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神さまはいじわるだ
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* * *
はっと意識を取り戻し、あたりを見渡す。周囲はほんの少しざわついていた。
今の自分は高校の制服姿。滝沢幸一のものだ。場所は病院のロビー。面会者と思しき数人や、入院患者がテーブル席に座って談笑している。
(――《良一》の記憶か……?)
トリップしかけていたせいで、自分が今良一なのか幸一なのかすら気づくのに時間を要した。それにしても嫌な日を思い出させてくれるものだ。気分を変えたくて幸一はあたりを見渡した。
腰かけたソファの目の前にあるテレビが小さい音でニュースを告げている。画面近くに車いすを止めてそれを見ているおじいさんは、父親の隣の病床の老爺だ。飴をもらった礼を言おうと思ったが、幸一の名前を遠くから呼ばれ、その言葉は遮られた。
やってきた主治医の男性と看護師が、いたたまれない顔をして幸一の前に立つ。
「あの……」
父さんは。
質問する暇もなく、聞きたくない言葉ばかりが幸一へと投げかけられる。
「残念ですが、もう持たないでしょう」
「この後準備ができ次第、個室に移ってもらいます」
「最後に会っておきたい家族とか、もしいたら連絡を」
「親戚の方の連絡先わかりますか?」
「お父さんが亡くなったら、こんな手続きをしないといけないのですが、誰か大人は」
気づけば足が震えていた。必死に絞り出した声も、情けないものだった。
「わ……わかんない……です……」
結局看護師は、父が入院する際に書いた保証人に電話すると言って去っていった。主治医だけが病状の説明を簡易に済ませ、学校は少しの間休んだ方がいいかもしれないよと優しくねぎらってくれた。
それでも幸一の思考には、うまくまとまって入ってこなかった。
(誰がもうすぐ死ぬって……?)
あと二、三年もすれば自分もやっと大人になれる。それまでに今度こそ運転免許を取り、父の脚代わりになろうと思っていたのに。卒業後の就職も、職種さえ選ばなければ親を介護しながら働けるところなんていくらでもあるはず。入院直後、もう歩けなくなったんだとしょげる享幸に対し、車いす生活も気楽でいいじゃないかと笑ってやったばかりだったのに。どうしてあいつが死ななければならないのだろう。
「お母さんとは連絡取れない?」
「……」
幸一は横に首を振ったが、もし父が死んで身寄りを失えば、母親のところに送り返されることにはうすうす気づいていた。そんな余生、冗談じゃない。
「君のお父さんは毎日頑張りすぎて、病気の発見が遅すぎた。だが元気な身体に生きるガン細胞は、人間以上に強いものでね、彼はこれまで十分戦ってきた。もうゆっくり休ませてあげてほしい。延命治療を本人が望まないと言っている以上、あとはご家族の意向次第になる。お父さんの勇姿を最後まで見届けてあげてくれないか」
(俺は、あいつと一緒に生きたくて生まれ変わったのに――)
幼い間は夫婦の間に挟まれても我慢した。離婚後も義務教育の間はと強要されて母と祖父母の家でさらに耐えた。県外の高校を受験して父を追いかけ、ようやく二人支え合って生きていけると思ったところだったのに、こんな仕打ちは酷すぎる。
ぽん、ぽん。
俯いているとふいに頭を撫でられ、幸一はゆっくり視線を上げた。
「じい……ちゃん?」
さっきまでテレビを見ていた老爺が、車いすごとこちらに寄せて頭を撫でてくれた。
「コウイチくんはええ子や。神様は、ええ子の味方やで」
まるで幼稚園児をあやすような物言いに、思わず幸一は口元を緩めた。
「じいちゃん、こないだはお菓子いっぱいありがと」
にこやかに何度も頷きながら、老爺は「部屋に戻ろうやないか」と誘ってくれた。父の傍にいてやれと、暗に言ってくれているようだった。
「車いす、押してあげるよ」
「ああ、助かるねえ」
「じいちゃんは、神様のこと知ってるのか?」
「知ってるよ」
「本当に?」
幸一は思わず肩を震わせて笑った。父と仲良く話してくれていたこの老爺、やはりさっきの主治医との会話を丸ごと聞いていたに違いない。
「でも頑張ってる人の命、気まぐれでしれっと消すんだろ。……やっぱり意地悪じゃん」
女に取られるだけなら今度こそ奪い返す勇気があった。けれど到底太刀打ちできない神格に愛する人を奪われるなんて、理不尽で悔しい。そんな相手を憎まずして、この気持ちをどう整理したらいいのか。
(……そういえば享幸は……俺が死んだと知った時、どんな気持ちだったんだろう)
この言いようのない不安と寂しさを、彼も味わっていたのだろうか。
「せやなぁ、儂も滝沢さん先に連れて行かれたら困るわあ。毎日将棋する相手がおらなんだら、寂しいよって」
「……ん? じいちゃん、親父と毎日将棋打ってたの?」
「なかなか強いでな、まだ勝負はついとらん」
「はあ」
享幸は脊髄腫瘍で入院していた。腰かける姿勢にも痛みを伴うため、ほぼ寝たきりに近い状態だった。それが話し相手だけでなく、卓まで囲んでいたともなれば、悪化する身体に無理してまで年寄りの暇つぶしに付き合っていたのだろう。救いようのないお人好しだなと呆れてため息をついた。
だがそんな男だからこそ、いくつ年を重ねても好きになってしまうのだ。
本当に彼は、愛されることが上手な男だった。
はっと意識を取り戻し、あたりを見渡す。周囲はほんの少しざわついていた。
今の自分は高校の制服姿。滝沢幸一のものだ。場所は病院のロビー。面会者と思しき数人や、入院患者がテーブル席に座って談笑している。
(――《良一》の記憶か……?)
