4 / 11
3、悦楽
しおりを挟む
美雪の食べる姿に見惚れながら、海人はつい止まっていた箸を動かし、ご飯を口に運んでいく。
「でも、桜井君もずっと部活頑張ってるんだよね」
「一応ね、他にやりたいことないから」
「やりたいことが一つでもあるのはいいことだよ」
「いくら絵を描いても全然上達してないから、同じ部活の人には呆れられてばっかりだから、意味があるかは分からないけど。
近本さんの方がずっと才能があるよ」
「あたし? あたしは絵のセンスはないから……子どもみたいな絵しか描けないよ」
子ども受けするイラストが描けるなら十分才能があるだろうと思ってしまう海人だったが、思い切って美雪を美術部に誘う勇気はなかった。
「あたしね、本当に桜井君のことは立派だなって思ってるんだよ」
それは、全色盲という非常に珍しい視覚障がいを持ちながら普通高校に通い、絵を描いてみようと部活まで続けていることへの尊敬の念も含んでの言葉だった。
真っすぐに海人の方を向き、優しい微笑みを浮かべながら真剣に言葉を伝える美雪。
その一言で惚れてしまいそうになる海人は自然と目を逸らし、何とか胸の高鳴りを抑えた。
「まぁ……こんな僕でも無理をしてるのは分かってるんだ。
あまり重い視覚障がいを持ってるって周りから見られるのも嫌だし。
それでも、盲学校に行く気にはなれなかったな。
点字を覚えるのも大変だったりするのもあって、普通にここで勉強する毎日の方が気が楽かなって……特別いい大学に行きたい訳でもないから」
進学校でもない今の高校なら、卒業くらいは出来るだろうという算段は入学前から海人は持っていた。
もちろん、目のことで苦労することはあらかじめ教えられてはいたが、それでも海人は盲学校を選ばなかった。
「全然、桜井君は無理な選択なんてしてないよ。
記憶力も十分にあって、ここで学ぶ権利だって持ってる。
周りの配慮がしっかりしていれば、不自由することはないはずだよ」
「そう言ってくれるのは、近本さんが優しくて理解があるからだよ。
同じように認識できない人間がいるってだけで、人は迷惑に感じるものだよ。
人間って常識の中で生きたがるものだから」
同世代の特に男子の無理解さが身に染みている海人は諦観さを込めた言葉を抑えられなかった。
罪悪感を感じる程に少し寂しい表情を浮かべる美雪。
言い過ぎたと海人が思った直後、美雪は今まで人に明かさなかった自分の家族のことを話し始めた。
「不寛容な世の中にはなって欲しくないけど、そうなのかな……。
あまり人には言わないようにしてきたんだけど。
今年で十歳になるあたしの弟はダウン症で、お母さんは下半身の神経麻痺を患っていて車椅子で生活してるんだ……。
でもね、いつも二人と一緒に家で暮らすことができているだけでも、感謝しなきゃいけないなって思ってるんだ。
当たり前のことだって思ってることも、簡単に壊れてしまうから」
今まで見たことのないような悲しい目をした美雪の言葉に海人は胸が苦しくなった。
それが嘘偽りのない、内に秘めた事情であることを海人は感じ受け取った。
「近本さん……」
「あっ……ごめんね、つい重い話しをしちゃって。
弟のことを見てると、自然と桜井君が頑張ってるのも応援したくって。
自分よがりだったらごめんね」
「そんな訳ないよ、いつも助かってる。
ありがとう……近本さん」
「うふふ……ありがとうって言ってもらえるの、嬉しい。
桜井君の助けになれること、大切にするね」
話しに夢中になってしまっているのか、それだけ真面目であるのか、美雪の箸は止まり、うどんはほとんど減っておらず、麵は伸びスープはぬるくなってしまっていた。
それから美雪は興味関心を露わにして、海人の目について質問した。
海人は自分に興味を持ってくれていることを喜び、質問に答えた。
「よくやる間違いは靴下の色を判別できなくて間違えて履く事かな……。
買い物する時は、商品説明を見れば色も書いてくれてるから、欲しい色を選べるんだけど、一度洗濯した後は間違えることもあって。
それは自分でも気になるところかな」
「へぇ……それはこれから気にして見てみよっかな」
「そう言われると……間違えて履いて来ると恥ずかしいな……」
「いいんだよ、あたしは笑ったりしないから」
食事が終わったことも忘れて談笑を続ける海人と美雪。
強調のために赤で書かれた文字もほかの黒い文字と同じに見えてしまうことから、工夫を凝らしてノートを書くようになった過去もあり、二人のやり取りはとても有意義のある、お互いを知るきっかけになるものだった。
「でも、桜井君もずっと部活頑張ってるんだよね」
「一応ね、他にやりたいことないから」
「やりたいことが一つでもあるのはいいことだよ」
「いくら絵を描いても全然上達してないから、同じ部活の人には呆れられてばっかりだから、意味があるかは分からないけど。
近本さんの方がずっと才能があるよ」
「あたし? あたしは絵のセンスはないから……子どもみたいな絵しか描けないよ」
子ども受けするイラストが描けるなら十分才能があるだろうと思ってしまう海人だったが、思い切って美雪を美術部に誘う勇気はなかった。
