12 / 21
本編――公爵令嬢リリア
2-8
しおりを挟む
「改めて初めまして。私の名前はカルロ・イル・アスベルト。この国の皇太子だ。これからよろしくね」
「こちらこそ初めまして。改めまして、私は公爵家長女のリリア・ナイーゼと申します。この度はよろしくお願いします」
部屋に着いた二人は、軽く挨拶を交わして席へと着いた。
子供とはいえ、未婚の男女が二人きりでいるのは色々と問題があるので、部屋にはひとりのメイドが壁際に控えている。
緊張と警戒で固まるリリアに対して、カルロはゆったりとしている。心底嬉しそうな微笑みを浮かべて、優しい眼差しで彼女を見て。
少なくとも初対面の相手に見せるそれではない。
何を考えているのかと、リリアは彼の様子を伺った。
子供相手に警戒するのも大袈裟かもしれないが、過去が変わった以上、何が起こるか予測出来ない。
「ふふっ良いよ。そんなに固くなくても。私のことは好きに呼んでくれ」
そうしていると、その事に気がついたのか、カルロは空気を和らげようとより一層口調を崩した。眩しいばかりに微笑んで。
余りの甘さとフレンドリーさに、リリアの警戒やらは吹き飛んだ。それどころか困惑するレベルだった。
(誰!?)
リリアは驚愕した。驚愕して、暫く沈黙した。何とか表情には出さなかったものの、気を抜けば顔に出そうになる。
それも当然のことで、一周目と明らかに違った。
そもそも、前に初めて彼らが出逢ったのは街の中で、初めの彼はリリアに心を開いていなかった。
二人でいる内に、段々と心を開いてくれたのである。
それなのに今は初対面にも関わらずこの態度で、おまけに以前よりも磨きがかかっているのだ。
詰まる所言うならば、一周目に見た中で比較しても、飛び抜けて視線が柔らかく、口調が甘々しい。
黙り込んでいると、向かいから視線を感じて、何とか意識を戻した。
動揺を悟られぬよう微笑みを浮かべて、先の返事をする。
「では、殿下と呼ばさせて頂きますね」
「‥‥‥そうか」
カルロは小さく呟いた。少し口惜しげに、けれども表情を然程崩さず、視線を下へと向けた。
暫くの間、彼は何も言ってこなかったが、漸くパッと顔を上げて、少しずつ話題を振り始めた。
好きな料理だとか、色だとか、他愛のない話を。
徐々に時間は過ぎ、二人の時間が終わりへと差し掛かる頃、後に引けなくなってきたリリアは、とうとう彼女から話を切り出すことにした。
表面上すっかり和み切った雰囲気の中、それを口にするのは少し気が引けたが、このままでは埒が明かないのだ。
例え空気をぶち壊してでも、それだけは言わなければならなかった。
「‥‥‥あの、殿下」
「?」
「私は殿下の事を何も知りません。それは殿下も同様だと思います。‥‥だからこそ、今回の婚約が不思議でならないのです。確かに私は公爵令嬢で、将来的にはそうなっても可笑しないことは分かります。けれども、私の他にも有力な貴族の方はいらっしゃる筈です。だから、殿下がそんなにも私に優しくして下さる意味が分からないのです」
カルロはその話を静かに聞いていた。一言も口を挟むことなく冷静に。
一通り聞き終えてからも暫く黙りだった彼は、漸く一言言い放った。先程と余りに雰囲気が違う。
今の彼は、例えるのなら失恋をしたばかりの男そのものだ。
「‥‥‥会った、会ったよ」
「え?」
「遠い昔にね。その時の私は馬鹿で、噂を鵜呑みにするような愚かな男だったんだ」
そう自嘲気味に嗤うと、カルロは天を見上げて言葉を紡いだ。
「それで大切な人を失った。だから今度は‥‥‥‥」
話に聞き入りながらも、リリアは小さく首を傾げた。
肝心の最後の言葉が聞き取れなかったのだ。天に吸い込まれて行くように、彼の言葉は儚く消えていったから。
"何でもない"と言った彼の表情は、何処か寂しそうで、辛そうに見えた。
未だ子供の彼にそんな過去があったなんて、リリアはこれまで生きてきた中で聞いた事がなかった。知らなかった。
前の彼が教えてくれなかったから。
或いは、時間が巻き戻ったことで過去が変わったのかもしれない。
結局の所それはどうかは分からないが、彼に何かあったことは確かで、それが彼を猶も苦しめているのだ。
大切な人を自分のせいで失って、どうしようもない程に辛くて苦しい気持ちはリリアにも分かる。