トリップしかけていたせいで、自分が今良一なのか幸一なのかすら気づくのに時間を要した。それにしても嫌な日を思い出させてくれるものだ。気分を変えたくて幸一はあたりを見渡した。
腰かけたソファの目の前にあるテレビが小さい音でニュースを告げている。画面近くに車いすを止めてそれを見ているおじいさんは、父親の隣の病床の老爺だ。飴をもらった礼を言おうと思ったが、幸一の名前を遠くから呼ばれ、その言葉は遮られた。
やってきた主治医の男性と看護師が、いたたまれない顔をして幸一の前に立つ。
「あの……」
父さんは。
質問する暇もなく、聞きたくない言葉ばかりが幸一へと投げかけられる。
「残念ですが、もう持たないでしょう」
「この後準備ができ次第、個室に移ってもらいます」
「最後に会っておきたい家族とか、もしいたら連絡を」
「親戚の方の連絡先わかりますか?」
「お父さんが亡くなったら、こんな手続きをしないといけないのですが、誰か大人は」
気づけば足が震えていた。必死に絞り出した声も、情けないものだった。
「わ……わかんない……です……」
結局看護師は、父が入院する際に書いた保証人に電話すると言って去っていった。主治医だけが病状の説明を簡易に済ませ、学校は少しの間休んだ方がいいかもしれないよと優しくねぎらってくれた。
それでも幸一の思考には、うまくまとまって入ってこなかった。
(誰がもうすぐ死ぬって……?)
あと二、三年もすれば自分もやっと大人になれる。それまでに今度こそ運転免許を取り、父の脚代わりになろうと思っていたのに。卒業後の就職も、職種さえ選ばなければ親を介護しながら働けるところなんていくらでもあるはず。入院直後、もう歩けなくなったんだとしょげる享幸に対し、車いす生活も気楽でいいじゃないかと笑ってやったばかりだったのに。どうしてあいつが死ななければならないのだろう。
「お母さんとは連絡取れない?」
「……」
幸一は横に首を振ったが、もし父が死んで身寄りを失えば、母親のところに送り返されることにはうすうす気づいていた。そんな余生、冗談じゃない。
「君のお父さんは毎日頑張りすぎて、病気の発見が遅すぎた。だが元気な身体に生きるガン細胞は、人間以上に強いものでね、彼はこれまで十分戦ってきた。もうゆっくり休ませてあげてほしい。延命治療を本人が望まないと言っている以上、あとはご家族の意向次第になる。お父さんの勇姿を最後まで見届けてあげてくれないか」
(俺は、あいつと一緒に生きたくて生まれ変わったのに――)
幼い間は夫婦の間に挟まれても我慢した。離婚後も義務教育の間はと強要されて母と祖父母の家でさらに耐えた。県外の高校を受験して父を追いかけ、ようやく二人支え合って生きていけると思ったところだったのに、こんな仕打ちは酷すぎる。
ぽん、ぽん。
俯いているとふいに頭を撫でられ、幸一はゆっくり視線を上げた。
「じい……ちゃん?」
さっきまでテレビを見ていた老爺が、車いすごとこちらに寄せて頭を撫でてくれた。
「コウイチくんはええ子や。神様は、ええ子の味方やで」
まるで幼稚園児をあやすような物言いに、思わず幸一は口元を緩めた。
「じいちゃん、こないだはお菓子いっぱいありがと」
にこやかに何度も頷きながら、老爺は「部屋に戻ろうやないか」と誘ってくれた。父の傍にいてやれと、暗に言ってくれているようだった。
「車いす、押してあげるよ」
「ああ、助かるねえ」
「じいちゃんは、神様のこと知ってるのか?」
「知ってるよ」
「本当に?」
幸一は思わず肩を震わせて笑った。父と仲良く話してくれていたこの老爺、やはりさっきの主治医との会話を丸ごと聞いていたに違いない。
「でも頑張ってる人の命、気まぐれでしれっと消すんだろ。……やっぱり意地悪じゃん」
女に取られるだけなら今度こそ奪い返す勇気があった。けれど到底太刀打ちできない神格に愛する人を奪われるなんて、理不尽で悔しい。そんな相手を憎まずして、この気持ちをどう整理したらいいのか。
(……そういえば享幸は……俺が死んだと知った時、どんな気持ちだったんだろう)
この言いようのない不安と寂しさを、彼も味わっていたのだろうか。
「せやなぁ、儂も滝沢さん先に連れて行かれたら困るわあ。毎日将棋する相手がおらなんだら、寂しいよって」
「……ん? じいちゃん、親父と毎日将棋打ってたの?」
「なかなか強いでな、まだ勝負はついとらん」
「はあ」
享幸は脊髄腫瘍で入院していた。腰かける姿勢にも痛みを伴うため、ほぼ寝たきりに近い状態だった。それが話し相手だけでなく、卓まで囲んでいたともなれば、悪化する身体に無理してまで年寄りの暇つぶしに付き合っていたのだろう。救いようのないお人好しだなと呆れてため息をついた。
だがそんな男だからこそ、いくつ年を重ねても好きになってしまうのだ。
本当に彼は、愛されることが上手な男だった。
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