できそこないの幸せ

さくら怜音

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第三章 たまにはお前も休めばいい

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「じゃああの男は、お前を騙してたってことか? ライブのオファー、嘘だったってこと?」
「何の確証もない、俺の勝手な想像だけど。……光に酷いことを言って近づいてきたんなら、その可能性は否めない。あれから何も音沙汰なくなったし。保さんが今、色々調べてくれてるけど……」

ロックフェスの出場を断念した本当の理由を知った途端、光は「もう一発くらい殴っとけばよかった」と本気で思った。声に出ていたらしく、話を詳しく聞かせてくれていた勝行には苦笑された。
ほんの少し泣いて、お互いに腹を割って向き合ったことで、勝行は少し吹っ切れたようだ。翌日にはいつもの切れ者顔に戻って、これまでに起きた出来事、光が知らない間に事務所でやりとりしていた仕事の話を全部ゆっくり語ってくれた。
光もあの日、ピアノを演奏した後で男にされたことをありのまま伝えた。やっぱりな、と舌打ちしながら勝行は光の許可をとり、レコーダーに録音していた。

「コアなんとかってバンドも、あのクソオヤジの手下なのか」
「そこは接触してないから何とも言えないな」

勝行はいざ分析や思考を始めると、口元に手を当てて考え込む癖がある。そんな仕草を見るのも久しぶりだ。

「ただお前がされた行為は本来、セクハラと恐喝で十分訴訟できる案件だ。しかも保さんは、やり口が汚いヘッドハンティングで有名な所だって言ってた。気に入ったら手段問わず引き抜こうとするって」
「……引き抜き……」
「恐らく光の才能に気づいて、無理やり連れ去ろうとしたに違いない。しかも金をちらつかせて、弱みまで握ってきて。確信犯じゃないか」
「でもあいつ。勝行を狙ってたんだ。俺じゃない」
「え?」
「たまにいるじゃん、お前のこと可愛いからって姫呼ばわりしてくる男たち。痴漢してくるオッサンもいるし。あのへんの連中と一緒だ。お前が好みだって、堂々と言ってきた。どうせ寝るならお前がいいって」
「なっ……」
「ホントにミュージシャンを欲しがってるなら、あんな言い方しないと思うな、俺は」

金を払えばなんでも演奏してくれるだろうと、常に上から目線の態度だった。とても有名なアイドルを養成する芸能プロダクションの社長だと知った途端、光の中で何か結びつくものがあった。

「あいつ絶対、俺らを金ヅルか商売道具としか思ってねえタイプだと思う。だから気持ち悪くて……こんな奴に死んでもお前を渡すもんかって思ったら……つい手が……」
「そうだったのか」

勝行は驚いたように振り返り、光の頭を何度も撫でた。それから「ありがとう」と微笑み、ぎゅっと肩を抱き寄せてくれる。

「俺を守ってくれたんだ?」
「……あ、あんま役に立たなかったけどな」
「そんなことない。お前にはやっぱり敵わないや。心強い」

褒められ慣れなくてむず痒い。光は手放しで褒めてくれる勝行の反応にホッと胸を撫で下ろした。勝行を傷つけるかもしれない、そうなるなら言わないほうがいいと思い、ずっと黙りこくっていた。言えてよかった、と安堵のため息をつく。

「でも俺がマクラしてるって噂は……多分、消えないだろうな。これからも何度も、そんなこと言ってくる連中がいる気がする」
「そんなのは気にするな。保さんも断固戦うって言ってくれてるし、くだらないことを言う連中は俺が全力でぶっ潰す」
「はは……」

頼もしい仲間に支えてもらえるのは嬉しい。けれど光は、そこだけは素直に喜べなかった。

「保にも、あとでちゃんと言わなきゃいけないな。最初にそれ、言われたの……父さんの会社にいた時だし。何のことかわからなくて、あとで教えてもらったけど……本当にいっぱい知らない奴とセックスしたし、あの時のことを言ってるんだったら、噂じゃなくてほんとのことだろ」
「……!」

勝行の傍にいられず父の元に逃げ込んだ途端、集団から「お前はそういう人間なんだろ」と頭ごなしに言われ、散々嬲られた。もうずいぶん前のことのような気がするけれど、実際は半年足らずしか経っていない。
願わくばもう思い出したくない。あの時の自分を思い出したら、また身体が疼いてしまう。人間以下の扱いをされて、それでも快楽に負けて喘ぎ続けていた情けない自分はもう消してしまいたい。けれどいつまでも目を逸らして逃げていてはいけない気がした。
過去を清算したところで、何かできるとは思わない。だが黙っていても、万が一の時は一人で解決することなど到底できない。今回のように、大人に助けてもらわなければならない事案がこれからもきっと増えるだろう。

WINGSとして生きると決めた以上、たとえ個人的な事情でトラブルに巻き込まれたとしても、何かあれば必ず勝行だけでなく、INFINITYや保たちに迷惑がかかる。今回の件で、いやというほどそれを思い知らされた。

「実際に枕営業したわけじゃない。光は被害者だ、悪いのはあの男たちや、お前の父親なんだから……! もう全員逮捕してるし、物的証拠のみで奴ら全員レイプ犯だってことも証明できる。なのに光は——誰も訴えなかったし。責めなさすぎなんだって」

抱き寄せてくれていた勝行の腕に並ならぬ力が籠る。ああこの男は本当に——自分の代わりに怒ってくれるんだなと思うだけで、どこか嬉しくなった。

「怒る時は怒るって、言っただろ」
「でも……!」
「大丈夫。俺、何も言えなかったのにオーナーと保が俺のこと信じてくれてたこと、教えてもらえて嬉しかったんだ。今までずっと、俺が悪いって責められるばかりの人生だったから。怒られるのが当たり前だったから……」
「光……」
「勝行も。ちゃんと話せなかったのに、俺のこと信じてくれてありがとう」

何よりも正直なその気持ちを告げたかった。勝行の腕に手を絡め、頬を摺り寄せながら礼を述べると、当たり前だと言わんばかりの力できつく抱きしめられた。
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