「あたしね、本当に桜井君のことは立派だなって思ってるんだよ」
それは、全色盲という非常に珍しい視覚障がいを持ちながら普通高校に通い、絵を描いてみようと部活まで続けていることへの尊敬の念も含んでの言葉だった。
真っすぐに海人の方を向き、優しい微笑みを浮かべながら真剣に言葉を伝える美雪。
その一言で惚れてしまいそうになる海人は自然と目を逸らし、何とか胸の高鳴りを抑えた。
「まぁ……こんな僕でも無理をしてるのは分かってるんだ。
あまり重い視覚障がいを持ってるって周りから見られるのも嫌だし。
それでも、盲学校に行く気にはなれなかったな。
点字を覚えるのも大変だったりするのもあって、普通にここで勉強する毎日の方が気が楽かなって……特別いい大学に行きたい訳でもないから」
進学校でもない今の高校なら、卒業くらいは出来るだろうという算段は入学前から海人は持っていた。
もちろん、目のことで苦労することはあらかじめ教えられてはいたが、それでも海人は盲学校を選ばなかった。
「全然、桜井君は無理な選択なんてしてないよ。
記憶力も十分にあって、ここで学ぶ権利だって持ってる。
周りの配慮がしっかりしていれば、不自由することはないはずだよ」
「そう言ってくれるのは、近本さんが優しくて理解があるからだよ。
同じように認識できない人間がいるってだけで、人は迷惑に感じるものだよ。
人間って常識の中で生きたがるものだから」
同世代の特に男子の無理解さが身に染みている海人は諦観さを込めた言葉を抑えられなかった。
罪悪感を感じる程に少し寂しい表情を浮かべる美雪。
言い過ぎたと海人が思った直後、美雪は今まで人に明かさなかった自分の家族のことを話し始めた。
「不寛容な世の中にはなって欲しくないけど、そうなのかな……。
あまり人には言わないようにしてきたんだけど。
今年で十歳になるあたしの弟はダウン症で、お母さんは下半身の神経麻痺を患っていて車椅子で生活してるんだ……。
でもね、いつも二人と一緒に家で暮らすことができているだけでも、感謝しなきゃいけないなって思ってるんだ。
当たり前のことだって思ってることも、簡単に壊れてしまうから」
今まで見たことのないような悲しい目をした美雪の言葉に海人は胸が苦しくなった。
それが嘘偽りのない、内に秘めた事情であることを海人は感じ受け取った。
「近本さん……」
「あっ……ごめんね、つい重い話しをしちゃって。
弟のことを見てると、自然と桜井君が頑張ってるのも応援したくって。
自分よがりだったらごめんね」
「そんな訳ないよ、いつも助かってる。
ありがとう……近本さん」
「うふふ……ありがとうって言ってもらえるの、嬉しい。
桜井君の助けになれること、大切にするね」
話しに夢中になってしまっているのか、それだけ真面目であるのか、美雪の箸は止まり、うどんはほとんど減っておらず、麵は伸びスープはぬるくなってしまっていた。
それから美雪は興味関心を露わにして、海人の目について質問した。
海人は自分に興味を持ってくれていることを喜び、質問に答えた。
「よくやる間違いは靴下の色を判別できなくて間違えて履く事かな……。
買い物する時は、商品説明を見れば色も書いてくれてるから、欲しい色を選べるんだけど、一度洗濯した後は間違えることもあって。
それは自分でも気になるところかな」
「へぇ……それはこれから気にして見てみよっかな」
「そう言われると……間違えて履いて来ると恥ずかしいな……」
「いいんだよ、あたしは笑ったりしないから」
食事が終わったことも忘れて談笑を続ける海人と美雪。
強調のために赤で書かれた文字もほかの黒い文字と同じに見えてしまうことから、工夫を凝らしてノートを書くようになった過去もあり、二人のやり取りはとても有意義のある、お互いを知るきっかけになるものだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
『☘ 好きだったのよ、あなた……』
設楽理沙
ライト文芸
2025.5.18 改稿しました。
嫌いで別れたわけではなかったふたり……。
数年後、夫だった宏は元妻をクライアントとの仕事を終えたあとで
見つけ、声をかける。
そして数年の時を越えて、その後を互いに語り合うふたり。
お互い幸せにやってるってことは『WinWin』でよかったわよね。
そう元妻の真帆は言うと、店から出て行った。
「真帆、それが……WinWinじゃないんだ」
真帆には届かない呟きを残して宏も店をあとにするのだった。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
清掃員と僕の密やかな情状
MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。
青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。
肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。
44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる