139 / 165
第十章 Trust me,Trust you
3
しおりを挟む
**
不快な音ばかりが耳につく。吐き気が止まらない。けれど逃げるわけにはいかないと必死に耳を澄ませていたが、気づけば意識がうっすら遠のいていた。
――ガン!
開いた扉の勢いで身体を強く押し倒され、光は転がりながら覚醒する。
「うあ、ひ、光さん!? 大丈夫ですか! こんな場所にいらっしゃるとは」
「いってて……」
部屋の扉を開けたのは片岡だった。ノックしても反応がなかったので、ベッドで寝ていると思ったらしい。片岡は急いで光の身体を抱き起こしながら、何度も謝ってきた。
それはどうやら扉で攻撃したことだけが原因ではないようだ。
「頼れる人間が誰もいない今、あなたを独りぼっちにさせてしまいました。光さんの護衛ともあろうものが、この体たらく……。申し訳ありません」
「……」
「勝行さんにバレたら、大目玉ものです」
「……なんだよ……オッサンもお仕置きが好きなんじゃねえの」
冗談半分で片岡を揶揄うと、光を腕に抱いたまま彼も苦笑した。
「あの方から受ける厳しい罰は、存在を無視されることです。その辛さを知っていながら、あなたを放置してしまってすみません。気が焦るあまり、若槻先生からお話を伺うまで気づけないままでした」
「……あいつ。なんて言ったの」
「あなたを今、一人にさせてはいけないと」
――俺のことは嫌いなくせして、ちゃんと仕事はするんだな……。光は改めてあのいけ好かない心療内科の存在に感謝しつつ、片岡の骨ばった頬をぐいと抓って苦言を零した。
「俺の事のけ者にしやがって。あとで勝行に言いつけてやるからな」
「すみません」
しょげる片岡の顔を見ていたら、なんだか失敗した時の勝行に似ている気がして、だんだん吐き気も収まってきた。そもそも仕方のないことだったのだ。片岡がわざと自分を遠ざけたわけではないことぐらい、頭の中では分かっている。ただそれを素直に受け入れることができなかった。それだけだ。
片岡の黒スーツは若干薄汚れていた。スラックスの裾には泥が跳ねたままだし、髪もぼさぼさだ。
「オッサン。俺も勝行の捜索に混ぜてくれ」
「ですが……」
「一人でやるとは言ってない。もし仮になんかあったって、絶対守ってくれる強い護衛がここにいるじゃん」
「……はは。確かにそうでした」
きっとまだ勝行のくだらない命令に縛られて、光を過保護に守らねばと思っているのだろう。片岡の返答は相変わらず歯切れが悪い。けれど光もここで引くわけにはいかなかった。
「ここにいる間、通りすがりの色んな声を拾って頭ん中で整理してた。だからだいたい状況は把握してきたぜ」
「流石です。私もボイスレコーダーをこの扉に仕込んでおりました。証拠になる何かがあればいいのですが」
「何だと。そういう便利アイテムがあるなら、先に電話で言っとけよ馬鹿!」
「すみません。ですがここは相羽家。電波も傍受されていては困りますから……」
勝行を救い出すはずの実家だというのに、片岡の警戒心は全く解けていない。つまり敵はこの中にいると片岡は読んでいる。光も同様だった。
「なら作戦会議といこうじゃないか」
一度部屋のドアを閉めて周囲を確認した後、光は脳内に記憶してきた事柄をひとつひとつ、思い出しながら紙に書いた。それを目で追いながら二人でボイスレコーダーをチェックし、記憶を証拠物件へと変えていく。更にその言葉は、片岡がレコーダーを介して人物特定した。
二人でこうして勝行を捜索する会議はこれで二度目。一人きりだった時は不安と絶望に駆られて落ち着けなかったのに、手を組む助っ人が現れただけで不思議と冷静さを取り戻せる。
「行方がわからなくなってから、今どれくらい経った?」
「一日半といったところでしょうか」
「ということは……もう水曜日か。試験は日曜だっけ。だから……あと三日だ」
指折り数え、チッと舌打ちする。
「もうすぐ大事な試験なのに……」
「受験の妨害目的であれば、相羽の差し金で間違いないと私は思ったのですが……当主は全く関与していないようでした」
「なら親父さんは今どうしてるんだ」
「一睡もしないで、勝行さんの捜索に奔走されてます。私はずっとあの方についておりましたので、嘘ではないと言いきれます」
「……」
光もやはりあの男を勝行の敵だとは思いたくない。寝ていないと聞いて、光は不安を覚えた。それを知っている片岡も、きっとそうだろう。
「それじゃ、あんたら全員倒れちまうぞ」
「ええ。当主は過労が祟って今は横になっています。ですが恐らく、まともに睡眠はとれていないでしょう……。あ、私はこういう時のために身体を鍛えているので大丈夫です」
ご心配ありがとうございますと微笑む片岡は、確かにまだ体力を温存していそうだ。光は書き出した紙に視線を戻し、ふうとため息をついた。
「勝行を狙った犯人が誰なのかも、何を目的で攫ったのかも未だにわからない。金か、恨みか、身体目的か。変な憶測がいっぱい飛び交ってたけど、これは全部ただの《予想》だな?」
「その通りです。犯人と思しき連中から犯行声明だけあり、誘拐の事実に間違いはないと思うのですが。その後の連絡がないまま……」
「……まさか。最悪の事態を考えたりしてないだろうな?」
「滅相もありません。あの勝行さんですよ、その辺のごろつきに捕まっておめおめとやられるような安い人間ではありません」
断固言い切るその姿が頼もしくて、光は思わずふはっと噴いた。
「確かに。あの《勝行》が、その辺のクズ相手に負けるわけねえわな」
不快な音ばかりが耳につく。吐き気が止まらない。けれど逃げるわけにはいかないと必死に耳を澄ませていたが、気づけば意識がうっすら遠のいていた。
――ガン!
