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八冊目 黄金色のクリスマスキャロル
……⑥
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耳鳴りと興奮が収まらない中、光は一面煌びやかな金色の世界に目を輝かせて飛び込んだ。
「すげえ……すっげえ」
そこはいつもの無機質な新宿とは思えない、まるで異世界のようなファンタスティック・イルミネーションワールド。青白い白銀の世界と、電球色が優しい黄金の世界で構成され、エリア別に探索できるようになっていた。
狭い駅前にこじんまりと佇むイルミネーションにここまで感動する観客はなかなか貴重なのではないだろうか。そう思いながら、勝行は興奮がちに上を向いてふらふら歩く光の腕を支えた。
「ちゃんと前向いて歩かないと、人にぶつかるよ」
「なあ、あれすげえ」
「そうだね、きれいだね」
「ここが新宿だなんて、信じらんねえ」
光は逸る気持ちを抑えきれないようだ。勝行の制止も振り切ってどんどん展覧会場の中を歩き回る。仕方なく、時折モッズコートのフードを引っ張って進路をコントロールしながら、勝行も付いて行く。
暖かい電球色が一面広がるツリーの前で、その温度を確かめようと手を伸ばしたり。
蒼白い雪結晶の模様があちこちに飛び散る植え込みを何度も触ってみたり。
赤×緑のクリスマスカラーが鮮やかなリボンを巻いたプレゼント箱が全自動で動く点滅イルミネーションをみて、「あれはどうなってるんだ?」と真剣に訊いてきたり。
男同士というより、まるで小さい子どもを引率する親の気分だ。
勝行にしてみれば、こんなごく毎年当たり前のように見かけていると思っていた事ですら、闘病でまともな生活を歩んで来られなかった彼にとっては新鮮なものなんだろうかと思うと少々切ない気持ちにもなるし、付き添うこちらのテンションも自ずと高くなる。
「あっ見て、あそこの階段、ライトで絵が出てきたよ。時間で動くのかな」
「うわあすげえな。これ作った奴は天才なんじゃ」
高所の展望台から見える駅向こうのライトアップも演出に凝っていて豪華だ。
イルミネーションなんてわざわざ見なくても、夜になればその辺で見れる。――そう思っていた勝行でさえ、クリスマス独特の雰囲気に囲まれたライトの仕掛けが、まるで光のソロピアノに合わせて点滅する舞台装置のように見えてきて、不思議と心躍った。
鉄板のクリスマスソングを鼻歌で歌いながらあちこち回っているうちに、道端で賑わう露店からのいい匂いに釣られてお腹が空いてきたようだ。腹へった……と呟く光に特大のフランクフルトを買って渡すと、豪快に食らいつきながら光は楽し気な感想を述べた。
「ここ、ライブハウスみたいだな」
「へえ、このイルミネーションが?」
「だってほら、勝行ここに立って」
「?」
紺地のピーコートの裾を直しながら、指定された場所に立つ。
そこは金橙色のライトが辺り一面に広がる大きなツリー並木の下だった。
「お前がそこで、歌ってて。俺が後ろでピアノ弾いてて。ほら、あの白いライトのとこが客席で」
一生懸命ジェスチャーでシチュエーションを説明する光の口の中には、まだ肉の塊が見え隠れしている。食いきってから話せよ、と苦笑を漏らすと、光はもごもご言いながら必死に咀嚼《そしゃく》する。
そんな風に無邪気にデートを楽しんでいる光を見ているだけで、勝行も楽しくて仕方ない。時間を忘れていつまでも滞在したくなる。
だが幸せはいつまでも続かない。
ふいに咳き込む乾いた音がした。急いで食べて喉がつかえたか、と言いかけたが、違ったようだ。終日あちこち出回っていたせいか、どことなく光の顔色が悪い。ここ最近、ライブも毎晩ぶっ通しで夜遅くまで頑張っているし、彼の体力からしてここらが限界だと思った。
「光……楽しいけれどそろそろ帰らないと。今から風邪ひいて熱出してしまったら、また年越し場所が病院になっちゃうよ」
「ん……あとちょっと」
「光、」
「なあ、歌って」
「え?」
ここで?