アリーがリリアを救って死んでいったように。カルロにハッキリと救いを求められなかったように。
「前を向くしかないのでしょう」
呆然とするカルロに、リリアが付け加えた。
これ以上は見ていられなくなったのだ。まるで自分を見ているようで。
そもそも、こうなる原因を作ったのはリリアだ。
単に婚約を逃れようと、深く考えずに発言したから、彼の心の傷を抉った。
だから、彼女が収集をつけなければいけないのだ。彼の言う事全てが真でなくとも。
いつの間にかリリアに視線を向け直していた彼は、さっきと打って変わって、リリアを縋るように見ている。
そんな彼に、彼女は柔らかに微笑んだ。
「殿下に何があったのか、私には分かりません。けれどもその事に気付けたのでしたら、何時までも過去に縛られずに前を向いて直していきましょう?少しずつで良いのです。何時かはそれが思い出の一つとなる筈ですから」
其処には彼女の思いもきっとあって、本心だった。
カルロに向けて言っている筈なのに、まるで彼女自身に言い聞かせているようで、何処かもどかしかった。
カルロから一筋の涙が零れ落ちた。その涙を慌てて拭って、彼は無理に笑顔を作った。
先程までの様子をはぐらかすように言葉を紡ぐ。
「良い所を見せるつもりが、君に見せるのは情けない所ばかりだなぁ‥‥‥」
そう言う彼は、照れ臭そうに頬をかいた。
「こちらこそ初めまして。改めまして、私は公爵家長女のリリア・ナイーゼと申します。この度はよろしくお願いします」
部屋に着いた二人は、軽く挨拶を交わして席へと着いた。
子供とはいえ、未婚の男女が二人きりでいるのは色々と問題があるので、部屋にはひとりのメイドが壁際に控えている。
緊張と警戒で固まるリリアに対して、カルロはゆったりとしている。心底嬉しそうな微笑みを浮かべて、優しい眼差しで彼女を見て。
少なくとも初対面の相手に見せるそれではない。
何を考えているのかと、リリアは彼の様子を伺った。
子供相手に警戒するのも大袈裟かもしれないが、過去が変わった以上、何が起こるか予測出来ない。
「ふふっ良いよ。そんなに固くなくても。私のことは好きに呼んでくれ」
そうしていると、その事に気がついたのか、カルロは空気を和らげようとより一層口調を崩した。眩しいばかりに微笑んで。
余りの甘さとフレンドリーさに、リリアの警戒やらは吹き飛んだ。それどころか困惑するレベルだった。
(誰!?)
リリアは驚愕した。驚愕して、暫く沈黙した。何とか表情には出さなかったものの、気を抜けば顔に出そうになる。
それも当然のことで、一周目と明らかに違った。
そもそも、前に初めて彼らが出逢ったのは街の中で、初めの彼はリリアに心を開いていなかった。
二人でいる内に、段々と心を開いてくれたのである。
それなのに今は初対面にも関わらずこの態度で、おまけに以前よりも磨きがかかっているのだ。
詰まる所言うならば、一周目に見た中で比較しても、飛び抜けて視線が柔らかく、口調が甘々しい。
黙り込んでいると、向かいから視線を感じて、何とか意識を戻した。
動揺を悟られぬよう微笑みを浮かべて、先の返事をする。
「では、殿下と呼ばさせて頂きますね」
「‥‥‥そうか」
カルロは小さく呟いた。少し口惜しげに、けれども表情を然程崩さず、視線を下へと向けた。
暫くの間、彼は何も言ってこなかったが、漸くパッと顔を上げて、少しずつ話題を振り始めた。
好きな料理だとか、色だとか、他愛のない話を。
徐々に時間は過ぎ、二人の時間が終わりへと差し掛かる頃、後に引けなくなってきたリリアは、とうとう彼女から話を切り出すことにした。
表面上すっかり和み切った雰囲気の中、それを口にするのは少し気が引けたが、このままでは埒が明かないのだ。
例え空気をぶち壊してでも、それだけは言わなければならなかった。
「‥‥‥あの、殿下」
「?」
「私は殿下の事を何も知りません。それは殿下も同様だと思います。‥‥だからこそ、今回の婚約が不思議でならないのです。確かに私は公爵令嬢で、将来的にはそうなっても可笑しないことは分かります。けれども、私の他にも有力な貴族の方はいらっしゃる筈です。だから、殿下がそんなにも私に優しくして下さる意味が分からないのです」
カルロはその話を静かに聞いていた。一言も口を挟むことなく冷静に。