開いた扉の勢いで身体を強く押し倒され、光は転がりながら覚醒する。
「うあ、ひ、光さん!? 大丈夫ですか! こんな場所にいらっしゃるとは」
「いってて……」
部屋の扉を開けたのは片岡だった。ノックしても反応がなかったので、ベッドで寝ていると思ったらしい。片岡は急いで光の身体を抱き起こしながら、何度も謝ってきた。
それはどうやら扉で攻撃したことだけが原因ではないようだ。
「頼れる人間が誰もいない今、あなたを独りぼっちにさせてしまいました。光さんの護衛ともあろうものが、この体たらく……。申し訳ありません」
「……」
「勝行さんにバレたら、大目玉ものです」
「……なんだよ……オッサンもお仕置きが好きなんじゃねえの」
冗談半分で片岡を揶揄うと、光を腕に抱いたまま彼も苦笑した。
「あの方から受ける厳しい罰は、存在を無視されることです。その辛さを知っていながら、あなたを放置してしまってすみません。気が焦るあまり、若槻先生からお話を伺うまで気づけないままでした」
「……あいつ。なんて言ったの」
「あなたを今、一人にさせてはいけないと」
――俺のことは嫌いなくせして、ちゃんと仕事はするんだな……。光は改めてあのいけ好かない心療内科の存在に感謝しつつ、片岡の骨ばった頬をぐいと抓って苦言を零した。
「俺の事のけ者にしやがって。あとで勝行に言いつけてやるからな」
「すみません」
しょげる片岡の顔を見ていたら、なんだか失敗した時の勝行に似ている気がして、だんだん吐き気も収まってきた。そもそも仕方のないことだったのだ。片岡がわざと自分を遠ざけたわけではないことぐらい、頭の中では分かっている。ただそれを素直に受け入れることができなかった。それだけだ。
片岡の黒スーツは若干薄汚れていた。スラックスの裾には泥が跳ねたままだし、髪もぼさぼさだ。
「オッサン。俺も勝行の捜索に混ぜてくれ」
「ですが……」
「一人でやるとは言ってない。もし仮になんかあったって、絶対守ってくれる強い護衛がここにいるじゃん」
「……はは。確かにそうでした」
きっとまだ勝行のくだらない命令に縛られて、光を過保護に守らねばと思っているのだろう。片岡の返答は相変わらず歯切れが悪い。けれど光もここで引くわけにはいかなかった。
「ここにいる間、通りすがりの色んな声を拾って頭ん中で整理してた。だからだいたい状況は把握してきたぜ」
「流石です。私もボイスレコーダーをこの扉に仕込んでおりました。証拠になる何かがあればいいのですが」
「何だと。そういう便利アイテムがあるなら、先に電話で言っとけよ馬鹿!」
「すみません。ですがここは相羽家。電波も傍受されていては困りますから……」
勝行を救い出すはずの実家だというのに、片岡の警戒心は全く解けていない。つまり敵はこの中にいると片岡は読んでいる。光も同様だった。
「なら作戦会議といこうじゃないか」
一度部屋のドアを閉めて周囲を確認した後、光は脳内に記憶してきた事柄をひとつひとつ、思い出しながら紙に書いた。それを目で追いながら二人でボイスレコーダーをチェックし、記憶を証拠物件へと変えていく。更にその言葉は、片岡がレコーダーを介して人物特定した。
二人でこうして勝行を捜索する会議はこれで二度目。一人きりだった時は不安と絶望に駆られて落ち着けなかったのに、手を組む助っ人が現れただけで不思議と冷静さを取り戻せる。
「行方がわからなくなってから、今どれくらい経った?」
「一日半といったところでしょうか」
「ということは……もう水曜日か。試験は日曜だっけ。だから……あと三日だ」
指折り数え、チッと舌打ちする。
「もうすぐ大事な試験なのに……」
「受験の妨害目的であれば、相羽の差し金で間違いないと私は思ったのですが……当主は全く関与していないようでした」
「なら親父さんは今どうしてるんだ」
「一睡もしないで、勝行さんの捜索に奔走されてます。私はずっとあの方についておりましたので、嘘ではないと言いきれます」
「……」
光もやはりあの男を勝行の敵だとは思いたくない。寝ていないと聞いて、光は不安を覚えた。それを知っている片岡も、きっとそうだろう。
「それじゃ、あんたら全員倒れちまうぞ」
「ええ。当主は過労が祟って今は横になっています。ですが恐らく、まともに睡眠はとれていないでしょう……。あ、私はこういう時のために身体を鍛えているので大丈夫です」
ご心配ありがとうございますと微笑む片岡は、確かにまだ体力を温存していそうだ。光は書き出した紙に視線を戻し、ふうとため息をついた。
「勝行を狙った犯人が誰なのかも、何を目的で攫ったのかも未だにわからない。金か、恨みか、身体目的か。変な憶測がいっぱい飛び交ってたけど、これは全部ただの《予想》だな?」
「その通りです。犯人と思しき連中から犯行声明だけあり、誘拐の事実に間違いはないと思うのですが。その後の連絡がないまま……」
「……まさか。最悪の事態を考えたりしてないだろうな?」
「滅相もありません。あの勝行さんですよ、その辺のごろつきに捕まっておめおめとやられるような安い人間ではありません」
断固言い切るその姿が頼もしくて、光は思わずふはっと噴いた。
「確かに。あの《勝行》が、その辺のクズ相手に負けるわけねえわな」
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結済】俺のモノだと言わない彼氏
竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?!
■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる