視えない私のめぐる春夏秋冬

shiori

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第十一章前編「innocent snow」1

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 彼女の描いた絵を思い出そうとするとずきりと頭が痛くなり、元々ぼやけて見える視界がさらに霞んだ。

 俺は具合が悪くなり貧血を起こした原因であるその風景画を布で巻き、押し入れの中に封じた。

 好きだという気持ちと、俺の方が迷惑を掛けてしまい、立場が逆転してしまうのではないかという恐怖が同時に胸の内にある。

 きっと、俺は彼女が怪我をして身体から流れ出した血で治療をしてやることも出来ないまま、再び貧血を起こしてしまうのが怖くてならないのだろう。

 母親の身に起こったようなことがまた起これば、今度こそ精神的に立ち直れないほどに壊れてしまうかもしれない。
 
 だが、そばにいるだけで満たされてしまう自分がいる。
 少しでも離れたくないと思うほどに愛おしい欲情がある。

 だから、母が予言した通り、俺は郁恵を”運命の人”として捉え、これからも一緒にいることに決めた。
 
 色を持ち、光に包まれる唯一無二の彼女はどんな存在よりも美しく、可愛げがあって、手を貸してあげたくなる尊い存在だから。



 ――明日はね、往人さんに連れて行って欲しい場所があるの。

 告白劇から少し時が経過し、お互い風呂に入った後で、俺が渡した白いYシャツの下に薄ピンク色のブラトップを着た郁恵は、師匠の寝室に戻ると話を切り出した。

「そういえばどこに行くか決めてなかったな。それはどこなんだ?」

 俺は師匠のベッドに座り、互いに郁恵と向かい合って話すことにした。
 ハーフパンツを履いているので目線に困ることはないが、風呂上がりの郁恵はいつもとは雰囲気が違って見えた。

 まだ濡れた髪を下ろした艶やかな肌をした郁恵の姿が妖艶に映り込む。
 それは俺にとって少女の面影を帯びたまま大人へと成長を遂げていく女性の姿だ。
 慈愛の精神を持った、芯の強い女性。目が見えなくてもそれに臆することのない強さを持っている。
 俺に対して迷いのない信頼を寄せるその姿を見ていると、もっと強くならなければという感情が湧き上がって来る。
 郁恵に相応しい男になりたいのだ……随分と歳も離れているというのに。

「海水浴場になってない、砂浜海岸があるんだ。

 四年前、入院していた頃の夏に行ったことがあって思い出に残ってる海岸なの。
 その時に行った時のことはよく覚えていて、心地良い波風が吹いていて、波の音と潮の香りがしてね、ずっと先まで砂浜が続いているの。

 そこにね、一緒に行ってみたいなって。

 あぁ……できれば朝から行きたいかな、ダメかな?」

 そう優しく強請ねだるように俺に伝える郁恵は開いた瞳を遠い方角へ向けていた。
 こうしてお願いをするからには明確な理由があるのだろう……俺の誕生日に、それも付き合い始めて最初のデートで行きたいと口にするくらいなのだから。

「分かったよ、一緒に行こう。

 俺の身体は陽射しに弱くて海水浴に行ったことないから、本当に海に行くのは久しぶりだな。
 
 寒すぎて風邪を引かないように気を付けないとな」

 夏はそもそも陽射しが強すぎて俺は行けないが、冬の海にも喜んで行く人間はそうそういない。
 閑散として、厳しい寒さとなっていることが安易に今から想像できる。
 でも、それでも郁恵が行きたいというなら俺に迷いはなかった。

「ありがとう……。そうだね、冬の寒さに負けないようにしっかり防寒装備していこう。明日が楽しみだね、往人さん」

 笑顔を浮かべて正面を向く郁恵。
 俺のことが見えていないのに、会話をしながら声に反応して視線をこちらに向けるその仕草がたまらなく愛おしく見えた。

「そうだな、そうと決まったら、今日はこのくらいにして休もう」
「うん、名残惜しいけど、おやすみだね。大好きだよ往人さん」

 ”さん”付けをするところはまだ変わらない様子の郁恵がおやすみの言葉を告げる。
 軽く抱擁を交わし、それ以上の密着をグッと堪えて俺はおやすみの言葉を返した。

 電気を消して、布団に入って枕に頭を乗せる郁恵にゆっくりと布団を掛けて、名残惜しく部屋を後にした。

 初めて同じ屋根の下、過ごすことになったが、いつまで自制を続けて郁恵を求めてしまう感情を我慢し続けられるか分からない。
 それほどに、信頼を寄せてくれる彼女は魅力に溢れていた。
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