①影武者令嬢はわがまま王女に婚約破棄された公爵令息に求婚される②美しき薔薇姫☆異世界恋愛短編集1

櫻井金貨

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その2 虐げられた雑草少女は美しき薔薇姫となり、騎士の前に微笑み立つ

第2話 わたしはやっていない

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 翌朝早く、『雑草』は、朝食の給仕を言いつけられ、食堂に立っていた。

 中庭を見渡す場所に、食堂はあった。
 大きなガラス窓から明るい光が差し込んでいる。

 たっぷりとしたカーテンはすでに巻き上げられ、新鮮な花が花瓶に生けられていた。

 食堂に据えられているのは、8人ほどが座って食事を取れる、長いダイニングテーブル。
 そこにニニスとビアンカの2人が座っている。

 ニニスとビアンカの前には、すでに果物のプレートと、卵料理とソーセージ、ジャガイモの付け合わせを載せたプレートが置かれていた。

 ワゴンの上には、温かな野菜のポタージュの入ったフタ付きのボウルと、冷めないように清潔なフキンに包まれ、カゴに入れられたパンが見える。

 温かな料理の匂いに、めまいがするようだ。
 少女のお腹が小さく、くう、と音を立てた。

 それでも、少女はレードルを握ると、こぼさないように気をつけながら、ポタージュをスープ皿によそった。

 無事に2人にポタージュを出すと、ビアンカが口を開いた。

「パンをちょうだい、『雑草』」
「かしこまりました、お嬢様」

 少女はトングで丸みのあるパンをつかむと、ビアンカの前にあるパン皿に注意深く載せる。
 ビアンカは満足そうにパンを手に取り、そして。

 ぽとり、と無造作に床に落とした。
 少女は驚いて目を見開いてビアンカを見つめた。

 ビアンカは少女を見ることもなく言った。

「早く片付けなさい、『雑草』。つまみ食いをしたら許さないわよ」
「は、はい、ただいま……」

 少女は慌てて床に膝を着いて、パンに手を伸ばした。
 つかもうとして、一瞬、手が震える。
 昨日の食事は、夜に食べた固いパンと、薄いスープだけだった。
 今朝は何も食べていない。

(このパンを今、ポケットに入れられたら……!!)

 少女が床の上のパンをじっと見つめていると、いつの間にか食堂に入ってきたメイドの手で、パンはすぐに取り上げられ、これみよがしにゴミ箱へと捨てられた。

 呆然として床から顔を上げた少女に、ビアンカは不満そうに首を振ってみせる。

「グズグズしないでよ、『雑草』。本当にあんたは役に立たないんだから」

 少女はうなだれた。謝罪の言葉を言うしかない。

「……申し訳ございません、お嬢様」

 目が潤み、見つめていた床がぼやけて見える。
 鼻の奥がつん、として、声が震える。

 それでも、少女は言った。
 それだけが、彼女ができることだからーー。

 * * *

 いつものようにニニスの部屋を掃除して、それから屋敷内の掃除に取り掛かっている時に、少女は家政婦長に呼ばれた。

「ビアンカお嬢様がお呼びよ。今日は奥様のお部屋に商人を呼んでいるから、お手伝いをしてあげて」

「かしこまりました」

 少女は掃除道具を片付けて、ニニスの部屋に向かう。

 ニニスとビアンカは月に何度か、出入りの商人を屋敷に呼んで買い物をするが、その手伝いは必ずしも楽なものではなかった。

(試着のお手伝いをしたり、買ったものを整理したり、それ自体は難しくないのだけれど)

 少女はそっとため息をつく。
 ノックをしてニニスの部屋に入ると、テーブルの上からソファの上まで、所狭しと広げられた小物と、色とりどりの果物のように色鮮やかな宝石が並んでいた。

「『雑草』、呼ばれるまで、あんたは壁際に立ってなさい。邪魔をしたら許さないわよ」

 少女の方を振り向きもせず、ビアンカが言い放った。

「はい、お嬢様」

 少女はそろりと移動して、言われたとおり、壁の前に立つ。

 ニニスのお気に入りの商人が、次々に煌びやかな宝飾品をテーブルの上に広げていく。

(……わたしが悔しがると思って、ビアンカはわざと部屋に呼んだのね)


 買い物を見せつける必要なんてないのに、と少女は思った。
 豪華な宝石も、可愛らしいバッグも、少女には何の意味もないのだから。
 そんなものよりも。

(お腹がすいたなぁ。あのパン、食べられたら、よかったのに……)

