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5、情動
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秋分に近づきつつある白露の期間。
台風の前線が本州に近づき、低気圧の接近により湿気の強い生暖かい雨が降り続いていた。
依然としてまだ湿気の強い蒸し暑い日が続き、エアコンの付いていない部屋でじっとしてるだけで汗ばんでしまうほどだ。
部活前に買ったペットボトルの炭酸飲料はあっという間に飲み干してしまい、海人は喉の渇きを覚えていた。
遅くまで美術室に残り、まだ深愛がキャンバスから離れそうにないのを見て、海人は先に帰ることを決めた。
深愛のキャンバスにはリビングの壁に飾りたくなるようなエレガントなパリの街並みが克明に描かれていた。
見れば見るほど、歴然とした実力の差。
机の上に置いた花瓶すらも満足にデッサンできない海人には深愛の絵画をどれだけ眺めたところで特別得られるものはなかった。
帰り道に一緒に話しながら歩いて帰るような甘い関係でもない二人。
相手が集中しているのを邪魔しないよう大人しく帰る、それもよくある日常の光景だった。
海人はYシャツのボタンを一つ外し、達成感のない空虚な疲労感を背負い込んだまま階段を降りていく。
四階から一階まで降りていき、下駄箱で靴を履き替える。
ふと雨の降り続く校舎の外を見ると二つの影がぼんやりと視界に入った。
海人は思考を閉じたままスニーカーに履き替え、何気なく近づいていく。
”なぁ…俺、汗臭くねぇか?”
”そんなことないよー! 変わらない、いつもの吾郎君だよ”
仲のよさそうな印象を受ける話し声が聞こえて咄嗟に海人は隠れた。片方の声が秘めた想い人である美雪であることに気付いたからだ。
(……どうして美雪が吾郎と親しくしてるんだ)
恐ろしいくらいの胸騒ぎが海人を襲う、それが嫉妬心であると本人すら気付ぬままに。
二人に見つからないよう、慎重に下足箱の裏に隠れて物陰から覗き込む。
美雪は長い髪を下ろしていて黒髪ではないため遠くから見ても分かりやすい。海人は色が判別できないため、美雪に髪色を確認したことがあった。
その時に知った栗色の髪、ぼやけた視界でもそのコントラストはくっきりと判別できた。
そして、隣を歩く前田吾郎という男子高校生は小中学校の頃からの友人だ。
高校デビューしてから人が変わったように活発的になり、忙しさも相まって海人と交流をしなくなった。
硬式野球部に入り、甲子園出場経験はないながら、仲間と熱心に練習に打ち込み、新しい人間関係を構築し始めた吾郎のことを海人は遠くから眺める日々だった。
仲睦まじく相合傘をしたまま、二人は校門に向かって歩いて行く。
一瞬、肩が密着し合い、互いの手と手が絡み合っているように見えた。
信じられないような目で海人は遠ざかっていく二人を見つめるが、ぼやけた視界でははっきりと二人の表情まで伺い知ることはできなかった。
遠くから見つめていた海人は二人の関係を追求したかったが、今から追いかけて会話の間に割って入っていく勇気は到底なかった。
海人の心を映し出すように、雨脚は無情にも段々と強さを増していく。
強い湿気と濡れていく制服。靴の中にまで雨水が入ると靴下がびちょびちょになって嫌気が差してくる。
受け入れがたい現実に息苦しさを覚えながら一人校門を抜け、疑念を抱いたまま海人は傘を差して家路に着いた。
台風の前線が本州に近づき、低気圧の接近により湿気の強い生暖かい雨が降り続いていた。
依然としてまだ湿気の強い蒸し暑い日が続き、エアコンの付いていない部屋でじっとしてるだけで汗ばんでしまうほどだ。
部活前に買ったペットボトルの炭酸飲料はあっという間に飲み干してしまい、海人は喉の渇きを覚えていた。
遅くまで美術室に残り、まだ深愛がキャンバスから離れそうにないのを見て、海人は先に帰ることを決めた。
深愛のキャンバスにはリビングの壁に飾りたくなるようなエレガントなパリの街並みが克明に描かれていた。
見れば見るほど、歴然とした実力の差。
机の上に置いた花瓶すらも満足にデッサンできない海人には深愛の絵画をどれだけ眺めたところで特別得られるものはなかった。
帰り道に一緒に話しながら歩いて帰るような甘い関係でもない二人。
相手が集中しているのを邪魔しないよう大人しく帰る、それもよくある日常の光景だった。
海人はYシャツのボタンを一つ外し、達成感のない空虚な疲労感を背負い込んだまま階段を降りていく。
四階から一階まで降りていき、下駄箱で靴を履き替える。
ふと雨の降り続く校舎の外を見ると二つの影がぼんやりと視界に入った。
海人は思考を閉じたままスニーカーに履き替え、何気なく近づいていく。
”なぁ…俺、汗臭くねぇか?”
”そんなことないよー! 変わらない、いつもの吾郎君だよ”
仲のよさそうな印象を受ける話し声が聞こえて咄嗟に海人は隠れた。片方の声が秘めた想い人である美雪であることに気付いたからだ。
(……どうして美雪が吾郎と親しくしてるんだ)
恐ろしいくらいの胸騒ぎが海人を襲う、それが嫉妬心であると本人すら気付ぬままに。
二人に見つからないよう、慎重に下足箱の裏に隠れて物陰から覗き込む。
美雪は長い髪を下ろしていて黒髪ではないため遠くから見ても分かりやすい。海人は色が判別できないため、美雪に髪色を確認したことがあった。
その時に知った栗色の髪、ぼやけた視界でもそのコントラストはくっきりと判別できた。
そして、隣を歩く前田吾郎という男子高校生は小中学校の頃からの友人だ。
高校デビューしてから人が変わったように活発的になり、忙しさも相まって海人と交流をしなくなった。
硬式野球部に入り、甲子園出場経験はないながら、仲間と熱心に練習に打ち込み、新しい人間関係を構築し始めた吾郎のことを海人は遠くから眺める日々だった。
仲睦まじく相合傘をしたまま、二人は校門に向かって歩いて行く。
一瞬、肩が密着し合い、互いの手と手が絡み合っているように見えた。
信じられないような目で海人は遠ざかっていく二人を見つめるが、ぼやけた視界でははっきりと二人の表情まで伺い知ることはできなかった。
遠くから見つめていた海人は二人の関係を追求したかったが、今から追いかけて会話の間に割って入っていく勇気は到底なかった。
海人の心を映し出すように、雨脚は無情にも段々と強さを増していく。
強い湿気と濡れていく制服。靴の中にまで雨水が入ると靴下がびちょびちょになって嫌気が差してくる。
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