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第七章 俺が欲しいのはお前だ
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どこで何を間違ったか。考えるには時間が必要だ。
けれどもう悠長なことは言っていられない。受験票がもうすぐ届く。共通一次試験まであとひと月しかない。それにラジオの冠番組をもらったのだ。あれは将来やりたいことリストに書き出していた夢のひとつ。絶対に成功させて、次のステージに繋げたい。それからWINGSを、今西光の魅力を引き出して、もっと知名度のあるバンドにするために――俺は――おれは。
こんなところで寝ているわけには。
「お前だけがそんなことを許されると思うな」
ふいに脳内に響いた、見知らぬ男の声で目が覚めた。
辺りを見渡しても、暗闇で何も見えない。よもや視力を失ったかと思うほどの闇一色。代わりに嗅覚と聴覚がじわじわと研ぎ澄まされていく中で、ズキズキ痛む頭上から矢継ぎ早に声が聴こえてくる。
相羽家に生まれた男はみんな、この理不尽な人生を呪って生きてきたのだ。
お前だけ逃げるなんて許さない。
この部屋で反省するがいい。合格できる謝罪文ができるまで食事も禁止だ。
二度と裏切らないように全身拘束してしまえ。
好きなことを好きなようにやって何が悪い。
それが「相羽家の呪い」なのだ。
恨み・憎悪・怒り・悲しみ。
色んな思念が渦巻く母屋の裏庭には、勝行が幼い頃死ぬほど怖い目に遭った小屋がある。通称「反省小屋」と名づけられたそこは、暖房もなければ灯りもない。農作業の道具や米俵用の台車、何に使うのかわからない巨大な支柱などが無造作に放置されている。かつて閉じ込められた者たちの怨念篭る手垢や腐敗臭が、そこかしこに沁みついていた。
ここは相羽家の中でも相当上位の者でなければ知らない場所だ。用途はただ一つ。悪人や掟を破った不届き者を禁固刑に処す、いわば私的な牢獄である。
勝行の身体は土間に転がされ、荒縄か何かで後ろ手に縛られていた。外れたままのネクタイが、妙な形で首に巻きついている。首を絞められた形跡はなさそうだが、とにかく後頭部が痛くて仕方ない。恐らく鈍器か何かで殴られたのだろう。
あの兄がそこまでの攻撃をしてくるとは、計算外だった。
「は……ホント……ろくでもない家だ……光を連れて来なくてよかった……」
屈強な護衛も、母屋にまでは同行させなかった。片岡に連絡を取ることもできない。だがきっとどこかで主の不在に気づいて動き出してくれるだろう。今はとにかく片岡の救出を信じて待つしかない。
犯人が修一なのであればGPS発信機も外されているだろう。時間がかかることは否めない。
(よりにもよって此処に閉じ込められたか。やばいな……)
勝行はこの場所を知っている。正確にいえば、知っていた。うんと幼い頃にここで気の遠くなるほどの時間を過ごした。あまりにもの恐怖と悲しみで、一連の記憶を殆ど失った。だが身体は当時の恐怖心を色濃く覚えていて、暗闇の閉所が大の苦手になっていた。
信心深くもないし、霊感も持ち合わせていない。そんな勝行でもぞくりと感じる異様な冷気がゆらゆらと全身を纏う。ここで相羽一族に呪いの言葉を吐きながら死んでいった霊も沢山いるのだろう。どうにかして起き上がろうと試みたけれど、金縛りにあったかのように全く動かない。
(……寒い……)
冷や汗に混じって血が額から伝い落ちる。全身の震えが止まらない。身体が芯から冷たくなっていく感触もわかる。まさかここで人生が終わるのだろうか。
(ごめん光……絶対に死なないって約束、したのに)
「……馬鹿だなあお前。だからオレにさっさと代わればよかったのに。あんなクズ、駒に使えるわけないだろ」
薄れゆく意識の中で、聞き覚えのある自分の声が聞こえてきた。けれど勝行本人の言葉ではない。まるで音割れしたスピーカーから歌が流れてくるよう。
「なあ勝行。その身体、要らないならオレにくれよ」
「……な、に……」
「お前だけが勝手に死ねばいい。いい加減誰かを殺すのは飽きた。それよりヒカルとセックスしてる方が愉しいしな。ほら、どけよ」
「貴様……勝手に俺の身体使って人の物奪って何が楽しいんだよ。いいかげんにしろよ、誰なんだよ、お前は!」
意識の向こう側で話しかけてくるもう一人の自分に向かって、勝行は声を振り絞って叫んだ。その存在に気づいてはいたけれど、今日初めてこの男と言葉を交わすことができた。
すると彼は真っ黒な思念体を揺らしながら、けらけらと笑った。
「オレ? オレはさあ、Kって言うんだって。ヒカルが名前くれた。ヒカルにこの中に居てもいいって認めてもらったんだ。だからもう、自由に生きられる。居場所はここにある。ウザい家に縛られっぱなしの『相羽勝行』は今ここで消えてしまえ。この身体はオレのものだ……!」
