できそこないの幸せ

さくら怜音

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第三章 たまにはお前も休めばいい

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「それはうんと広いコンサート会場。光は何万人という観客の前で、ピアノリサイタルをしている」
「スポットライトを独り占めして。ネットでもその様子を中継して、全世界がお前ひとりだけに集中する」
「寂しい? 大丈夫。長いイントロを終えてAメロに入ると徐々に違う楽器の音色が聴こえてくるんだ。それらはグランドピアノを囲うように現れて、光の曲を優しく彩る」
「勝行は? いつ歌うの?」
「その時は、楽器演奏だけ。ステージの主役は天才ピアノパフォーマー『今西光』だから。でも歌ってほしいって言うなら、いつでも歌うよ」
「コンサートが終わったらスタッフみんなで打ち上げの飲み会。現地の美味いもん食べて、温泉に浸かって疲れを癒して。そしたら次の県のコンサート会場に向かう。二人で」
「勝行の運転で?」
「もちろん」

たとえば十年後。その頃にはきっと、そんなライブツアーをして生きているに違いない。——まるで予言者のように語る勝行の「夢物語」はどこまでも続く。光は夢中になって聴いていたが、やがてあくびを零すようになった。

「ふふ、眠たくなった?」
「ちが……地べたがぬくいから……」

もう少し。あと少しだけでいいから、この心地いい声を聴いていたい。未来の自分が、勝行と一緒にいる世界の物語を知りたい。

「そろそろベッドに戻らないと。——やば、消灯時間過ぎてる。看護師さん、探してるかもしれないよ」
「……ん……」
「ごめんごめん、話し込みすぎちゃった。……光?」
「……次、は……?」
「あーちょっと、こんなところで完全寝落ちしないで。……って……しょうがないなあ、もう……」

やがて身体がふわり、浮き上がる感覚がした。けれど光の意識は妄想の景色に夢中で、現在の自分がどうなっているのかちっともわからなかった。コンクリートのぬくもりはなくなったけれど、代わりに誰よりもよく知る大事な家族の体温が感じられる。優しくてふんわり暖かい毛布のような存在に包まれている。

家族がすぐそばにいるって本当に幸せだ。
自分が欲しかったもの。いつか願った、サンタクロースへの願望はもう叶ってしまった。今この瞬間が幸せだからこそ、未来が怖いのかもしれない。
けれどそんな自分のことを理解してくれる勝行が、いつも一緒に手を引いて、次の世界へ連れて行ってくれる。その先が泥道で服が汚れるほどの悪路だった時は、自分が代わりに泥を被って彼を守ろう。そうやって二人で協力しあって生きて行けばきっと、彼が願った一等星の未来にたどり着ける。やっぱりこれが自分の描く、将来の夢だ。
大学生とか、社会人とか、職種はどうでもいい。どんな形でも家族ならきっと一緒に居られる。

「……オレ……勝行の弟になれて……よかった……」

一生そばにいる、家族になろうと言ってくれた勝行に、最大級の感謝と笑顔と愛をこめて。
階段をゆっくり降りる勝行の両腕の中で、光は寝言のように呟いた。
それを聴いていた勝行は、少しだけ悲しそうな表情を浮かべていた。完全に寝落ちていることを確認したのち、その唇に一度キスを交わして、ため息をつく。

「ごめん……俺は……兄なんかに、ならなきゃよかった」
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