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四冊目 りんごあめと白雪王子 ~絶対恋愛関係にならない二人の最後の夏休み
つまらない夏休み……③
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「夏休みなんて……病院ばっかでつまんねえ……」
さっきまでの源次の声は、張りのいい音量だったせいか受話器に耳を当てなくても聴こえていたらしい。再びふて寝を決め込んでいた光が、独り言のようにぼそっと呟いた。
「しょうがないだろ、こればかりは」
「ライブしてえ……」
「しばらくは我慢だね」
片付けた勝行がもう一度ベッドに戻ると、光は目を擦りながらゆっくり起き上がってきた。
「あいつ、なんか言ってた?」
「……源次か? お前に会いたかったみたいだよ」
そう告げた途端、光は複雑そうな顔をして眉をひそめる。
「あいつがきたら、うるさすぎて迷惑だ……」
「またそんなこと言って。お前だって会いたかったくせに」
ツンデレな相方の素直じゃない口調は今に始まったことではない。まあ、実際問題あの弟はテンションが高すぎて、弱りきった今の光では到底処理しきれないレベルなのは間違いないだろうけれども。
「地方ツアーライブ、行けなくなったって聞いた途端、思いっきり落ち込んでたの誰だよ」
「うっせえなあ……」
心当たりがあったらしい。歯切れ悪そうにフン、とそっぽを向いて、光は真っ青な窓の外を見やった。目に痛い、眩しいくらいの水色が広がる外の景色が視界に映る。
外の音が聴きたいのかと思い、勝行は少し窓を開けた。虫の音がじわじわ聴こえてきて、むっと蒸した熱気が冷やされた病室に湿気を送り込んでくる。
「勝行は休みの間、どうすんの」
ぶっきらぼうに聞かれた質問には、どこか寂し気な声が混じっている。勝行は振り返るといつもの穏やかな微笑を浮かべた。
「まあ、一応受験生だからね。プロデューサーには勉強しとけって言われたよ。仕事も今のところ雑誌のインタビュー一社ぐらいしか聞いてない。ま、病院はエアコン効いてて快適だし、光のピアノ聴きたい放題だし、昼間はここでのんびり勉強してるかな」
「……」
「困るのは……ご飯と洗濯くらいか」
勝行がずっとこの部屋にいる、と聞いて少し安心したのか、光の眉間の皺は少しだけ解れたようだ。だが唐突に、病室のスライドドアががらりと開き、聞き覚えのある大きな声が聴こえてきて再び不機嫌な表情に戻った。
「勝行さん、お待たせしました。コーヒーです。ついでにコインランドリーも寄って洗濯してきましたよ」
仕事が早い相羽家専属のSPマン、片岡荘介は、コンビニ袋とコーヒーを両手に抱えながら、自動で閉まるスライド扉の前に立ち、楽し気な笑顔を見せた。
「あのオッサンがベッタリだから、別に困らないんじゃね?」
ぶすっと不貞腐れたままそっぽを向く光をよそに、勝行は「ありがとうございます」と社交辞令の如く謝礼と笑顔を返した。コーヒー買ってきてください、と告げた主の依頼に対し、彼の下げたコンビニ袋には、頼んだもの以上の何かが入っていそうである。
「光さんもお元気でしたらと思って、プリン買ってきましたよ。こちらの冷蔵庫に入れておきますね」
「いっつも思うんだけど、おっさんって、SPていうより、おつかいのパシリだな」
「気のせいだよ」
「一番こき使ってるくせに……」
即答する勝行に呆れつつ、光は片岡が買ってきてくれたというプリンが気になったのか、簡易冷蔵庫にテキパキと戦利品を入れていく片岡の姿をのぞき見していた。光のそんな言葉を聞きながら、片岡は大丈夫ですよ、とはにかんで答える。
「私はおつかいの仕事も楽しんでますから。光さんのお好きそうな、フルーツたっぷりプリンアラモードの新作を見つけましてね。いちごものってますが、マンゴーとオレンジが大変大振りで美味しそうだったんで、つい買ってしまいました」
「え……何それうまそう……あとで食う」
スイーツの差し入れに思わず惹かれた光の表情が一瞬明るくなる。片岡もそんな光をわかっているのか、お勧めのプリンを袋から出してパッケージを見せていた。
「どうぞどうぞ。冷蔵庫に入れておきますね」
「しっかり餌付けされてるな、お前」
今度は勝行の方が呆れて苦笑いを浮かべる番だった。
「っうっせえ。どうせ俺、病院から出られねーんだから、買ってきてもらうくらいいだろ」
「すごい自己中な理屈だな。誰がこき使ってるんだか」
「あーもう頭いてえ。……寝るっ」
「はいはい」
都合が悪くなったのか、本気で頭が痛いのかはわからないが、耳を塞ぎながら光は再び布団の上にボスンと寝転がった。どっちにしても、豪華なプリンひとつではまだご機嫌はよろしくならないようだ。勝行は思わず片岡と視線を合わせ、肩をすくめてため息をついた。布団も被らないまま、ベッドマットの上にただ寝転がった光の丸まった背中を見つめる。
「ちゃんと布団、かぶって」
「……かつゆき……」
その掛布団を優しくかけ直してあげた時、中からものすごく小さな声が聴こえてきた。背中越しに、何か言いたげな様子が伺える。
少しばかり、悲しそうな声で。
「なに?」
「俺のせいで……ライブ……なくなって……ごめん……」
儚く、震える、消え入りそうな声。
それは、嘘偽りのない光の拗れた感情そのものだ。
「光……」
じわり伝わってくる複雑な想いを汲み取って、勝行は布団越しに光の背中を静かに撫でた。
