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第一章 旅立ち
③-3
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「困ったなぁ、これもう直せないってさ」
イアおばさんから借りたタオルで髪の毛を拭きながら、ラミルはぼやきました。日も沈んだ室内では、雨音だけがうるさく主張しています。
現在、ラミルとタニア、そして子パッカは……かつてビンゴおじさん達の息子夫婦が暮らしていた部屋に通されていました。二人のご好意で、今夜は泊めて貰えることになったのです。
「それにしても、まさかこのカウベル……アンティークものだったとはね」
あの後――すぐに土砂降りになってしまったため、ラミルたちはずぶ濡れになってしまいました。ルベライトは少し高いところにあるので、天気が変わりやすいのです。
そして小屋に戻り、ラミルが最初にしたことは……鏡にあのカウベルの直し方を尋ねることでした。
直して渡せば、あのミルベライトも納得すると思ったからです。しかし……。
『このカウベルは、だいぶ昔に作られた物です。直すにも部品はありませんし、そもそも欠けた部分を埋めるのは非常に困難です』
と、答えられてしまいました。
「イアおばさん曰く、あのミルベライトって十五年くらい前に産まれたんだって。その時にビンゴおじさんの息子さんが、あのカウベルをあげたんだってさ」
「お父さんって、ビンゴおじさんの息子さんのことだったのね。……なんかややこしいわね」
代名詞のみで会話すると、ややこしいことになりがちです。
「十五年前の時点で、もうアンティークになってたこのカウベルを……気に入っていたミルベライトに渡したんだってさ」
「だからもう同じ物が無いのね」
ビンゴおじさんもイアおばさんも、残念そうな顔をしていました。同じものを買うことは出来ないでしょうし、直すのも困難。
これでは、あのミルベライトの体調を戻す手段がありません。
「っていうか、本当に原因はカウベルだけなの?」
「さぁ? そもそも、ミルベライトは長くても十年前後で死ぬ動物だからね。十五年ってなるとだいぶ長寿だ」
「じゃあ、それが原因じゃないの?」
首をかしげるタニアですが、ラミルは首を振ってその意見をキッパリと否定します。
「それでも、ミルベライトっていう動物は老いたからって言ってお乳が出なくなるのはあり得ないんだ。だから病気じゃないなら、ほぼ間違いなくカウベルが原因だと思うよ」
ミルベライトは、死ぬ寸前までお乳が出る特殊な牛です。しかも年齢が上がれば上がるほど美味しいお乳が出るのです。
十五年も生きているミルベライトともなれば、それはそれは美味しいお乳が出るのでしょうが……。
「でもそのカウベルも直せないんでしょ? ……もうこうなったら、他のミルベライトのお乳で良いじゃない。しーちゃんも納得してくれるでしょ。これ以上、ビンゴおじさんを困らせるわけにもいかないし」
わしゃわしゃと子パッカの身体を拭きながら言うタニア。子パッカは項垂れながら、彼女にされるがままになっています。
「それに、アタシらのだいぶ甘めに見積もった旅程でも……一つの指令にかけられるのは二日くらいだったじゃない」
「そうだね」
ラミルはタオルを首にかけ、ソファに座ります。彼女の言っていることは全くの正論で、試練のことだけを考えれば反論の余地はありません。
「ここに来るのに半日かかったし……アバンダに一度戻るなら、更に半日。冒険者を雇う時間を考えたら、これ以上時間かけてられな――むにゃっ!?」
タニアがタオルを離すと、子パッカは思いっきり体を振って水滴を飛ばします。それが直撃したタニアはひっくり返り、タオルを持ったまま後ろに転倒しました。
「ちょっ、タニアちゃん大丈夫?」
「……あーもう! じゃあ自分で拭きなさい!」
タオルを子パッカに投げつけるタニア。子パッカはタニアやラミルの真似をして、身体を拭いだします。
大きくため息をつき、タニアはラミルの方を向きました。
「それで、どうするのよラミル」
「勿論、あのミルベライトを助けるよ」
タニアの考えを訊き、それが試練に望む上では正しいと理解した上で――ラミルはそう答えました。
真っ直ぐタニアを見つめたラミルは、子パッカを呼び寄せます。
