ホントは怖い異世界召喚

あんどこいぢ

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第Ⅰ部 前任者狩り

フルーツ味の女性たち(その1─ミル)

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 完璧な半球を頑なに保った硬質な印象の四つの膨らみが、新勇者・健士の視野の下限をスーッと滑っていく。苔むした石畳の地下道のなかだ。従がって、背景が暗い。
 膝を曲げ、腰を落とし小走りしているのにまったくブレないそれらの膨らみは、確かに女性の象徴ともいえる下半身後部の膨らみなのだが、メロン、パパイアなどといったフルーツの瑞々しさなどまるでない。どちらかといえばボーリングの球のようだ。
 フランソワ大王の謁見を得る前、大魔女ラミアの邸宅の一室で、新勇者・健士は教育係として接することが多かったページ≒従者のミルから釘を刺されたものだ。
「戦闘が想定される場合、私とニムとが新勇者様の前にでます。まあ、盾代わりですね。ページモードにチェンジした私とニムとは体のラインがハッキリでた恰好をしていますが、それはまさにそのラインそのものの輪郭をしているからで、ページモードで私たちの体表を覆っているのは鎧ではなく、昆虫などと同じ外骨格です。お尻に触ったってカチンカチンですよ」
 大魔女ラミアの邸宅は城が建つ山の中腹にある。瓦屋根の大半は森の樹々の下に隠れているが、籠城戦の際にはそこもまた曲輪の一つになるのだという。そんな居住性など二の次の薄暗い邸宅の一室で、蝋燭の灯りを頼りに、この世界についての詰め込み教育を受けたのだった。
「私たちはキメラです。魔力によって合成された人工生命体で、ベースこそ流されることになったヒトの胚ですが、そこに桃、葡萄などの果物の要素が加えられ、さらにページモードのリバースモードとして、蜂、蜘蛛などの毒を持つ蟲たちの要素がプラスされています。ニムと私とを例にお話ししましたが、新勇者様のミッションにはほかにも二名のページが従がうことになります。新勇者様は私たちにとぎを命じる権利をお持ちですが、甘い果実は表の一面、裏の一面には皆、醜い蟲の要素を併せ持っています。もしそれで宜しければ……」
 カップのページのミル──。いま健士の左手をいく心持ち長身の後ろ姿がそのひとなのだが、それを告げたとき、彼女は確かにヒトの女性の姿をしていた。しかも相当美人だった。ブリュネットのワンレンに裾が長目のチュニックを着、最初健士は、彼女こそが大魔女ラミアなのだと勘違いしていた。知的なひとなのだ。
 とぎの話にも興味があったが、彼が引っかかったのはそこではなかった。
「果物の要素って、その……。ひょっとして?」
「私たち自身が新勇者様の非常食になります。お望みなら赤ちゃんに授乳する形で果汁だけを提供することもできるのですが、指などを折って食していただくのがまあ、制作者ラミア様の想定でしょうね」
「ウヒャッ! いっ、痛くないのっ?」
「私たちは痛感をカットできます」
 そのとき健士の脳裏を過ぎったのは、『攻殻機動隊』というSF漫画、そしてアニメの創作シリーズだった。身体の多くを義体と呼ばれる人工器官に置き換えたサイボーグたちが活躍するストーリーで、彼らサイボーグたちもまた必要に応じ五感をON/OFFでき、さらにそれらを送受信、共有することができるのだった。そう。健士はいわゆるヲタクだった。
 ここは異世界──。
 ヒトが暮らす大陸は特にガリア世界と呼ばれているようだ。インド、ギリシャなどの古代哲学は健士たちの世界と共通しているようだが、神話の世界はまるで違う。ガリアという至高神がユーラシア全域で信仰されている。またこの世界のひとたちは、アーサー王と円卓の騎士たちを歴史上の人物だと見做しているようだ。再度ミルの話に戻ると、
「私たちの世界では新勇者様たちの世界と違い、文明化が進み、文字による歴史が二千年を超える時代になってもマナが弱まることがなかったのです。ゆえに魔法の技術が維持され、物理的力一辺倒の鉄器による肉弾戦のみで歴史が綴られるということがなかったので、相対的にですが、女性の地位が維持されました」
 という話になる。とはいえ健士は思うのだった。
(やれやれ……。キリスト者じゃないアーサー王だなんて……。でも僕たちの世界での最新の研究とも、合致しているのかな?)
 召喚される勇者としてヲタク的青年が選ばれ勝ちなのは、少々ズレたものになってしまうのだが、こういった知識が共有可能だからなのだろう。
 異世界──。軟禁状態──。だが健士にとってミルとの会話は案外愉しいものになった。
