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第5話 母
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朝の光が、村の屋根をやさしく照らしていた。 鳥の声が遠くから聞こえ、風が畑の葉を揺らしている。 私は、母の部屋の窓を開けながら、深く息を吸った。
「…空気が甘いですね」 セレナが、後ろからそっと言った。
「王宮の庭とは違う香りです。果実と、土と、焼きたてのパンの匂い」
「あなたの原点ね」
セレナは微笑んだ。
母の容態は、奇跡のように少しずつ回復していた。 薬が効いたのか、気力が戻ったのか―― それは誰にもわからなかったけれど、彼女は自分で起き上がり、庭まで歩けるようになった。
「アイリス、王妃様と王子様に囲まれてるなんて、夢みたいね」
母は、庭のベンチに座りながら言った。
「私も、まだ信じられません。 でも…セレナとレオが、私を信じてくれたから」
母は、私の赤毛を撫でながら言った。
「昔、あなたがパイを盗み食いしたとき、私は怒るより先に笑ってしまったの。 だって、あんなに幸せそうな顔で食べるんだもの」
私は、思わず笑った。
「それ、王妃様にも言われました。 “あなたは、食べることで空気を柔らかくする”って」
その日の午後、村の人々が集まって、小さな見送りの会が開かれた。 セレナは、村の子どもたちに花冠を配り、レオは果実の木の下で笑顔を見せていた。
「君の故郷、すごく素敵な場所だね」
レオが、私に言った。
「貧しいけど、あったかいです。 私の“食いしん坊”は、ここで育ちましたから」
「それが、王宮を変えたんだ。 君が戻ることで、また風が吹くよ」
夕暮れ、馬車の前で母が立っていた。 杖をつきながらも、しっかりとした足取りだった。
「アイリス、王宮に戻りなさい。 あなたの居場所は、もうそこにある」
私は、母の手を握りしめた。
「でも、また来ます。 今度は、焼きたてのパイを持って」
母は、目を細めて笑った。
「そのときは、味見しても怒らないわよ」
馬車が動き出すと、村の景色が少しずつ遠ざかっていった。 でも、胸の中には母の笑顔が残っていた。
セレナは、窓の外を見ながら言った。
「あなたの母は、強い人ね。 あなたの素直さは、きっと彼女譲り」
私は、紅茶を一口飲んだ。 渋みは、ちょうどよかった。
王宮が近づくにつれて、心が少しずつ落ち着いていった。 帰る場所があること。 待ってくれている人がいること。
それが、こんなにも心強いなんて。
王宮の門をくぐった瞬間、私は深く息を吸った。 空気は少し冷たくて、でもどこか懐かしい。 石畳の感触、遠くから聞こえる厨房の鍋の音――全部が「帰ってきた」と告げていた。
「アイリス、おかえり」
セレナが、柔らかく微笑んだ。
「ただいま、セレナ」
私は、少し照れながら答えた。
その日の午後、王妃様の部屋で紅茶を淹れながら、私はぽつりと呟いた。
「母が言ってくれたんです。 “あなたの居場所は、もう王宮にある”って」
セレナは、紅茶を一口飲んでから、静かに言った。
「それは、私たちがずっと感じていたことよ。 でも、あなた自身がそう思えたなら…それが何より大切」
私は、少しだけ目を伏せた。
「でも、私の“役割”って何なんでしょう。 話し相手…それだけで、王宮にいていいのかなって」
セレナは、カップを置いて、私の手をそっと取った。
「あなたは、空気を変える人。 誰もが言えないことを、素直に言える。 それは、王族にとって何より貴重なのよ」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。
その夜、レオが庭に現れた。 月明かりの下、彼は果実の木の下で私を待っていた。
「君が戻ってきて、王宮がまた柔らかくなった気がする」
彼は、私の赤毛を見ながら言った。
「母が、私の“食いしん坊”を誇りに思ってくれてたんです。 それが、少しだけ自信になりました」
レオは、私の手を取って言った。
「君の役割は“王宮の心”だよ。 母上も、僕も、君がいることで素直になれる。 それって、すごいことだと思う」
私は、月を見上げながら答えた。
「じゃあ、私は“味見係”じゃなくて“空気係”ですね」
レオは噴き出した。
「それ、すごく君らしい」
その笑い声に、私もつられて笑った。
翌朝、王妃様の部屋で、私は紅茶を淹れながら言った。
「セレナ、私…王宮にいてもいいって、ようやく思えるようになりました。 母の言葉が、背中を押してくれた気がします」
セレナは、静かにうなずいた。
「あなたがいることで、私も変われた。 だから、これからも“アイリス”として、ここにいてほしい」
私は、深く一礼した。
「はい。渋みも、甘みも、正直に伝えます」
