魔王を討伐して無職になった勇者だけど、チートな幼女に運良くお世話されているから勝ち組かもしれない

八神鏡

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第三十七話 彼のお仕事

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 ――懐かしい夢を見た。

 俺がまだ勇者として現役だった頃、道に迷った時がある。
 秘境のような場所でおろおろしていたところで、一つの村を見つけた。

 その村はなんとサキュバスという亜人種の村で、しかも男性が一人もおらず……来たばかりの時点では、とても警戒されていた。

 だが、その村でたった一人の子供が、みんなの警戒を解いてくれた。

 その子は『父親』という存在を知らなかったらしい。
 だから、初めて見た男性である俺を見て『父親』を連想してしまったようで。

 彼女は初対面の頃から、俺をこう呼んでいた。



「パパ!」



「っ……?」

 ふと、目が覚める。
 夢で見たサキュバスの子供に呼びかけられた気がして、意識が覚醒したのだ。

 だが、呼びかけられたのは夢じゃなかったらしい。

「パパっ……」

 現実でも、夢で見たよりは少し大きくなっているが、同じ少女から呼びかけられていた。

「おきて、パパ……いなくなったら、やだよ」

 サキュバスの、サキちゃんである。
 いつもの元気な声ではなく、落ち込んだようなか細い声だった。

 それはあまりにも、この子に似合わない。

「サキちゃん……起きてるよ」

 だから、彼女を元気づけてあげたくて、まだ少し眠かったのだが強引に目を開けたのだ。

 まず見えたのは、もう見慣れてしまった天井だった。
 どうやら俺は、戦いの後に家に運ばれていたらしい。

 そして次に見えたのが、俺の枕元でポロポロと涙を零すサキちゃんだった。

「ぱぱぁ」

 泣いていた。 
 俺は大いに慌てた。

「サキちゃん!? や、泣かないで……大丈夫? どこか痛いの?」

 体を起こして、彼女の背中をさすってあげる。
 サキちゃんは目元をくしくしとこすりながら、首を横に振った。

「サキね、パパがね、いなくなるかもって……」

 ああ、なるほど。
 恐らくだが、怪我をした俺がなかなか目を覚まさないから、サキちゃんは心配してしまったようだ。

「パパ、げんき? いたいの、なくなった?」

「うん、元気! サキちゃんに触ってたら痛いのもなくなった!」

 我ながら言ってることがおかしい気がしないでもないが、今はとにかくサキちゃんに泣き止んでもらうことが優先だ。

 子供の涙ほど胸にくるものはない。

 ああ、俺一人じゃダメだ……他のみんなにも協力してもらいたい。
 そう思ったが、部屋には何故かサキちゃんしかいなかった。どこかに行っているのだろうか……仕方ない、俺一人でもどうにか泣き止んでもらおうと試みた。

 でも、サキちゃんはずっと泣いたままだった。
 俺の洋服をぎゅっと握りしめながら、まだたどたどしい言葉を一生懸命に紡ぐ。

「あのね、パパはね、みんなみたいに……おねむしてるときに、あえないの」

 みんな、とは……一体誰のことを意味しているのだろうか。
 おねむしているとき、というのは睡眠中のことだろう。つまり、夢の世界でサキちゃんは誰かに会っているということか。

 その相手の正体は――

「みんなはね、サキに『だいじょーぶ』ってなでなでしてくれるんだよっ。おねむしてるときね、サキはとってもしあわせっ……もう、あえないけど、サキはがまんできるの」

 ――いなくなった、サキュバスの村の人たち。

「……そういうことか」

 ようやく、俺は真実に気付いた。

 サキちゃんの村は、彼女を残して全滅していたとルーラは言っていた。しかしサキちゃんは悲しむ素振りなど見せず、いつも無邪気に明るかった。 

 俺はてっきり、彼女には『死』という概念がまだ理解できていないとばかり考えていた。
 まだ幼いから、みんないなくなったことに気付いてないと思い込んでいたのだ。

 だけど、なんだかんだサキちゃんは八歳である。

 みんながいなくなっていたことにも、もう会えなくなったことも、とっくに理解していたのだ。

 でも、彼女がまったく気にしていないように見えたのは、夢の中でみんなと会っていたかららしい。

 そういえばこんなことを聞いたことがある。
 サキュバスは別名『夢魔』とも呼ばれ、夢に出て他者を惑わすことができる――ということを。

 もしかしたら、サキュバスという種族は夢という世界を俺たち普通の生物とは違う形で認識しているのかもしれない。

 俺たちの考える現世の死は、サキュバスにとっての死と若干概念が異なるようだ。

 サキュバスのみんなとは夢で会える。
 そう思っているからなのか、サキちゃんはあまり悲しむことなく、日常を幸せに過ごしていた。

 でも俺はサキュバスじゃない。
 死んだら、もう会えなくなる。

 だからサキちゃんは泣くほどに悲しくなってしまったようだ。
 もしかしたら、夢で会えるとは言っても、村のみんながいなくなってサキちゃんは心細い思いをしていたのかもしれない。

 そのせいで余計に、俺がいなくなるかもと考えて、泣いてしまった――のだろうか。

 だったら、俺がかけてあげるべき言葉は……

「大丈夫だよ。俺はここにいる。サキちゃんのとなりに、ずっといるから」

 彼女を安心させるために、俺はいなくならないということを教えてあげた。

 彼女の不安を拭うように、ゆっくりと……優しく抱きしめて、彼女がいつもやってくれていたみたいに、くっついてみる。

 そうやって、俺の存在を彼女に確認させてあげた。
 すると、サキちゃんは……俺の服に顔を埋めてしまう。

「――――」

 それから今度は、大声を上げて泣き出してしまった。
 結局、泣き止ますことはできなかったみたいだが……今度の涙は、悲しみのものではない。

 安堵の涙だと思うから、俺はそのまま優しく抱きしめてあげる。
 彼女はしばらく、泣き続けた――





 サキちゃんは結構長い間泣きっぱなしだった。
 俺のことが相当心配だったようで、赤ちゃんみたいに泣きじゃくっていた。

 あまりにも泣いたせいだろう。
 いつの間にか泣き止んだかな? と思った時にはもう、サキちゃんは眠っていた。

 どうやら泣き疲れて眠ったようだ。

「おやすみ、サキちゃん……ゆっくり休んでね」

 眠ってもなお俺を離さない彼女を優しく撫でる。
 そのまま横にしてあげて布団をかけてあげると、彼女は安らかな寝息を立て始めた。

 と、そんな時。

「……サキュバスちゃんは寝たみたいだね」

 ようやく部屋に別の子が入ってきた。
 金髪ツインテールの、小悪魔めいた女の子――マニュである。

「うん、泣き疲れちゃったみたいで……マニュ、他のみんなは?」

「村娘ちゃんと魔王の娘ちゃんは、街の方で回復系統のアイテムを買いに行ったよ? おにーちゃん、なかなか目を覚まさなくて……家にあったアイテムじゃ足りなくなってたから」

「え? 俺、どれくらい寝てたの?」

「丸二日くらいかなぁ? おにーちゃん、眠りすぎだよっ」

 彼女は軽やかに笑って、座る俺にもたれかかってきた。
 後ろから俺の首元に手をまわして、背中にくっついてくる。

「もう、たいへんだったんだからねっ。サキュバスちゃんはずっと塞ぎこんでて変な魔力が漂うし、魔王の娘ちゃんは四六時中ぼんやりしてたし、村娘ちゃんも料理を失敗してばっかりだったし……わたしも、寂しかった」