「しーちゃんは、次代の神獣様だ。……ぼくと試練を失敗したとしても、しーちゃんが『神獣パッカ』になるんだと思う」
「きゅい」
こくこくと誇らしげに頷く子パッカ。そう、幼くても彼は神獣――それに成るために産まれて来たのです。
それだけは試練の成否に関わらず、代わりません。
「神獣様は、ぼくらを助けてくれている。善意で、本人たちに特に見返りは無く。それってたぶん、神獣様がぼくらを『助けたい』から助けてくれてるんだよね。……でも、大人と子どもでそんなに価値観が変わるかな」
「何が言いたいのよ」
「しーちゃんは、あのミルベライトのお乳が飲みたいだけじゃない……んじゃないか、ってこと」
善意の協力者、それが神獣。司祭が『本当の友達』だから、人を見ていると飽きないから助けてくれているだけの存在。
でも、それが全てじゃないはずです。
「もちろん、ただの想像だけどね。……そしてぼくは、これでも一応領主の息子なんだ。目の前で困ってる人がいるのに、自分の目的だけ達成してはいさよならってわけにはいかないんだよ」
「ノブレスオブリージュってヤツ?」
「そんな高尚なものじゃないよ。ただのぼくの我儘。ね、しーちゃん」
子パッカはそう言われて、今度は真剣に頷きます。そして手をパン! と打って、両手を広げました。
「きゅい!」
「さぁ来い! って言ってるわよ、しーちゃん。アンタの我儘、受け止めてあげるってさ」
「……あ、あれ? ぼくが受け止めて貰う側なの?」
苦笑するラミル。しかし子パッカがもう一度手を打つので、彼の側に寄って行って抱きしめました。
子パッカはラミルを投げ飛ばすことなく、しっかりと受け止めてくれます。
「じゃあどうにかして、助けるのね」
呆れたように――しかし嬉しそうに笑うタニア。子パッカも、楽しそうに笑っています。二人とも、そりゃあ助けられるなら助けたいのです。
だって、あのミルベライトは困っているから。
「うん、その方法は思いついてないけど。……協力してくれる?」
「もちろんよ」
「きゅい!」
勢いよく頷くタニアと子パッカ。頼もしい二人を見て、ラミルもつい笑ってしまいます。
「ありがとう。じゃあ、頑張るぞー!」
「おー!」
三人同時に拳をあげて、気合いを入れます。
果たして、どうやればミルベライトを助けてあげられるのでしょうか。
④へつづく
イアおばさんから借りたタオルで髪の毛を拭きながら、ラミルはぼやきました。日も沈んだ室内では、雨音だけがうるさく主張しています。
現在、ラミルとタニア、そして子パッカは……かつてビンゴおじさん達の息子夫婦が暮らしていた部屋に通されていました。二人のご好意で、今夜は泊めて貰えることになったのです。
「それにしても、まさかこのカウベル……アンティークものだったとはね」
あの後――すぐに土砂降りになってしまったため、ラミルたちはずぶ濡れになってしまいました。ルベライトは少し高いところにあるので、天気が変わりやすいのです。
そして小屋に戻り、ラミルが最初にしたことは……鏡にあのカウベルの直し方を尋ねることでした。
直して渡せば、あのミルベライトも納得すると思ったからです。しかし……。
『このカウベルは、だいぶ昔に作られた物です。直すにも部品はありませんし、そもそも欠けた部分を埋めるのは非常に困難です』
と、答えられてしまいました。
「イアおばさん曰く、あのミルベライトって十五年くらい前に産まれたんだって。その時にビンゴおじさんの息子さんが、あのカウベルをあげたんだってさ」
「お父さんって、ビンゴおじさんの息子さんのことだったのね。……なんかややこしいわね」
代名詞のみで会話すると、ややこしいことになりがちです。
「十五年前の時点で、もうアンティークになってたこのカウベルを……気に入っていたミルベライトに渡したんだってさ」
「だからもう同じ物が無いのね」
ビンゴおじさんもイアおばさんも、残念そうな顔をしていました。同じものを買うことは出来ないでしょうし、直すのも困難。
これでは、あのミルベライトの体調を戻す手段がありません。
「っていうか、本当に原因はカウベルだけなの?」
「さぁ? そもそも、ミルベライトは長くても十年前後で死ぬ動物だからね。十五年ってなるとだいぶ長寿だ」
「じゃあ、それが原因じゃないの?」
首をかしげるタニアですが、ラミルは首を振ってその意見をキッパリと否定します。
