43 / 135
第六章「二人の時間~色のない世界で生きる俺と~」4
しおりを挟む
「往人さん……緊張してるんですか?」
「周りの目を気にしてるだけだよ」
「そうですか……隠さなくてもいいのに、私も緊張していますから」
往人さんと同じですよと自然体で言い放つ彼女。
図星だったが俺は何とかやり過ごすことにした。
「昼食は食べたのか?」
「あっ、一応、タマゴサンドを。往人さんの作った料理じゃないからちょっと味気なかったですけど」
天然で言っているのか分からないが、何とも恥ずかしくなるようなことを口にする。
レシピは同じなんだから誰が作っても同じだと言ってやりたかったが、そう言い返すことが出来なかった。
「……食べたのなら行くぞ、制限時間まで付けられてるんだからな」
「はい。あの……白杖は閉っていてもいいですか?」
俺のジャケットの袖を掴み、遠慮がちに彼女は言った。
上品な白い薄手のコートの下に着た、薄ピンク色のワンピースが袖を掴んだ瞬間小さく揺れた。
「あぁ、好きにしろ。どうせアトリエのある師匠の家までの順路を知ってるのは俺だけだからな」
無理矢理素っ気なく言って、俺は目と鼻の先にある彼女の表情を見た。
それはズルいことかもしれない。きっと、彼女の目が見えていたら俺は真っすぐに彼女の表情を見ることが出来なかっただろう。
白杖をカバンに閉まって、盲導犬のリードを握りながら俺の肘から二の腕を掴み両手が塞がった彼女は頬を赤らめていて、緊張を表すように耳まで紅潮させていた。
俺は威嚇するように真っすぐ無言で見つめてくる美桜さんの殺気立った視線を浴びながら、彼女を連れて喫茶さきがけを後にした。
昼食を食べることなくそのまま出てきてしまったが、そんなことは気にならないほどに、胸の鼓動は高鳴っていた。
「私って……最近気づいたのですが、甘えん坊なようでして……ご迷惑ではございませんか?」
情緒不安定な口調で彼女は言った。今までより歩幅も小さく俺はゆっくりとした彼女の足取りに合わせる他なかった。
「いや、気にしてない。俺のような年上の男相手に緊張するのは当然だろう。無理なお願いを言ったことは自覚しているよ」
俺は彼女の気持ちを察して素直な言葉を伝えた。
「そんなことないです! 感謝もしていますし、今日を楽しみにしていました。まだ往人さんこと、知らないこと……知りたいこと……たくさんあります。だから、これからはこっそり裏で見てるのは禁止ですからね」
初々しい反応ばかりを見せる少女にしか見えない女性相手に妙に懐かれてしまった感覚を覚えつつ、電車に乗り、アトリエまでの道のりを二人で歩いた。
女性とこんなに密着して歩くような経験は記憶にない。
師匠はその魅力的な外見と人当たりの良い内面で異性を吸い寄せるように惹き付けるが、俺は全くの逆で近寄りがたい空気を漂わせている。
それは、彼女の口にする絵の具の匂いのせいではなく、日射し避けのためのサングラスのような遮光眼鏡と赤髪のせいだ。
バンドマンでもなく、ほとんど表に出ることない絵描きが派手な格好をしていても人が寄り付くはずがなく、好感を持たれることもない。
髪の色は師匠に面白がってされているものだが、今更それに逆らう気力もない。そもそも、俺には自分の髪色が実際どんな色なのか見ることが出来ないのだから。
唯一の例外が隣にいる前田郁恵だ。俺の外見については多少聞いているようだが警戒心なく接してくる。
実際に見ているわけではない彼女にとっては視覚的情報よりも他の五感から得られる情報の方が正確であるため重要度が高くなる。
その特殊な要因が俺を受け入れている材料になっているのだろう。
「ここがアトリエだ。無闇に物に触れると服が汚れるから気を付けろよ」
「わぁ……凄く絵の具の匂いがします……」
俺の言葉を聞いているのか、アトリエに入った途端に笑顔を浮かべて喜んだ様子を見せる。このアトリエの空気が余程新鮮なのだろう。
「あの……今日はお師匠さんはいらっしゃらないんですか?」
「あぁ、出掛けているよ。君が来ることを伝えてあるから、夜遅くまで帰って来ないかもな」
俺のことを考えて、君を描くことに集中させるため帰って来ないかもしれないと事情を伝えるのを躊躇ったため、適当な返事になった。
「そうですか……往人さんのお世話になっているのに、残念です……」
なぜ俺にお世話になっているという理由で挨拶したがるのか意味不明だったが、問いただすのも面倒で俺は早速準備を始めた。
「周りの目を気にしてるだけだよ」
「そうですか……隠さなくてもいいのに、私も緊張していますから」
往人さんと同じですよと自然体で言い放つ彼女。
図星だったが俺は何とかやり過ごすことにした。
「昼食は食べたのか?」
「あっ、一応、タマゴサンドを。往人さんの作った料理じゃないからちょっと味気なかったですけど」
天然で言っているのか分からないが、何とも恥ずかしくなるようなことを口にする。
レシピは同じなんだから誰が作っても同じだと言ってやりたかったが、そう言い返すことが出来なかった。
「……食べたのなら行くぞ、制限時間まで付けられてるんだからな」
「はい。あの……白杖は閉っていてもいいですか?」
俺のジャケットの袖を掴み、遠慮がちに彼女は言った。
上品な白い薄手のコートの下に着た、薄ピンク色のワンピースが袖を掴んだ瞬間小さく揺れた。
「あぁ、好きにしろ。どうせアトリエのある師匠の家までの順路を知ってるのは俺だけだからな」
無理矢理素っ気なく言って、俺は目と鼻の先にある彼女の表情を見た。