 みんなにはたくさん迷惑をかけてしまったようだ。
 申し訳ない限りである。

「ごめんね……どうにか、元気になったから」

「うん、わたしはだいじょーぶだよ。サキュバスちゃんも落ち着いてくれたみたいで良かった……この子が泣いていると、まったく近づけなくなっちゃうから」

「え? それって、どういう……」

 なんだか気になることが聞こえた気がする。
 だが、マニュは慌てたように口をつぐんでしまった。

「あ! 今のなしっ。忘れて……もしくは、村娘ちゃんに聞いて? わたしからは何も言えないから」

「……分かった」

 まぁ、マニュがそう言うのなら、後でルーラに聞くことにしよう。
 それよりも今は、何か言いたそうにしているマニュの話を聞く方が先決だと思った。

「おにーちゃんって、本当にばかだよね」

 ほら、やっぱり。
 マニュは少し呆れたように、俺の耳元で言葉を囁く。

「……否定は、できないかな」

「うん、ばーかっ……わたしを女の子扱いするなんて、頭おかしいよ」

 ああ、そういえば。
 魔物と戦う前、マニュに女の子だから云々みたいなことを言った気がする。

 その時のことを彼女は言っているようだ。

「おにーちゃんの、ばか」

 そして微かに、マニュの気配が変わった。
 禍々しく、気圧されるような、恐ろしい存在感が俺を圧迫する。

「……コレデモ、オンナノコ?」

 振り向くと、そこには黒いもやが渦巻いたような『何か』があった。

 下半身は人型だが、上半身だけが黒い歪みのようになっている。
 見ているだけで発狂しそうになるような、異常な塊。

 これは、邪神『アンラ・マンユ』の姿である。
 でも、俺はこの子の正体を知っている。

 だから、怖いなんて一切思わなかった。

「別に怖くないけど? 水玉模様のパンツ履いてる邪神が、女の子じゃなくて一体何になるの?」

 パンツ丸出しだったのも、もしかしたら怖くない要員の一つだったかもしれない。

「……ほら、無理しなくていいよ。その姿、あんまり好きじゃないんでしょ? いつものマニュの戻っていいから……まぁ、マニュがどんな姿でも、俺にとってマニュはかわいい女の子だし」

 彼女に対する認識は、この家に来た当初にすっかり変わっている。
 俺にとってこの子はただの女の子だ。

 それ以上はあっても、それ以下はない。

「はにゃっ……むぅ、いきなりかわいいとか言ったらダメだよっ。そんな嬉しいこと言われたら、怒れないもん」

 そして彼女は、元の姿に戻った。
 いつもの、小悪魔めいた愛らしい女の子の姿に。

「本当はね、わたしは邪神だから……戦うことに、抵抗はないって言いたかったの。おにーちゃんの気持ちは嬉しいけど、わたしはこれからも必要があれば戦うし、殺す」

「……そっか」

「今回はね、守られてあげた。でも、これからはダメだからねっ。おにーちゃんに守られるのは、嬉しいけど……やっぱり、傷つかれたら苦しいから」

 それがマニュの選択のようだ。
 だったら俺は、こう返すべきだろう。

「分かった。じゃあ、いつかマニュに心配されなくていいくらいには、調子を戻す。その時にはまた、守らせてくれる?」

 今はまだ無理かもしれない。
 でも、いつか――怪我が治った時なら、とマニュに問いかける。

 そうしたら彼女は、嬉しそうに声を弾ませて頷いてくれるのだった。

「うん! わたしのこと、普通の女の子にしてねっ……邪神だけど、やっぱりおにーちゃんのこと大好きになっちゃったから。これからも、好きでいさせてください」

 最後の一言に、俺は頬を緩めた。
 やっぱり、マニュは女の子だ……こんなにかわいいことを口にする生物を、邪神と思えるわけがないだろう――




 サキちゃんが寝て、マニュとおしゃべりをして、それからあまり時間も経たずに出かけていた二人が帰ってきた。

「おかえり」

 大荷物を抱えた二人を出迎えると、彼女たちは荷物を落として俺の方に駆け寄ってきた。

「ご主人様っ。お体は大丈夫ですか? どこか変なところはありませんか?」

 早速、俺の体を気遣うルーラ。
 心配そうにしている彼女に、大丈夫だよと笑いかけた。

 一方、もう一人の方は俺を見て唇を固く結んだ。

「下僕! 心配させないでっ……」

 エレオノーラもかなり不安にさせていたのだろう。

 その証拠に、購入した回復アイテムの量が尋常ではなかった。このまま俺が目を覚まさなかったら、全てのアイテムを使用するつもりだったのかもしれない。

「ごめんね……でも、大丈夫だから」

 どうにか安心してもらいたくて、言葉を紡ぐ。
 しかしエレオノーラの表情はむくれたままだった。

「大丈夫じゃないわっ。もうっ……あなたはいつだって無理するじゃない。だから父との対決でも、深い傷を負った。そしてようやく回復しかけていたのに、どうしてまた変なことをするの? 許せないわ」

