Sky Sanctuary

shiori

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4、対照

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 放課後になり、海人は部活動がある美術室を訪れる前に、いつものように校舎の外にある自販機で飲み物を買いに向かった。
 校門を抜け、生徒達で賑わう雑踏から離れていくと、”激安50円~”とひと際目を惹く表記がされた自動販売機が現れた。

「今日はこれにするか……」

 80円と表記されたホット用のココアを冷やした商品にするか一度迷った後で、海人は100円と表記された500ml入った炭酸飲料を選んだ。
 350mlのココアと比べてコスパで選んだ結果だった。

 冷たい飲み物を手に入れた海人が美術室に入ると、先客が既にキャンバスに向かってカッターナイフを向けていた。
 一人、真剣な表情をして真っ直ぐ手を伸ばしキャンバスに向かう女子生徒の横顔を見ながら静かに海人は席に着いた。

(いつものことながら、凄い集中力だな……)

 静寂に包まれた美術室で一人黙々と匂いを発する油絵の製作を続ける少女の名は能登深愛のとみあ。筆を取ればプロ並みのデッサン力と表現力を持ち合せている、神童と評して相違ない将来有望な美術家である。

 海人は画材を取り出し、一意専心いちいせんしんする深愛を見習って筆を手にキャンバスに向かう。
 
 色彩を宿さない瞳を持った海人が描くのは決まってモノクローム絵画だった。一つの色を主体に選び、それ以外の色がキャンバスに混じらないよう最後まで描き上げる。それが海人にとっての絵画を描く最善の方法だった。

「今日は花瓶?」

 十分ほど経過した頃、金木犀を生けた花瓶をデッサンを続ける海人に向けて深愛は言った。
 表情を硬くしたまま近寄り、ゆったりと囁くようなか細い声を話しかける深愛。主語を省いて短く話しかけるのは深愛の癖だった。

 深愛について物静かで口数の少ないミステリアスな印象を持っている海人は幽霊に話しかけられたような感覚で振り向いた。

「そうだね、今日はデッサンだけ」
「よく飽きずに単純作業が出来るね」
「まぁ……実力相応だと思うから……」

 二人の間には圧倒的な実力の差がある、高等学校の部活動という形式でなければ同じ教室で作業をしていることは有り得ないほどに。

「深愛は……あっ、能登さんはもっと実力が磨ける美術科のある高校に行けばよかったのに」

 この前、つい衝動的に名前で呼んでしまい、馴れ馴れしくしないでと怒気を強くして言われたのを思い出した海人は途中で言い直して聞いた。

「嫌だよそんなの……競争は嫌い。一人で描いてるのが一番楽」

 現在の実力から見て本当は優秀な講師が付いている方が画力が伸びる素質を持っているが、それを深愛は拒み、美術科のないこの高校の美術部に入って絵を描き続けている。
 
 美術に興味を持っていて血気盛んに創作活動をしている部員はほとんどこの美術部にはおらず、気付けばこうして二人きりになっているのが日常だった。

「そっか……勿体無いな。これだけの実力があれば海外でも通用するのに」
「おだてても何も出ないよ。それよりそっちの方が見ていて不思議、ずっと見てるけど、ほとんど上達してないよ」
「かもしれないね……でも、描いている時間は余計なことを考えずに済むから楽しいよ」

 ”それには同意”と一言返して、再び深愛はキャンバスの方を向いた。
 海人もそこで会話が終わったことを察して再び筆を執る。
 だが、会話はそこで終わりではなかった。

「一つだけ忠告、近本美雪ちかもとみゆきを好きにならない方がいいよ」
 
 また、聞こえるか聞こえないか微妙な小声で言い放つ深愛。
 クラス委員の美雪のことを異性として気になり始めていた海人は眉をひそめ苛立ちを隠せなかった。

「はぁ? 何でそんなこと突然言うんだ?」

「いや、勘違いしてるんじゃないかと思って。ゴメン、気にしないで。聞かなかったことにして」

 素っ気なく言葉を返す深愛。その思いやりの見えない態度が海人の感情を逆なでした。

「何だよいきなり、気になるだろ。何か知ってるんじゃないのか?」

「知らない、自分で確かめたら?」

「ああ、分かったよ。聞かなかったことにする」

 互いに乱暴に言葉を返し、締まりの悪いやり取りをして、そこで会話は閉じられた。

 同じ教室で、ずっと遠く後ろの席から海人と美雪のやり取りを見ていた深愛の真意は海人に届くことはなかった。
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