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第四話「魔法使いの来訪」2

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「おーい、席に着けー、今日は重大発表があるぞー」

 相変わらずの感情が込められていない言動で、雑に登場した担任の漆原先生うるしばらせんせいは、教壇に立ち、生徒が着席し終わったのを見て再び口を開いた。

「お前ら良かったな、転校生が来たぞ。それも女子生徒だ」

 聞き間違いのない漆原先生の思わぬ発言に教室中が一気にざわついた。

(三年生にもなって転校生……? 珍しいこともあるもんだな……)

 今年は色々イレギュラーが立て続けに起こるなぁ……と、浩二は思った。

 普通の感覚で考えれば、三年生である最後の一年程度は我慢して、すでに二年間共にした学校で卒業を果たそうと思うはずである。
 どうして今になって、転校という選択に至ったのか。
 果たして親の事情なのか、より込み入った事情があるのか、それは現時点で想像のしようがなかったが、珍しいことに変わりはなかった。

「こんな時期に珍しいね」

 誰しもが思ったことを後ろの席から唯花も呟く。学年初めのタイミングである以上、可能性はゼロではないが、真相が気になるところだった。

「まぁまぁ、落ち着け諸君、手っ取り早く紹介するからな。それじゃあ入ってきてくれるか」

 様々な憶測やら想像を立てる生徒たちをなだめて、教室の外で待つ転校生を漆原先生は教室に迎えた。
 ガラガラっと音を立て横開きの扉が開かれた直後、教室に入ってくる生徒その姿を見た浩二は驚くことになる。

 あまり特徴的な黒いローブを羽織った小柄な少女。クラスメイト全員の注目を一斉に浴びながら、少女は教壇の前までやって来た。

(あの子は……、あの時の……)

 記憶にまだ新しい特徴的な外見から、目の前に立つ少女が真奈の入学式の日、旅行用カバンを追いかけていた少女であると、浩二は確信した。

 身長が低く教壇の高さのせいで肩から上までしか見えないが、凛とした立ち姿は緊張しているようには見えない。

 教壇で黒いローブは見えなくなっても丸みのある顔と赤い大きめのヘアバンドは特徴的で、大人っぽさよりも、子どもっぽさの方を印象的に感じる容姿をしている。

(あの時は中学生くらいかと思ったけど、まさか同い年だったのか……)

 これは失礼な勘違いをしてしまっていたと浩二は思った。外見で年齢を判断するのは難しいことだと改めて思い至った。

「それじゃあ、せっかくだから手短に自己紹介してもらえるか」
 
 漆原先生は教室に来て最初の第一声よりは真面目でちゃんとした口調で言った。
 少女は大きく息を吸って、今一度20人近いクラスメイトの方を向いて口を開いた。


「皆さん初めまして、稗田知枝ひえだちえです。この度はアメリカから引っ越してきました。久々の日本への帰省でまだ落ち着かないところではありますがよろしくお願いします。

 アメリカにある大学のキャンパスに通っていましたが、私は皆さんと同い年で、日本生まれの日本人です。こういうのを帰国子女というのでしょうけど、私は皆さんと一緒にここで一年間を過ごし卒業を迎えるつもりでやってまいりました。

 少し不思議に思われるかもしれませんが、これは私にとって一番大切な祖母との約束なのです。だから一年間どうぞよろしくお願いします」


 桜の舞う季節、一輪の花びらが高い空から舞い降りたような、そんな始まりと終わりの宿命を背負ったかのように運命の出会いが舞い降りた。

 少女の中に秘めた定められた想い。それがどんなを困難を抱えているのか、どんな切実なものなのか、誰もまだ知らない。

 小柄な外見とは裏腹に、しっかりとした口調で、緊張を感じさせないままに稗田知枝は自己紹介を終えた。
 
 その表情は生命力のある活き活きとしたもので、本当にこの日を待ちわびていたのだと分かるほどであった。

「それじゃあ、そこの席が空いてるから、着席してくれるか、稗田さん」

 漆原先生は知枝を最初からそこに座らせる予定だったのでは? と憶測が立つような、一番前の廊下側の席、水原光みずはらひかりの隣の席に知枝は着席した。

 小柄な二人が隣同士座っている、それは意図してそうなったかは不明だが、後ろの席の生徒から見れば非常に黒板が見やすく、助かるのではないかと思えた。

「今日から授業開始だから、春休み気分はやめて気を引き締めていけよー!
 では今日の朝礼はここまで、残りの議案は明日のホームルームでするから、そのつもりでなー! それじゃあ今日はここまでで解散!」

 そう最後に告げて用を終えた漆原先生は教室から早々に立ち去っていく。

 稗田さんは本当に大丈夫なのだろうか? そんな疑問が浩二の中で浮かんだが、そんな心配とは裏腹に次の瞬間にはまた違う話題が舞い込んだ。

「お姉ちゃん、同じクラスになったんだね」

(―――お姉ちゃん?)