どこで何を間違ったか。考えるには時間が必要だ。
けれどもう悠長なことは言っていられない。受験票がもうすぐ届く。共通一次試験まであとひと月しかない。それにラジオの冠番組をもらったのだ。あれは将来やりたいことリストに書き出していた夢のひとつ。絶対に成功させて、次のステージに繋げたい。それからWINGSを、今西光の魅力を引き出して、もっと知名度のあるバンドにするために――俺は――おれは。
こんなところで寝ているわけには。
「お前だけがそんなことを許されると思うな」
ふいに脳内に響いた、見知らぬ男の声で目が覚めた。
辺りを見渡しても、暗闇で何も見えない。よもや視力を失ったかと思うほどの闇一色。代わりに嗅覚と聴覚がじわじわと研ぎ澄まされていく中で、ズキズキ痛む頭上から矢継ぎ早に声が聴こえてくる。
相羽家に生まれた男はみんな、この理不尽な人生を呪って生きてきたのだ。
お前だけ逃げるなんて許さない。
この部屋で反省するがいい。合格できる謝罪文ができるまで食事も禁止だ。
二度と裏切らないように全身拘束してしまえ。
好きなことを好きなようにやって何が悪い。
それが「相羽家の呪い」なのだ。
恨み・憎悪・怒り・悲しみ。
色んな思念が渦巻く母屋の裏庭には、勝行が幼い頃死ぬほど怖い目に遭った小屋がある。通称「反省小屋」と名づけられたそこは、暖房もなければ灯りもない。農作業の道具や米俵用の台車、何に使うのかわからない巨大な支柱などが無造作に放置されている。かつて閉じ込められた者たちの怨念篭る手垢や腐敗臭が、そこかしこに沁みついていた。
ここは相羽家の中でも相当上位の者でなければ知らない場所だ。用途はただ一つ。悪人や掟を破った不届き者を禁固刑に処す、いわば私的な牢獄である。
勝行の身体は土間に転がされ、荒縄か何かで後ろ手に縛られていた。外れたままのネクタイが、妙な形で首に巻きついている。首を絞められた形跡はなさそうだが、とにかく後頭部が痛くて仕方ない。恐らく鈍器か何かで殴られたのだろう。
あの兄がそこまでの攻撃をしてくるとは、計算外だった。
「は……ホント……ろくでもない家だ……光を連れて来なくてよかった……」
屈強な護衛も、母屋にまでは同行させなかった。片岡に連絡を取ることもできない。だがきっとどこかで主の不在に気づいて動き出してくれるだろう。今はとにかく片岡の救出を信じて待つしかない。
犯人が修一なのであればGPS発信機も外されているだろう。時間がかかることは否めない。
(よりにもよって此処に閉じ込められたか。やばいな……)
勝行はこの場所を知っている。正確にいえば、知っていた。うんと幼い頃にここで気の遠くなるほどの時間を過ごした。あまりにもの恐怖と悲しみで、一連の記憶を殆ど失った。だが身体は当時の恐怖心を色濃く覚えていて、暗闇の閉所が大の苦手になっていた。
信心深くもないし、霊感も持ち合わせていない。そんな勝行でもぞくりと感じる異様な冷気がゆらゆらと全身を纏う。ここで相羽一族に呪いの言葉を吐きながら死んでいった霊も沢山いるのだろう。どうにかして起き上がろうと試みたけれど、金縛りにあったかのように全く動かない。
(……寒い……)
冷や汗に混じって血が額から伝い落ちる。全身の震えが止まらない。身体が芯から冷たくなっていく感触もわかる。まさかここで人生が終わるのだろうか。
(ごめん光……絶対に死なないって約束、したのに)
「……馬鹿だなあお前。だからオレにさっさと代わればよかったのに。あんなクズ、駒に使えるわけないだろ」
薄れゆく意識の中で、聞き覚えのある自分の声が聞こえてきた。けれど勝行本人の言葉ではない。まるで音割れしたスピーカーから歌が流れてくるよう。
「なあ勝行。その身体、要らないならオレにくれよ」
「……な、に……」
「お前だけが勝手に死ねばいい。いい加減誰かを殺すのは飽きた。それよりヒカルとセックスしてる方が愉しいしな。ほら、どけよ」
「貴様……勝手に俺の身体使って人の物奪って何が楽しいんだよ。いいかげんにしろよ、誰なんだよ、お前は!」
意識の向こう側で話しかけてくるもう一人の自分に向かって、勝行は声を振り絞って叫んだ。その存在に気づいてはいたけれど、今日初めてこの男と言葉を交わすことができた。
すると彼は真っ黒な思念体を揺らしながら、けらけらと笑った。
「オレ? オレはさあ、Kって言うんだって。ヒカルが名前くれた。ヒカルにこの中に居てもいいって認めてもらったんだ。だからもう、自由に生きられる。居場所はここにある。ウザい家に縛られっぱなしの『相羽勝行』は今ここで消えてしまえ。この身体はオレのものだ……!」
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