやるよ!」
「ははは、楽しみにしてるよ」
夕闇に負けてしぼみかけた花が、水を得たように元気に咲いた。
翌日、もうあの巨大なジュークボックスはライブハウスから姿を消していた。週末恒例のライブイベントが始まる前に、オーナーたち大人組が昼間のうちに持ち主の元へ送りつけたそうだ。
それを聞いた光は、わかりやすくがっくり項垂れた。
「全部聴けなかった……」
「え、お前あの中身全部聴くつもりだったの。子守歌にしてあっさり寝たくせに」
勝行に突っ込まれた光は、憮然としながらぼそっと呟いた。
「知らねー曲ばっかだったけど、たまに聴いたことあるのもあったから、なんか懐かしいなーって思って……気づいたら寝てたんだよ」
「光ってホントになんでも聴くんだな。お前の見た目的にはロックとかヘビメタのイメージがありそうなのに」
思ったことをそのまま口にしたのは、開店準備をしていたライブハウスのスタッフたちだ。
「それ、前誰かにも言われたことあるけど。俺の場合は環境の問題だろ。親父が聴いてた曲と、病院で流れてた曲しか知らねえもん。ヘビメタわかんねえ。けど演歌ならわかる」
「え、演歌って」
「津軽海峡なんとかとか」
言いながら光は目の前のピアノにどかっと座り込み、本当に著名な演歌曲の伴奏をメドレーで弾き始めた。周りにいたスタッフたちも「おい光、何弾いてんだ」と笑いだす始末。だが光の耳はもうそれを受け付けない。
自由に既存の演歌ナンバーを弾きながら、途中でジャズアレンジをぶち込んでみたり、昨夜聴いていたボサノヴァの曲を一通りフレーズで演奏しては楽し気に身体を揺らしていた。
「へえ……さすがに演歌は知らなかったな。光の音楽バリエーションにはこんなのも入ってるんだ」
驚いた顔でその独奏会に聴き入っている勝行の声だけが脳に入り込んできた。
「みんなは演歌やらねえの?」
「いや……まあ、ライブハウスで流れるようなジャンルではないね」
「そっか、どうりで」
しっとり流れる切ない演歌を、ノリやすいテンポに上げて指を弾きながら、光は独り言のように零した。
「昔、ずっと入院ばっかしててさ。つまんねえから病院に置いてあるピアノ弾いて遊んでたら、新聞読んでるじいさんとか、お菓子食ってるばあさんが、喜んで聴いてくれたんだ。だから俺も、じいさんたちがテレビで聴いてる歌を覚えて、こうやって弾いて、遊んでた。そしたら歌ってくれるんだ、みんな」
「病院で?」
「ああ、大合唱!」
タラララッ、と鍵盤の上を走りながら、光の指があちこち楽し気に飛び跳ねていく。
つられて、勝行もふふっと笑みを零した。
「そっか、光のライブ好きって、そんな幼少期の体験から来てるのかな」
「そうかな」
「きっとそうだよ」
身体が弱く、ずっと入院生活だった光は、幼少期にいい思い出なんてないと言って、あまり過去のことを話したことがなかった。息苦しくなる程の辛い経験が沢山あった分、それを思い出さなくていいよう、過去に蓋をして生きてきた彼だが、レトロなジュークボックスから流れる懐かしい音楽に触れて、ふと楽しかった時間を思い出したのであろうか。
そうやって年上や年配の人に可愛がられて育ってきたから、こんなに破天荒でもどこか憎めない、純粋な少年の心を持ったまま大きくなったのだろう。
勝行に光の気持ちは分からない。けれど少なくとも、どんな音楽にも興味を示し、面白おかしくピアノアレンジして心地よいBGMを作り出していくこの天才児を、やたら甘やかして見守っているライブハウスの大人たちの気持ちは、ものすごくよくわかる。
けほこほ、と乾いた咳を零しながらも、光はピアノ演奏の手を止めずに尋ねた。
「なぁ、勝行。今日はライブ、だめか?」
「え? 今日はだめだよ……お前、殆どずっと保健室で寝てただろ」
ここ最近、アルバム制作の仕事が忙しすぎたせいか、光の顔色は正直あまりよくない。テスト前で学校も休めない分、疲れがたまっていると思う。だから今宵はまっすぐ帰宅するつもりだったのだが、ジュークボックスをもう一度聴きたいとせがむ光につられて、ついライブハウスに寄ってしまった。
「今日は遅くなる前に帰る」
優しい中高音、けれどはっきり厳しい口調で、勝行が諭す。
ここにくれば光はわかりやすいぐらいテンションが上がるものの、体調がよくなるわけではない。現に演奏しながらも、時折雑音の激しい厭な喘息咳が耳につく。
勝行の言いたいことはわかっているのか、光も悔し気に胸を抑えつけながら鍵盤を撫でつける。もっとやりたいのに、身体がうまく追いついてくれない。
歯がゆい想いが、鍵盤で上を遊んでいた指の動きを鈍らせていく。
「じゃあ今夜は、光のピアノがジュークボックスの代わりか?」
キッチンでの下ごしらえを済ませたオーナーが、エプロンで手を拭きながら出てきて豪快に笑った。
「自分勝手な曲しか流れないのに?」
「選曲できねえ、ランダム再生タイプだな。ははは、それもいいな。ライブの準備が始まるまで、ここで好きに弾いて遊べばいいさ。はい、1時間分の演奏料金」
そう言うと、オーナーは三百円分の硬貨をことん、とグランドピアノの上に置いた。
「1時間経ったら、ちゃんと帰るんだぞ」
「……ああ! ありがとうオーナー、好きな曲いっぱい聴かせてやるよ!」
「ははは、楽しみにしてるよ」
夕闇に負けてしぼみかけた花が、水を得たように元気に咲いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話
みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。
数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品
マネージャー~お前を甲子園に連れて行ったら……野球部のエース♥マネージャー
夏目碧央
BL
強豪校の野球部に入った相沢瀬那は、ベンチ入りを目指し、とにかくガッツを認めてもらおうと、グランド整備やボール磨きを頑張った。しかし、その結果は「マネージャーにならないか?」という監督からの言葉。瀬那は葛藤の末、マネージャーに転身する。
一方、才能溢れるピッチャーの戸田遼悠。瀬那は遼悠の才能を羨ましく思っていたが、マネージャーとして関わる内に、遼悠が文字通り血のにじむような努力をしている事を知る。
穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜
春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、
癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!?
トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。
彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて――
運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!
恋愛感情もまだわからない!
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。
個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする
愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ!
月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新)
基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