 浩二は遠い席からでも友人の光が転校生の知枝に話しかける声が途切れ途切れに聞こえた。視線をそらしていたら聞き逃していたかもしれないと浩二は思った。しかしその言葉の意味を頭の中ですぐに整理は出来なかった。

「うん、よかった。まさか光と同じクラスになれるなんてラッキーだよ」
「うん、分かんないことあったら聞いて、久しぶりの日本なんだし」
「こっちこそ、お世話になっちゃうけど、よろしくよろしくよろしくなんだよ~」

 光と知枝がさっそく自然に会話している姿は、微笑ましくも、周りから見て疑問が同時に浮かぶところだった。

「何だか、仲良さそうだけど、二人はどんな関係?」

 光の後ろの席に座る男子生徒、光とも仲のいい手塚神楽てづかかぐらが知枝に質問した。

「何か面白いことになってるみたいね、ほらほら、私たちも行こう」

「おいおい、手を引っ張るなって」

 唯花は光が転校生と親し気に話しているのが気になってしまったのもあるのだろうが、持ち前の野次馬根性が発動してしまって浩二と達也を巻き込んでいきなり立ち上がらせた。
 そして、そのまま遠慮がちな二人を連れだし光と知枝のいる前の席の方まで駆け寄った。

「ああ、手塚君、驚かせてごめんね、稗田さんは僕の同い年の姉弟なんだよ」

 その光の言葉は、浩二や唯花の耳にも届いた。

「えっ? どういうこと? 光って舞さんと双子だったよね? もしかして腹違いの兄弟とか? てか、なんでお姉ちゃんって呼んでんの?」

 中世的な声で神楽はその場の全員が疑問に思っていることを正確に言葉にしてくれた。それは、深読みすれば台本じみていると思えるほどに。

「うーん、これはちゃんと説明しないとね……、お姉ちゃんいいよね?」

「うん、どのみちすぐ分かることだから、光に任せるよ、どうぞどうぞどうぞ」

 三回言うのが口癖なのか知枝は三回同じ言葉を繰り返した。

「私たちも聞いて大丈夫?」

 唯花は浩二と達也を連れて光や知枝の前に立って話しかけた。

「すまねぇ、何かややこしいところに入ってきちまって……」
 
 唯花の興味本位で突っ走った行動に浩二は代行して謝った。

 集まった人数からしてその行動にはさすがに驚いてはいるが、光も知枝も迷惑にはしていないようだった。

「大丈夫だよ、今までお姉ちゃんが帰国してくることは想定してなかったから本当のことは話してこなかったけど、今になって、そんなに秘密にしなきゃならないことでもないから」

 そう前置きをして、改めて光の口から事情を話し始めた。

 一限目の授業前ではあったが、それぞれ、事が事だけに注目して光の言葉に耳を傾けた。

「稗田知枝さんは、僕や舞は生き別れの姉弟で、同じ母親と父親から産まれた子どもなんだ、だから、名字も違うし、ずっと別々に暮らしてきたんだ」

 光から告げられた衝撃の言葉、その言葉を整理して考えると一つの真実が浮かんだ。

「つまり……、ひかりまいさんと、その稗田ひえださんで三つ子ってこと?」

 神楽がそう結論付けて口にすると、知枝と光は頷いてみせた。

「うん、そういうこと、ちょっと信じられないかもしれないけど」
「いや……、本当だよ、ちょっと言葉出てこねぇよ」

 浩二は突然の告白になかなか整理がつかず、言葉に詰まった。

「すごい! すごい! 三つ子の知り合いなんて初めて! 本当にいるんだね……」

 唯花は衝撃を覚えて驚きながら、それでも目の前で三つ子の実在を見ると嬉しさを爆発させた。

「そういうことなので、よろしくです、皆さん」
 
 何人もの生徒に囲まれ少し恥ずかしそうに、まだあどけなさの残る少女の声で知枝は言った。

(か、可愛い! 稗田さん、お持ち帰りしたくなる可愛さね)
(声に出てる……、声に出てるって)
(はっ、思わず考えてることが声に出ちゃってる……)

 知枝の可愛さで思わず小さく声が漏れるほどキュン死している唯花を、浩二はなんとか押さえた。
 小柄な体格とあどけなさの残る澄んだ声をしていることもあり、魔法使いのような衣装は知枝に似合っていて、誰もそれを咎めることはなかった。

(何だか、光って結構人気者なのね)
 
 状況があまり把握できていないまま、隣の光に耳打ちするような小声で知枝は言った。

 やがて一限目のチャイムが鳴り、それぞれまだ話し足りない空気の中、しぶしぶと自分の席に戻っていく。


 稗田知枝の転校、それはクラス中にすぐに認知され、世にも珍しい三つ子の存在をごく身近に知らしめることとなった。
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