何も、答えることなどできなかった。
静かに泣きながら寝入った光は、その夜また発作と発熱をぶり返してしまい、晩御飯もプリンも食べないまま、翌朝勝行が登校するまで、起きてくることはできなかった。
さっきまでの源次の声は、張りのいい音量だったせいか受話器に耳を当てなくても聴こえていたらしい。再びふて寝を決め込んでいた光が、独り言のようにぼそっと呟いた。
「しょうがないだろ、こればかりは」
「ライブしてえ……」
「しばらくは我慢だね」
片付けた勝行がもう一度ベッドに戻ると、光は目を擦りながらゆっくり起き上がってきた。
「あいつ、なんか言ってた?」
「……源次か? お前に会いたかったみたいだよ」
そう告げた途端、光は複雑そうな顔をして眉をひそめる。
「あいつがきたら、うるさすぎて迷惑だ……」
「またそんなこと言って。お前だって会いたかったくせに」
ツンデレな相方の素直じゃない口調は今に始まったことではない。まあ、実際問題あの弟はテンションが高すぎて、弱りきった今の光では到底処理しきれないレベルなのは間違いないだろうけれども。
「地方ツアーライブ、行けなくなったって聞いた途端、思いっきり落ち込んでたの誰だよ」
「うっせえなあ……」
心当たりがあったらしい。歯切れ悪そうにフン、とそっぽを向いて、光は真っ青な窓の外を見やった。目に痛い、眩しいくらいの水色が広がる外の景色が視界に映る。
外の音が聴きたいのかと思い、勝行は少し窓を開けた。虫の音がじわじわ聴こえてきて、むっと蒸した熱気が冷やされた病室に湿気を送り込んでくる。
「勝行は休みの間、どうすんの」
ぶっきらぼうに聞かれた質問には、どこか寂し気な声が混じっている。勝行は振り返るといつもの穏やかな微笑を浮かべた。
「まあ、一応受験生だからね。プロデューサーには勉強しとけって言われたよ。仕事も今のところ雑誌のインタビュー一社ぐらいしか聞いてない。ま、病院はエアコン効いてて快適だし、光のピアノ聴きたい放題だし、昼間はここでのんびり勉強してるかな」
「……」
「困るのは……ご飯と洗濯くらいか」
勝行がずっとこの部屋にいる、と聞いて少し安心したのか、光の眉間の皺は少しだけ解れたようだ。だが唐突に、病室のスライドドアががらりと開き、聞き覚えのある大きな声が聴こえてきて再び不機嫌な表情に戻った。
「勝行さん、お待たせしました。コーヒーです。ついでにコインランドリーも寄って洗濯してきましたよ」
仕事が早い相羽家専属のSPマン、片岡荘介は、コンビニ袋とコーヒーを両手に抱えながら、自動で閉まるスライド扉の前に立ち、楽し気な笑顔を見せた。
「あのオッサンがベッタリだから、別に困らないんじゃね?」
ぶすっと不貞腐れたままそっぽを向く光をよそに、勝行は「ありがとうございます」と社交辞令の如く謝礼と笑顔を返した。コーヒー買ってきてください、と告げた主の依頼に対し、彼の下げたコンビニ袋には、頼んだもの以上の何かが入っていそうである。
「光さんもお元気でしたらと思って、プリン買ってきましたよ。こちらの冷蔵庫に入れておきますね」
「いっつも思うんだけど、おっさんって、SPていうより、おつかいのパシリだな」
「気のせいだよ」
「一番こき使ってるくせに……」
即答する勝行に呆れつつ、光は片岡が買ってきてくれたというプリンが気になったのか、簡易冷蔵庫にテキパキと戦利品を入れていく片岡の姿をのぞき見していた。光のそんな言葉を聞きながら、片岡は大丈夫ですよ、とはにかんで答える。
「私はおつかいの仕事も楽しんでますから。光さんのお好きそうな、フルーツたっぷりプリンアラモードの新作を見つけましてね。いちごものってますが、マンゴーとオレンジが大変大振りで美味しそうだったんで、つい買ってしまいました」
「え……何それうまそう……あとで食う」
スイーツの差し入れに思わず惹かれた光の表情が一瞬明るくなる。片岡もそんな光をわかっているのか、お勧めのプリンを袋から出してパッケージを見せていた。
「どうぞどうぞ。冷蔵庫に入れておきますね」
「しっかり餌付けされてるな、お前」
今度は勝行の方が呆れて苦笑いを浮かべる番だった。
「っうっせえ。どうせ俺、病院から出られねーんだから、買ってきてもらうくらいいだろ」
「すごい自己中な理屈だな。誰がこき使ってるんだか」
「あーもう頭いてえ。……寝るっ」
「はいはい」
都合が悪くなったのか、本気で頭が痛いのかはわからないが、耳を塞ぎながら光は再び布団の上にボスンと寝転がった。どっちにしても、豪華なプリンひとつではまだご機嫌はよろしくならないようだ。勝行は思わず片岡と視線を合わせ、肩をすくめてため息をついた。布団も被らないまま、ベッドマットの上にただ寝転がった光の丸まった背中を見つめる。
「ちゃんと布団、かぶって」
「……かつゆき……」
その掛布団を優しくかけ直してあげた時、中からものすごく小さな声が聴こえてきた。背中越しに、何か言いたげな様子が伺える。
少しばかり、悲しそうな声で。
「なに?」
「俺のせいで……ライブ……なくなって……ごめん……」
儚く、震える、消え入りそうな声。
それは、嘘偽りのない光の拗れた感情そのものだ。
「光……」
じわり伝わってくる複雑な想いを汲み取って、勝行は布団越しに光の背中を静かに撫でた。
何も、答えることなどできなかった。
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