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第三章 たまにはお前も休めばいい
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「ごめん、本っ当にごめん」
何度聞いたかわからないその謝罪に飽きてきた。結局どうやって風呂に入って出てきたのかもわからないほど、全て彼頼りだったというのに、勝行は入浴中ずっと自分のしでかした所業を謝り続けていた。しかも当人は、出すもの出してすっきりしたのか、記憶が途中から吹き飛んでいるという。それを聞いた光は確信した。
——あれは以前、桐吾を殺したいと言ったり、光とヤリたいと言っていた『もうひとりの勝行』だったのだと。
(確かに意味のわかんねえめちゃくちゃなセックスだったけど、そんな謝るほどか?)
光は「もうお前しつこい」と気怠げに会話をぶった切った。とにかく今は眠たくて仕方ない。昼間からずっと動きっぱなしで、さすがに肉体がどっと疲れたようだ。別にあれこれされすぎて、イキまくったからというわけではない。——多分。
光は勝行と自分の身体から漂う温泉の香りをすんすんと嗅ぎながら、床の間の敷布団に寝転がった。
それから噛み千切られそうだった首元を少し撫でた。思いっきり歯形が残っているが、ひとまず皮膚は無事だ。血も出ていない。
(いきなり性格変わるわ、ナニはデカいわ、絶倫だわ……おまけにあんな遠慮なしに噛む男なんて、初めてなんだけど)
絶頂しすぎて一時気絶してしまったのものの、結局あの巨根を下から受け入れることはなかった。もしあれを受け入れていたら、しばらく歩けなくなるくらい事後が辛いだろう。経験上、それぐらいの予想はつく。
(あんなに横暴で暴力的なくせに、なんで挿れなかったんだ……あいつ)
結局勝行への奉仕の結末は褒めてもらうどころか散々怒られ、お返しという名の強烈な各種キスと愛撫をもらっただけで終わった。嫌がる自分を無理やり自分本位に抱いて欲望を吐き出すだけの男たちとはどこか違う、刺激的で甘ったるい行為ばかりだった。
「怒るくせに……優しいことするとか、謎すぎんだよブラック勝行……」
「え、何。なんて言った?」
「もういい……眠い……寝る」
「まだ髪の毛乾かしてないぞ。……拭いてあげるから、ほら……起きて」
「んん……」
勝行はふっと意識を取り戻し、精液まみれになって倒れていた光と全裸の自分を見て、心底驚き焦っていた。詫びのつもりだろうか、甲斐甲斐しくも抱きかかえたまま光の身体を洗い、湯船につけ、タオルで拭いて着替えさせるなどと、完璧なまでの保護者っぷりを発揮している最中である。
「俺……キレたら時々我を忘れるんだ。迷惑かけてごめん。本当にキスだけだった……?」
「んー……キスしてシコって終わり、っつっただろ」
「そっかぁ……よかった……でもごめん。お前の体力も考えないで」
「だから……しつけえな……もう……」
(何がよかったんだか)
今夜の刺激的な出来事は、あの性格が悪い方の勝行と自分だけの秘密事項なのかもしれない。きれいさっぱり忘れられていることには正直ムカついたけれど、勝行の本音を垣間見た気がして気分は悪くない。
ただただ、本当にもう眠たい。今日も楽しかった——。明日も目が覚めた時、勝行は隣にいてくれるだろうか。
光はうつらうつらと舟をこきながら、勝行の腕の中で目を閉じた。
「ごめんね光。俺たちは義兄弟だから……」
腕の中で、そんな言葉が聴こえてきた気がした。
どうして義兄弟だったら、謝る?