急なリクエストに驚いた勝行は、思わず辺りを見渡した。が、わかってはいたものの、周囲はカップルだらけ。それも同じイルミネーションの下で、濃厚なキスやハグを交わし恋人同士のロマンティックなひと時を愉しむ連中が一挙視界に入り、勝行は慌てて目を逸らした。
こんな、色気たっぷりのチークタイムみたいな現場で歌う自信など、一ミリもない。
「こ、ここで今はちょっと……目立ちすぎるから無理だよ」
「えー、だめなのか」
そういう自分は演奏する気満々だったらしい。だが寄り道する予定だったからいつも背負って持ち歩いている電子キーボードはライブハウスに置いてきてしまったことを思い出し、ちぇっ、と口を尖らせる。なんとか諦めたようだ。
「なら、キスしよう?」
「……え?」
「だってほら、みんなやってる」
ふと周りのイチャイチャムードに気付いた光が、楽しそうににやっと笑みを浮かべ、舌を回して艶っぽい仕草を見せた。
「あのなあ、こんな公衆の面前で冗談じゃな……」
即刻否定しようと声を荒げた途端、光の顔がしょんぼりと曇った。というよりは、拗ねて口を尖らせているようにも見える。可愛すぎてもはや暴力だ。
鼻血を噴き出しそうな自分を必死に律しながら「家に帰ってからじゃダメなのか?」と尋ねてみた。
「今ここでやらなきゃ、意味ない」
「どんな意味だよ」
「…………わかんねえならもういい。鈍感」
完全に拗ねて落ち込んでしまった光は、ふいと横を向いてしまう。急に動いたせいで喉に刺激があったのか、またこんこんと咳込みながら、それでも光はまだ黄金色のイルミネーションをいつまでも見つめていた。
耳鳴りと興奮が収まらない中、光は一面煌びやかな金色の世界に目を輝かせて飛び込んだ。
「すげえ……すっげえ」
そこはいつもの無機質な新宿とは思えない、まるで異世界のようなファンタスティック・イルミネーションワールド。青白い白銀の世界と、電球色が優しい黄金の世界で構成され、エリア別に探索できるようになっていた。
狭い駅前にこじんまりと佇むイルミネーションにここまで感動する観客はなかなか貴重なのではないだろうか。そう思いながら、勝行は興奮がちに上を向いてふらふら歩く光の腕を支えた。
「ちゃんと前向いて歩かないと、人にぶつかるよ」
「なあ、あれすげえ」
「そうだね、きれいだね」
「ここが新宿だなんて、信じらんねえ」
光は逸る気持ちを抑えきれないようだ。勝行の制止も振り切ってどんどん展覧会場の中を歩き回る。仕方なく、時折モッズコートのフードを引っ張って進路をコントロールしながら、勝行も付いて行く。
暖かい電球色が一面広がるツリーの前で、その温度を確かめようと手を伸ばしたり。
蒼白い雪結晶の模様があちこちに飛び散る植え込みを何度も触ってみたり。
赤×緑のクリスマスカラーが鮮やかなリボンを巻いたプレゼント箱が全自動で動く点滅イルミネーションをみて、「あれはどうなってるんだ?」と真剣に訊いてきたり。
男同士というより、まるで小さい子どもを引率する親の気分だ。
勝行にしてみれば、こんなごく毎年当たり前のように見かけていると思っていた事ですら、闘病でまともな生活を歩んで来られなかった彼にとっては新鮮なものなんだろうかと思うと少々切ない気持ちにもなるし、付き添うこちらのテンションも自ずと高くなる。
「あっ見て、あそこの階段、ライトで絵が出てきたよ。時間で動くのかな」
「うわあすげえな。これ作った奴は天才なんじゃ」
高所の展望台から見える駅向こうのライトアップも演出に凝っていて豪華だ。
イルミネーションなんてわざわざ見なくても、夜になればその辺で見れる。――そう思っていた勝行でさえ、クリスマス独特の雰囲気に囲まれたライトの仕掛けが、まるで光のソロピアノに合わせて点滅する舞台装置のように見えてきて、不思議と心躍った。
鉄板のクリスマスソングを鼻歌で歌いながらあちこち回っているうちに、道端で賑わう露店からのいい匂いに釣られてお腹が空いてきたようだ。腹へった……と呟く光に特大のフランクフルトを買って渡すと、豪快に食らいつきながら光は楽し気な感想を述べた。
「ここ、ライブハウスみたいだな」
「へえ、このイルミネーションが?」
「だってほら、勝行ここに立って」
「?」
紺地のピーコートの裾を直しながら、指定された場所に立つ。
そこは金橙色のライトが辺り一面に広がる大きなツリー並木の下だった。
「お前がそこで、歌ってて。俺が後ろでピアノ弾いてて。ほら、あの白いライトのとこが客席で」
一生懸命ジェスチャーでシチュエーションを説明する光の口の中には、まだ肉の塊が見え隠れしている。食いきってから話せよ、と苦笑を漏らすと、光はもごもご言いながら必死に咀嚼《そしゃく》する。
そんな風に無邪気にデートを楽しんでいる光を見ているだけで、勝行も楽しくて仕方ない。時間を忘れていつまでも滞在したくなる。
だが幸せはいつまでも続かない。
ふいに咳き込む乾いた音がした。急いで食べて喉がつかえたか、と言いかけたが、違ったようだ。終日あちこち出回っていたせいか、どことなく光の顔色が悪い。ここ最近、ライブも毎晩ぶっ通しで夜遅くまで頑張っているし、彼の体力からしてここらが限界だと思った。
「光……楽しいけれどそろそろ帰らないと。今から風邪ひいて熱出してしまったら、また年越し場所が病院になっちゃうよ」
「ん……あとちょっと」
「光、」
「なあ、歌って」
「え?」
ここで?
急なリクエストに驚いた勝行は、思わず辺りを見渡した。が、わかってはいたものの、周囲はカップルだらけ。それも同じイルミネーションの下で、濃厚なキスやハグを交わし恋人同士のロマンティックなひと時を愉しむ連中が一挙視界に入り、勝行は慌てて目を逸らした。
こんな、色気たっぷりのチークタイムみたいな現場で歌う自信など、一ミリもない。
「こ、ここで今はちょっと……目立ちすぎるから無理だよ」
「えー、だめなのか」
そういう自分は演奏する気満々だったらしい。だが寄り道する予定だったからいつも背負って持ち歩いている電子キーボードはライブハウスに置いてきてしまったことを思い出し、ちぇっ、と口を尖らせる。なんとか諦めたようだ。
「なら、キスしよう?」
「……え?」
「だってほら、みんなやってる」
ふと周りのイチャイチャムードに気付いた光が、楽しそうににやっと笑みを浮かべ、舌を回して艶っぽい仕草を見せた。
「あのなあ、こんな公衆の面前で冗談じゃな……」
即刻否定しようと声を荒げた途端、光の顔がしょんぼりと曇った。というよりは、拗ねて口を尖らせているようにも見える。可愛すぎてもはや暴力だ。
鼻血を噴き出しそうな自分を必死に律しながら「家に帰ってからじゃダメなのか?」と尋ねてみた。
「今ここでやらなきゃ、意味ない」
「どんな意味だよ」
「…………わかんねえならもういい。鈍感」
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