 そう言って彼女は、強引に俺の手を引っ張った。

「来なさい。あなたが大丈夫かどうか、体をチェックして私が判断するわ」

「い、いや、本当に大丈夫だって」

「あなたは私の信頼を損なってるの。言うことを聞きなさい」

 問答無用だった。
 そのまま衣服を剥がされ、お風呂場に連れ込まれる。

「見せて」

「えっと……恥ずかしいんだけど」

「は?」

 もじもじしているとエレオノーラがゴミを見るように俺を見てきた。
 背筋がぞくりとするような視線に、思わずのけぞってしまった。

 やっぱりこの子は魔王の娘だ。
 怒ったら、結構おっかない。

「……どうぞ」

 あまり逆鱗に触れないよう、大人しく彼女の言う通りにする。
 無抵抗に体を差し出すと、エレオノーラは俺の体を躊躇なくぺたぺた触り始めた。

 恐らくは、触診もしているようだ。

「腕は異常なし、胴体も無事ね……足も問題ないわ。顔も大丈夫。目立った外傷はない。でも、魔力の乱れが酷い。体に痛みはあるでしょう? 今後一週間は外に出ないようにしなさい。これはあなたへの罰よ。言うこと、聞けるわね?」

「できれば外に出たい――って、何でもない。うん、ずっと家の中にいるよ」

 睨まれてすぐに俺は首肯した。
 エレオノーラは年下なはずなのに、頭がまったく上がらない。そういううオーラがあった。

 ともあれ、俺の体をチェックして、本当に大事がないことをエレオノーラも理解したのだろう。
 ようやく、安堵したように表情を緩めてくれた。

「まったく……本当にあなたは、困った人だわ」

 シャワーを浴びて、体を洗い終えてから、二人で浴槽に浸かる。
 その時に彼女は、俺に説教をしてくれた。

「あなたの体はね、もうあなた一人だけのものじゃないのよ? 私たちに好かれていながら、どうして自分の体を大事にしないのかしら? その体が傷ついて、悲しいのはあなたじゃないの……私たちが、苦しいわ」

