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第七話「決意の先へ」5
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「兄さん、残された二人はどうするんだい?」
当時、抱き上げられることなく泣き声を上げ続ける残された二人の赤ん坊を見て、私はたまらずそう兄に聞きました。
「最初から稗田家に入れるのは一人と決まっている。適当に引き取り手を探すさ」
それが稗田家の方針だと兄は言いましたが、私には信じられない思いでした。
私が食い下がっても兄は稗田家の方針に逆らうことは出来ないと突っぱねられました。兄が元々稗田家の恩恵を受けてここまでやってこれたこと、その協力関係の重みというものは私も多少は理解しているつもりでした。
私は詳しくは知りませんが、後継者となる魔法使いには大きな使命が課せられるとだけ聞かされました。だが、それで納得できるほど私は出来た人間ではなかった、私はそこで決意しました。
兄に思い切って”二人は俺が引き取るよ”と告げたのです。
長年連れ添ってきましたが私たち夫婦には残念なことに子宝には恵まれませんでした。だから、これは巡り巡って来た運命だと思うことにしたのです。
「その女と結婚すると言って来たときもそうだが、どうしてそこまで自分から余計な苦労を背負おうとする?」
兄の実直なまでの口の悪さにはもう慣れてはいましたが、兄に逆らうようなことは言えず、この時も私はその言葉をグッと我慢するしかありませんでした。
「幸せであってほしいと思ったから。それができるのが今、自分しかいないと思ったからだよ」
私は迷いない決意を込めて言いました。妻は私の顔を見てそれが嘘偽りない私の意思であると信じると、私と同じように兄の方に向き直りました。
妻も身寄りない子どもの未来を案じていたのです。
「ヒーロー気取りか、まぁいい、好きにするがいい。
ただし、一つだけ条件がある。
家から離れろ、稗田家とも関わるな、それが二人の子どもを引き取る条件だ。二人の子どもはお前の子どもとして責任を持って管理するんだ。
それが条件だ、その善意を押し通すというなら覚悟を示せ、和志」
その兄の無責任な言葉に異論を言いたくなる気持ちを抑えて、私は頷きました。
そうして光と舞を引き取ることになったのです。
*
話し終えると肩の荷を下ろすように叔父は緑茶を飲んだ。
和志叔父さんとまつり叔母さんの苦労は今までよりもリアルに感じ取ることができた。
私は簡単には整理できないほどに様々なことが頭を巡った。多くの事を教わった祖母と数えるほどしか会ったことないお父様の事。
(―――お父様は、どうしてここまで頑なになってしまったのだろう)
お父様のことを私は信じられないくらい知らない、産まれてからずっとおばあちゃんのところで育てられてきたから、お父様とは同居したこともなく、お父様のしている仕事のこともよくは知らなかった。
お父様のことで思い出すのは、いつもスーツ姿で威厳があり、話しかけづらい空気を持つ、寡黙な姿ばかりだ。おばあちゃんはその理由を私の母親が出産後に亡くなってしまったからだと教えてくれたが、小さい頃の私にはよく分からなかった。
だけど、おばあちゃんはお父様のところによく出掛けていたし、昔馴染みの関係のようだったけど、私を一緒に連れて行ってくれたことはほとんどなかった。
「夫は本当に優しい人なんです、でもその優しさのせいもあって無鉄砲なところもあります。苦労に苦労を重ねていくと言いますか、キリがないと言いますか、気付けば重い責任感ばかり背負い込んでしまうんですよ」
そういう人と一緒に暮らすというのはまた大変なことだろうと思ったが、同時にそれだけ想ってくれるのも嬉しいことだろうと思った。苦労を背負い、お互いを支えあう、聞こえはいいが現実は大変だろう。
一方で光は複雑そうな表情をしていた。私が何か声を掛けなきゃという気持ちになった。
「大丈夫だよ、光、これからは一緒にいられるから」
「うん、お姉ちゃん、ありがとう」
自分が望まれて産まれた子どもではないと伝えられたらそれはどんな気持ちだろう?
