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第5話 

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「……いらっしゃいませ? 何か御用でしょうか?」

 冒険者ギルドを後にして次は不動産を扱う商人ギルドにやってきた。
 汚くはないけど、高価でもない服を着ている僕を見て受付の人が不機嫌に声をぶつけてきた。明らかにどこか行けって顔してるよ。

「家を探しに来たんですが」

「どういった宿屋を探していますか?」

 はぁ~とため息をつく男性。家って言ってるんだけどな。

「家を探してるんだけど」

 言葉と共にチラチラと白金貨をちらつかせる。男はハッと顔を笑顔にして一冊の本を取り出した。

「旦那様も人が悪い。冒険者のような恰好をしているから宿屋だと思ってしまったんですよ。ははは」

 ごまかすこともなくそう言いだす男。決めたよ、家は買わない。価値だけ見ていこう。

「白金貨一枚ですと屋敷といってもいい家が買えますよ。どうですかこちらの屋敷は?」

 男が本のページを指さす。
 なになに、噴水のある庭に花壇……そういえば、ルミナさんは……。

『ルミナさんは結婚した時どんな家がいいですか?』

 あれは五歳の時だった。彼女の横顔を見ていた僕は質問したんだ。

『ん~。そうですね~。家はそんなに大きくなくていいんですけど、噴水のある庭で花壇を育てたいですね』

 にっこりと微笑んで答えるルミナさん。赤ん坊の時から彼女の事を好きになっていたからそんな夢をかなえてあげたいんだよな。見るだけでも見せてもらおうかな。買わないと思っていたけど、よければ買おう。

「見せてもらえますか?」

「分かりました」

 お金を見せてからの張り切りが凄い。よっぽどお金が好きなんだろうな。僕にはわからないよ。

「いやー、しかし、旦那様は凄いですね。その年で白金貨を持っているなんて、名のある冒険者さんなんですか?」

 屋敷へと歩きながら商人ギルドの男、ネギーさんが褒めてくる。僕は愛想笑いで誤魔化す。あんまり仲良くなりたくないからね。

「ここが元男爵が住んでいた屋敷です。今の領主様が別の町に屋敷を設けたことで売られたのですが買い手がつかなくて」

「え? 結構いい屋敷だと思いますけどなんで買い手がつかないんですか?」

「それが、少し噂が絶えなくて」

「噂?」

 大きく頷くネギーさん。
 買い手がつかない噂って何だろう?

「夜な夜な女性の声が聞こえてきたりしているようなんです。悲鳴も多々」

「……そんな物件を紹介しているんですか?」

「は、ははは。決して処分したい物件を処分できるなんて思ってませんよ。ほんと」

「思ってますね……。まあいいです。心当たりがあるので」

「へ?」

 夜な夜な女性の声ってことは十中八九、未練のある人の魂だろう。
 男爵の屋敷だったというのもそう思った要因だ。
 この世界は奴隷制度がある。元の世界ではなかった奴隷制はかなりの魂を穢してる。この街ではあまり見られないけれど、商人ギルドの荷積みをしている人の大半は奴隷だった。力の強い奴隷はかなり高く売れるみたいだ。
 マジックバッグを持っている僕には関係ないけどね。

「ネギーさん。案内してください」

「あ、はい」

 案内を再開してもらって庭に入る。
 庭は手入れが行き届いていてかなり綺麗だ。
 噴水を中央に花壇が円を描いてる。色とりどりの花が交互に並んでいて、とても綺麗だ。
 ここならルミナさんも気にいるかもしれない。

「ここだけでも買いたくなる庭だね」

「綺麗ですね……。あれ? 誰が手入れしてるんだろう?」

「え?」

「あっ。いえいえ、こちらの話ですよ。ははは」

 ネギーさんはごまかすように笑う。
 商人ギルドはこの屋敷に人をよこしてないみたいだね。ってことはよっぽどこの屋敷が好きな幽霊みたいだね。

「こちらがリビングでございます~……あれ? 埃臭くない。おかしいな。十年は放置されているはずなんだけど」

 流石の異常にネギーさんはたまらず呟く。すこし不安そうに周りを見渡してるね。

「ネギーさん」

「ひゃ、ひゃい……」

 不安げなネギーさんの肩を叩くと怯えて返事した。

「白金貨一枚ですよね」

「……いや~、手入れも行き届いていますし」

「一枚ですよね?」

「に、庭も綺麗ですし~」

 怯えている今がチャンスと思って声をかける。ネギーさんは怯えながらも吊り上げようとしてきた。まったく、この人は……と思っていたら、
 パリ~ン! 吹き抜けの二階に置いてあった花瓶が突然一階に落ちた。
 流石の事態にネギーさんは僕の影に隠れてしまう。

「一枚で?」

「わ、わかりました。こんな幽霊のいる屋敷、差し上げます! では~」

 ネギーさんは白金貨を手渡すと土地の権利書を置いて出ていった。凄い早さだな~。冒険者になれるんじゃないの?

「さて、出てきてくれるかい? 幽霊さん」

 僕の声が木霊する。シーンと静寂が続く。

「出てきてくれないと君のしたいことがわからないよ。話してみてもいいんじゃないかな?」

 優しい笑顔で伝える。何も言わずに怖がらせるだけじゃ教会の司祭とかに払われてしまうだけだ。ちゃんと自分の要求を伝えないと。

『あなたは何者……人の魂って感じがしない』

 綺麗な黒髪のメイドさん。半透明な彼女が吹き抜けの二階で見下ろしてきた。
 僕の魂を感じられるってことは、結構長い時間幽霊になっている証拠だな。
 
「ふふ、それは内緒だよ。それよりも今日から僕の屋敷になるけど住んでもいいでしょ?」

『……汚くされるのはいや』

「汚くしなければいいんだね。わかったよ」

『……』

 プイッとそっぽを向く幽霊。名前は教えてくれないみたいだけど、今はそれでいいかもね。

「ベッドとか全部綺麗にしてるんだね」

『習慣みたいなものよ綺麗にしないと叱られたから』

 スラッと長い黒髪をなびかせて歩く幽霊さん。箒をずっと持っていて掃きながら歩いてる。
 案内してくれてるみたいだからついて歩いてるんだけど、無表情な顔がピクピク動くのが面白い。きれいとか言われて嬉しいのが伺えるよ。

「幽霊さん。こっちは?」

『……地下』

 リビングに端に地下への階段があった。まるで牢獄に続く階段かのように扉が鉄格子になってる。
 幽霊さんに聞くとぴくっと反応して教えてくれた。

「はいっていい?」

『ダメ』

「なんで?」

『汚いから』

「ふ~ん……」

 カチャ! ダメと言われた扉を開ける。
 幽霊さんは持っていた箒で行かせまいと通せんぼしてきた。

『ダメっていったはず。聞こえなかった?』

「ふふ、僕はここの家主になったからね。”下の住人”にも挨拶しないと」

『あなた知って……本当に何者』

「ふふ、あなたと同じようなものです」

 この屋敷に入ってからずっと嫌な感じがしてた。綺麗だけど、凄い匂ってたんだ。血の匂いが。
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