視えない私のめぐる春夏秋冬

shiori

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第六章「二人の時間~色のない世界で生きる俺と~」1

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 記憶の回廊を遡って辿り着いた最初の地点。
 俺にとっての原風景はもうこの世にいない母がキャンバスに向かう姿だった。

 鉄道が走る橋を見渡すことの出来る河川敷。
 その場所で咲く草花と一緒に、自然な空の景色や橋を母はずっと座り続けたまま描き続けていた。チューブ絵の具をパレットに注ぎ、様々な筆を使い分け自然な姿をキャンバスに描き込む。

 カメラの性能が向上を果たし、手軽に風景を撮影できるようになった現代においても、画家である母は風景画を好んで描いた。

 心地よい風を受けながら母は飽きることなく、季節ごとに変わる風景を夢中になってキャンバスに投影していく。

 しかし、俺にとって世界はモノクロに染められていて味気ないほどに殺風景なものだった。
 空の色も信号機の色も全部が全部白と黒に分かれている。

 ある人はそれを白黒映画のようだと言った。
 色彩に溢れた世界の美しさを知ることが出来ないことは物悲しいものだとも。 

 でも、父は持って生まれた己の視界を悲観しなくていいと言った。
 父は同じく視覚障がい者だったが、理解ある母と暮らしている毎日があればそれ以外は何もいらないくらい幸せだったと微笑みながら言葉を漏らした。
  
 俺の持っている視覚障がい、先天性色覚異常せんてんせいしきかくいじょう、その中でも一色型色覚いっしきがたしきかく、いわゆる全色盲ぜんしきもうと呼ばれているものは、色に対する感覚が全くなく、モノクロ写真のように全てが灰色に見えてしまう。この場合は視力も非常に悪く、光に弱いのが特徴だ。

 色覚異常自体は男性では二十人に一人程度発症するため珍しくはないが、全色盲ぜんしきもうともなると五万人に一人が発症する稀な病だと言われている。
 
 この世に生を受けた以上、持って生まれた障がいからは逃げることは出来ない。
 それ故に悩み苦しむことが多いのが当たり前の世の中。
 俺だけでなく、様々な障がいや病気が世の中には混在し、人々はそれらと日々戦っている。

 だが、俺の視界には一つだけ決定的に異端な例外があった。


 ”母親の肉体と母親の描く絵画だけは色がついて見えていたのだ”


 何故と言われても困る。原因は不明で持って生まれたものだった。

 母は信号機の色が三色あることや、空の色は時間経過によって刻々と変わっていく事をキャンバスに描きながら教えてくれた。
 
 どうして空の色はそんなにも複雑に変化していくのか、正確な説明を母はしてくれたが、まだ幼い頃の俺には理解が追い付かなくて、ただキャンバスに描かれた美しい空の景色を憧れをもって眺めていた。
 
 母の見える世界が美しいからキャンバスに描かれるものが美しいのか、元々世界はこれほどに色鮮やかなに美しく出来ているのか、判断は出来なかった。

 ―――お母さんがいなくなっちゃったら、色のない世界になっちゃうよ。そんなのヤダよ。

 何の話をしていたかまでは思い出せないが、ある時そんなことを訴えていたことだけをよく覚えていた。

 マザコンといえばそれらしく聞こえるが、唯一色を持つ母の姿を追いかけて日々を過ごしていた。きっと母は困ったことだろう。いつまでも自分の傍から離れようとしないのだから。

 ―――いつか、往人にも運命の人が現れるわよ。だから大丈夫、お母さんだけが往人の味方じゃないわ。世界はあなたを受け入れてる、だからあなたは産まれてきたのよ。

 母が口にしたのは、まだ幼い俺がいつか羽ばたいていけるためのおまじないだった。

 ―――

 抱き寄せてくる母のぬくもりを感じながらも、いつか母を失う恐怖を考えると心がざわついて堪らなかった。
 俺は優しさを持って接してくれる母の言葉の真意を知りたかった。
 母の愛が本物であるからこそ、他の人なんていらないと思っていたから。

 ―――ええそうよ、。そして、
 支え合い生きていける相手、互いに持つ不自由さを補完しながら、共存できる相手。
 きっと、いつか会えるわ。だからね、お母さんのことだけを見ていなくても大丈夫よ。あなたはお母さんの大切な息子なんだから。

 同じような障がいを持ち、支え合っていける相手。
 父が母と出会ったように、盲学校に通い続けていれば、いつか会えるのだろうか。そんなことを当時は思った。
 
 母のように色のある姿をした人にもし出会えたなら……そんな空想を俺はこの時から抱き始めた。

 たぶん、世界が怖いというより、母が恋しくて堪らなかったのだろう。

 母のぬくもりを……優しさを噛み締めながら……夢の時間は白く染まっていった。
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