どうしてそんなに、悲しそうな声を零すんだ。どうして——。
勝行が泣いている気がして、光は思わず手を空に伸ばした。その指に自分の指を絡めて握りながら、勝行は何度も優しいキスをしてくれる。いつも通り。大丈夫だよ、そばにいると言い、まるで姫を抱きしめる王子様のような態勢で。
(大丈夫かどうか、心配なのはお前の方だ——)
声に出したつもりだったけれど、その言葉が勝行に届くことはなかった。
**
夏休みはもうすぐ終わりを告げる。療養を終えて東京に戻れば、暦はすぐ九月に。あっという間に二学期の始まりだ。
進学するにしろ、しないにしろ、まずは残り少ない高校三年生の時間、真面目に登校して卒業に必要な単位を取ることが光にとっての目標でもあった。
そのためにも、もっと体力を取り戻さないといけないなあと改めて実感した。このままでは勝行たちとの音楽活動に追いつけないどころか、また置いて行かれてしまう。
次いつWINGSのライブができるのかはわからない。だが彼が語ってくれた未来予想図のような時間を過ごすために一番必要なもの。
それは五体満足、健康な身体だ。
勝行がやたら過保護で怒りがちなのも、すべては光の身体を気遣っているからこそ。それに自ら気づいた光は、「今度こそ健康に気を付けます」と念じながら、山神様の社に向かって手を合わせた。
旅行二日目。すっかり元気を取り戻した光は山荘でずっと歌っていた。昨日花火を観た庭園は日中も過ごしやすく、テラスにはテーブルセットも完備してある。二人でそこを占拠し、相羽家お抱えスタッフ特製のブランチや自家製コーヒーを飲んでまったり過ごす。時折自然の音に耳を澄ませ、新しい曲を作りたいなぁと指を動かしテーブルをトントン叩いた。そのたびに勝行は隣で「やっぱピアノも旅に連れてくるべきだったか?」と言いながら、くすくす笑っていた。
「そういうお前も、さすがにブランクあるんじゃね?」
「うーん確かに。こんなに練習できずにいたのも久しぶりすぎてちょっと不安になってきた。ギター持ってくればよかった」
「今思いついたメロディがさあ、未来の歌っぽくて。忘れたくない」
「さっきのって……こんな感じだっけ? トントン、ツツトーン」
「そう、それ。蝉が生き急いで啼いてるみたいなリズムで主張してんだけど、空がまあそう焦るなってぬっるい空気送ってくんの。もわーんって」
「ふんふん……それピアノですぐ聴きたいな。今ここでふんわりサビだけでも歌ってくれたらとりま録音しといて、家ですぐ打ち込むけど」
「……」
「……」
二人は顔を見合わせ、ちょっと眉尻を下げた。それから、「あははは!」と大声で笑い合う。
「なんだよ、やっぱ歌いたいんじゃん!」
「お前も曲のことばっか!」
「だってずっと我慢してたんだぜ、誰かさんが落ち込んでばっかだから」
「うっ……そうだな、悪い」
またそんなくだらない理由で謝るのか、と咎めたくなったが、勝行の顔は楽し気に笑っていた。
「ごめん、本っ当にごめん」
何度聞いたかわからないその謝罪に飽きてきた。結局どうやって風呂に入って出てきたのかもわからないほど、全て彼頼りだったというのに、勝行は入浴中ずっと自分のしでかした所業を謝り続けていた。しかも当人は、出すもの出してすっきりしたのか、記憶が途中から吹き飛んでいるという。それを聞いた光は確信した。
——あれは以前、桐吾を殺したいと言ったり、光とヤリたいと言っていた『もうひとりの勝行』だったのだと。
(確かに意味のわかんねえめちゃくちゃなセックスだったけど、そんな謝るほどか?)
光は「もうお前しつこい」と気怠げに会話をぶった切った。とにかく今は眠たくて仕方ない。昼間からずっと動きっぱなしで、さすがに肉体がどっと疲れたようだ。別にあれこれされすぎて、イキまくったからというわけではない。——多分。
光は勝行と自分の身体から漂う温泉の香りをすんすんと嗅ぎながら、床の間の敷布団に寝転がった。
それから噛み千切られそうだった首元を少し撫でた。思いっきり歯形が残っているが、ひとまず皮膚は無事だ。血も出ていない。
(いきなり性格変わるわ、ナニはデカいわ、絶倫だわ……おまけにあんな遠慮なしに噛む男なんて、初めてなんだけど)
絶頂しすぎて一時気絶してしまったのものの、結局あの巨根を下から受け入れることはなかった。もしあれを受け入れていたら、しばらく歩けなくなるくらい事後が辛いだろう。経験上、それぐらいの予想はつく。
(あんなに横暴で暴力的なくせに、なんで挿れなかったんだ……あいつ)
