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Lv.2 濃厚接触ゲーム

11 誰が誰と付き合ってるって?

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「んだよあいつら……っ、人の事キモいとか好き勝手言いやがって。くそったれが!」
 
 部室に戻りカメラを片付けながら、圭太は物に当たり散らして罵詈雑言を吐き続けた。
 
「撮影許可証忘れてたくらいであんな言い方しなくてもいいだろうが。誰が変態だ、語彙力皆無のクソが。だいたい意味わかんねえ、僕が滝沢となんだって!?」
 
 滝沢が何かふざけたことでも言ったのだろうか。それに面識もないテニス部の連中に顔や名を知られているなんて、何かがおかしい。
 ひとまず滝沢に連絡を取ろうとスタンプを何度も送るが既読はつかない。ついさっき、バイトに遅れるぞと言って送り出したことを思い出す。どうにもできない状況に苛立ち、クソっと椅子を蹴り飛ばした。きちんと確認していないが、滝沢と自分が付き合っているという不本意な噂が流れていたことは確かだ。
 
「もしかして……歩夢の態度が悪い理由はこれか……? こんなしょうもない噂、誰が信じるっていうんだ!」
 
 何度か机を蹴り飛ばすだけで飽き足らず、自分のリュックも殴りつけた。何度も、何度も。だがまるでサンドバッグのように無抵抗に殴られるリュックを見ていたら、だんだんむなしくなってきた。爪を立て、行き場のない拳を握りしめる。
 
「……バカらしい……。僕は別にホモじゃない。ただ……ただ、女相手に恋愛するくらいなら、まだ仲間とゲームしていたいだけで……滝沢みたいに男が好きってわけじゃないし……」
 
 それから、ふと圭太は思い出した。
 ここ最近、人目につかない場所で滝沢と親密に話していた。それを見た誰かに勘違いされた――?
 
「……同じ男同士なのに、人気者は被害者で、オタクの僕は加害者ってか。どうせ陽キャとはつり合わねえよ、悪かったな変態でキモくてっ」
 
 表面の浅い情報だけで人を決めつけて陰口を叩く輩はいい加減うんざりだ。それよりもこの噂を太一に知られたくない。苛立ちながら何度チェックしても、当たり前のように滝沢とのトーク画面は動かない。
 
「くそっ、こういう時に限って役に立たねえ……僕の応援するって言ったくせに。バイトだろうが既読つけろよな! 滝沢のせいでこんな目に」
「滝沢とケイタって、付き合ってるの?」
「……っ」
 
 部室のドア側から聞き覚えのある声で、言われたくないことを告げられる。圭太の心臓は飛び跳ねた。
 
「た……太一?」
「さっきはごめんな。テニス部女子、滝沢のファンが多くてさ。フラれたからってあんな言い方、いくらなんでも酷いよな。そのカメラだって部活動のだろ。だから俺から文句言っといた」
「……なんで」
「だって滝沢とケイタ、すげえ仲良いじゃん。羨ましいくらい……だから悪口言われてんの、腹立って」
 
 ドアから差し込む西日の逆光で、太一の顔はよく見えない。けれど声は震えている気がした。
 どうしてここに彼がいるのだろう。どうしてあの噂を知っているのだろう。どうして。
 背中越しにゆっくり扉を閉め、太一はそのままぽつりと話し始めた。
 
「前さ、俺が例の感染症かもって噂が立った時、ケイタは俺の事庇ってくれたんだろ。滝沢から聞いたよ。だから今度は俺が二人を助けたいんだ。だからちゃんと本当のこと、教えてくれないか」
「ほ、本当のこと……?」
「滝沢ってその……恋愛対象誰でもって奴じゃん。だからケイタもそうなのかなとか……」
 
 ――真実。どこからどこまでをどう言えばいいのだろう。
 滝沢との関係はともかく、実際に抱いている太一への感情はどう表現すれば勘違いされずに済む?
 さんざんディスったものの、いざとなると語彙力がないのは自分も同じだ。圭太はすっかり固まってしまった。だがここできちんと話さなければ、誤解されたままだろう。握った手から汗が滲み出る。
 絞り出せた言葉はありきたりな定型文だった。
 
「……ぼ、僕らはそういう関係じゃ、ない」
「でも俺、見たよ。階段で隠れて抱き合ってるの」
 
 ああ、終わった。よりにもよって太一にあのシーンを見られていたとは。
 
「濃厚接触してんの、バレたら怒られるし、こっそり隠れてやってたんじゃないの。ディープなキスとか」
「は? んなわけないだろう!」
 
 思った方向よりも斜め上ゆくツッコミが入って、圭太は思わず太一に詰め寄った。
 近づいて初めて気づく、練習中の恰好でそのまま追いかけてきてくれたのだろう。マスクを外した素顔の太一だった。

 日焼けた健康的な肌。マスクで隠されていたニキビ痕。
 その目元は、今にも泣きそうに見えた。
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