できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

文字の大きさ
25 / 165
第二章 明けない曇り空

しおりを挟む
光は力いっぱい勝行にしがみつきながらそのキスを享受していた。必死すぎて息をすることすら忘れていたようだ。ぷはっと勢いよく離れた途端、重力に逆らえず倒れ込む。その身体をしっかりと抱きとめ、勝行は彼の汗ばむ猫っ毛を何度も撫でた。ふうふうと肩で荒い息をつき、涎も零したままの光は、ようやく目が覚めたのか自ら抱きついてきた。

「よしよし……もう大丈夫だよ」

今度はすすり泣くような声が聴こえてきた。もしかしたら目覚めた時、隣に勝行がいなくて不安が募ったのかもしれない。

「ごめんね、コーヒー飲んでただけだよ。もうどこにもいかない」

髪、肩、背中、すべてを撫でながら、額にキスを落とす。それでもまだ小刻みに震えている。相当怖い思いをした何かを思い出したのだろう。
そんなもの、思い当たる節がありすぎる。

(あの父親のせいに決まってる……きっとあいつを思い出したからだ)

家族に裏切られ、家族に嬲られた子どもの苦しみは勝行にもわかる。親という生き物は本当に信用ならない。ならば自分はその悲しみの全てを取り除き、彼を真綿で包み込む兄のような存在であらねば。
零れる涙を舐めとり、光の耳元で囁いた。

「もっかいキスする?」
「……する」

涙まじりの小声で返事がかえってきた。身体は勝行の首にしがみついたまま、離れない。

「なら、こっち向いて?」

優しく強請り、頬に顔を摺り寄せながら光の上半身をゆっくり動かす。ようやくはがれた光は、まだぐずぐずと泣いていた。こんな顔、いつもの光だったらきっと見せてはくれないだろう。顔も土色だし、また熱を出してしまわないか心配だ。

(まだ覚醒しきってなさそうだな……)
「勝行……父さんが……血……死ぬ……っ……だ……や、だ……」
「ん……? なんて?」

光はうわ言のように何かを訴えながら、頬に添えられた勝行の手に顔を擦り付け、握り締める。

「ケガは……?」
「……俺はどこもなんともないよ」
(ケガ……血……? 思い当たるとしたら、俺があの男と最後に対峙したホテルでの一件かな。夢で思い出したのかな)

あの時何があったか、勝行の記憶は曖昧で肝心なところが抜け落ちている。けれど桐吾を殺すつもりで奴の部下から拳銃を奪い飛び込んだことだけは覚えていた。あの日殺人罪を犯さずに済んだのは、きっと光が必死に止めてくれたからだろうと思っている。あの時何か怖い思いをさせたのなら、申し訳ないと猛省するより他にない。だが今は、一秒でも早く話題を変えたい。

「大丈夫、俺はくだらないことで死んだりしないよ」
「……でも」
「ていうか、俺が今キスしてるのにさ、他の男のこと考えてるなんて、酷くない?」

半分冗談、半分本気まじりの愚痴を零す。ぐにっと頬を押しつぶし、思わず目を瞑る光にもう一度キスをした。

「どんな夢を視たのか知らないけれど」
「んっ……」

じゅるっと音を立て、舌をもうひと舐めすると、か細くも甘い喘ぎ声が聴こえてくる。その声は桐吾によって仕込まれたものではなく、自分との行為から感じてくれたのだと思いたい。

「俺以外のことなんて考えないで」
「……っ、あ……ふぁっ……」

光の性感帯――耳たぶ、頬のライン、首筋。鎖骨。上から順番に吸い付き、ちゅっちゅと音を立てながら、勝行は捕らえた獲物を味わうようにじっくり食んでいく。

「悪い夢は、俺が全部……上書きしてやるから。眠れるまで、逃がさないよ」

彼の舌を誘い、ぬくもりを舐め合う。顎に舌を這わせ、垂れた蜜を掬うようにざらりと逆走する。半開きになったままの唇に再び侵入を試み、その身に降りかかった悪夢を、過去の畏怖を一粒残らず吸い取ってやろうと言わんばかりの激しさで啜り続ける。

「……んっ……あ……ふぁ……」

トロンとした目で勝行の激しいキスを受け入れていた光が、やがて可愛い声で何度となく喘ぐようになってきた。もっとしろと言わんばかりに、はだけたシャツ襟から首を差し出してベッドにポスンと横たわる。

「首筋のキスが好きなんだよな、お前」
「んんっ……あぅ……そこは……っや、あ……っ……」
「沢山吸ってあげる」
「待っ……やめ……あ、……も……へんなこえ……出る……っ」

気持ちよさそうに勝行のキスを堪能しているくせに、嫌だと言って身を捩る。「変な声、聴きたい」と言いながら勝行は何度も何度も光の上半身を舐め吸い尽くしていく。

「俺のキスを全身で感じてくれてる証拠だろ……? だったらそれでいいんだ。俺は嬉しいよ」
「んっ……んぁあ……っ」
「ね……もっと聴かせて、光……愛してるよ」
「はっ……あ、あ……あぁんっ」

乳首を掌で擦ると、光の身体がぴくんと跳ねる。すっかりディープキスで感度が上がりきっているようだ。もっと可愛がってあげたいけれど、あまりやりすぎると体調に支障をきたしかねない。明日のテストはなんとしても乗り越えてもらわねば。
桐吾に傷つけられたあらゆる痕跡を全て食い尽くしたい衝動に駆られながらも、勝行は慎重に、丁寧に……ねっとりと愛撫を施していく。

(まだ時間はある……そう、俺たちには、未来があるんだ。だから)

君にゆっくり、砂糖仕立ての優しいキスを仕込んで……そのうち、このキスなしには眠れなくしてあげよう。
やがて規則正しい寝息を立てて眠りについた光を、そっとベッドの上に寝かしつけた。

「おやすみ……いい夢を視るんだよ。俺の光」
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

処理中です...