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8 鬼火の子 その1

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「何じゃ?………こりゃ鬼火の子じゃな」
「この火の玉、竹林の向こうで、変な大きな鳥に襲われてて、仲間みんな食べられて」
「落ち着け、落ち着くのじゃ!」

矢継ぎ早に捲し立てる佐久夜に、神さまは、唇に指を立てて静かにする様に促す。

「鬼火の子を、燃えそうな物と一緒に釜戸に入れておけ」
「んな!いくら明かりや火がないからって、神さま酷いんじゃないか!」

雑な処置に怒りを見せる佐久夜。神さまは、佐久夜の頭をポカリと叩く。

「五月蝿い!鬼火の子は、炎が消えかかっとるんじゃ。新たな火を焚べれば、命を吹き返すんじゃ!」
「そ、そうなの?」

佐久夜は、鬼火を台所に連れて行くと、釜戸にそっと横たわらせた。枯れた笹の葉を大量に持ってきて、鬼火に乗せて行く。

パチパチと乗せた笹の葉が、火に変わり鬼火の衣へと姿を変えて行く。佐久夜は、釜戸の中を覗き込み鬼火の様子を伺う。頭頂部に尖った一本角見え、小さな身体でも鬼なんだと佐久夜は思った。

「鬼火を襲ったのは、ひくいどりじゃろう。炎を主食と聞くからのう。大方、鬼火の巣でも見つけて襲ったんじゃろう」
「俺さ、綺麗ごとかも知れないけど、たった一人になった火の玉が、俺自身と重なっちゃって、見捨てることができなかったんだ」
「うむ、その選択も是であろう。我は、佐久夜の全てを受け入れようぞ」

神さまは、佐久夜に近づき、小さな手を佐久夜の手に重ねる。

「我は、どの様な佐久夜であれど、お主を信じている」
「神さま、ありがとう」

佐久夜、無条件に信じてくれる神さまに対して嬉しかった。その反面、自分次第で良くも悪くもなる危うさを実感する事にもなる。名もなき神さまは、全てに平等であるが故に、示す行き先が決まっていない。


「う……」

釜戸に横たわらせた鬼火が、小さな呻きをあげたのが聞こえ、神さまと佐久夜は、釜戸を覗き込んだ。

鬼火の纏う炎の衣の勢いが増しているのが、目に見てとれる。うっすらと目を開けて行く鬼火。知識は無くても峠を越したことが、佐久夜自身が理解することができ胸を撫で下ろした。

「ここは……どこ?」
「神さまの社にある釜戸だよ」

佐久夜は、気が付いたばかりの鬼火に優しく声をかける。鬼火は、佐久夜の顔をじっと見つめた。薄らと思い出される断片的な記憶。

いきなり棲家を襲われ、逃げ惑った。手も足も出ず、次々と仲間が捕食されていった。諦めかけたその時、必死な形相で飛び出してきた人の子。

鬼火は、大きく目を見開いた。

「あの時の人の子?そっか、仲間はみんな喰われちゃったんだ」

鬼火が、ありのままの現実を素直に受け止めていることに、佐久夜は驚きを隠せない。

「妖は、生死の概念が無いのじゃ。追われたから逃げる。消えればそれだけじゃ。また、現れるもそれだけなのじゃ」

神さまは、佐久夜の疑問に答える。

「我もまた同じ。神と言えども、信仰が無くなれば、また無に戻る。我らは無限で有り有限でも有る。人の世の完全なる有限とは違うんじゃ」
「駄目だ!駄目だ!駄目だあ!!そんな悲しいこと言うな!寂しすぎる…」

佐久夜は、拳を握りしめポロポロ涙を落とした。








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