 これに関しては、返す言葉もなかった。
 俺の判断が完璧に間違っていたとは思わない。

 でも、もう少しやりようはあったかもしれない。
 俺が傷つくことで、彼女たちにまで痛みを負わせてしまった……この責任は感じている。

 彼女たちは、本当に俺のことを大好きでいてくれるのだから。

「もっと、自分の体を大切にして。どうせ、自分が傷つくのは構わないとでも思ったのでしょう? ダメよ……あなたが傷つく方が、私たちは傷つくんだから」

「……はい。反省してます。ごめんなさい」

 素直に頭を下げる。
 心から申し訳ないと思ったのだ。

 するとエレオノーラは俺の頭に手を置いた。

「反省しているのなら、許してあげるわ」

 思ったよりあっさりと彼女は怒りを収めてくれるようだ。
 やっぱりこの子は、ものすごく優しい。

「よしよし……いい子だから、次からはしっかりね? 謝ったから、また信じてあげる」

 俺の頭を撫でる彼女に、思わず頬が緩んだ。

「うん、ありがとう。自分のこと、大切にする」

 そう伝えると、不意にエレオノーラは俺の頭を抱きしめた。
 優しい抱擁と同時、彼女は俺に小さく囁く。

「あなたが死んだら、私は不幸なままだわ……しっかりと生きて、私をきちんと幸せにして。そしてあなたも、幸せになって」

 その思いやりの気持ちは、とても温かかった。
 うん、分かった。

 エレオノーラのことを、幸せにする。
 そのためにも、これからは自分のことをより大切する――





 ここ数日間、彼女たちには本当に迷惑をかけた。
 かなり心配もしてくれていたみたいで、あまり眠ることもしなかったようだ。

 俺が目を覚ましたことで安堵したせいか、急に疲労がこみあげてきたみたいである。

「みんな、寝てる……」

 エレオノーラと一緒にお風呂に入った後、部屋に戻った時には既にマニュとサキちゃんが寝ていた。

 その後、ルーラが夕食を作る間に今度はエレオノーラが寝てしまった。
 夜とはいえ眠るには早い時間だが、三人は部屋の中でぐっすりと眠っている。

「お夕食、できたのですが……皆さまには、そのまま休んでもらいましょうか」

 唯一起きているルーラは、みんなの状態を確認してそんなことを言った。

「ご主人様、外で食べませんか?」

「うん、みんなを起こさないようにしよっか」

 そういうわけで、俺とルーラは外で食べることに。
 ここに来た初日にもお世話になった、エレオノーラ愛用のティーテーブルに座った。

「……あまり手のかかるお料理はできなかったので、もしかしたら物足りないかもしれません」

「いやいや、二日間寝てたみたいでお腹空いてるし、ルーラが作るものだったら何でも美味しいよ」

 メニューは軽食、といった感じのものだが文句なんてあるわけがなかった。
 俺のためを思って作ってくれているのだ。それだけでとても嬉しい。

「いただきます」

 そして俺は、ごはんを食べ始めた。
 ルーラはいつかのように、俺のそばに立っているだけで座ろうとしない。

 食欲もないみたいで、ただ俺を見ているだけだった。

「……ごちそうさま」

 あまり時間もかからずに食べ終えることができた。
 食器を片付けて、それから食後のティータイムに移行する。

 その時になってようやく、ルーラは俺に話しかけた。

「業務違反です」

「……え?」

「『甘やかされること』がお仕事と、わたくしはそう言ったはずですが……どうしてピクニックの時、がんばってわたくしたちを守ろうとしたのですか?」

 がんばる。
 その言葉が嫌いだと、ルーラは以前に入っていた。

「あの時は、ご主人様のわがままを聞き入れてしまいましたが……ずっと後悔していました。ご主人様が傷つくのは苦しいです。どうしてあの時、わたくしたちを頼ってくれなかったのですか?」

 この子もまた、俺が傷ついたことに傷ついていたのだ。
 本当に、今回の件に関しては反省しなければならない。

 でも、あの時に俺が思ったことは、しっかりと彼女に伝える必要があった。
 ルーラが、知ることを望んでいるのだから。

「みんなを傷つけたことは、きちんと反省する。これからは無茶な行動もしない……だけど、頼れなかったわけじゃないよ。みんなが俺に傷ついてほしくないと思ってくれているように、俺もみんなに傷ついてほしくなかった……」