 少女が考えているのは、朝食の席での、床に落とされたパンだった。
 いつも空腹を抱えている少女には、床に落ちたパンの方が、宝石よりよほど大切なのだった。

 その時、それまで商人と話し込んでいたニニスが、すっと立ち上がると、ずらりと並べられた宝飾品の中から、赤い宝石の付いた小さなブローチを取った。

 その様子を見ていた少女は、一瞬、ニニスとビアンカの視線が交わって、離れたように、思った。

 何か違和感を感じた、次の瞬間だった。
 ニニスは無言で少女に近づくと、笑顔で少女の右手にブローチを握らせる。

「何を……?」

 少女が困惑してニニスを見上げると、ニニスは、ニヤリと笑った。
 赤い紅を差した唇が、ひゅっと弧を描いた。

「『雑草』、何てことをしているの? ブローチを盗むなんて、許されないことよ! さあ、返しなさい!!」

 ニニスの大声に、少女の顔が一気に青ざめる。
 部屋にいる人々の目が、一斉に少女に向かった。

「あ……」

 小さな手に握らされたブローチを、少女は見つめた。

(「申し訳ございません、奥様」、じゃない!」)

 さすがの少女にも、ニニスの悪意は明らかだった。
 罪を認めては、いけない。
 だって、わたしは何もやっていないのだから。

 少女の体が震え始めた。
 いつか、こんな場面にいたことがあるような気がする。

(怖い、怖い。でも……こ、声を上げなければ、認めたことになってしまう)

 少女はじりっと、壁沿いに動いて、ニニスから離れた。

『わたしはやっていません』

 ただ、そう言えばいい。
 しかし、震える少女の口から、言葉を出すことはできなかった。

 少女は絶望した表情をすると、ブローチを放り出すようにしてテーブルに置き、後ろを見ることなく、サロンを飛び出した。

「『雑草』、待ちなさいっ!!!」

 怒りに満ちたニニスの声が聞こえた。
 それでも、少女は走り続けた。

 * * *

 回廊を走り抜け、少女は中庭まで来て、ようやく足を止めた。
 
 大きな木があったり、複雑に入り組んだ生垣が作られている中庭には人影はなく、ほんのひとときであっても、少女は1人きりになることができた。

 思わず、本音がこぼれる。

「どうしてみんな、ひどいことをするの? わたしが『雑草』だから……?」

 ニニスは、少女が宝石を盗んだように見せようとしていた。

「どうしてわたしは『雑草』なの?」
 
 少女は悔しそうに言葉を吐き出す。

 みゃーん。

 その時少女は、まるで自分の言葉に応えるように鳴いた、小さな声を聞いた。

 みゃーん。
 みゃーん。

 少女が驚いて周囲を見回すと、黒と白の毛並みの子猫を見つけた。
 白い髪の下で、少女の目は大きく見開かれている。

(昨夜の、猫……?)

 少女は笑顔になると、猫に両手を差し出した。

「おいで」

 そう言うと、子猫は、みゃ、と鳴きながら、少女の膝に乗った。

「かわいい」

 子猫は膝の上で、身体を伸ばすようにして、少女の顎に頭をこすりつける。
 少女は細い指先を伸ばして、柔らかい子猫の体をしっかりと抱きしめる。
 少女は自分の頬が緩んで、微笑みを浮かべているのに気がついた。

「まるでお友達のようね?」

 少女がそう言うと、猫は肯定するかのように、みゃーんと鳴いた。
 その時、背後から、低い声が響いた。

「何なの、その猫は。『雑草』」

 恐ろしく不機嫌な様子で、ビアンカがそこに立っていた。

「この泥棒! お母様の宝石を盗んだかと思えば、今度は屋敷に野良猫を引き込む気? 本当にずうずうしい子ね。一体、あんたは何様なのよ? あんたなんか」

 ビアンカの青い瞳が『雑草』を睨みつける。

「あんたなんか、『雑草』のくせに」

 ビアンカの後ろにニニスが現れた。
「ビアンカ、その猫を始末しなさい。こんな汚らしい猫は、屋敷に置いておけない」

 その言葉に、少女はひゅっと息を呑んだ。

(始末……!?)

 少女はビアンカの手が、子猫の首を無造作に掴むのを見た。
 義母と義妹には、何度も何度も、数え切れないほど、傷付けられてきた。
 彼らが自分を憎むのはわかる。
 自分は醜いし、気もきかないし、見ているだけでイライラするのだろう。

 でも、この子猫は違う。
 この子は、何にも悪いことをしていないのに。
 
 少女は自分でも気付かずに、歯を食いしばり、長い前髪の下から、ビアンカを強い視線で睨みつけた。

 ふわり、と少女の前髪が揺れ動いた。

「なっ」
 ビアンカは、その瞬間、動揺したように見えた。

 少女は澄み渡るような、美しい空色の目で、ビアンカを真っ直ぐ見つめている。

「な、何なの、その目は。『雑草』のくせに! 逆らう気なの!?」

 ビアンカはそう叫ぶと、猫を掴んだ手に力をこめた。
 苦しそうな子猫の鳴き声に、少女は叫んだ。

「や め て!!」

 中庭に少女の声が響き渡った。
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