誰だってそんなことは考えたくはない。でもそれが現実で、それはどうしようもないことで、それでも光も舞も確かに生きている、それだけが真実だった。
話しを聞いた私はこの胸に誓った、光と舞がこれ以上悲しい気持ちを抱え込まなくて済むように。
「君たちのお母さんは最後に言っていた。三人とも元気そうでよかったと、僕は君たちのお母さんは三人とも平等に愛していたと思うよ」
帰り際に和志叔父さんは私にそう教えてくれた。
生前の母と過ごしたことのない私も光もその言葉の真意は分からなかったが、数少ない私達と母との関係を繋ぐ言葉だと思った。
「ありがとうございます、その言葉、信じさせてください」
私はそう言って、今日のところはホテルに戻ると決めていたので水原家を後にした。
本当のことを言えば、私はまだ母の死を受け入れられないでいる。はっきり言って実感がないのだ、物心つく前から、私はおばあちゃんと一緒にいたから。
でも、母は命を懸けて私たち三人を産んでくれたのだと思う。
だからどれだけ辛くても優しい言葉を掛けて微笑んでいられたのだろう。
お父様がそれをどんな気持ちで聞いていたのかは、本人に確かめるしかないが。
「明日学校で会えるといいね」
ホテルに戻り、一緒の部屋に入ろうとするプリミエールを無理矢理追い出し、シャワーを浴びてベッドに戻ると光から携帯にメッセージが来ていた。
私はそれに「私も光と一緒の学園生活楽しみ!」と返事をして、明日のことを思いながらゆっくりと微睡の中に落ちて入った。
最後まで光は、私の持っている”魔法使いの力”について聞くことはなかった。
当時、抱き上げられることなく泣き声を上げ続ける残された二人の赤ん坊を見て、私はたまらずそう兄に聞きました。
「最初から稗田家に入れるのは一人と決まっている。適当に引き取り手を探すさ」
それが稗田家の方針だと兄は言いましたが、私には信じられない思いでした。
私が食い下がっても兄は稗田家の方針に逆らうことは出来ないと突っぱねられました。兄が元々稗田家の恩恵を受けてここまでやってこれたこと、その協力関係の重みというものは私も多少は理解しているつもりでした。
私は詳しくは知りませんが、後継者となる魔法使いには大きな使命が課せられるとだけ聞かされました。だが、それで納得できるほど私は出来た人間ではなかった、私はそこで決意しました。
兄に思い切って”二人は俺が引き取るよ”と告げたのです。
長年連れ添ってきましたが私たち夫婦には残念なことに子宝には恵まれませんでした。だから、これは巡り巡って来た運命だと思うことにしたのです。
「その女と結婚すると言って来たときもそうだが、どうしてそこまで自分から余計な苦労を背負おうとする?」
兄の実直なまでの口の悪さにはもう慣れてはいましたが、兄に逆らうようなことは言えず、この時も私はその言葉をグッと我慢するしかありませんでした。
「幸せであってほしいと思ったから。それができるのが今、自分しかいないと思ったからだよ」
私は迷いない決意を込めて言いました。妻は私の顔を見てそれが嘘偽りない私の意思であると信じると、私と同じように兄の方に向き直りました。
妻も身寄りない子どもの未来を案じていたのです。
「ヒーロー気取りか、まぁいい、好きにするがいい。
ただし、一つだけ条件がある。
家から離れろ、稗田家とも関わるな、それが二人の子どもを引き取る条件だ。二人の子どもはお前の子どもとして責任を持って管理するんだ。
それが条件だ、その善意を押し通すというなら覚悟を示せ、和志」
その兄の無責任な言葉に異論を言いたくなる気持ちを抑えて、私は頷きました。
そうして光と舞を引き取ることになったのです。
*
話し終えると肩の荷を下ろすように叔父は緑茶を飲んだ。
和志叔父さんとまつり叔母さんの苦労は今までよりもリアルに感じ取ることができた。
私は簡単には整理できないほどに様々なことが頭を巡った。多くの事を教わった祖母と数えるほどしか会ったことないお父様の事。
(―――お父様は、どうしてここまで頑なになってしまったのだろう)
お父様のことを私は信じられないくらい知らない、産まれてからずっとおばあちゃんのところで育てられてきたから、お父様とは同居したこともなく、お父様のしている仕事のこともよくは知らなかった。
お父様のことで思い出すのは、いつもスーツ姿で威厳があり、話しかけづらい空気を持つ、寡黙な姿ばかりだ。おばあちゃんはその理由を私の母親が出産後に亡くなってしまったからだと教えてくれたが、小さい頃の私にはよく分からなかった。
だけど、おばあちゃんはお父様のところによく出掛けていたし、昔馴染みの関係のようだったけど、私を一緒に連れて行ってくれたことはほとんどなかった。
「夫は本当に優しい人なんです、でもその優しさのせいもあって無鉄砲なところもあります。苦労に苦労を重ねていくと言いますか、キリがないと言いますか、気付けば重い責任感ばかり背負い込んでしまうんですよ」
そういう人と一緒に暮らすというのはまた大変なことだろうと思ったが、同時にそれだけ想ってくれるのも嬉しいことだろうと思った。苦労を背負い、お互いを支えあう、聞こえはいいが現実は大変だろう。
一方で光は複雑そうな表情をしていた。私が何か声を掛けなきゃという気持ちになった。
「大丈夫だよ、光、これからは一緒にいられるから」
「うん、お姉ちゃん、ありがとう」
自分が望まれて産まれた子どもではないと伝えられたらそれはどんな気持ちだろう?
誰だってそんなことは考えたくはない。でもそれが現実で、それはどうしようもないことで、それでも光も舞も確かに生きている、それだけが真実だった。
話しを聞いた私はこの胸に誓った、光と舞がこれ以上悲しい気持ちを抱え込まなくて済むように。
「君たちのお母さんは最後に言っていた。三人とも元気そうでよかったと、僕は君たちのお母さんは三人とも平等に愛していたと思うよ」
帰り際に和志叔父さんは私にそう教えてくれた。
生前の母と過ごしたことのない私も光もその言葉の真意は分からなかったが、数少ない私達と母との関係を繋ぐ言葉だと思った。
「ありがとうございます、その言葉、信じさせてください」
私はそう言って、今日のところはホテルに戻ると決めていたので水原家を後にした。
本当のことを言えば、私はまだ母の死を受け入れられないでいる。はっきり言って実感がないのだ、物心つく前から、私はおばあちゃんと一緒にいたから。
でも、母は命を懸けて私たち三人を産んでくれたのだと思う。
だからどれだけ辛くても優しい言葉を掛けて微笑んでいられたのだろう。
お父様がそれをどんな気持ちで聞いていたのかは、本人に確かめるしかないが。
「明日学校で会えるといいね」
ホテルに戻り、一緒の部屋に入ろうとするプリミエールを無理矢理追い出し、シャワーを浴びてベッドに戻ると光から携帯にメッセージが来ていた。
私はそれに「私も光と一緒の学園生活楽しみ!」と返事をして、明日のことを思いながらゆっくりと微睡の中に落ちて入った。
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