「それでも、ミルベライトっていう動物は老いたからって言ってお乳が出なくなるのはあり得ないんだ。だから病気じゃないなら、ほぼ間違いなくカウベルが原因だと思うよ」
ミルベライトは、死ぬ寸前までお乳が出る特殊な牛です。しかも年齢が上がれば上がるほど美味しいお乳が出るのです。
十五年も生きているミルベライトともなれば、それはそれは美味しいお乳が出るのでしょうが……。
「でもそのカウベルも直せないんでしょ? ……もうこうなったら、他のミルベライトのお乳で良いじゃない。しーちゃんも納得してくれるでしょ。これ以上、ビンゴおじさんを困らせるわけにもいかないし」
わしゃわしゃと子パッカの身体を拭きながら言うタニア。子パッカは項垂れながら、彼女にされるがままになっています。
「それに、アタシらのだいぶ甘めに見積もった旅程でも……一つの指令にかけられるのは二日くらいだったじゃない」
「そうだね」
ラミルはタオルを首にかけ、ソファに座ります。彼女の言っていることは全くの正論で、試練のことだけを考えれば反論の余地はありません。
「ここに来るのに半日かかったし……アバンダに一度戻るなら、更に半日。冒険者を雇う時間を考えたら、これ以上時間かけてられな――むにゃっ!?」
タニアがタオルを離すと、子パッカは思いっきり体を振って水滴を飛ばします。それが直撃したタニアはひっくり返り、タオルを持ったまま後ろに転倒しました。
「ちょっ、タニアちゃん大丈夫?」
「……あーもう! じゃあ自分で拭きなさい!」
タオルを子パッカに投げつけるタニア。子パッカはタニアやラミルの真似をして、身体を拭いだします。
大きくため息をつき、タニアはラミルの方を向きました。
「それで、どうするのよラミル」
「勿論、あのミルベライトを助けるよ」
タニアの考えを訊き、それが試練に望む上では正しいと理解した上で――ラミルはそう答えました。
真っ直ぐタニアを見つめたラミルは、子パッカを呼び寄せます。
「しーちゃんは、次代の神獣様だ。……ぼくと試練を失敗したとしても、しーちゃんが『神獣パッカ』になるんだと思う」
「きゅい」
こくこくと誇らしげに頷く子パッカ。そう、幼くても彼は神獣――それに成るために産まれて来たのです。
それだけは試練の成否に関わらず、代わりません。
「神獣様は、ぼくらを助けてくれている。善意で、本人たちに特に見返りは無く。それってたぶん、神獣様がぼくらを『助けたい』から助けてくれてるんだよね。……でも、大人と子どもでそんなに価値観が変わるかな」
「何が言いたいのよ」
「しーちゃんは、あのミルベライトのお乳が飲みたいだけじゃない……んじゃないか、ってこと」
善意の協力者、それが神獣。司祭が『本当の友達』だから、人を見ていると飽きないから助けてくれているだけの存在。
でも、それが全てじゃないはずです。
「もちろん、ただの想像だけどね。……そしてぼくは、これでも一応領主の息子なんだ。目の前で困ってる人がいるのに、自分の目的だけ達成してはいさよならってわけにはいかないんだよ」
「ノブレスオブリージュってヤツ?」
「そんな高尚なものじゃないよ。ただのぼくの我儘。ね、しーちゃん」
子パッカはそう言われて、今度は真剣に頷きます。そして手をパン! と打って、両手を広げました。
「きゅい!」
「さぁ来い! って言ってるわよ、しーちゃん。アンタの我儘、受け止めてあげるってさ」
「……あ、あれ? ぼくが受け止めて貰う側なの?」
苦笑するラミル。しかし子パッカがもう一度手を打つので、彼の側に寄って行って抱きしめました。
子パッカはラミルを投げ飛ばすことなく、しっかりと受け止めてくれます。
「じゃあどうにかして、助けるのね」
呆れたように――しかし嬉しそうに笑うタニア。子パッカも、楽しそうに笑っています。二人とも、そりゃあ助けられるなら助けたいのです。
だって、あのミルベライトは困っているから。
「うん、その方法は思いついてないけど。……協力してくれる?」
「もちろんよ」
「きゅい!」
勢いよく頷くタニアと子パッカ。頼もしい二人を見て、ラミルもつい笑ってしまいます。
「ありがとう。じゃあ、頑張るぞー!」
「おー!」
三人同時に拳をあげて、気合いを入れます。
果たして、どうやればミルベライトを助けてあげられるのでしょうか。
④へつづく
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