私は、自分の居場所を見つけただけでなく―― 自分の“意味”を見つけた気がした。
「…空気が甘いですね」 セレナが、後ろからそっと言った。
「王宮の庭とは違う香りです。果実と、土と、焼きたてのパンの匂い」
「あなたの原点ね」
セレナは微笑んだ。
母の容態は、奇跡のように少しずつ回復していた。 薬が効いたのか、気力が戻ったのか―― それは誰にもわからなかったけれど、彼女は自分で起き上がり、庭まで歩けるようになった。
「アイリス、王妃様と王子様に囲まれてるなんて、夢みたいね」
母は、庭のベンチに座りながら言った。
「私も、まだ信じられません。 でも…セレナとレオが、私を信じてくれたから」
母は、私の赤毛を撫でながら言った。
「昔、あなたがパイを盗み食いしたとき、私は怒るより先に笑ってしまったの。 だって、あんなに幸せそうな顔で食べるんだもの」
私は、思わず笑った。
「それ、王妃様にも言われました。 “あなたは、食べることで空気を柔らかくする”って」
その日の午後、村の人々が集まって、小さな見送りの会が開かれた。 セレナは、村の子どもたちに花冠を配り、レオは果実の木の下で笑顔を見せていた。
「君の故郷、すごく素敵な場所だね」
レオが、私に言った。
「貧しいけど、あったかいです。 私の“食いしん坊”は、ここで育ちましたから」
「それが、王宮を変えたんだ。 君が戻ることで、また風が吹くよ」
夕暮れ、馬車の前で母が立っていた。 杖をつきながらも、しっかりとした足取りだった。
「アイリス、王宮に戻りなさい。 あなたの居場所は、もうそこにある」
私は、母の手を握りしめた。
「でも、また来ます。 今度は、焼きたてのパイを持って」
母は、目を細めて笑った。
「そのときは、味見しても怒らないわよ」
馬車が動き出すと、村の景色が少しずつ遠ざかっていった。 でも、胸の中には母の笑顔が残っていた。
セレナは、窓の外を見ながら言った。
「あなたの母は、強い人ね。 あなたの素直さは、きっと彼女譲り」
私は、紅茶を一口飲んだ。 渋みは、ちょうどよかった。
王宮が近づくにつれて、心が少しずつ落ち着いていった。 帰る場所があること。 待ってくれている人がいること。
それが、こんなにも心強いなんて。
王宮の門をくぐった瞬間、私は深く息を吸った。 空気は少し冷たくて、でもどこか懐かしい。 石畳の感触、遠くから聞こえる厨房の鍋の音――全部が「帰ってきた」と告げていた。
「アイリス、おかえり」
セレナが、柔らかく微笑んだ。
「ただいま、セレナ」
私は、少し照れながら答えた。
その日の午後、王妃様の部屋で紅茶を淹れながら、私はぽつりと呟いた。
「母が言ってくれたんです。 “あなたの居場所は、もう王宮にある”って」
セレナは、紅茶を一口飲んでから、静かに言った。
「それは、私たちがずっと感じていたことよ。 でも、あなた自身がそう思えたなら…それが何より大切」
私は、少しだけ目を伏せた。
「でも、私の“役割”って何なんでしょう。 話し相手…それだけで、王宮にいていいのかなって」
セレナは、カップを置いて、私の手をそっと取った。
「あなたは、空気を変える人。 誰もが言えないことを、素直に言える。 それは、王族にとって何より貴重なのよ」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。
その夜、レオが庭に現れた。 月明かりの下、彼は果実の木の下で私を待っていた。
「君が戻ってきて、王宮がまた柔らかくなった気がする」
彼は、私の赤毛を見ながら言った。
「母が、私の“食いしん坊”を誇りに思ってくれてたんです。 それが、少しだけ自信になりました」
レオは、私の手を取って言った。
「君の役割は“王宮の心”だよ。 母上も、僕も、君がいることで素直になれる。 それって、すごいことだと思う」
私は、月を見上げながら答えた。
「じゃあ、私は“味見係”じゃなくて“空気係”ですね」
レオは噴き出した。
「それ、すごく君らしい」
その笑い声に、私もつられて笑った。
翌朝、王妃様の部屋で、私は紅茶を淹れながら言った。
「セレナ、私…王宮にいてもいいって、ようやく思えるようになりました。 母の言葉が、背中を押してくれた気がします」
セレナは、静かにうなずいた。
「あなたがいることで、私も変われた。 だから、これからも“アイリス”として、ここにいてほしい」
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「はい。渋みも、甘みも、正直に伝えます」
私は、自分の居場所を見つけただけでなく―― 自分の“意味”を見つけた気がした。
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