結局勝行への奉仕の結末は褒めてもらうどころか散々怒られ、お返しという名の強烈な各種キスと愛撫をもらっただけで終わった。嫌がる自分を無理やり自分本位に抱いて欲望を吐き出すだけの男たちとはどこか違う、刺激的で甘ったるい行為ばかりだった。
「怒るくせに……優しいことするとか、謎すぎんだよブラック勝行……」
「え、何。なんて言った?」
「もういい……眠い……寝る」
「まだ髪の毛乾かしてないぞ。……拭いてあげるから、ほら……起きて」
「んん……」
勝行はふっと意識を取り戻し、精液まみれになって倒れていた光と全裸の自分を見て、心底驚き焦っていた。詫びのつもりだろうか、甲斐甲斐しくも抱きかかえたまま光の身体を洗い、湯船につけ、タオルで拭いて着替えさせるなどと、完璧なまでの保護者っぷりを発揮している最中である。
「俺……キレたら時々我を忘れるんだ。迷惑かけてごめん。本当にキスだけだった……?」
「んー……キスしてシコって終わり、っつっただろ」
「そっかぁ……よかった……でもごめん。お前の体力も考えないで」
「だから……しつけえな……もう……」
(何がよかったんだか)
今夜の刺激的な出来事は、あの性格が悪い方の勝行と自分だけの秘密事項なのかもしれない。きれいさっぱり忘れられていることには正直ムカついたけれど、勝行の本音を垣間見た気がして気分は悪くない。
ただただ、本当にもう眠たい。今日も楽しかった——。明日も目が覚めた時、勝行は隣にいてくれるだろうか。
光はうつらうつらと舟をこきながら、勝行の腕の中で目を閉じた。
「ごめんね光。俺たちは義兄弟だから……」
腕の中で、そんな言葉が聴こえてきた気がした。
どうして義兄弟だったら、謝る?
どうしてそんなに、悲しそうな声を零すんだ。どうして——。
勝行が泣いている気がして、光は思わず手を空に伸ばした。その指に自分の指を絡めて握りながら、勝行は何度も優しいキスをしてくれる。いつも通り。大丈夫だよ、そばにいると言い、まるで姫を抱きしめる王子様のような態勢で。
(大丈夫かどうか、心配なのはお前の方だ——)
声に出したつもりだったけれど、その言葉が勝行に届くことはなかった。
**
夏休みはもうすぐ終わりを告げる。療養を終えて東京に戻れば、暦はすぐ九月に。あっという間に二学期の始まりだ。
進学するにしろ、しないにしろ、まずは残り少ない高校三年生の時間、真面目に登校して卒業に必要な単位を取ることが光にとっての目標でもあった。
そのためにも、もっと体力を取り戻さないといけないなあと改めて実感した。このままでは勝行たちとの音楽活動に追いつけないどころか、また置いて行かれてしまう。
次いつWINGSのライブができるのかはわからない。だが彼が語ってくれた未来予想図のような時間を過ごすために一番必要なもの。
それは五体満足、健康な身体だ。
勝行がやたら過保護で怒りがちなのも、すべては光の身体を気遣っているからこそ。それに自ら気づいた光は、「今度こそ健康に気を付けます」と念じながら、山神様の社に向かって手を合わせた。
旅行二日目。すっかり元気を取り戻した光は山荘でずっと歌っていた。昨日花火を観た庭園は日中も過ごしやすく、テラスにはテーブルセットも完備してある。二人でそこを占拠し、相羽家お抱えスタッフ特製のブランチや自家製コーヒーを飲んでまったり過ごす。時折自然の音に耳を澄ませ、新しい曲を作りたいなぁと指を動かしテーブルをトントン叩いた。そのたびに勝行は隣で「やっぱピアノも旅に連れてくるべきだったか?」と言いながら、くすくす笑っていた。
「そういうお前も、さすがにブランクあるんじゃね?」
「うーん確かに。こんなに練習できずにいたのも久しぶりすぎてちょっと不安になってきた。ギター持ってくればよかった」
「今思いついたメロディがさあ、未来の歌っぽくて。忘れたくない」
「さっきのって……こんな感じだっけ? トントン、ツツトーン」
「そう、それ。蝉が生き急いで啼いてるみたいなリズムで主張してんだけど、空がまあそう焦るなってぬっるい空気送ってくんの。もわーんって」
「ふんふん……それピアノですぐ聴きたいな。今ここでふんわりサビだけでも歌ってくれたらとりま録音しといて、家ですぐ打ち込むけど」
「……」
「……」
二人は顔を見合わせ、ちょっと眉尻を下げた。それから、「あははは!」と大声で笑い合う。
「なんだよ、やっぱ歌いたいんじゃん!」
「お前も曲のことばっか!」
「だってずっと我慢してたんだぜ、誰かさんが落ち込んでばっかだから」
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