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89 仕上げ

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青銅鏡を磨き上げは、実に根気のいる作業だった。耐水性のある紙ヤスリを水に浸しながら、作業をしていく。角度をつけ写り込みや光の反射を確認しながら、磨き具合を調整していく。

「クワァ~。ようやく1500番だ。俺たちの知る鏡とは違うなぁ」

モヤっと写り込む自分の顔を見て京平は言った。

「でもだいぶんしっかりと写り込む様になったよ。誰が写っているか何となくわかる様になったからね」

疲労を露わにする京平と異なり、出来上がりを想像してワクワクが止まらない佐久夜は、嬉しそうに笑った。

「佐久夜、良い顔で笑う様になったな」

京平は、柔らかく笑う佐久夜を見て言った。ただの同級生だった佐久夜。京平自身も噂で佐久夜の家庭事情を耳にしていた。

「今だから言うけどさ、俺も同情していた部類だったんだわ」

自分より可哀想な生い立ち、不幸な人生。人は、自分より弱者を見て、安堵する。

「うん、俺自身、そう思われるのがわかってたから、壁を作ってみんなと距離取ってた」

佐久夜自身も自分が弱者だとわかっていた。見下される、差別される、敬遠される。だから、卑屈な生き方を選んでいた。

「俺たち、今生きてるって感じだな」

「京平、ありがとうな」

「よせやい、照れる」

自らが運命を選ぶ。佐久夜と京平は、その重要性を理解していた。

仕上げは、液体研磨剤を使用していく。柔らかい布に垂らして指先を使って裏も表も磨き上げる。

出会いに、友情に、優しさに、今を導いてくれた全てに感謝を……。

優しい願いを込めて佐久夜は、丁寧に青銅鏡を磨いていった。

「あれ?佐久夜兄ちゃんたち、なんか光ってないか?」

ひょっこりと作業場に顔を出した朱丸が、佐久夜たちの作業を見守っていた浅葱に声をかけた。

「あぁ、朱丸さま。そうでござりますね。先程から、何やら感じると思えば……さすが、俺の主でござりまする」

浅葱も作業の手を止め、恍惚の表情を浮かべ佐久夜を見ていた。

否定する事勿れ……。

佐久夜の頭の中で、言葉が響いた。

「ああ、そうか。そうなんだ。俺は、全てを肯定しよう。俺は、ただ、存在を認めて欲しかったんだ。神さまが、俺を見つけてくれた。俺をちゃんと見てくれていた。それだけで、俺は、俺になれたんだ」

ありがとう。全てに感謝を。

青銅鏡を磨く佐久夜を、優しい青色の光が包み込んだ。ゆらゆらと佐久夜を包み込む青い光は、ゆっくりと色を変えていく。赤・黄・白・黒と順番に色を変えながら、ゆらめいていた。





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