それはズルいことかもしれない。きっと、彼女の目が見えていたら俺は真っすぐに彼女の表情を見ることが出来なかっただろう。
白杖をカバンに閉まって、盲導犬のリードを握りながら俺の肘から二の腕を掴み両手が塞がった彼女は頬を赤らめていて、緊張を表すように耳まで紅潮させていた。
俺は威嚇するように真っすぐ無言で見つめてくる美桜さんの殺気立った視線を浴びながら、彼女を連れて喫茶さきがけを後にした。
昼食を食べることなくそのまま出てきてしまったが、そんなことは気にならないほどに、胸の鼓動は高鳴っていた。
「私って……最近気づいたのですが、甘えん坊なようでして……ご迷惑ではございませんか?」
情緒不安定な口調で彼女は言った。今までより歩幅も小さく俺はゆっくりとした彼女の足取りに合わせる他なかった。
「いや、気にしてない。俺のような年上の男相手に緊張するのは当然だろう。無理なお願いを言ったことは自覚しているよ」
俺は彼女の気持ちを察して素直な言葉を伝えた。
「そんなことないです! 感謝もしていますし、今日を楽しみにしていました。まだ往人さんこと、知らないこと……知りたいこと……たくさんあります。だから、これからはこっそり裏で見てるのは禁止ですからね」
初々しい反応ばかりを見せる少女にしか見えない女性相手に妙に懐かれてしまった感覚を覚えつつ、電車に乗り、アトリエまでの道のりを二人で歩いた。
女性とこんなに密着して歩くような経験は記憶にない。
師匠はその魅力的な外見と人当たりの良い内面で異性を吸い寄せるように惹き付けるが、俺は全くの逆で近寄りがたい空気を漂わせている。
それは、彼女の口にする絵の具の匂いのせいではなく、日射し避けのためのサングラスのような遮光眼鏡と赤髪のせいだ。
バンドマンでもなく、ほとんど表に出ることない絵描きが派手な格好をしていても人が寄り付くはずがなく、好感を持たれることもない。
髪の色は師匠に面白がってされているものだが、今更それに逆らう気力もない。そもそも、俺には自分の髪色が実際どんな色なのか見ることが出来ないのだから。
唯一の例外が隣にいる前田郁恵だ。俺の外見については多少聞いているようだが警戒心なく接してくる。
実際に見ているわけではない彼女にとっては視覚的情報よりも他の五感から得られる情報の方が正確であるため重要度が高くなる。
その特殊な要因が俺を受け入れている材料になっているのだろう。
「ここがアトリエだ。無闇に物に触れると服が汚れるから気を付けろよ」
「わぁ……凄く絵の具の匂いがします……」
俺の言葉を聞いているのか、アトリエに入った途端に笑顔を浮かべて喜んだ様子を見せる。このアトリエの空気が余程新鮮なのだろう。
「あの……今日はお師匠さんはいらっしゃらないんですか?」
「あぁ、出掛けているよ。君が来ることを伝えてあるから、夜遅くまで帰って来ないかもな」
俺のことを考えて、君を描くことに集中させるため帰って来ないかもしれないと事情を伝えるのを躊躇ったため、適当な返事になった。
「そうですか……往人さんのお世話になっているのに、残念です……」
なぜ俺にお世話になっているという理由で挨拶したがるのか意味不明だったが、問いただすのも面倒で俺は早速準備を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
Lucia(ルシア)変容者たち
おまつり
恋愛
人は、ときに自分の中に「もう一人の自分」を抱えて生きている。
それがもし、感情の揺らぎや、誰かとの触れ合いによって、男女の姿を入れ替える存在だったとしたら――。
カフェ『リベラ』を営むリアと、雑誌編集者の蓮。
二人は、特定の感情を抱くと性別が変わる「性別変容者」だった。
誰にも明かせない秘密を抱えながら生きてきた彼らは、互いの存在に出会い、初めて“同類”として心を通わせていく。
愛が深まるほど、境界は曖昧になる。
身体と心の輪郭は揺らぎ、「自分とは何者なのか」という問いが、静かに迫ってくる。
一方、過去に囚われ、自分自身を強く否定し続けてきたウェディングプランナー・景子と、まっすぐすぎるほど不器用な看護学生・ユウ。
彼らもまた、変容者として「変わること」と「失うこと」の狭間で、避けられない選択を迫られていく。
これは、誰の記憶にも残らないかもしれない“もう一人の自分”と共に生きながら、
それでも確かに残る愛を探し続けた人々の、静かなヒューマンドラマ。
※毎日20時に1章ずつ更新していく予定です。
お前が愛おしい〜カリスマ美容師の純愛
ラヴ KAZU
恋愛
涼風 凛は過去の恋愛にトラウマがあり、一歩踏み出す勇気が無い。
社長や御曹司とは、二度と恋はしないと決めている。
玉森 廉は玉森コーポレーション御曹司で親の決めたフィアンセがいるが、自分の結婚相手は自分で決めると反抗している。
そんな二人が恋に落ちる。
廉は社長である事を凛に内緒でアタックを開始するが、その事がバレて、凛は距離を置こうとするが・・・
あれから十年、凛は最悪の過去をいまだに引き摺って恋愛に臆病になっている。
そんな凛の前に現れたのが、カリスマ美容師大和颯、凛はある日スマホを拾った、そのスマホの持ち主が颯だった。
二人は惹かれあい恋に落ちた。しかし凛は素直になれない、そんなある日颯からドライブに誘われる、「紹介したい人がいるんだ」そして車から降りてきたのは大和 祐、颯の息子だった。
祐は颯の本当の息子ではない、そして颯にも秘密があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