 自分の行為を正当化するつもりはない。
 言ってみれば、これはわがままだ。

「みんなはまだ、子供だから。みんなよりも大人な俺が、守るべきだって思った」

 そう口にすれば、ルーラはメイド服の裾を握りしめて首を横に振った。

「業務違反です」

 震える声で、彼女は――ようやく、隠していたことを打ち明けてくれたのだ。

「かつて、ご主人様が勇者様だった時、わたくしの命を助けてくれました。だから今度は、わたくしがご主人様のことを助けたいと、そう思いました」

 彼女がまだ単なる村娘だった時。
 俺は彼女の命を救った。その時に彼女は、俺のことを助けたいと思ってくれたらしい。

「そのために、色々なお勉強をしました。料理、洗濯、掃除などの家事や……それと、ご主人様を守れるように、戦いの技術も――わたくしは知っております」

「……そうなんだ」

「はい。日々、ご主人様のことを思って鍛錬に励んだ結果――わたくしはっ」

 そこまで口にした後、彼女はおもむろにスカートをたくし上げた。
 パンツと一緒に見えたのは、ふとももの付け根に浮かんでいた――『勇者の紋章』だった。

 それが意味することは、つまり。



「わたくしは、勇者になりました。ご主人様の、次の勇者なのです」



 ……そう。ルーラは、勇者になっていた。
 そういえば、『勇者は選ばれし者がなる』と聞いたことがある。

 彼女もまた選ばれていた。

「ご主人様はびっくりしたかもしれません……大切なことを隠していて、申し訳ありません。でも、わたくしは勇者です。だから、今度からご主人様を守らせてください」

 自分が勇者だから、守らせてほしいとルーラは言った。
 隠していた真実を告げて、少し不安でもあるようだ。目線が下に俯いている。

 本当にこの子は――いい子だ。



「知ってたよ」



 だから俺も、気付いていたことを教えてあげよう。

「ルーラが勇者なことは、知っていた。ルーラが俺と出会った初日、街中でパンツを見せてくれたでしょ? あの時に、勇者の紋章も見てたから」

「……え?」

 実は知っていた。
 ルーラが勇者であることは、最初から分かっていたのだ。

「気付いて、いたのですか?」

「うん。だけど、ルーラはあまり勇者であることを口にしたがらなかったから……勇者であることが、嫌なのかなって思ってた。だから何も言わなかった」

 もしかしたら、ルーラは俺に気を遣ってくれていたのだろうか。
 俺に変に意識させないために、隠してくれていたのかもしれない。

「まぁ、言いたくないならそれでもいいかなって……勇者かどうかなんてどうでも良かったし。ルーラは、ルーラだよ」

 しかし、俺が勘違いしていたのは、ルーラが勇者であることを嫌がっていると思い込んでいたことだろう。

「ピクニックの時、ルーラが戦ったら、俺に勇者であることがばれるでしょ? だから、あの時のルーラは戦いたくないかなって思ってた……ごめんね、先走りしちゃってて」

 まだまだ、お互いの理解が足りない。

 ここに来ておよそ十日間ほどしか経っていないのだ。もっと話をして、みんなのことを知る必要があると、そんなことを考えた。

「勘違い、してた。だから、ルーラのこと……いや、みんなのことをもっと教えて? 俺のために隠していたこと、全部……話してくれない?」

「……それも、気付いていたのですか」

 俺に色々とばれていたことが、ルーラは驚きだったようだ。
 彼女は観念したように、ゆっくりと……全てを話してくれた。

 ――この家の周辺には魔物がいないにように見せかけて、本当はたくさんいるということ。

 ――出現した魔物は、マニュやルーラ、エレオノーラが処理しているということ。

 ――そもそも、マニュとエレオノーラをここまで連れてきた協力者というのは、勇者になったルーラであるいうこと。

 ――サキュバスの村で唯一生き残ったサキちゃんが、実は異常な力を持っているということ。

 これらが特に、印象に残った真実だった。

「そういえば、ピクニックで魔物と戦った時も……サキちゃんが叫んだ時、魔物の様子がおかしくなってたかも」

「はい。サキ様はサキュバスの中でも、特に大きな力を持っているようです。感情が乱れた時、周囲の生物を強制的に朦朧状態にします。特に敵意を持つ者に対しては大きく影響されるようです……催淫効果が変に作用しているらしく、サキュバスの村が壊滅した時も……ぼんやりする魔王軍の残党集団の中で、一人ぽつんと佇んでおりました」

 サキュバスの村は、魔王軍の残党に襲われていたのか。
 皆殺しにされかけていたところで、サキちゃんの力が覚醒したらしい。

「この二日間も、酷いものでした……サキ様はご主人様にくっついて離れなかったので、わたくしたちもなかなかご主人様に近づけませんでした」

 あの子にも、俺は助けられていたらしい。

「わたくしも含めて、皆さまはご主人様を守れるだけの力を持っていますから……どうかこれからは、いっぱい甘えてくれると嬉しいです」

 全ては、俺のために。
 ルーラは俺を幸せにするために、マニュやエレオノーラ、サキちゃんをこの家に連れてきた。

 何かあっても守れるように、色々と考えてくれていたのだ。

 だから、甘えてほしいと言うのである。

「わたくしたちに、ご主人様のことを……幸せにさせてください。これは、業務命令ですので」

 ――そんなことを言われては、頷くしかなかった。

「うん、ありがとう……」

 素直に、嬉しかった。
 色々と隠しはしていたが、やっぱりルーラは俺のことを思ってくれていた。

 だから、俺もしっかりと向き合おう。

 もう無理をして彼女たちを傷つけるのは、やめる。

 この子たちに、もっと甘えないと。
 それが、俺の仕事なのだから。

「ご主人様のこと、大好きです……もっともっと、幸せになってくださいませ」

 分かった。
 もっともっと、幸せになるよ――





 こうして、俺はまたみんなにたくさん甘えることを決意した。
 まだまだ未熟な身だが、仕事をきちんとこなせるようになりたいものである。

 そしていつの日か、みんなのことも幸せにできたらいいな……と。
 そんなことを思って――
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