一通り聞き終えてからも暫く黙りだった彼は、漸く一言言い放った。先程と余りに雰囲気が違う。
今の彼は、例えるのなら失恋をしたばかりの男そのものだ。
「‥‥‥会った、会ったよ」
「え?」
「遠い昔にね。その時の私は馬鹿で、噂を鵜呑みにするような愚かな男だったんだ」
そう自嘲気味に嗤うと、カルロは天を見上げて言葉を紡いだ。
「それで大切な人を失った。だから今度は‥‥‥‥」
話に聞き入りながらも、リリアは小さく首を傾げた。
肝心の最後の言葉が聞き取れなかったのだ。天に吸い込まれて行くように、彼の言葉は儚く消えていったから。
"何でもない"と言った彼の表情は、何処か寂しそうで、辛そうに見えた。
未だ子供の彼にそんな過去があったなんて、リリアはこれまで生きてきた中で聞いた事がなかった。知らなかった。
前の彼が教えてくれなかったから。
或いは、時間が巻き戻ったことで過去が変わったのかもしれない。
結局の所それはどうかは分からないが、彼に何かあったことは確かで、それが彼を猶も苦しめているのだ。
大切な人を自分のせいで失って、どうしようもない程に辛くて苦しい気持ちはリリアにも分かる。
アリーがリリアを救って死んでいったように。カルロにハッキリと救いを求められなかったように。
「前を向くしかないのでしょう」
呆然とするカルロに、リリアが付け加えた。
これ以上は見ていられなくなったのだ。まるで自分を見ているようで。
そもそも、こうなる原因を作ったのはリリアだ。
単に婚約を逃れようと、深く考えずに発言したから、彼の心の傷を抉った。
だから、彼女が収集をつけなければいけないのだ。彼の言う事全てが真でなくとも。
いつの間にかリリアに視線を向け直していた彼は、さっきと打って変わって、リリアを縋るように見ている。
そんな彼に、彼女は柔らかに微笑んだ。
「殿下に何があったのか、私には分かりません。けれどもその事に気付けたのでしたら、何時までも過去に縛られずに前を向いて直していきましょう?少しずつで良いのです。何時かはそれが思い出の一つとなる筈ですから」
其処には彼女の思いもきっとあって、本心だった。
カルロに向けて言っている筈なのに、まるで彼女自身に言い聞かせているようで、何処かもどかしかった。
カルロから一筋の涙が零れ落ちた。その涙を慌てて拭って、彼は無理に笑顔を作った。
先程までの様子をはぐらかすように言葉を紡ぐ。
「良い所を見せるつもりが、君に見せるのは情けない所ばかりだなぁ‥‥‥」
そう言う彼は、照れ臭そうに頬をかいた。
27
あなたにおすすめの小説
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
とある令嬢が男装し第二王子がいる全寮制魔法学院へ転入する
春夏秋冬/光逆榮
恋愛
クリバンス王国内のフォークロス領主の娘アリス・フォークロスは、母親からとある理由で憧れである月の魔女が通っていた王都メルト魔法学院の転入を言い渡される。
しかし、その転入時には名前を偽り、さらには男装することが条件であった。
その理由は同じ学院に通う、第二王子ルーク・クリバンスの鼻を折り、将来王国を担う王としての自覚を持たせるためだった。
だがルーク王子の鼻を折る前に、無駄にイケメン揃いな個性的な寮生やクラスメイト達に囲まれた学院生活を送るはめになり、ハプニングの連続で正体がバレていないかドキドキの日々を過ごす。
そして目的であるルーク王子には、目向きもなれない最大のピンチが待っていた。
さて、アリスの運命はどうなるのか。
虐げられた伯爵令嬢は獅子公爵様に愛される
高福あさひ
恋愛
リリム王国辺境伯エインズワース伯爵家の長女、ユーニス・エインズワース。伯爵令嬢であるはずなのに、生活は使用人以下で、まともに育てられたことはない。それでも心優しく強かに育った彼女は、ある日、隣国との国境である森で二人の怪我をした男性を見つけて……?※不定期更新です。2024/5/14、18話が抜けていたため追加しました。
【2024/9/25 追記】
次回34話以降は10/30より、他サイト様と同時の更新予定です。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる