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第八章 傾いた未来予想図
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祝賀会に主役が遅れて登場するとなると、非難の視線があちこちから突き刺さる。
特に父親の隣に立つ兄・修一は、冷ややかな目でこちらを見ていた。言いたいことは沢山あるだろうが、親族一同が集う大広間で手出しできるはずがない。背後に立つ片岡が主の代わりに修一を睨みつけ、威嚇している。
「遅れてすみません」
新年の挨拶と遅刻の詫びを入れるべく、一番に父・修行の元へと向かった勝行は、兄とは目を合わさないまま「本年もよろしくお願いします」と形式的な挨拶だけを交わした。例年通りの通過儀礼だ。
高校の間に身長十センチ以上伸びたせいか、気づけば年上二人の目線が低くて見下ろす格好になった。そのせいか、彼らから感じていた威圧感は少し減った気がする。
「腹を下していると聞いたが、大丈夫か」
「原因はストレスです。祝賀会が終われば治ります」
「はっはっは、正直だな。まあお前がこういう席を時間の無駄だと思っていることは分かる、巻きで終わらせるから薬で耐えろ」
「わかりました」
腹をというのは片岡が機転を利かせて吐いた嘘だが、実際にストレスで胃に穴が空きそうだ。父親が愛用しているという胃腸薬を受け取り、勝行は上座の末席に座った。隣に座る修一は、勝行の一挙一動が気に入らないのか舌打ちばかりしてくる。
「貧弱だな」
「……」
「今日はちゃんと片岡を連れてきたんだな。一人勝手な行動ばかりではろくな目に遭わないとようやく学んだか? 片岡もこんな主君に振り回されて気の毒に」
嫌味を吐く修一をとことん無視し、勝行は出された水で錠剤を流し込んだ。修一や勝行だけではない。宴席に参加する要人の背後には、それぞれの護衛と思しき屈強そうな男がしっかり背後についている。当主・修行に至っては二人。片岡は違和感なく勝行の後ろに控えているが、昨年までは修行の傍に立っていた。
着席した勝行に気づくと、それまで大声で雑談していた年寄り連中がひそひそ声に変え、周囲と顔を見合わせ始めた。
身内同士だというのに、護衛なしに参加できない物騒な宴会。顔色を窺い、自分に利点のある人間かどうか見極め、馬鹿にするか諂うかの二択。打算的な挨拶がこれから成人を宣言される勝行の元へ、山のように飛んでくる。考えただけで吐き気を催しそうだ。もし光がこの光景を見たら、一体何と揶揄するだろう。
目の前に並ぶ色とりどりの懐石料理も、灰色の廃材にしか見えない。
(負けてたまるか……終われば、光が待ってる)
羽織袴姿の修行が立ちあがり、一族の代表として新年の挨拶を始める。
儀式的な挨拶から、今年ついに次男が成人することまで、つらつらと手慣れた演説のように述べていく。すっかり当主の姿が板についた修行だが、数年前までは勝行の前で「あの家の集会やしきたりは苦手だ」と愚痴っていたのを知っている。先代亡き後、当主として彼がこの場に現れたのは勝行が十四歳の頃、光に出会う半年ほど前のことだった。まだ記憶に新しい。
今は少しずつ古い慣習を取り払おうと改革を提案するも、保守的な年寄りたち――《先代派》と折り合いがつかず、平行線を辿っている。
勝行はそうやって先代派と争う父親の背中を見て育った。昔は祖父の元に勝行を預けたまま、仕事を理由に相羽家を出て行った。あれは裏切者だと祖父にも罵られていた。けれど成長するにつれ、躾の厳しい本家から外の世界に連れ出してくれたのも父だ。
子どものうちに自由を謳歌しろ――。
そう言って欲しいものは何でも買い与えてくれた。部活も学校も、好きに選ばせてくれた。その代替条件が「T大法学部を出て政治家になる」だった。
(父さんには感謝してる。可愛がってくれてるのも知ってる。……でも、本当の俺を真正面から見た事なんて、一度もない)
もしここでT大を受けないと宣言すれば、父を裏切ることになるだろう。
四年間は我慢して法律を学び、卒業後に音楽の勉強をすることも本気で視野に入れている。けれど流行の波に乗ってきた光をプロデュースするチャンスは、まさに今だ。ここを逃してしまえば、置鮎保にすべて奪われてしまう。
だからどうしても今は反抗したい。
「本日は次男の勝行が成人の儀を迎えたこと、皆様にお見届けいただきます。先代の遺言通り、次代の相羽の家督を継ぐ者として申し分ない青年に育ててきました。ですが例年通り大学受験を控えておりますし、世間的にはまだ未成年です。本日の当代挨拶は簡易に済ませていただきますことを、ご了承ください」
「……え?」
予想だにしない言葉が混じっていて、勝行は思わず声を漏らした。
(遺言通り……?)
父は今一体、何を話しているのだろう。咄嗟に整理しきれない。
修一は知っているのだろうか。恐る恐る隣に視線を送ってみたが、特に狼狽えている様子もない。
(なんで俺が……相羽の家督を継ぐって)
先代派からは「前置きが長いぞ」などと揶揄われて、修行は笑っている。それから勝行に目配せし、そろそろ挨拶のために立てと無言で訴えていた。
この状況で一体どういう挨拶をすればいいのかわからない。考えていた言葉の殆どを咄嗟に組み直し、勝行はのろのろと立ち上がった。後ろから片岡に手を差し伸べられ、「体調がよくないと言ってすぐお座りになればいい」と囁かれる。
勝行にもそれ以外に最良の言葉が思いつかない。
「ご紹介に与りました。勝行です……」
ここは地獄絵図か。
見下ろした世界が炎上していく様が目に浮かぶ。
今まで見て見ぬふりばかりして、知らないでいた真の後継者問題がじわじわと浮き彫りになっていく。
(兄さんが……どうして俺の話を素直に聞いてくれないのか、やっとわかった気がする)
ろくな言葉も言えないまま、勝行はありきたりなビジネス挨拶だけを述べて座敷に座り込んだ。
祝賀会に主役が遅れて登場するとなると、非難の視線があちこちから突き刺さる。
特に父親の隣に立つ兄・修一は、冷ややかな目でこちらを見ていた。言いたいことは沢山あるだろうが、親族一同が集う大広間で手出しできるはずがない。背後に立つ片岡が主の代わりに修一を睨みつけ、威嚇している。
「遅れてすみません」
新年の挨拶と遅刻の詫びを入れるべく、一番に父・修行の元へと向かった勝行は、兄とは目を合わさないまま「本年もよろしくお願いします」と形式的な挨拶だけを交わした。例年通りの通過儀礼だ。
高校の間に身長十センチ以上伸びたせいか、気づけば年上二人の目線が低くて見下ろす格好になった。そのせいか、彼らから感じていた威圧感は少し減った気がする。
「腹を下していると聞いたが、大丈夫か」
「原因はストレスです。祝賀会が終われば治ります」
「はっはっは、正直だな。まあお前がこういう席を時間の無駄だと思っていることは分かる、巻きで終わらせるから薬で耐えろ」
「わかりました」
腹をというのは片岡が機転を利かせて吐いた嘘だが、実際にストレスで胃に穴が空きそうだ。父親が愛用しているという胃腸薬を受け取り、勝行は上座の末席に座った。隣に座る修一は、勝行の一挙一動が気に入らないのか舌打ちばかりしてくる。
「貧弱だな」
「……」
「今日はちゃんと片岡を連れてきたんだな。一人勝手な行動ばかりではろくな目に遭わないとようやく学んだか? 片岡もこんな主君に振り回されて気の毒に」
嫌味を吐く修一をとことん無視し、勝行は出された水で錠剤を流し込んだ。修一や勝行だけではない。宴席に参加する要人の背後には、それぞれの護衛と思しき屈強そうな男がしっかり背後についている。当主・修行に至っては二人。片岡は違和感なく勝行の後ろに控えているが、昨年までは修行の傍に立っていた。
着席した勝行に気づくと、それまで大声で雑談していた年寄り連中がひそひそ声に変え、周囲と顔を見合わせ始めた。
身内同士だというのに、護衛なしに参加できない物騒な宴会。顔色を窺い、自分に利点のある人間かどうか見極め、馬鹿にするか諂うかの二択。打算的な挨拶がこれから成人を宣言される勝行の元へ、山のように飛んでくる。考えただけで吐き気を催しそうだ。もし光がこの光景を見たら、一体何と揶揄するだろう。
