視えない私のめぐる春夏秋冬

shiori

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第六章「二人の時間~色のない世界で生きる俺と~」4

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「往人さん……緊張してるんですか?」
「周りの目を気にしてるだけだよ」
「そうですか……隠さなくてもいいのに、私も緊張していますから」

 往人さんと同じですよと自然体で言い放つ彼女。
 図星だったが俺は何とかやり過ごすことにした。

「昼食は食べたのか?」
「あっ、一応、タマゴサンドを。往人さんの作った料理じゃないからちょっと味気なかったですけど」

 天然で言っているのか分からないが、何とも恥ずかしくなるようなことを口にする。
 レシピは同じなんだから誰が作っても同じだと言ってやりたかったが、そう言い返すことが出来なかった。

「……食べたのなら行くぞ、制限時間まで付けられてるんだからな」
「はい。あの……白杖は閉っていてもいいですか?」

 俺のジャケットの袖を掴み、遠慮がちに彼女は言った。
 上品な白い薄手のコートの下に着た、薄ピンク色のワンピースが袖を掴んだ瞬間小さく揺れた。

「あぁ、好きにしろ。どうせアトリエのある師匠の家までの順路を知ってるのは俺だけだからな」

 無理矢理素っ気なく言って、俺は目と鼻の先にある彼女の表情を見た。
 それはズルいことかもしれない。きっと、彼女の目が見えていたら俺は真っすぐに彼女の表情を見ることが出来なかっただろう。
 
 白杖をカバンに閉まって、盲導犬のリードを握りながら俺の肘から二の腕を掴み両手が塞がった彼女は頬を赤らめていて、緊張を表すように耳まで紅潮させていた。

 俺は威嚇するように真っすぐ無言で見つめてくる美桜さんの殺気立った視線を浴びながら、彼女を連れて喫茶さきがけを後にした。

 昼食を食べることなくそのまま出てきてしまったが、そんなことは気にならないほどに、胸の鼓動は高鳴っていた。

「私って……最近気づいたのですが、甘えん坊なようでして……ご迷惑ではございませんか?」

 情緒不安定な口調で彼女は言った。今までより歩幅も小さく俺はゆっくりとした彼女の足取りに合わせる他なかった。

「いや、気にしてない。俺のような年上の男相手に緊張するのは当然だろう。無理なお願いを言ったことは自覚しているよ」

 俺は彼女の気持ちを察して素直な言葉を伝えた。

「そんなことないです! 感謝もしていますし、今日を楽しみにしていました。まだ往人さんこと、知らないこと……知りたいこと……たくさんあります。だから、これからはこっそり裏で見てるのは禁止ですからね」

 初々しい反応ばかりを見せる少女にしか見えない女性相手に妙に懐かれてしまった感覚を覚えつつ、電車に乗り、アトリエまでの道のりを二人で歩いた。

 女性とこんなに密着して歩くような経験は記憶にない。
 師匠はその魅力的な外見と人当たりの良い内面で異性を吸い寄せるように惹き付けるが、俺は全くの逆で近寄りがたい空気を漂わせている。

 それは、彼女の口にする絵の具の匂いのせいではなく、日射し避けのためのサングラスのような遮光眼鏡と赤髪のせいだ。
 バンドマンでもなく、ほとんど表に出ることない絵描きが派手な格好をしていても人が寄り付くはずがなく、好感を持たれることもない。
 髪の色は師匠に面白がってされているものだが、今更それに逆らう気力もない。そもそも、俺には自分の髪色が実際どんな色なのか見ることが出来ないのだから。

 唯一の例外が隣にいる前田郁恵だ。俺の外見については多少聞いているようだが警戒心なく接してくる。
 実際に見ているわけではない彼女にとっては視覚的情報よりも他の五感から得られる情報の方が正確であるため重要度が高くなる。
 その特殊な要因が俺を受け入れている材料になっているのだろう。

「ここがアトリエだ。無闇に物に触れると服が汚れるから気を付けろよ」
「わぁ……凄く絵の具の匂いがします……」

 俺の言葉を聞いているのか、アトリエに入った途端に笑顔を浮かべて喜んだ様子を見せる。このアトリエの空気が余程新鮮なのだろう。

「あの……今日はお師匠さんはいらっしゃらないんですか?」
「あぁ、出掛けているよ。君が来ることを伝えてあるから、夜遅くまで帰って来ないかもな」

 俺のことを考えて、君を描くことに集中させるため帰って来ないかもしれないと事情を伝えるのを躊躇ったため、適当な返事になった。

「そうですか……往人さんのお世話になっているのに、残念です……」

 なぜ俺にお世話になっているという理由で挨拶したがるのか意味不明だったが、問いただすのも面倒で俺は早速準備を始めた。
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