「魔法が維持された? それじゃこっちの世界じゃダ・ヴィンチなんかよりノストラダムスのほうが、よっぽど傑出した人物だってことになっちゃってんのかな?」
「そのひとたちはまだ生まれていません。先々代の勇者様とはそうした話もよくしたのですが、どうやらこの世界、勇者様たちの世界の西暦千二百年代辺りに相当するようなのです」
「じゃあヒュパティアはもう生まれているよね? ひょっとしてあのひと、こっちではカキの殻で惨殺されるなんてことにはならなかったんじゃ?」
「大賢女様です。ラミア様も大賢女様の再来と呼ばれているんですよ。でもあの方の場合頭に〝黒の〟ってつくんですけど……。黒の大賢女様──。それと大賢女様を敬称なしでお呼びになるのは、少々不敬です。お気をつけください。コモン王国連合にも参集され、連合騎士団の右大将を務められるゼナ王様の家系が、その大賢女様の家系なのです」
 だがそうした会話のなかにも先代の勇者、先々代の勇者という話がでる。そして健士自身、〝新勇者様〟なのだ。実は彼に課せられたミッションというのは……。ミルとの最初の会話から引用すると、以下のような内容になる。
「ケンジ様にはまず、先代の勇者イザム様を討ってもらいます。先々代の勇者チズル様を討伐するため召喚された戦士だったのですが、その征旅の途上、王都の西ほうを守るワラント城に入った直後に同城に封じられていた辺境伯一家を惨殺、加えて新王を宣言されました。もはや完全に叛逆者です」
「なるほど──。で、先々代の勇者っていうのは?」
「私たちはその勇者様の代からページとしてお仕えして参りました。女性の勇者様でした。先々代のチズル様もまた先々々代の勇者討伐のため召喚された戦士だったのですが、彼女の場合、見事ミッションをクリアされたのちも御自身の世界に帰還なさろうとせず、やはり西の辺境の僭主せんしゅとなられました。もともと勇者というのは魔王討伐のため召喚される戦士だったのですが、ミッション終了後もこの世界に居座り、匪賊ひぞく化、僭主せんしゅ化、……さらには勇者の叛乱に因って滅亡させられた国も幾つかあります」
「要するに西部劇の保安官が次の脅威になっちゃうってパターンね?」
「ンッ、西部劇? ……って?」
 知的美人が小首を傾げ、右斜め上を見るアホ顔をした。ナイスギャップだった。
 勇者召喚に当たっては大魔女ラミアもミルのようなページたちも、また王国のその他諸機関のひとたちも、それなりのリサーチは行なっているようだ。にも拘わらずこうして勇者たちによるトラブルが絶えないのは、そもそもそういった手段自体に背に腹は替えられないといった側面があるのだろう。
 となればまさに、西部劇の保安官問題だ。例えばある町近くの大牧場の牧童たちが愚連隊化する。町に買い出しにやってくるたび、必ず何か騒動を起こす。持っていく資材もツケにしたまま踏み倒す。そこで町側では銃の腕が立つアウトローを保安官として雇い入れるわけだが、そいつ自身、もともとアウトローだったわけで……。
 初日の会見は数分で終わった。
 どうやらミル以外のページの誰かが、また現在の東京に跳んだようだ。そして五十本セットほどのDVD全集か何かを持ち帰り、大魔女ラミアはそれらの記録面を指でなぞっただけで、おおよその内容を理解したのだという。
 二度目の会見でミルは哀し気な微笑を浮かべ、
「いずこも同じなのですね……」
 と一言──。それまで健士は座敷牢のようなところに入れられ、そこをでる際は左足首に鉄鎖鉄球つきのベルトを巻かれていたのだが、ミルは彼の後ろに立って鎖の先の鉄球を持っていた女性に対し、
「ニム、もういいでしょう。ベルトを取って差しあげて──」
 といった。が、そういわれた女性のほうは大いに不満があったようすで、
「エッ? ミルッ? 甘いよっ。甘い甘いっ。大体勇者なんて連中はいつも──」
 などと強硬に異を唱えだした。前記保安官のあるある話などからいっても当然の反応だったといっていいだろう。結果として数往復押し問答が続いたわけだが、そのひとがいま、健士の前ぽう右手をいく女性、すなわち、ワンドのページのニムだった。彼女は歴代勇者の武術ほう面の教育係でもある。
 だいぶ地下道深くに入ったようだ。ここまではもう地上を覆っている剣戟けんげきの音も聴こえてこない。──と、ズーンッと黒ずんだ床が鳴動した。
 健士への解説も兼ね、前ぽうをいく二人が小声で囁き合う。
「ラミア様の流星落としねっ」
「上の戦いは大詰めっ」
「ゼナ様か誰か、いよいよ本丸に取りついたってとこかなっ?」
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