目の前に並ぶ色とりどりの懐石料理も、灰色の廃材にしか見えない。
(負けてたまるか……終われば、光が待ってる)
羽織袴姿の修行が立ちあがり、一族の代表として新年の挨拶を始める。
儀式的な挨拶から、今年ついに次男が成人することまで、つらつらと手慣れた演説のように述べていく。すっかり当主の姿が板についた修行だが、数年前までは勝行の前で「あの家の集会やしきたりは苦手だ」と愚痴っていたのを知っている。先代亡き後、当主として彼がこの場に現れたのは勝行が十四歳の頃、光に出会う半年ほど前のことだった。まだ記憶に新しい。
今は少しずつ古い慣習を取り払おうと改革を提案するも、保守的な年寄りたち――《先代派》と折り合いがつかず、平行線を辿っている。
勝行はそうやって先代派と争う父親の背中を見て育った。昔は祖父の元に勝行を預けたまま、仕事を理由に相羽家を出て行った。あれは裏切者だと祖父にも罵られていた。けれど成長するにつれ、躾の厳しい本家から外の世界に連れ出してくれたのも父だ。
子どものうちに自由を謳歌しろ――。
そう言って欲しいものは何でも買い与えてくれた。部活も学校も、好きに選ばせてくれた。その代替条件が「T大法学部を出て政治家になる」だった。
(父さんには感謝してる。可愛がってくれてるのも知ってる。……でも、本当の俺を真正面から見た事なんて、一度もない)
もしここでT大を受けないと宣言すれば、父を裏切ることになるだろう。
四年間は我慢して法律を学び、卒業後に音楽の勉強をすることも本気で視野に入れている。けれど流行の波に乗ってきた光をプロデュースするチャンスは、まさに今だ。ここを逃してしまえば、置鮎保にすべて奪われてしまう。
だからどうしても今は反抗したい。
「本日は次男の勝行が成人の儀を迎えたこと、皆様にお見届けいただきます。先代の遺言通り、次代の相羽の家督を継ぐ者として申し分ない青年に育ててきました。ですが例年通り大学受験を控えておりますし、世間的にはまだ未成年です。本日の当代挨拶は簡易に済ませていただきますことを、ご了承ください」
「……え?」
予想だにしない言葉が混じっていて、勝行は思わず声を漏らした。
(遺言通り……?)
父は今一体、何を話しているのだろう。咄嗟に整理しきれない。
修一は知っているのだろうか。恐る恐る隣に視線を送ってみたが、特に狼狽えている様子もない。
(なんで俺が……相羽の家督を継ぐって)
先代派からは「前置きが長いぞ」などと揶揄われて、修行は笑っている。それから勝行に目配せし、そろそろ挨拶のために立てと無言で訴えていた。
この状況で一体どういう挨拶をすればいいのかわからない。考えていた言葉の殆どを咄嗟に組み直し、勝行はのろのろと立ち上がった。後ろから片岡に手を差し伸べられ、「体調がよくないと言ってすぐお座りになればいい」と囁かれる。
勝行にもそれ以外に最良の言葉が思いつかない。
「ご紹介に与りました。勝行です……」
ここは地獄絵図か。
見下ろした世界が炎上していく様が目に浮かぶ。
今まで見て見ぬふりばかりして、知らないでいた真の後継者問題がじわじわと浮き彫りになっていく。
(兄さんが……どうして俺の話を素直に聞いてくれないのか、やっとわかった気がする)
ろくな言葉も言えないまま、勝行はありきたりなビジネス挨拶だけを述べて座敷に座り込んだ。
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